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マクロビオティックインスピレーション・随想古事記・日本語と歴史・バベルの塔・日々雑感

平戸だより2017‐10‐25

2017-10-25 10:10:04 | 平戸

今年の秋は異変続き・・・・・国中が風水害にさらされて・・・・・異例の台風も通り過ぎ、金木犀も咲き始めだったのですが、今回の台風でも散らずに頑張って(?)、落ち葉の絨毯のようになった庭掃除の慰みになりました。刈り込みすぎたので咲かないのかなあ~~~~~と心配していたのですが、今年もかわいらしい花をつけています。

もう一つあきらめていた私にとっての秋の代名詞・・・・・とんご柿・・・・・今朝友人からもらいました。実家が道路のため立ち退きになって、もうとんご柿は食べられない・・・・・と思っていました。このブログでも何度もご紹介した、父の思い出の味・とんご柿・・・・・実家の建物はすっかり取り壊されて何一つ残っていませんが、島原の方が買い取って移築してくださったとか・・・・・敷地の一部には従弟が住宅を建設中なので、子供時代を呼び覚ましてくれる石垣と枡形は残りました。ですが、両親もいなくなり家屋敷もなく・・・・・あれほど感じていた故郷への愛着が薄れています。

 

 


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日蓮上人の開経偈

2017-10-23 20:15:34 | 父の背負子2(最終章・これを知るために)

無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は 百千萬劫(ひゃくせんまんこう)にも遭遇(あい)奉(たてまつ)ること難(かた)し。我今見聞(われいまけんもん)し受持することを得たり。願わくば如来の第一義を解せん(・・・・・無上甚深微妙法(むじょうじんじんみみょうほう)百千萬劫(ひゃくせんまんごう)難遭遇(なんそうぐう)。我今見聞得受持(がこんけんもんとくじゅじ)。願解如来真実義(がんげにょらいしんじつぎ)・・・・・)実はここまでは多くの宗派で『開経偈』として唱えられ臨済宗の生家の法事でも聞きなれていました。そして結婚した夫の家は日蓮宗・・・・・初めて日蓮宗の開経偈を聞き、とても気になって過ごしてきました。あまりに気になっていたのか、夢にまで出てこられた日蓮上人と白隠禅師・・・・・『日蓮と白隠』という記事にしたこともあります。ヒレフリ山教室でも何度か教材にしました。

 

日蓮上人はこの願解如来真実義という眼目の後に、・・・・・至極の大乗思議すべからず。見聞触知(けんもんそくち)みな菩提(ぼだい)に近づく。能詮(のうせん)は報身(ほうしん)。所詮(しょせん)は法身(ほっしん)。色相の文字は、即ちこれ応身(おうじん)なり。無量の功徳(くどく)皆この経に集れり。この故に自在に、冥(みょう)に薫(くん)じ密(みつ)に益(やく)す。有智無智(うちむち)、罪を滅し善を生ず。若しは信、若しは謗(ほう)、共に仏道を成ず(ぜん)。三世の諸仏。甚深の妙典なり。生々世々(しょうじょうせせ)値遇(ちぐう)し頂戴せん。・・・・・と加えられました。そしてこの短い開経偈の中の、『能詮(のうせん)は報身(ほうしん)。所詮(しょせん)は法身(ほっしん)。色相の文字は、即ちこれ応身(おうじん)なり。』という三つの文に、日蓮上人が無上甚深微妙だとおっしゃっている法華経によって悟られたこの世の全真実が述べられていると、私は思います。

そして・・・・・日蓮上人が悟られた『それ』をわかるために、妙法である法華経を唯一深く読め(南無妙法蓮華経)、とおっしゃっているのです。それがわかれば、自由になって知ろうと知るまいと、誠を尽くそうと尽くすまいと、すべてが仏道を達成することになる・・・・・とおっしゃっています。ですが、悲しき哉。この世の常というものですが、すべてのことは自分で解らなければ決して解らない。仏教徒は『解脱』というものに狂おしいほど憧れ希求しますが、それは単なる希望であって現実の真実ではありません。多くの者は観念の涯をさまようものですが(洋の東西を問わず、自殺するものまでいます)、幾人かの者が、ふとした拍子に真実を知ったり、難行苦行の末に既成観念を打ち破ることができたり・・・・・そうして、日蓮上人も真実を得られました。ですが、いくらわかりやすく、『能詮(のうせん)は報身(ほうしん)。所詮(しょせん)は法身(ほっしん)。色相の文字は、即ちこれ応身(おうじん)なり。』と教えていただいても、肝心要の『』がわかりません。私にとっても、長いこと『概念』にすぎませんでした。それが、カタカムナに触れカタカムナヒビキが少しずつ身近になってくるにつれて、これは日蓮上人の開経偈であり喜びの宣言であることを実感しています。

 

そしてこれは、カタカムナをわからなければ、わかりようもない・・・・・カタカムナは概念でも観念でもありません。最近はカタカムナが流行りだとか・・・・・だけど人に聞いてわかるものでもありません。人に聞いてわかるのは、ただ自分がわかる時を迎えた時だけです。そのためにするべきことは、(幸いにも)私たちの母国語である日本語の一つ一つの構成音を頭というか自分の身体の中で繰り返し繰り返し・・・・・そしてそのコピーを作ることのみです。そうしているうちに、こんがらがった絹糸がほどけてくるように、分かってくるものだと感じています。何のためにこんなカテゴリーを作ってこんな記事を書いているのかというと、それを知りたいと思っても答えるべき宗教が混迷の中にあって、『それ』を知りたいと思う後生の若者のために、せめて何らかのよすがになればと思うからです。糸をほどく作業は、自分だけの作業です。ですがその糸口を、せめて、目に触れやすいようにすることが、私がそれに触れることができた幸せの恩返しになるのでは・・・・・と願っているからです。そしてこのことが、人のため、社会のため、ひいては世界のためになると思うからです。

 

 


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日本人の幻覚

2017-10-15 13:14:01 | Weblog

文芸春秋十一月号を夫が買ってきました。大変興味深い記事を見つけました。それは、

     『清国史を知ればチベット弾圧がわかる』・・・・・平野聡

なんと中国3000年か、あるいは4000年の歴史・・・・・これは日本人が隣邦に寄せていた歴史感覚で、清朝滅亡後中華人民共和国が取り入れたものなんだそうです。日本人は自分たちの国家観を中原に入れ替わる様々な国を当てはめたのだそうです・・・・・つまり、隋や唐、あるいは周や秦などは鎌倉幕府や江戸幕府のようなもので、中国という国の内部事情だと・・・・・まあ、それが理想なので、易姓革命という口実を作り出したんですよね。実際に起こっていたのは異民族による侵攻で全く別の国家の興亡だったのに・・・・・です。そして、日本人の中国歴史観が中華人民共和国に清朝の領土を中華人民共和国の領土だと主張させ、チベットやウイグルの清朝との隷属関係を自分のものとし版図内に取り入れる根拠なんだそうです。都合の良い日本人の歴史観を採用したというわけです。それでチベットやウイグルは中華人民共和国と隷属関係を結んだ覚えがないのに、自分たちの自由を侵されていると実感しているらしいのです。

考えてみれば、ヨーロッパでローマの領土がイタリアの領土だ・・・・・なんて言ったら噴飯ものですよね。あるいは、フランク王国がドイツの版図だなんて言ったら?????・・・・・フランスの?????まあ、中国大陸は現代世界の盲点だったのかもしれません。アフリカのようにならなくて良かったのかもしれませんが、清朝周辺の民族にとっては訳の分からない事態で、今後独立問題がくすぶり続ける地域になるかもしれません。

 

それにしても日本は、どうやら、その昔から正義の徒・・・・・ある意味お人好し、ではなくて、非現実主義だったのでしょうか???・・・これは大和朝廷の大宥和政策―――大和の理想の反面の成果なんだと思います。この記事はとても良い指摘だと思いましたし、自分の持っていなかった視点を開いてもらいました。


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差し迫る不安

2017-10-07 09:57:12 | Weblog

 

政治家はいつから現実を捨てて、希望のみを語るようになったのか?????希望とは慰めにはなるだろう。だけど、選挙に希望を語られては何とも選びようがない!!!!!希望を現実化する手立てを語ってほしい……。そもそも希望とは何なのか?????何を希望しているのか?????

 

何を保守するのか?????何を改めるべきなのか?????何かを改めたら、どうなるのか?????・・・・・美しい日本とは何なのか??????

コメント (2)
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独立選挙

2017-10-01 23:17:04 | Weblog

先年のスコットランドの選挙に続き、スペインのカタルーニャの人々とイラクのクルド民族が独立を求めて選挙をしている・・・・・イングランドは言わなかったけれど、スペインもイラクも武力で抑えると言っています。あのスコットランドの選挙の時は、本当に選挙で独立できるんだろうか!!!???・・・・・と、大興奮しました。人類始まって以来の大事件になるのかと、期待しました。でもやっぱり無理なんでしょうかね。

 

現代社会に『質問』があります。どうして国境を変えられないのか・・・・・つまり新しい独立国家を認められないのか?????クルドの人々の国は認めてあげてよいように思います。だって、異民族だと言って迫害されているんですよ。クルドが『ウルク』の子孫かもしれないと思いついた時から、勝手に心入れをしています。イスラエルだって、無理やり第二次世界大戦後に独立しました。それもそこに住んでいたイスラエル人はいなかったのに、アラブ人を追い出して、イスラエル人を入植させて、アラブ国家の中にユダヤ国家を作ったんですよね・・・・・

カタルーニャの人々は迫害されているんですか?自分たちはスペイン人ではない・・・・・と、言っているんですよね。スコットランドの人々が、自分たちはイングランドではないと言っているのと同じような気がします。ロシアがクリミアを奪還したい・・・・・と思っているのと、内容は反対だけれど、同じレベルだと思います。だけどそれについては、わかるような気がします。ロシアの長年の悲願が、ソ連解体でわけのわからぬままに勝手に(?)独立したために消えてしまったのですから。だけど、ロシアがそう思うんなら、日本の国後択捉という根室湾内に続く北方領土を返還すべきだと思います。

訳がわからないのは、中華人民共和国の今なお続いている膨張主義というべきか侵略主義というべきか・・・・・東シナ海を占領しようとしています。中国大陸というのはそういう国家体質を生むのでしょうか。

 

というわけで、現代社会を見間違わないようにすべきだと思います。人類社会は今もなお覇権によって動かされ、均衡を維持するためには同等の力をもってするしかない・・・・・これが真実かどうか、北朝鮮がやって見せてくれています。そして信頼できない国を周りに抱えすぎた日本はどうしたらよいのでしょうか。

 


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