土筆(163)
その後は涙を引っ込めようとして焦れば焦る程、当の涙は溢れ出て来て止まらないのでした。流石に蛍さんもこれにはげんなりしてしまいました。もう悲しくないのに、止めど無く涙だけが瞳から溢......
曇り空の日。お天気の話題が1番無難な話題ですね。
土筆(163)
その後は涙を引っ込めようとして焦れば焦る程、当の涙は溢れ出て来て止まらないのでした。流石に蛍さんもこれにはげんなりしてしまいました。もう悲しくないのに、止めど無く涙だけが瞳から溢......
曇り空の日。お天気の話題が1番無難な話題ですね。
だが、1回位は私も封建時代の親になってみるかな。自分の子供の時にはあの親でそう育ったんだから。今回こうなったのもお前が原因だし、一つお前に意趣返ししても罰は当たらないだろう。そんな事を言うと父は私を見てニヤリとした。
先程母から彼が受け取った冊子が階段の上り口に重ねられて置いてあった。彼はその内1冊を手に取った。それを手でごりごりとしごいてみる。次に丸めると彼自身の腕にポンポンと音の響きよく当ててみた。彼はその感触を確かめるとこんな物かなと呟いた。
「智ちゃん、こっちにおいで。」
父が笑って手招きするので、私は一体何かしらと思った。父曰く、よい物を上げるからこっちにおいでと言う。それで私は上から下と父を眺めて観察してみた。父の普段と変わった所、手に持った物というと、冊子だ。冊子が丸まっているのが妙に感じられた。いつもきちんとしている父にしては物を粗雑に扱っていると私には感じられたのだ。でも、父がああ言ったからには手の本は何か良い物なのだろうと私は思った。私はにこにこすると、何時も菓子など貰う時の様に揉み手をして父に近付いて行った。
「お前、その本で何をする気なんだい。」
不意に部屋の入り口に祖母が姿を現して言った。彼女は祖父と共に外出したと思っていた私は、おや!と驚いた。父は身動きできずにいたらしい、固まった形の儘やや背を丸めて向こうを向いて俯いていた。本は手に掴んだままだった。
「それで何を初めようというんだい?。」
祖母は再び言うと、彼女はその儘部屋の中に踏み込んで来て、こんな事だと思ったと言いながら息子の手から本を取り上げた。
私は今さっきお前をぶたなかっただろう。お前の子供の頃にだってそうは叩かなかった筈だ。他の兄さん達もそうだよ。確かに一郎は長男だったから気負いもした、幼い頃には少々手を掛けたけどね、それも若気の至りだったと今は思っているくらいなんだ。それにしたって、あれのほんの幼い頃だけだったよ。
「お前にはこんな物で殴った事無いだろう。」
止めなさい。そう言うと、彼女は本を息子に指し示し、これは貰って行きますからと片手に下げて部屋を出て行こうとした。
ちょっと待ってくれ、母さん。息子は出て行こうとする母を呼び止めた。
確かに、母さんからは直接叩かれた事はないよ。でも、そういうのは順繰りなんだよ。上の兄さんから下へ、下の兄さんからその下の兄さんへ、それで…、彼は言い淀んだ。
「それで、お前…。」
打たれたのかいと母は聞くと、彼は遠慮がちにうんと頷いた。
「誰にだい?。」
上?次?その次?かい?そんな祖母の言葉が並ぶのを、私は意味不明のまま聞いていた。
私の父は「上の兄さんは年が離れていたからそうでもない。」と答えた。祖母は意外そうな顔で、へーっと言うと、あの子が?、兄弟でも一番大人しい子だと思っていたが、隠れてそんな事をしていたなんて。と放心の体であった。しかしその後程無く、彼女は外に待っている夫を気にしたのだろう、
「兎に角、詳しい話はまた今度だよ。」
父さんが待っているから私はもう行くよと言うと、「お前も言い分が有るんだろうけどね、でも、子供に乱暴しない様にしなさい。自分の子供は特に大事にしておやり。何時なん時また戦争が始まって、家の誰がどんな事で命を落とすかしれないじゃないか。」
家では次郎がそうだっただろう。彼女はそう溜め息交じりに言い残すと、くるりと息子に背を向けた。彼女はややしんみりとした感じを漂わせながら手に冊子を持ち、急ぎ、今度はぱたぱたがらがらばたん!と、本当に玄関から外に出て行った気配だった。
土筆(162)
それでも蛍さんは、何かしらの答えを求めて木戸をじーっと見詰めてみました。そうする内に彼女にはあの木の戸の裏側には何か目に見えない物、土筆以外に隠された秘密が有るような気がしてくる......
今週は雨足が酷くなるという予報の北陸地方。外出予定が立たなければ、来週予定を組むかな。
お前折檻したのかい。玄関から祖父の声がした。私が振り向くと、向こうの部屋には祖母と父の2人が見えた。祖母は両手に大きな冊子を持ちそれを一まとめにして片方の手に持つところだった。父は肩を丸めるようにして首を項垂れ祖母の向こう側に隠れるように見えていた。私の位置からは2人はそのように前後に重なるような感じで見えた。
「こんな物だろう。」
と祖母が放心したように言うと、父もまぁなぁとぽっそりと言い顔を上げた。母が手に持つ分厚い冊子の束を父は手に受け取り、
「もう母さんも行ってくれ。父さんがまた戻ってくると面倒だからな。」
そう父は小声で言った。祖母はああと頷くと、やはり小声で、じゃあ行くからねと返事をした。彼女は玄関に向かったが、部屋を出しなに立ち止まりくるりと振り帰った。祖母ははっしと父を見据えると、
「これでお前も大概懲りただろう。」
と、勢いよく通る声で捨て台詞を吐いた。
彼女が玄関に姿を消すと、折檻したのか?あれの子供の前で、いいのかい?。等、祖父の声が聞こえた。あれももう親なんだから、親の威厳があるんだよ。お前も気を付けてやらないと。これからは気を利かしておやり、何時も気の利くお前らしくもないねえ。…。
「そう言うお父さんだって…。」祖父だけだった声に祖母の声が混ざった。「孫に子を預けてましたよ。」そう祖母が言うと、おやぁ、そうなっていたかい?。「そうですよ。如何するんです。」等、以降やや声はぽそぽそとして、私には聞き辛くなった。
こちらの方では、玄関を窺っていた父が何かしら感じたらしい。急に階段に足をかけ、2階へと静かに駆け上がり姿を消した。すると祖父が部屋の入り口に現れて、「あれは?。」と口にすると、私を見て、
「お父さんは、2階かい?。」
と尋ねて来た。私が頷くと、祖父はそうかと言って私に歩み寄って来た。
「さっきの話だがね、お父さんの事は、お前見なくていいよ。」
祖父は静かに言った。穏やかで遠慮がちな声だった。お父さんの事はお父さんに任せておきなさい。あれも大人だからね。自分の面倒は自分で見れるという物だ。彼はそう言うと、
「お前は子供なんだから、大人の面倒は見なくていいよ。」
そう言うと、祖父は私の頭を軽く撫でて、細やかに作り笑顔を作ると、気持ちが軽くなったのだろう涼しげな表情になって祖母が待つ玄関へと出て行った。
「これでいいよ。」
祖父の満足そうな声が聞こえ、そうですか、大団円になりましたか。と明るい祖母の声が聞こえ、じゃあと二人歩き出す音と玄関の戸の開閉の音が聞こえ、家はしんと静かになった。すると、気配を察した父が階段をそろそろと下って来た。
「いやぁ、お前驚いただろう。」
「封建時代の親と言うのはあんなものなんだよ。」
と父は言い、文明開化も何のその、新しい世が来ても親の方は封建時代と何ら変わりが無かったんだ。よく聞かされたものだ。あの人達にね。戦後になって、今や世は民主主義時代になったんだ。私達は民主主義時代の親だ、だからあんな昔の体制の親とは違うんだ、よかったなぁお前。お前は私達の世代と違って酷い目に遭わずに済むんだ。人皆平等、嬉しい民主主義時代の子だよ。平和だなぁ。平和という物は良い物だ。
土筆(160)
彼女は視界が利く様になると、そのまだ涙の溜まった瞳に映る、眼前に長く横へと伸びて続いて行く木の塀に気付きました。塀の左右を見渡すと、その左端には小さな片開きの戸がありました。......
今週は季節の変わり目だそうで、こちらは雨模様の週のようです。