眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

風の禁じ手

2024-05-06 17:31:00 | ナノノベル
 口を開かずとも強く存在している者がいる。私が愛用する扇子もそのような存在だ。触れているだけで不思議と心を落ち着かせてくれる。大きく開くまでもない。読みに集中する時には、パチパチと刻まれて読みのリズムと共鳴する。
 いま、私の玉頭に大きな脅威が迫っていた。
 最も危険なのは間違いなく飛車の直射。
 手筋!
 と飛車の頭に歩をあびせた。

「大駒は近づけて受けよ」
 格言にもある通りだ。



 連打連打と歩を叩く。将棋は歩の使い方で決まる。
 一歩ずつ飛車が近づきいよいよ自陣にまで迫ってきた。駒台に伸ばした手は、フラットな一面を撫でるばかりだった。
 あったのに。あんなにたくさんあったのに。まだあるはずだった。ないとおかしかった。あるとよかった。あってほしかった。読んでいなかった。あるとは限らなかった。愚かなことだった。取り戻せればよかった。本当はね。

(あの一歩一歩が)
 すべて特別な歩だったのだ。

 ここにきて歩がなければ、いままでのは何だったのかわからない。それは相手へのプレゼント。もはや脅威の飛車筋をきれいに止める手段は何もなかった。
 私は大きく扇子を開くと飛車に向けて念じた。
「立ち去れー!」
 すると大きな風が起きた。
「ひえーっ!」
 座布団の上の名人が吹き飛んで行く。
 私の反則負けだ。









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不気味の谷のお父さん

2024-05-04 07:42:00 | ナノノベル
「行ってきます」
 少し寂しげな表情を浮かべて父は出発した。疎ましかった存在も、いなくなってみると時折、家に隙間風が吹くように感じられる。しばらく帰ってこれないだろう。しかし、1週間ほど経った頃、思わぬ訪問者がやってきた。 

「今日からしばらくの間、お父さんの代理を務めさせていただくことになりました」
 どうやら父からの贈り物のようだった。(何も言ってなかったのに)
「ああ。お父さん、そっくり!」
「未熟者ですがどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
 僕らはアンドロイドを快く迎え入れた。見た目はどう見ても父そのもので、父よりも礼儀正しい人間のように映った。尤もそれは最初だけで、すぐに遠慮のない振る舞いをするようになったが。

「おーい、新聞取ってくれー!
 お茶くれー!
 おかわりくれー!」
 注文ばかりして座布団の上に居座った。
 母は本物の父にするように、特に文句も言わずに接していた。(それでは益々調子に乗るぞ)彼は時々気まぐれにいなくなって、忘れた頃に戻ってきた。その時は、山の方に行き趣味の植物の写真を撮ってくるのだった。

「うわーっはっはっはっはっ!
 いーひっひっひっ……
 大げさに言うなってー!」
 笑い方や口癖までもそっくりだ。
 本当に何から何まで似すぎていて、恐ろしい。(本当は魂も愛情もないくせに)いつしか僕の胸の内には反発が生まれつつあった。

「まあまあお父さんもうその辺で」
 母が半分残った彼のグラスを引いた。
「何を言うかー!」
 彼は母の前で腹立たしそうに眉をつり上げた。それから突然、目の前にあったお皿や箸や調味料、とにかく目についた物を片っ端から投げ始めた。
「わしが悪い言うんかー!」
 床に落ちた食器が割れる。壁に当たって破片が散乱する。人には当たらないように加減して投げている。とは言え彼は投げっぱなしで、片づけるのはすべて母の方だ。下手に動くと投げた物が当たりかねない。しばらく、静観してから僕は立ち上がった。近づいて行くと彼は身構えた。

「何だ。何か文句があるのか?」
 こいつ、もうがまんできない。
「そこまで似るなよ!」
 僕は感情に任せて代理の父の頬を殴った。
(痛いっ!)
 すぐに自分の愚かさを呪いたくなった。彼は生身ではない。傷ついたのは一方的に僕の方だった。
 母がリモコンを押して父型アンドロイドの息の根を止めた。

「原則を知らないロボットは駄目ね」
 そうして代理の父は返品されることになった。
(こんなんじゃあいない方がましだ)
 3年がどれほどのものかはまだわからない。
 けれども、僕らは不在の谷で父を待ちながら暮らすことに決めた。





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スマッシュ・ヒット(宇宙リリース)

2024-05-03 00:41:00 | ナノノベル
 長年培ってきたものが、サード・アルバムでついに爆発した。

最優秀アルバム賞…1位
最優秀作品賞…1位
ゴールデンアルバム賞…1位
アメージングアルバム賞…1位
エンターテイメント・アルバム賞…1位
モースト・インポータント・アルバム賞…1位
革命的アルバム賞…1位
今世紀最大のアルバム賞…1位
抱いて眠りたいアルバム…1位
天国まで持っていきたいアルバム…1位
レコード店員がおすすめするアルバム…1位

やったー♪

 あらゆるチャートを独占した。私は一気に一流アーティストの仲間入りを果たすだろう。生きてきた中で最高の充足感に包まれている。来年は忙しくなるぞ。
 プロデューサーは難しい顔をしてテーブルの前にいた。

「残念な知らせがある」
「えっ」
 今この時にそんなものがあるはずがない。

「発売禁止になるかもしれない」
「どうして?」
「国の方から待ったがかかった」
 原因はAIによる未来予測にあるらしい。私のアルバムはよすぎるために、危険と判断されたのだ。

「朝から晩まで君のアルバムを聴いてすごす人がいるそうだ」
「ありがたい話ですね」
「月曜日からだ」
「それで」

「困ったことになるらしいんだ」
「私の作品がわるいんですか」
「やりすぎたな。よすぎるんだよ」
「そんな馬鹿な話がありますか」
 法を犯したわけじゃない。日頃の行いに問題があったわけでもない。ただ純粋に作品を作り上げたというだけだ。

「国民の意欲を奪ってしまうというんだ。あらゆる意欲だ。創作への意欲。労働への意欲。愛することへの意欲」
「与えるということはないんですか」
「ああ」
「どこにそんなエビデンスがあるんですか」

「AIの指摘だ。それは絶対なんだ」
「人間の作ったものじゃないんですか」

 私は街へ飛び出した。
 どこまで行っても私の最新シングルがエンドレス再生されている。
 しかし……
 それもまもなく止められてしまうだろう。

(私はやりすぎてしまったのか)

 きっとこの国の市場(器)が小さすぎるのだ。
 10年に渡る活動期間を振り返りながら私は空を見上げた。
 大宇宙時代……。
 これからのリリースはあの先にある。

「星だ」





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ダンス・ウィズ・ドリブル

2024-05-02 00:21:00 | ナノノベル
 仕掛けに備えて身構えているとドリブラーはふしぎなおどりを踊りはじめた。
「おちょくってるの?」
「踊っているとアイデアが湧くのさ」
「じゃあ、まだ今はないんだね」
 ならば今がチャンス。踊りの隙を突いてボールを奪える。

「飛び込むな!」
 ベンチからの指示が俺の足を止める。
「どうして?」
 行かなければ奪えないじゃないか。
「味方のフォーローを待て!」
 デュエルで奪えるのに。

「時を稼げ! 話しかけろ!」
 監督に逆らってベンチに下がりたくはない。

「いつもどこで踊っているの?」
「踊り出したらそこがステージさ」
「怖くはないの?」
「何をそんなに恐れる?」
「ボールが足から離れてる。俺取れそうなんだけど」
「はあ? それにしては距離があるじゃないか」
「わけあって今は詰めれないんだ」
「そうか。まあ俺には関係ないけどさ」

「踊りは楽しい?」
「決まってるだろ。アイデアがどんどん湧いてくる」
「俺を抜くつもりなのか?」
「ああ、時が来たらそうするよ。お前も踊ってみなよ」

「俺?」
「そんな風に突っ立ってたら、いざという時に対応できないぜ」
(だとしたらどういう優しさだ)
 話しながら見つめている内に、俺の体は徐々に揺れ始めていた。

「ほら、恥ずかしがってないで」
「いや別に」
 惑わされるな。俺はただ時間を稼げばいいのだ。

「俺と同じじゃなくていいんだぜ。好きに踊ればいい」
「俺はダンサーじゃない」
「俺だってそうさ」
「今はそうは見えないけどな」

「個を切り取って見れば何にだって見えるだろう」
「それはまあそうだろうが」
「俺たちは今デュエルの最中にいる」
「本当か」
 俺自身の意思だけで動けるならいつでも勝てるのにな。

「こうしている間にも無数の仕掛けが温められているのだ」
「無駄な時間ではないと俺も信じたい」
 援軍はまだか。ただ待つことは時を虚しくする。
 俺はもう待ち切れそうもない。

「本気で勝とうと思うなら新しい仕掛けが必要だ」
「そうか」
「だから踊っている!」
「楽しそうだな」

「デュエルはどこにある?」
「至る所にあるんじゃない?」
「そう。負けん気の中にあるのだ。
 そしてボールは踊りの中にあり、
 踊りは人生の中にある」
「そういうもんか」

「だから踊っている!」
「だったら俺も!」
 もう理由なんてどうでもいい。 
 互いの援軍がやってくると俺たちを取り囲むように踊り始めた。やっぱりみんなも踊りに来たみたいだな。

(ボールはどこだ?)
 いやもうそんなことはどうでもいいだろう。

「踊れ! 踊れ!」
 主審も駆けつけて、笛を鳴らしながら踊っている。
 そうだ。
 これが、
 俺たちのフリースタイル・フットボールだ!





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レプリカ・レボリューション

2024-05-01 09:14:00 | ナノノベル
 真似ている間はかわいいものだった。かわいさは、いつか頼もしさになり、恐ろしさに変わったが、そうなった時にはもう恐ろしさを口にすることもできなくなっていた。どこかで革命的な進歩があって、現実を凌ぐ勢力が現れたのだ。

 紙は紙のようなものに差し替えられた。手触りは紙ではなかった。紙の匂いもしなかった。それでも紙にできることをすべてこなし、紙のような失敗をすることがなかった。
 肉は肉のようなものに押されて消えていった。歯ごたえ、旨み、栄養素、すべてが肉そのものを上回っていた。ようなものが肉そのもののよい部分を合わせ持ち、肉に取って代わったのだ。

 猫のようなものが猫のテリトリーを奪い取った。かわいらしく、機敏で、気まぐれで、用心深く、抜け目がなかった。居酒屋の暖簾の下に、自転車の隙間に、コンビニの駐車場に、至る所に、猫のようなものがいる。どこか違う……。そう見える瞬間もあったが、「そこ」と指摘できるものを見つけられた者はいない。
 すべてに優先されたのは経済効率だ。

 世界は絶え間ない入れ替え戦の最中にあった。後からやってくるものは例外なく強く、ディフェンディングチャンピオンの頑張りには哀愁のようなものが漂ってみえた。
「肉を食わせろー!」
 肉でも食わなきゃやってられないと叫ぶ紳士も、既に肉そのものが提供されていないことは、十分に承知していた。それくらいはほざいてもみたくなる。時勢だろうか。(生き残るのは言い回しのみ)

「ごちそうさま」
 そう言って金のようなものを払った。それが電子なのか、木の葉なのか、もう興味は失われつつあった。
 既に私たちの半分以上が入れ替わっているようである。
 きっと彼らは無駄な消費をすることもないだろう。

「あとはよろしく」(めでたしめでたし)
 そう言って私は本文を閉じる、
 今日はまだ少し現実のようである。






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ファースト・イメージ・コンタクト

2024-04-29 10:20:00 | ナノノベル
 いつかのやさしいものに似ていたら、やさしい衣を着せてしまう。ファースト・コンタクトであっても、完全な素でそのものを受け取ることはできないのだ。鳥に似ていたら勝手に翼を着せて見てしまう。馬に似ていたら勝手にスタミナを着せて見てしまう。蛙に似ていたら勝手に歌声を着せて見てしまう。時には偏り、また時には都合よく着せてしまうのが脳というものだ。好きだったものに似ていたら、無意識にハートを着せてしまう。

サッサッサッサッサッサッ♪

 少し近づこうとしただけで犬は離れて行ってしまう。

「おいで。大丈夫だよ」(話したいだけ)

サッサッサッサッサッサッ♪

「最初の宇宙人がよほど酷かったのだろう」
「隊長、どうしますか」

サッサッサッサッサッサッ♪

 その逃げ足には恐怖が染み着いているのが見えた。

「我々は誰かの残像にすぎぬ」
「無理ですかね」
「いや。粘り強く見せていこう……」
「はい!」
 記憶は脱げない。重ねて着せていくことしかできない。
「人としての誠意を」

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ユキヒョウ並走

2024-04-28 00:09:00 | ナノノベル
 走っていると不安が襲ってくる。
(どこかで道を間違えてしまったのでは) 
 その答えは誰も教えてくれない。ずっと独りだからだ。不安を避けて走ることはできない。走っていなければ自分でいることができない。どこまで行けばいいのだろう。あるいは、いつからこうなってしまったのだろう。この上なく愚かなことをしているのではないか。進んだ先にゴールはあるのか。
(何もいいことなんてないのでは)
 いいこと? そこが指す場所はどこだ。
 走っているとどんどん自信がなくなっていく。
(自分はここで何をしているのだろう)
 人々は酒を楽しみ、言葉を交わし、写真を撮り、テクノロジーを駆使し、漫画を描き、絵画を鑑賞し、海を開き、野菜を串に通し、肉を焼き、雲を追って、山に登り、日記を通し、共感を抱き、羽を広げ、自分を磨き、琴を奏で、温泉に浸かり、人としての本分を……。

「僕は道を外れているのでは」
「みんなそうだよ」
「みんなって?」
「あなた以外のみんなよ」
「そうかな?」
「みんな疑っているわ」
「そうは見えない。確信を持っているように見える」
「あなたの方こそそう見えているのよ」
「そんなことが……」
 いつの間にか、ユキヒョウが隣を走っていた。

「あなただってジェラシーの対象になるの」
「あり得ないよ」
「自分が何も持っていないと思っているのね」
「僕には何もないよ」
「いいえ。すべてを持っていないというだけよ」
 ユキヒョウは落ち着いた口調だ。まるで止まっているように息一つ乱れていない。

「それはまるで違うよ」

「あなたは考えすぎの虫ね」
 彼女から見れば僕は虫のように小さく映るのだろう。けれども、虫はもっと機敏だ。
「みんなうまくいかないよ」
 走っているのは自分の意志だろうか。勿論、最初はそうだった。でも、今はどうだろうか。惰性の先に風景が流れ去るだけではないのか。
「平坦な道なんてないわ」
 この道はいつか来た道だろうか。
「どこだって歪んでいるのだから」
 ユキヒョウはどこに行くのだろう。ちょうどコースが被ったのだろうか。

「生き物というのはみんなそう」
 まだ自分が走っていることが不思議だ。
「食べれて眠れて愛せる人なんていないわ」
 彼女は急に早口になって何かを言った。

「えっ、何だって?」

「ちゃんと愛せる人なんているもんですか」
 どこか怒っているようにも見えた。
 僕はまだ走っている。どこに行くあてもないというのに。
「この道があるじゃない」
 ユキヒョウは自分に言い聞かせるように言った。

「足りないんじゃない? あなたは走りが」
 彼女のように走ることはできない。

「もっと飛ばしなさい。この夜を」
 そう言ってユキヒョウは一気に加速して闇の向こうに消えた。
 ああ、いいな。
 あんな風に僕だって駆け抜けたいよ。

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本官の夢(野生の叫び)

2024-04-07 21:24:00 | ナノノベル
 老人の訴えは耳を疑うものだった。ステマが捕獲されて大変なことになっていると言うのだ。本官はいつでも市民の味方である。しかし、時には味方である者同士の板挟みとなって苦悩することもある。何より大切なことは、親身になって耳を傾けること。冷静に真実を見極める目を持つことだ。老人の訴える現場に近づくと女性が駆け出してきた。

「家の人ですか?」

「すみません。この人かなりぼけてるもので。おかしなことを言ったかもしれませんが、寝言と思って聞き流してください。いつも夢見ているような状態ですから」

「そうでしたか。事情はわかりました。しかし、確認のために少し家の中を見せていただいてもよろしいですか?」

「構いませんが、夜も更けましたのでできれば明日にしていただけると助かります」

「わかりました。それでは明日また改めまして」

「駄目じゃ。今じゃ。今でないと。今じゃろ」

「もう、おじいさん! 何を言ってるの。ご迷惑よ」

「いえいえ、どうか気になさらずに。それではおやすみなさいませ」

「ごくろうさまです」

「ヒヒーン!」

 その時、家の奥から明らかに野生のものと思われる声が響いた。一瞬、家人の顔色が変わったようにも見えた。

「やはり、今見せていただきましょう」

「しかし、突然今というのは……」

 家人の制止を振り切って家の中に突入した。野生の声を追って地下室にまで下りていくと秘密めいた扉があった。

「ここですじゃ」

 すべてはおじいさんの言う通りだった。狭い室内に入ると哀しみに満ちた視線が、一斉に本官の方に向いた。たくさんの希少動物たちが違法に集められて飼育されていたのだ。明らかに劣悪な環境だ。

「ここには置いておけません」
 家人は何も反論せず、すべてを解放することに同意した。

「ご協力を感謝いたします」
 老人の勇気によって事件が1つ解決した。

 応援に駆けつけた者と協力して、地下室から哀れなものたちを救出した。多くが久しぶりに見る外の世界に興奮している様子だ。
 ペンチアスクリーンキャットの足は小刻みに震えていた。サッポロユキヒョウの凛々しい横顔が見える。オオクジラッコはマイペースで行進の途中で突然立ち止まる。ムーンサーベルモンキーがちょっかいを出してもスネクイーンオオカミは動じない。ヘッドライトをあびてステマザウルスの背中がきらりと光る。マカロンポニーが笛を吹いたように鳴く。バルーンポニーは持ち前の好奇心を徐々に回復させて野草に口をつけた。月明かりの下でキメラスポメラの瞳が夜露のように潤んでいた。

「わしもつれていってくれ!」
 闇夜のパレードの向こうからおじいさんが駆けてきた。
 危うく忘れるところだった。

「失礼しました。一緒に行きましょう!」

 任務はこれにて完了であります。野生の一鳴きに気づかなければ危険なところでありました。本官を支えているのは強い使命感なのであります。大切な市民の味方として、いつでも公正な姿勢を保たねばなりません。権利と平等を守ることにおいては、人も動物もないのであります。本官にとってみれば、皆が大切な住民であります。本官はこの街が好きであります。愛すべきこの街が真の愛に包まれること。それが本官の夢であります。

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ミニマム・ファッション

2023-11-16 03:47:00 | ナノノベル
 着るものなんて、何でも構わない。それは超越? それともあきらめ? よくわからないな。纏わされてみてはじめて、これ何か違うと思う。昨日はこれだったかもしれないけど、今日はどう考えても不正解。じゃあこれにする? いいえ、この色はちょっとね。何かしっくりとこないというか……。秋じゃない。このふわふわもちょっとね。朝にはこれだったかもしれないけど、夕暮れにはちょっと浮いちゃうっていうか……。じゃあこれにする? いいえ、これはないかな。だって、みんなこういうの着てるじゃない。もう着尽くされてるって言うの。じゃあ、これなんかは? うーん何か冴えないな。何て言ったらわかるかな。落ち着かないんだな。別にかっこつけてるわけじゃないの。周辺視野の中の自分が自分らしくありたいと思うだけ。じゃあこれは……。

「もう裸で行く!」

「寒くない?」

 寒くなんかない。まだ初秋じゃないか。
 あえて着ないという選択もある。それが私に許された当たり前の自由だった。

「さあ、出かけよう!」

 最近少し太り気味の飼い主を連れ出して、この街の夜に染まること。それが私のルーティンなの。

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夜逃げバス

2023-09-12 03:47:00 | ナノノベル
 太陽に見つかる前に。こっそりと迅速に抜かりなく、私たちは逃げ出す。誰も置いていかない。奴らが来た時には、もぬけの殻だ。絶対にバラバラになったりしない。私たちはどこに行っても、上手く溶け込んでみせるだろう。
 運転席のボスが順に皆の着席を確かめる。

ばあちゃん「はーい」
タク「はい」
チビ「わん」
ミー「ヒヒーン」
チャコ「にゃあ」
ビット「にゃあ」
ピース「みゃあ」
船長「おー」
ドン「わん」
ピピ「にゃあ」
チップ「にゃあ」
ポー「みゃあ」
ポメラ「ちっ」

よーし 出発!

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カート泥棒

2023-08-06 17:31:00 | ナノノベル
 いつもの道を少し外れるとその先に新しい風景が開ける。おばあさんは日常を踏み越えて開拓者になった。いつもの場所に不満があるというわけではない。ささやかな冒険心を抑え込むには、おばあさんはまだ若すぎた。大通りから1本入ったところ、緩やかな坂の上にそのスーパーはあった。

「高いよ高いよ。白菜、キャベツ、人参、椎茸、葱にもやしにニラにほうれん草、牛肉、豚肉、鶏肉、挽き肉、肉が高い、野菜が高い、何でも高いよ。高かろうよかろう。どうぞお客様手に取ってごらんくださいませ」

 高いが売りのスーパーのようだ。地域に密着した店で、それなりに近所の人が足を運んでいる様子だ。見回してみるとどれも驚くほどに高い。おばあさんは財布の紐をきゅっと締める。

「米が高い。パンが高い。総菜が高い。文具が高い。日用品が高い。目玉が高い。お買い得が高い。当店お安いものは一切ございません。時給が高い。月給が高い。ボーナスが高い。退職金が高い。役員の報酬が高い。期待が高い。コンプラが高い。当店従業員あってのお客様でございます。ごゆっくりとお買い物をお楽しみくださいませ」

 うっかりコロッケに伸ばしかけた手を、おばあさんはピーヒャラ笛のように引っ込めた。どこかに掘り出し物はないものか、店内を注意深く見て回る。アナウンスの通り、そんなものは何1つ見当たらない。それはともかく、従業員を大切にすることは素晴らしいことだ。そうでなければ心からのおもてなしなどできないとおばあさんは思う。

「いらっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、白菜、お野菜、ザーサイ、天才、北斉、関西、万歳、一切合切、山菜、盆栽、ください、どうぞ、へいらっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい、高いよ高いよ、麺類高い、缶詰高い、飲料高い、お酒が高い、レトルト高い、手作り高い、チョコが高い、煎餅高い、何でもかんでも高いよ。この店の方が高いじゃないか。もしもそんな店がございましたら、どうぞこっそりとお教えくださいませ。もっともっと高くして参ります」

 高さへの突き抜けたこだわりが清々しい。おばあさんは初めての店の中を歩きながら、他の買い物客の様子を密かに観察していた。値札を見ずにどんどんカートに投げ入れる者。慎重に吟味した上でようやく1つを差し入れる者。首を傾げながらただ見ている者。あれは他店のスパイかもしれない。巧みな口車に乗せられてしまわないように、おばあさんは財布の紐をきゅっと締める。

「いらっしゃいようこそ。じいちゃん、ばあちゃん、母ちゃん、父ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃん、嬢ちゃん、わんちゃん、猫ちゃん、おじちゃん、おばちゃん、Gジャン、革ジャン、しんちゃん、山ちゃん、今チャン、えいちゃん、みきちゃん、まこちゃん、ゆうちゃん、くろちゃん、コチュジャン、麻雀、たけちゃん、てっちゃん、さっちゃん、よっちゃん、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、行ってらっしゃい、お気をつけて。あっちの棚は高いぞ。こっちの棚は高いぞ。どうぞお客様手の届かない棚がございましたら、遠慮なく従業員にお申し付けくださいませ。当店、従業員あってのお客様でございます」

 それにしても参ってしまうくらいに高い。濃縮還元100%ジュースの値を見ておばあさんは思わずのけ反ってしまった。(あの店のたこ焼きだったら15個分と同じだ)

「高いよ高いよ。アイスが高い。タオルが高い。醤油が高い。めんつゆが高い。菓子が高い。キノコが高い。水が高い。牛乳が高い。チーズが高い。ビールが高い。ビルが高い。土地が高い。敷居が高い。棚が高い。天井が高い。品質が高い。好感度が高い。高い高いと手を出さないお客様。見てるだけはお客様でも何でもない。角さんや見せしめです。ひとつ懲らしめてやりなさい。当店はお客様の財布を高く買っております。どうかご理解くださいませ」

 次は自分かもしれない。懲らしめられて青果コーナーで土下座する男の前を、おばあさんは急ぎ足で通り過ぎた。枕か、ドルか……。よくわからないけれど、何かが高すぎてハラスメントの匂いがする。無事に出られたら、ここには二度と来ないとしよう。おばあさんは息を殺して空っぽのカートを押した。

「あれも高い。これも高い。山田のじゃが芋が高い。田中の人参が高い。鈴木のキャベツが高い。横山のトウモロコシが高い。佐藤の小松菜が高い。島田のトマトが高い。田原の卵が高い。鮮度が高い。評判が高い。作り手のプライドが高い。エブリデイ高い値。当店は一切高止まることはございません。今日より明日、明日よりも明後日、そして来週に向けていよいよ高くなって参ります。高いよ高いよ。高い高いと手を伸ばさないのは客でもない。角さんよさあさあひとつ遊んでおやりなさい」

 見つかってしまった。おばあさんは小走りで店を出た。流石に店の外までは追って来ないだろう。けれども、後ろから誰かが駆けてくる音がした。おばあさんは財布の紐をきゅっと締めてカートの中に乗り込んだ。来た時よりも坂が急になっているように感じた。おばあさんは加速をつけて坂を下りた。
 いつもの店でコロッケを買おう。

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マルチワーク時代のタイムシフト・オペ

2023-07-23 09:13:00 | ナノノベル
 私たち人間の時間は飛躍的に長くなった。例えば同じ時間であっても、その中でやれることは圧倒的に増えた。幸運なことに、昔の人と比べ私たちはたくさん生きられるようになったのだ。かつてはこれと決めた一つの職に生涯かけて打ち込むことが普通だった。今は興味さえ持てばより多くのことに挑戦できる。言ってみればゲーム感覚で。何をするにも特別なスキルは必要ない。あるいは習得時間が短縮された。AIやアプリが人間を助け、足りない部分を補ってくれている。私は寿司職人であり宮大工であり将棋の棋士であり弁護士であり画家であった。そして……。
 今、私は手術台の上に横たわっている。
 まもなく私のオペが始まる。あるいは終わっている。
 昨日、既に私の手によってオペは完了した。これよりここでその結果が再現されるだけだ。AIは99.99パーセントの成功と診断した。

「大丈夫。自分を信じて」
 私は目を閉じた。

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ピコの冒険(体験学習)

2023-07-17 03:41:00 | ナノノベル
 表に出たらめまいを覚えた。やけに視界がぼやけている。あの大空に飛び立つことが想像もできなくなっていた。できそこないの朝のように、すぐ先にある看板の形さえもぼやけて見えるのだ。ずっと閉じこめられていたせいか、栄養が足りていないためか。もしも自分が機械なら、スイッチが入らないまま、壊れてしまうのかもしれない。歩道をはみ出しても霧は晴れない。もう戻れないのか……。(いったいどこへ)

「そんなところにいたらひかれちゃうよ」
「いい。僕は飛べないから」
「危ない!」
 乱暴な猫に突き飛ばされる。
「何するんだ」
「そっちこそ!」
 わからない。自分が何をして生きてきたのか。
 現在地だってわからないのだ。
「一緒にくる?」 
 猫の足は速すぎる。


「ここは安全よ。理解のある人しか来ないから」
「ここで働いてるの?」
「まあ見ればわかるわ」
 猫の業務は微妙な形態だった。
 じゃれ合いの中、気まぐれの中、眠りの中、つまみ食いの中、愛嬌の中、それぞれの孤独の中にあった。時々、人間たちがやってきて、気まぐれの中に入り交じった。喉を潤したり鳴らしたりしながら、背中を撫でた。夢から醒めた三毛猫が古宿を捨て、新しい本棚に飛び移った。
「あなたもやってごらん」
「僕は飛べないから」
(それは僕の領域じゃないんだ)

「この子は無理なの。ゆっくり歩いて来たのよ」
「ねえ。僕もいていいの?」
「もういるじゃない」
 そんなことじゃない。立ち位置についてだ。
「何が働いているかわからないものよ」
「僕は何もしていない」
「何より愛想が大事なの。指名を得るにはね」
「指名?」
「人に興味を持ってもらうこと。誰かのお気に入りになることね。だんだん好きになってもらって、やがて最愛になるの。生活が変わるわ」
「どんな風に?」
「さあ、もう次に行かないと。ママまたね」


 次の職場に向かう猫の後をついて行った。
 猫は歩くのが速い。
「かけもたないとね。これで食ってるの」
「いつから?」
「ずっと昔からよ」
 日が落ちかけていた。
 昔……。何か懐かしい響きだった。

「僕、もう行くよ」
「思い出したの?」
「うん。たぶんね」
「そう……。やってごらん」
「ありがとう」
 陸の生き物に別れを告げた。
「飛べるのね。やっぱりあなたは鳥の一羽ね」
 
 さようなら。
 私はこの道を、あなたはあの空へ。

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ドラゴン寿司

2023-07-12 23:55:00 | ナノノベル
 カウンターにかけると一間竜ほどの距離で大将と向かい合った。

「二枚銀を」

「あいよー」

 まずは小手調べに二枚銀だ。

「へいお待ち、二枚銀です」

 よい腕だ。早く、正確で、味も申し分ない。

「銀矢倉と銀冠を」

「あいよー」

 順番だ相性だと気にする者もいるが、寿司は自分の好きに頼むのがいいだろう。

「へいお待ち、銀矢倉と銀冠です」

 くーっ、利かせやがったな! いくら山葵が強く刺激してきても、表情なんて変えるものではない。寿司はデュエルではないか。安易に弱みは見せられない。

「腰掛け銀と早繰り銀を」

「あいよー、銀がお好きですかい」

「まあそうね」

 今日は銀尽くしといこうじゃないか。

「へいお待ち」

 おっと、これは何だ?

「カニカニ銀、こちらはサービスで」

「あー、これはバランスが取れてますな」

 なんて素敵な店だろう。調子に乗って行くか。

「銀多伝を」

「……」

「金目鯛ですな」

「銀多伝を」

「お客さん、申し訳ない。銀が切れてしまって」

「何?」

 ウォォオォォーーーーーーーーーーーー!

 その瞬間、私は燃え上がる龍となり大将を丸飲みした。

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鈴木さんちのキャベツ

2023-07-02 09:09:00 | ナノノベル
 空腹時にはスーパーに行かない主義のおばあさんが迷ったのは、目当てだったパン屋が歯科医に姿を変えていたからだった。すぐ隣にあったコンビニは今では高層マンションだ。まるで別の街に来てしまったようだった。歩きすぎてしまったのだろうか。

「今は何年ですか?」
 おばあさんは、思わず道行く人にたずねていた。

「3年生!」
 少女は得意げに答える。(転校生だった自分となぜか仲良くしてくれたみっちゃんに似てる)おばあさんは少し昔のことを思い出して、西の空を見上げた。

(あったあった)

 スーパーはあるべきところにあった。店に入ると中は80年代ディスコのような様子に変わっていた。肉屋の隣にフライコーナーができている。パン粉をつけた椎茸、蓮根、海老、アジフライ、ハムカツ、メンチカツ……。どれもみな美味しげだ。けれども「できあがったものを買うよりは他にできることはないのかしら」とおばあさんは思う。
 遠回りしてたどり着いた青果コーナーは空っぽだった。

(また店長が変わったな)

「お待たせいたしました。まもなく東入り口より鈴木さんちのキャベツが入ってまいります。本日は遠方より鈴木さん自らが責任を持って運んでまいりました。どうぞ拍手でお迎えください!」

パチパチパチ♪

 三輪車に乗ったおじいさんが、ゆっくりと青果コーナーに向かってくる。あれが鈴木さんだろうか。

パチパチパチ♪

 おばあさんもつられて手を叩いた。

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