7時半起床。洗濯機を回す。回す段階でも「ん?なんか今日はやけに多いな」と思っていたのだが、干す時になって昨日と同じものがたくさん入っていることに気付く。昨日、珍しく私の後に追加で妻が洗濯をしたのだが、その際に回収してきた干し終わりの洗濯物を、いつもの場所ではなくこれから洗うものの隣に置いており、私がそれに気づかず洗うものだと思って洗濯機に放り込んでしまったのだった。文句を言いたい気持ちをぐっと堪えて「まあ、きちんと確認しなかった自分も悪いしな」と思うようにしてみたが、さすがに毎回「これは本当に洗うやつか?」なんてことを確認するのは現実的じゃない。私は家事の中でも洗濯に一番のこだわりがあって(2番目が掃除で、だからこの2つはほぼ100%私が担当している)、オペレーションが崩れるとイライラしてしまうのだ。直したいとは思っているのだが。
妻が起きてきてから掃除機をかける。洗濯のイライラが続いているので、「いつまでここに置いておくつもりなんだろう」なんて、普段はそれほど気にかけていない(気になってもぐっと堪えられる範囲の)ことでも気になってしまう。
午前中、妻が歯医者へ出掛けている間、娘とゆっくりテレビでも見ようと思っていたのだが、娘はベビーサークルの外の世界の楽しさに気付いてしまったようで、抱っこをしても何とかして降りていこうとする。しかし、実際に居間で自由になっても、行くところは大体決まっている。床下収納の扉部分のフックをいじるか、掃除機を触るかだ。今日は、それに新たに棚に置いてあるダンボールの中をまさぐる、というのが追加された。おそらく中身が気になるのではなく、ダンボールをがさごそやる音が好きなのだと思う。ずっと目を離せないので大変だが、それだけ身体を動かす分、ミルクもたくさん飲んだし離乳食もバクバク食べて、その後はすぐに寝てくれたので、それはそれでいいかと思う。
昼食は、妻が歯医者帰りに買ってきてくれたカツ丼。
午後は、ひたすらゴロゴロして過ごす。娘の面倒を見ながら、私と妻が交互にベビーサークルの中で眠るという、なかなか珍しい過ごし方だった。
夕食は、豚肉を中心とした炒め物。
今日はなぜか終始イライラした1日だった。神経が過敏になっているのが自分でもわかって、普段ならすっと受け流せるような他愛無い一言にやけに引っかかってしまった。ただ、どんなにイライラしても、娘にはそういう気持ちが一切向かないから不思議だ。むしろ、娘の存在によって、私の負の感情表現はかなり抑制されていると思う。娘がいなかったら怒ってただろうな、棘のある一言を発してただろうな、というような場面がたくさんある。しかも、その抑制によってイライラが蓄積されていく感じもないからすごい。癒しの電波か何かを出しているんではないかと、結構本気で思えてくる。