子供の頃誰もが海幸山幸のお話を読みました.古事記は知らない人でも、海幸山幸のお話は知っていますよね.それで海幸山幸が私達の歴史と一体どんな関係にあるのかちょっとだけお話したいと思います.
海幸山幸は、天照大神のひ孫です.海幸はホデリノミコト、山幸はホヲリノミコトといいます.父君は高千穂に降りられたニニギノミコト、母君は有名な木花咲耶姫命(コノハナノサクヤヒメノミコト)です.桜の花が満開に咲いたように美しい姫という通称の姫君です.本名(?)はカムアタツヒメといいます.このお方は富士の浅間神社となっているところに在った宮居で三つ子の皇子を産まれます.それがホデリ、ホスセリ、ホヲリの三皇子です.その一番上が海幸彦、一番下が山幸彦というわけです.
ですからこの三皇子は皇統の直系です.その二皇子間の争いが海幸山幸の古事記の物語です.海幸は海で暮らしていました.山幸は山で暮らしていました.ある日山幸は海幸と話し合ってお互いの生活道具を取り替え、海幸は山へ山幸は海へ出かけます.山幸が兄海幸に話を持ちかけたのです.海幸は嫌がったのですが、山幸のたっての願いに釣り道具を貸し与え、山幸の狩猟の道具を借ります.ここからは皆さんよくご存知でしょうし、思い出されたでしょう.山幸が海幸の大事な釣り針を無くしてしまいました.どんなに謝っても許してもらえない山幸は、シオツチノカミに助けられて海の神の許に行き釣り針を見つけ出します.そして海の神の娘トヨタマヒメと結婚して海の神から潮満ちる玉と潮干る玉をもらって帰ります.山幸は海の神の力添えで裕福になり、それをねたんだ海幸が攻めるのを二つの玉で打ち破って山幸が海山の支配者になります.
いつからか海幸彦は悪者になって、私達の子供のお話になってしまいました.このお話は奥深いお話です.このお話を思うと私はいつも、父の作る和歌にでてくる『うからどち』という親しみのこもった言葉を思い出します.子供の頃から互いに遊びあった仲間という感じです.その一方で『やから』という言葉の持つ悪い響きを思います.これは一体どういうことでしょうか.山幸の『やから(やまから)』は山賊で、海幸の『うから(海から)』は懐かしいお友達です.私が思うに山幸海幸は歴史の正当性の主張、うからやからは昔の記憶だと思います.どの国にも歴史に裏表があります.これは良い悪いの問題ではありません.
山幸彦は、国を統一するのに海の神の娘、トヨタマヒメと結婚されました.父君のニニギノミコトもオオヤマツミノカミ(山の神)の娘であるコノハナノサクヤヒメと結婚されました.これが日本に後から降ってこられた天孫族といわれている征服者のとられた方法でした.オオヤマツミからニニギノミコトはイワナガ姫(永遠の命)を一緒におくられました.そして山幸は海の神から、海幸を征服するための言葉と玉をもらいました.多分これが日本語がそのまま使われた理由だと思います.日本語は響きの言葉、力の言葉でした.祈りも呪いも何でもかなう力を持った言葉でした.山幸もニニギノミコトも舅の神から言霊をもらわれたのです.天孫族は同化することによって、やからうからを統一されて日本を作られたのです.
トヨタマヒメはウガヤフキアワセズノミコトを産まれます.そしてわが日本の神武天皇につながってくるのです.こうして日本は天照大神の仰せのとおり、稲穂の恵み溢れる国になったのです.神話の言わんとしている事を汲み取って私達は日本人として生きていきたいものです.日本の玄米ご飯の始まり(?)でもあるので、マクロビオティックの始まりでもありましょうか.
海幸山幸は、天照大神のひ孫です.海幸はホデリノミコト、山幸はホヲリノミコトといいます.父君は高千穂に降りられたニニギノミコト、母君は有名な木花咲耶姫命(コノハナノサクヤヒメノミコト)です.桜の花が満開に咲いたように美しい姫という通称の姫君です.本名(?)はカムアタツヒメといいます.このお方は富士の浅間神社となっているところに在った宮居で三つ子の皇子を産まれます.それがホデリ、ホスセリ、ホヲリの三皇子です.その一番上が海幸彦、一番下が山幸彦というわけです.
ですからこの三皇子は皇統の直系です.その二皇子間の争いが海幸山幸の古事記の物語です.海幸は海で暮らしていました.山幸は山で暮らしていました.ある日山幸は海幸と話し合ってお互いの生活道具を取り替え、海幸は山へ山幸は海へ出かけます.山幸が兄海幸に話を持ちかけたのです.海幸は嫌がったのですが、山幸のたっての願いに釣り道具を貸し与え、山幸の狩猟の道具を借ります.ここからは皆さんよくご存知でしょうし、思い出されたでしょう.山幸が海幸の大事な釣り針を無くしてしまいました.どんなに謝っても許してもらえない山幸は、シオツチノカミに助けられて海の神の許に行き釣り針を見つけ出します.そして海の神の娘トヨタマヒメと結婚して海の神から潮満ちる玉と潮干る玉をもらって帰ります.山幸は海の神の力添えで裕福になり、それをねたんだ海幸が攻めるのを二つの玉で打ち破って山幸が海山の支配者になります.
いつからか海幸彦は悪者になって、私達の子供のお話になってしまいました.このお話は奥深いお話です.このお話を思うと私はいつも、父の作る和歌にでてくる『うからどち』という親しみのこもった言葉を思い出します.子供の頃から互いに遊びあった仲間という感じです.その一方で『やから』という言葉の持つ悪い響きを思います.これは一体どういうことでしょうか.山幸の『やから(やまから)』は山賊で、海幸の『うから(海から)』は懐かしいお友達です.私が思うに山幸海幸は歴史の正当性の主張、うからやからは昔の記憶だと思います.どの国にも歴史に裏表があります.これは良い悪いの問題ではありません.
山幸彦は、国を統一するのに海の神の娘、トヨタマヒメと結婚されました.父君のニニギノミコトもオオヤマツミノカミ(山の神)の娘であるコノハナノサクヤヒメと結婚されました.これが日本に後から降ってこられた天孫族といわれている征服者のとられた方法でした.オオヤマツミからニニギノミコトはイワナガ姫(永遠の命)を一緒におくられました.そして山幸は海の神から、海幸を征服するための言葉と玉をもらいました.多分これが日本語がそのまま使われた理由だと思います.日本語は響きの言葉、力の言葉でした.祈りも呪いも何でもかなう力を持った言葉でした.山幸もニニギノミコトも舅の神から言霊をもらわれたのです.天孫族は同化することによって、やからうからを統一されて日本を作られたのです.
トヨタマヒメはウガヤフキアワセズノミコトを産まれます.そしてわが日本の神武天皇につながってくるのです.こうして日本は天照大神の仰せのとおり、稲穂の恵み溢れる国になったのです.神話の言わんとしている事を汲み取って私達は日本人として生きていきたいものです.日本の玄米ご飯の始まり(?)でもあるので、マクロビオティックの始まりでもありましょうか.