一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

896  ふらここは漕ぐべし愛は奪ふべし  三橋鷹女

2013年04月06日 | 

一句を書くことは 一片の鱗の剥奪である。四十代に入って初めてこの事を識った。五十の坂を登りながら気付いたことは、剥奪した鱗の跡が、新しい鱗の芽生えによって、補われている事であった。
 だが然し 六十歳のこの期に及んでは、失せた鱗の跡は、もはや永遠に赤禿のままである。今ここに その見苦しい傷痕を眺め、わが躯を蔽ふ残り少ない鱗の数をかぞへながら、独り呟く・・・・・・

一句を書くことは 一片の鱗の剥奪である。一片の鱗の剥奪は 生きてゐることの証だと思ふ。一片づつ 一片づつ剥奪して全身赤裸となる日の為に「生きて 書け・・・」と心を励ます

三橋鷹女の句集『羊歯地獄』自序より

シバザクラ(芝桜)

コメント
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