はちきんizyのアメリカ丼

料理にすると丼カップル
はちきんイジーとアメリカンいごっそうバッキーの
山あり谷ありの国際結婚ブログです。

亡き友と義母の言葉と、、

2016-11-08 | アメリカの家族


カブスファンの叔父さんを訪れた後、

その町の墓地に眠る二人のカブスファンを訪問


一人は義母の父親、、、バッキーのグランパだ。

私たちが20代の時に

  購入した最初の家は

 グランパの家の斜め前だったんだが

彼がカブスファンであった記憶が

   全くない、、私だ。 ^^;







もう一人は

 45歳で亡くなったバッキーの友達ボーン。


シングルで

  これと言ってガールフレンドもいなかったボーンは

ベースボールシーズンになると

毎週末のように

我が家に来て

  バーベキューをしながら野球観戦をしていた。


チケットも安かった8-90年代のその頃

バッキーはボーンと 

 シカゴのリグリー球場まで 

  何度も 足を運んでもいた。





”ボーン、 

 カブスがやっとワールドチャンピオンになったぞ!”



 ボーンの墓石に

  カブスのステッカーを数枚貼り

   亡き親友にバッキーが報告する姿に

      ジーーン



   


80年代の私は

アメリカでの生活に不満が多く

  日曜日になると

娘をバッキーに任せ

 モールに買い物に行くことが多かった。


  ショッピングに行き

 留守にしていた ある日の日曜

いつものように 

ボーンとバーベキューをしながら

 酔っぱらって野球観戦をしていたバッキーを

  近所に住む義母が訪問、、。



その時 何があったかは知らないが

あとで その日の事を 



”まったく あの子は飲んでばかり

貴方が毎週買い物に出かける訳だわ。”
  と

  義母が私に言った言葉が

   その時の私には 

 買い物ばかりしている嫁に

     思われている 
  

   と感じられ

買い物に行くのは 

  ちょっと 控えたほうがいい   と

    思ったことだ。


日本から来たばかりの私から見て

  義母が使っていた衣類や基礎化粧品などが

    非常に質素だった事も

   あったと思う。




ボーンと娘が写るこの写真を見ると

  何よりもそれを思い出す、、、。



今は母親想いのバッキーだが

  20代の頃は

 母親との口論も多く

 ”家に来るな!”  とさえ

  言ったことがあったらしい。