眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

どうしようもない行き止まり

2024-05-30 22:37:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにどうしようもない行き止まりがありました。そこから先へ進むことはどうしよもなく不可能に近く、何人もそこを越えていくことができませんでした。

「ここを突破できた者にはぱりんこ200年分を与えよう!」

 王様は言いました。ぱりんこ200年分。それは途方もない贈り物。
 詩人は言葉を持って王様の前に現れました。美しい単語、キャッチーな比喩、心地よい修辞、謎めいた暗喩を駆使して突破を試みました。けれども、そこにあるのはどうしようもない行き止まり。言葉やなんかで突き抜けることはかないません。
 替わって子供が現れて、無邪気な心だけで突破を図りました。大人にとっては多く見える壁も、手に負えない理屈も、変え難い慣習だって、子供の心にかかればなきも同然。澄んだ瞳を持った子供なら行けるかもしれない。人々の期待が一瞬大きく膨らみました。けれども、そこにあるのはどうしようもない行き止まり。子供なんかに突き抜けることはかないません。
 次には大統領が軍隊を動かして王様の前にやってきました。「撃て!撃て!」一番上からの命令によって、次々と銃弾が撃ち込まれます。びくともしないと思えれば、もっと強力なミサイルが飛び出しました。それでもその先に開ける風景は何も変わりませんでした。そうです。そこにあるのはどうしようもない行き止まり。軍隊なんかに突き抜けることはかないません。

 その時、煙を吐く戦車の下から一匹の猫が抜け出してきて、王様の前に立ちました。
「ちょっと通ります」
 王様の前でも物怖じ一つしない猫でした。
「今は大会の最中だ」
 王様の威厳に満ちた声が猫の前に立ちふさがります。

「ただ抜けていくだけです」
 猫は一向に態度を曲げる様子がありません。

「ならばよかろう!」

 王様の許しを得ると猫はあっさりと抜けていきました。
「さあ、次の挑戦者は誰だ?」
 その時、おかしなことに誰も気がつきませんでした。
 どうしようもない行き止まりを、簡単に突き抜けていった小さな勇者がいたということを……。

「さあ、いったい次は誰なのだ?」
 次のチャレンジャーはどうやら宮大工のようでした。
 けれども、ぱりんこたちの一部が(ちょうど3年分くらい)、猫の足跡を追ってかけ出したのでした。
「もう、勝ち抜けたよね」
「そう。あの猫のものだよね!」








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ファイト・バンク

2023-09-29 23:06:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに危険なおじいさんがいました。喫茶店、大衆食堂、映画館、遊園地、コンビニ、スーパー、ファミレス、公園、図書館、美術館、書店。ありとあらゆる場所で、おじいさんは危険人物に指定されていました。
 ある日のこと、おじいさんは鈍器のようなものを持って銀行を訪れました。

「金を出せ!」

 おじいさんが凄みのある声で行員を脅します。すると奥から鈍器のようなものを持った支店長が現れました。

「帰れー!」

「金を出せ!」

「とっとと帰れー!」

「とっとと金を出せ!」

「はよ帰れー!」

「金が先だ!」

「帰れー!」

「金を出せ!」

「もう帰れー!」

「金出せ!」

 しばらく押し問答のようなやりとりが続きました。しかし、しびれを切らしたおじいさんが鈍器のようなものを振り上げました。するとすかさず支店長も鈍器のようなものを振り上げて応戦します。鈍器のようなものと鈍器のようなものがぶつかる鈍い音が、不快なノイズとなって通常の業務に重大なストレスを加え、皆の迷惑となっていました。

「帰れよー!」

「金を出せ!」

 おじいさんが振り上げた鈍器のようなものの攻撃は、支店長が構える鈍器のようなものによって完全に吸収されてしまいます。これでは何度やってもまるで効果がありません。危険なおじいさんは脳をフル回転させると形勢が互角であることを判断しました。そして、行き止まりのような現状を何とか打破するために、自ら鈍器のようなものを床に置きました。するとすかさず支店長も、鈍器のようなものを床に置きました。けれども、それは戦いの終わりではありませんでした。なぜなら、危険なおじいさんの手には元から最も危険な武器が備わっていたからでした。おじいさんは、その手をぎゅっと閉じて握り拳を作り出しました。

「金を出せ!」
 おじいさんの振り上げた握り拳が、支店長に襲いかかります。
「家に帰れー!」
 支店長も負けじと握り拳を作って応戦しました。

 ホイ♪ ホイ♪ ホイ♪ ハッ♪
 ホイ♪ ホイ♪ ホイ♪ ハッ♪
 ホイ♪ ホイ♪ ホイ♪ ハッ♪
 武器を持たない男と男の真剣勝負が続きました。

「金を出せ!」

「家に帰れー!」

「帰っても何もない!」

「私は知らない!」

「金だ!金だ!金だ! この世はみんな金なんだ!」

「うるさい!」

「金を出しやがれー!」

 ついにおじいさんの必殺の一撃が決まると支店長を打ちのめしました。おじいさんの大勝利です。戦に敗れた支店長は翌週には遠方への出向が命じられました。見事勝利したおじいさんにはその功績を称え一日支店長のポストと多額のファイト・マネーが与えられました。
 めでたし、めでたし。

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何もしない男

2023-09-14 02:39:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに何もしていない男がいました。何をしていいかわからないまま時間ばかりがすぎていきました。男は徐々に何もしていないことに焦りを覚え、きっとあるところには何かがあるはずだと思ったりしました。何かとは何だろうか。とは言えこうなったからにはしかたがない。こうなったからには……。しかし、どうにもなっていない。どうなることもないこと、どうにもならないこと、どうしようもないこと、そうした言葉の整理に疲れ果てた頃、男は閉じこもっていた家を出て隣人をたずねることにしました。
 隣人をたずねてみたところ、そこには何もしていない人がいました。
 何もしていない!
 男は驚きを隠せないまま勢いその隣の家をたずねると、そこにもまた何もしていない人がいたのでした。
 何もしていない!
 男は素朴な発見に興奮して、次々と隣の家をたずねてまわり、その度に何もしていない人々を目にしたのでした。

「何だこんなものか」
 世界はまだ動き始めてもいない。
 そう思えた時、男は不思議と落ち着きを取り戻し、軽い足取りで家に帰って行きました。
 めでたし、めでたし。

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意欲的な街

2023-09-05 01:08:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに意欲的なおじいさんがいました。おじいさんは意欲的に手を振って歩きました。意欲的に道で居眠りをしました。意欲的酒場に出かけ、意欲的なダンスを見せ、意欲的に酔っぱらうと、意欲的に罵り、意欲的に取っ組み合い、意欲的に大暴れしました。

「酔ってるな!」

「酔ってなんかない!」

 おじいさんは意欲的に警官に説得を試みました。
 おじいさんはどんどん意欲的になって夜の街を切り裂きました。

「暴れん坊じいさんが来た!」

 少年が叫ぶ時にはおじいさんは家にいて意欲的な夢をみていました。朝が来ます。さあ、行こう!
 おじいさんは街に出て、意欲的にぶらぶらとするのでした。
 めでたし、めでたし。

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ハイキック・プレゼント

2022-12-24 00:31:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに長い靴下のおじいさんがいました。おじいさんの靴下は、おじいさんの足の付け根から街角のコンビニまでありました。ある日、おじいさんは出かけました。部屋から一歩出るとそこはコンビニでした。おじいさんはおでんをイートインして楽しみました。コンビニの外の駐車場ではスマホを手にして遠くのものから金を巻き上げる集団がとぐろを巻いていました。可哀想な若者めが。おじいさんは華麗なハイキックを見舞いました。

「メリークリスマス!」

 おじいさんが見知らぬものたちを助けたあと、一帯には主を失ったスマホと道を誤った人形たちが転がっていました。午前0時をまわった頃、店長が出てきて出汁を注ぐと蘇生が始まりました。

「聖夜に死体は似合わない」
 おでんを好む猫たちが、目を輝かせて近づいてきました。

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ずっと隣に

2022-09-26 05:24:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにおじいさんが住んでいました。角には食堂があり、その隣には郵便局、その隣にはセブン、その向こうにはローソン、その隣にはファミマ、その隣には駄菓子屋、その隣にはローソン、そのまた向こうにはファミマ、その隣には銀行、その隣には歯科医、その隣にはヤマザキ、その隣にはローソン、その角には食堂があって、その隣にはファミマ、その隣には喫茶店、その隣には家具屋、その隣にはミニストップ、その隣にはスーパー、その隣には書店、その隣にはローソン、そのまた向こうには商業施設、その中にはケンタッキー、その隣には理髪店、その隣には珈琲館、その隣にはローソン、その向こうにはフードコート、その向こうには100円ショップ、その向こうにはエスカレーター、その向こうには駐車場、その向こうにはクリーニング屋、その隣にはローソン、その隣には肉屋、その先の角には食堂があって、その隣にはファミマ、その隣にはポプラ、その隣にはローソン、その隣には雑貨屋、その隣にはケーキ屋、その向こうには空、空の向こうには虹、虹の向こうに天国の扉、扉の中にはセブンがあって、おじいさんはとても便利でした。
 めでたし、めでたし。

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優しい人

2022-09-23 04:30:00 | リトル・メルヘン
 線路が細いから電車も細かった。前に座る男の投げ出した脚が僕のお腹を蹴った。僕は遠くに飛ばされた。閉ざされたポメラの上は村の外だった。魔物たちがうろついている。心強いのは勇者の顔が見えたから。魔物が雄叫びをあげる。勇者が剣を振り下ろす。血は流れない。勇者は独特の振りによって人間離れした愛情を植え付ける。憎しみはない。仲間仲間仲間。あるのは何よりも強い仲間意識。それは伝説にある和解の剣に違いない。仲間がいっぱい増えていく。勇者は広く仲間を募っている。魔物たちは減りはしないが誰がそれを気にするだろう。性質も関係性も日々光ある方に導かれていく。成長は望まない。
 それは優者のほんの小さな寄り道だった。

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モンスター・ロード

2021-03-09 10:41:00 | リトル・メルヘン
戦士を倒しても魔法使いを倒しても
一向にレベルが上がる気配はない
俺を仲間に誘う声も聞こえない

それでも旅を続けているし
(旅が好きなのかもしれない)
期待することはやめられない
未来、未知、冒険の 
なんて甘い響き!

中立的な村人は俺に教えてくれる
「西の町に新しい勇者が現れたとか」

よーし! 弱い内に倒しに行くか

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花猫 

2020-04-10 04:13:00 | リトル・メルヘン
 死んでいた花を拾って家に持ち帰った。花瓶に挿して水をやるが何も変わらなかった。捨てるには惜しくしばらくそのままにしておいた。朝晩水をやることが習慣のようになった。少しずつ花の色が精気を取り戻し始めたような気がした。そう思うともう捨てることはできなくなった。錯覚ではない。月が変わる頃、花は本来の自分の色を取り戻しつつあった。

「おはよう」
 ある朝、花は口を開いた。
「あっ。しゃべれたの?」
「ふふふ。前世は鳥だったのよ」
 花は日に日に元気になっていた。これまでのやり方はすべて間違いではなかった。もっともっと。もっと元気になれ。花は伸びていく自分が誇らしげだった。花は時々窓の外をじっと見ているようだった。
「あそこ。何か懐かしい場所」
 窓の外には葉の落ちた一本の木があった。
 真っ白だった花は突然別の色も見せ始めた。水以外のものも欲しいと花は言った。思いつくままにお茶やジュースをやった。コーヒーをやった時は少し身を引いた。一番喜んだのはミルクをやった時だったように見えた。花はとうとう白と黒の二色に分かれた。
 花瓶を抜け出して部屋のソファーに飛び移った。
「名前をつけないと」
 花は猫になったのだ。

「サキ」
 おやつの時間に名前を呼んでもサキは来なかった。ソファーの下、本棚の上、クローゼットの隙間。サキの姿はどこにも見えなかった。
「サキー」
 バスルームにもサキはいない。暴れた形跡もなかった。まさかと思い開けてみた洗濯機の中に取り忘れたいつかのTシャツがあった。ドンドンと硝子を叩く音。誰かが外にいる。
「ああ。どうやって外に出たの?」
 口の周りが土で汚れていた。冒険を終えてサキはソファーに飛び乗った。隅っこのいつもの定位置に身を縮めるとすぐに眠りに落ちた。今の内に仕事を片づけてしまおう。花だった頃よりもサキは随分と手が掛かる。

「おとなしく待っててね」
 留守番を頼んで鍵をかけた。眠っていてくれればいいが、一度スイッチが入ると大変だ。部屋中が散らかってしまうのは仕方ないとしても、本格的にターゲットになってしまうと根こそぎ食い千切られることになる。心配を置いたまま歩いていると何かが後をついてくる足音がした。どこかで聞いたような……。
 はっとして振り返ると猫は足を止めた。
「サキ?」
 マジックのように抜け出して後を追ってきたのだ。元より普通の猫とは違う。サキは不思議そうな目をしてずっと私の方を見上げていた。行き交う見知らぬ人々。加速をつけて長距離バスが通り過ぎる。大きな犬が通りすぎても、サキは慌てる様子を見せなかった。

「一緒に行くか」
 サキを抱えて街を歩いた。また少し重くなったような気がした。あたたかな鼓動が胸に伝わってきた。本当は興奮しているのかもしれない。待っていてくれればよかったのに。落ち葉を寄せ集めて風が歩道の上で暴れ回っていた。サキは食いつくように視線を落とした。川のせせらぎ。ああ、そうだ。ここなんだ。
「ここでお前を拾ったんだよ」

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秋刀魚と狼

2019-12-16 23:07:03 | リトル・メルヘン

 長い雨の後の大きな水たまりの表面がゆらゆらとして物語が浮かんでいました。水の紙芝居のようでした。

 

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいて昔話に花を咲かせていました。昔のことらしく幾らでも遡ることができるので、なかなか話は先に進みません。おじいさんに先に進めようとする意思はなく、おばあさんには遡るための引き出しが幾つもありました。引き出しを開けると、新しいおじいさんとおばあさんが現れて、新しい昔話が始まります。

「昔話は尽きませんな」

 話が尽きない限り、時間はいくらあっても足りませんでした。先を急ぐばかりの若者は、話をろくに聞かずに町を出て行きました。残ったおじいさんとおばあさんは、昔話に話を咲かせます。そうして、おじいさんとおばあさんばかりが、どんどん増えていきました。

 おじいさんとおばあさんがいなければ、昔話は始まりません。そして、おじいさんとおばあさんが増え続ける限り、昔話は増えていくのです。

 

 

 おじいさんはそれはそれは大きな秋刀魚を買うと意気揚々と家に帰りました。何しろおじいさんは秋刀魚が大好きだったしこんなに大きな秋刀魚はこれまで一度も見たことがなかったのです。そして、秋刀魚が好きなのはおじいさんばかりか、おばあさんも秋刀魚が大好きだったものだから、それはなおさらのこと、そうしなければならなかったのです。何しろおじいさんは、おばあさんが美味しいものを食べている時の表情が一番好きだったのです。秋刀魚と同じくらいに好きでした。

 おじいさんは秋刀魚を買って踊るようにして家に帰りました。玄関を開けて中に入ろうとすると、おじいさんは体が中に入らないことに気がつきました。大きすぎる秋刀魚のせいで入れないのでした。流石のおじいさんもこれには大層がっくりと肩を落としました。

「なんてこったい! こんなに大きな秋刀魚は初めて見た!」

 それからおじいさんは気を取り直して、今度は秋刀魚を縦にしたり傾けたりしながら、どうにかして中に入れないものかと努力に努力を重ねました。その結果、どうにか道が開けるかもしれない。そういうことが今までにもあった。そうだ、あったに違いない。報われない努力があったことか。おじいさんは自らに言い聞かせながら、何度も何度も秋刀魚と共に家に入る努力を続けました。おじいさんは今までの豊富な人生経験から、努力が人を裏切らないことを、誰よりもよく知っていたのです。

 そうしてまだ実らない努力を続けている間に、おばあさんが帰ってきました。おばあさんは手に大きな秋刀魚を持っていました。

 

「おじいさん。まあおじいさん。何を努力をしているの?」

 おばあさんは手に大きな秋刀魚を持ちながら言いました。

「いやなに、秋刀魚がなかなか言うことを聞かないものでな」

「あらまあ、おじいさん! 私も秋刀魚を買ってきたのよ!」

「おばあさん! なんと大きな秋刀魚じゃ!」

 おじいさんは、おばあさんの手にある秋刀魚の大きさに驚いて言いました。

「おじいさんの秋刀魚も、大きいじゃないの!」

「そうなんじゃ、おばあさん! 大きくて大変だよ!」

「それは大変ね!」

「何を言うかね、おばあさん。おばあさんの秋刀魚も大きいじゃないか!」

 おじいさんとおばあさんは、お互いの秋刀魚を照らし合わせて、大きさを比べてみることにしました。するとどうでしょう。秋刀魚と秋刀魚が照らし合って、きらりと光り輝きました。それは二人の前に突然生まれた星のように光ったのでした。一瞬、二人はそのまぶしさに驚いて、顔を遠ざけました。

 

「おお! なんてまぶしいんだ!」

「だけど家の中には入れない」

 その時、秋刀魚は二人の前で剣のように輝きを放ちました。

 二人は秋刀魚の剣を握ったまま、かちかちとぶつけ合って闘いました。秋刀魚が剣士を作り、剣士にプライドが目覚めたためでした。閉ざされ玄関の前で二人は幾度となく剣をぶつけ合って闘いました。決着が着くよりも早く、二人が剣を置く時間が訪れました。剣が夜に恋して交わる内に、鱗が落ちて秋刀魚の顔が戻ってきたためでした。

「家に入って休みましょう」

「そうだ。そうしようじゃないか」

 

 

 おじいさんとおばあさんは家に入ってしばらく休憩を取ることにしました。秋刀魚のことを完全に忘れたというわけではなく、休憩を取った後にまた改めて考えることにしたのです。いいアイデアが湧いてくるかどうか、二人に確信など微塵もありませんでした。そればかりか気まずい空気が流れていたのです。おじいさんは、窓を開けて新しい風を呼び込もうとしました。窓からは、風ではなく他ならぬものが入ってきました。それは他ならぬ気分的なもの、他ならぬ季節的なもの、他ならぬ昆虫的なもの、他ならぬ憂鬱なもの、他ならぬ演奏的なもの、他ならぬ感覚的なもの、他ならぬ他人めいたもの……。そして、二人にとって待ちかねた、他ならぬ閃き以外の一切だったのです。

 おじいさんはいても立ってもいられなくなって、家を飛び出しました。そして、その後におばあさんも続きました。

 

 外に出て秋刀魚を手に持つとそれは前よりも重みを増しているように感じました。やはり巨大すぎて玄関を通らないのは、前と同じです。その時おじいさんの頭に、待望のアイデアが閃きました。

 

「ここで焼けばいいじゃないか!」

「そうね! おじいさん!」

 すぐにおばあさんも賛同しました。早速煙を起こし、秋刀魚を焼き始めました。なんとも言えないよい香りが、広がっていきます。それはこの世の秋を感じさせるもの、生きていて良かったと思わせるに十分すぎるほどの香りでした。けれども、その魔力的な香りに引きつけられるようにして、邪悪なものたちが迫っていることに二人は気がつきませんでした。

「そろそろ食べ頃かね、おばあさん?」

 いよいよおじいさんの空腹も限界に近づいているのでした。

「なあ、おばあさん?」

 煙の中に、おばあさんを見つけることができませんでした。

 おばあさんが姿を消したことを知ったおじいさんは、一人寂しく秋刀魚を食べなければなりませんでした。

 おばあさんに関する手がかりと言えば、ほんの少し前に野生の雄叫びのような声が聞こえたというだけでした。

 

 一人になってしまったおじいさんは、おばあさんの気配を追って町中を歩きました。そして、町を飛び出して山の奥にまで潜っていきました。どこまで行ってもおばあさんの姿はなく、おじいさんは途方に暮れて座り込みました。その時、木陰から密かにおじいさんの様子を見ているものがいました。それは何か小さな存在のようでした。

「出ておいで」

 おじいさんの囁きに安心したのか、イノシシの子供がゆっくりと姿を現しました。それは母親からはぐれた子イノシシでした。おじいさんはポケットの中から残りのチョコレートを取り出して与えました。すっかり日が暮れて、おじいさんが肩を落として山を下りると、後ろから子イノシシがついてきました。手で追い払うような仕草をしても、しっしっと言っても、まるで通じません。仕方なくおじいさんは子イノシシを連れて帰りました。どことなくおばあさんの面影が感じられたからです。

 おじいさんと子イノシシの生活が始まりました。おじいさんは、どこに行く時も子イノシシと一緒でした。図書館に足を運んでは、イノシシのことについて学び、また子イノシシの方もおじいさんと共に歩むことで、人間の習性を徐々に学んでいったのでした。そんな互いの努力もあって、イノシシは一人前に成長し、すっかり町の人気者になったのでした。

 多くの役割がイノシシに与えられました。一日警察署長、一日駅長、一日校長先生、一日コンビニ店長、一日動物園長、一日映画監督、一日大学教授。そうした一日一日が、宝物のようでした。おじいさんは、イノシシの後に、マネージャーのようについて回りました。

 ある日、イノシシが死んでしまいました。葬儀には、町中からたくさんの人が押し寄せ別れを惜しみました。

 

 おじいさんは悲しみに打ち勝とうとして仕事に打ち込みました。おじいさんの仕事は獣医でした。以前にも増して積極的に最新医療を学ぶようになり、またイノシシで儲けた資金を投入して、最新機器を次々と導入しました。そうした努力の甲斐もあって、おじいさんの動物病院の名声は、町だけに留まらぬ広がりを見せ、国中から名医の治療を求めて動物たちがワンワン、キャンキャンと押し寄せるようになりました。

 

「うちの子がとても苦しそうなの」

 少女は狼を抱きかかえながら、駆け込んできました。

「何か変わったものを食べましたか?」

「わからない。わからないのよ」

 何もわからないと言って、女の子は泣きました。

 名医は次々と質問を浴びせました。女の子は泣いていて、一つも答えられません。名医はレントゲンを撮るため、狼を抱えました。とても苦しげに息をしています。

「これは何だろう?」

 写真を見てみると何か得体の知れないものが写っていました。名医は手術台に狼を運び、鋭利なメスで狼のお腹を切り裂きました。すると中におばあさんが隠れていました。

「おお! おばあさん! こんなところにいたのかい!」

 おばあさんを狼のお腹から取り除くと丁寧に縫いつけました。そして、今度はおばあさんを抱きかかえて、少女の元へと行きました。

「腹痛の原因はわかりましたよ。もう大丈夫です」

「ありがとう! 先生、ありがとう!」

 今度はうれしさのあまり泣きました。

 うれしいのはおじいさんも一緒でした。何しろようやくおばあさんと再会することができたのですから。間もなくおじいさんも泣き出しました。

 

「どうしたの? おじいさん?」

 おばあさんが長い眠りから覚めて口を開きました。

「何だかおかしな夢を見ていたわ」

「どんな夢だね? おばあさん」

「秋刀魚を手にして戦っていたの」

「そうかね。それはおかしな夢だね、おばあさん」

 

 

 枯渇の旅人が水たまりを飲み干すと紙芝居は消えてしまいました。おじいさんも消え、おばあさんも消えてしまいました。

 

 

 

 

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イルカはごめん

2019-09-13 03:02:00 | リトル・メルヘン
 僕らは翼を持った新しい豚だ。狸が扮装し木の葉を使い人の間で商売する間に、僕らは知恵を蓄えた。犬や猫が人の温もりに恋して家具の間を行き来する間に、僕らは夢と想像を膨らませた。檻に捕らわれ縄に捕らわれた時代を抜け出して、僕らは上を向き羽ばたく豚へと変化した。人間からかけ離れたものでもない。人間に近づきすぎたものでもない。気がついた時には、僕らは他の動物とはどこか一風変わった奇妙な存在になっていたのかもしれない。僕らは横から現れるような牛じゃない。枠から走り出すような馬じゃない。テクノロジーと大和魂を併せ持った豚。僕らは翼を持った新しい豚だ。

「妖しい奴が紛れ込んでいる」
 教官が一同の前に立ち冷静な目で言った。
 妖しい奴……。それはいったいどういう奴だ。
「飛べない豚はいるか?」
 確かめるまでもない。それは僕らにとっては初歩的な問題だった。新しい豚を正面から否定することだから。
「順に訊くぞ!」
 いるはずがない。今さら青い海になど戻れるか。
「いません!」
「違います!」
「愚問です!」
「当然です!」
「論外です!」
 表現は違っても答えはみんな同じだ。
「勿論です!」

「ほほー、そうか。じゃあ、君やってみて」
 教官は足を止めて言った。どうして……。からかっているのか。僕を疑っているのか。冗談じゃない。みんなの視線が僕に集中している。逃げ場はなかった。もう、やるしかない。久しぶりのテスト飛行だった。問題はない。これは初歩的なスキルなのだ。けれども、急に不安が押し寄せてきた。(もしミスをしたら……)その瞬間、この場にいられなくなってしまうのではないか。

「どうした?」
 僕の中の不安を読み取ったように教官が言った。
「いいえ。何でもありません」
 普通にやればできる。簡単すぎることなんだ。僕は上を向いて走り出した。その時、後ろからイルカの笑い声が聞こえるような気がした。
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B15

2019-09-11 03:16:40 | リトル・メルヘン
 上り詰めることを夢に見たはずだったが、重力に逆らって駆け上がる元気は既に失われていた。もう、疲れたのだ。かつては強く軽蔑していた言葉に、今は共感さえ抱くようになった。私は地下へと続く階段を下りた。駆け下りるとなると足は軽やかに弾んだ。いつからか、楽なことばかり選ぶようになっていた。地下4階まで下りていくと、誰かが猫のような勢いで階段を駆け上がってきた。
 
 ランドセルを背負った少年が駆け上がってくる。2段飛ばし3段飛ばし、自分の限界を探る冒険に足を伸ばしながら、駆け上がってくる。「危ないよ!」私の目からはサーカスのように映る。「危なくないよ!」すぐさま言い返した。すれ違いながら、少年は私の背丈を越えてしまう。早いな……。私の忠告は過去の残骸として階段に転がっている。振り返って少年の後ろ姿を見上げた。その時、ランドセルは大きな翼のようにみえた。
 
 アンコールを待っているの、と女は言った。上から3段目の中央へ腰を下ろして、女はただ1人演奏が再開される時を信じて待っていた。「みんなとっくに帰ってしまったけど、私はまだ待っているの」女は私の知らないアーティストの名を口にした。小さい頃からのファンだと言う。虫の音1つ聞こえてこなかった。「夏が終わるまでね」冗談めいた言葉が階段の上に響いた。私は笑いながら地下7階を通り過ぎた。もう10月だった。
 
 それから誰にも会わなかった。下りるところまで下りてしまった。そう思うと突然足が震えるのがわかった。地下15階まで下りた時、視界は行き詰まった。その先には扉があったが、扉の前には埃を被った机や骨の折れた椅子、破れたソファーや毛むくじゃらの縫いぐるみが積み上げられ、バリケードになっていた。大切な宝物か、あるいは不都合な真実が隠されているのかもしれない。その時、右腕を伸ばした熊の1つがウインクをしたので、私は扉から目を背けた。階段を見上げるとドラムの音がこぼれてくるようだった。
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テレビタックル

2019-09-10 03:26:37 | リトル・メルヘン
  猫がテレビにタックルした。
 アナウンサーは読みかけの原稿を置いて、カメラを睨みつけた。
「もううんざりです。どのニュースも伝えるまでもない。今入ってきたニュースなんて、もうニュースでさえない。こんなものは昼下がりの公園で暇を持て余した貴方たちが、おしゃべりの種にでもすればいい。ふん、ニュースだと。こいつのどこが、いったいニュースだ? ふん、こいつは個人の日記に毛が生えたようなもんだ。私が伝えるべきことじゃない。電波への裏切りだ。こちらからは以上です」
 
 とりつかれたように主人は四角い箱の中を見つめている。塩気の多いスナックと泡の入ったグラスを口にする以外は何もしない。ソファーの上でもう長い間固まって、魂を抜かれたように、絵空事を語る箱を向いている。遠い星からやってきた者たちは街に降りて、少しずつ少しずつ馴染みながら、少しずつ何かを奪い取っていく。選ぶ権利、恋する自由、奴らは少しずつ目の色を変えて、本性を見せ始める。
 
「もう、早くこっちを見て!」
 猫は、テレビにタックルした。
 どこか自分に似ているような、どこか自分とは離れているような存在を見つけた猫は、四角形の箱に釘付けになった。向こうからもこちらに興味を抱き、様子をうかがっている。初めて目にするものへの驚きと、どこか懐かしくもある容姿、猫は似て非なるものへ恋をしたのだった。向こうのものはどうだろう。確かめる手立てはいつも一つしかないことを、既に知っていた。猫は慎重に後ずさりした。それから十分に助走をつけて猛然とテレビにタックルした。そして一方的に傷ついた。住む世界が違うのだ、ということはまだ知らなかった。

 後先も考えずに猫がぶつかっているというのに、黙って見ていていいのだろうか。触発されたようにみんながテレビにタックルを浴びせ始めた。時を持て余していたニートが、散歩から帰ってきた老人が、鎖につながれていた子犬が、今まで傍観を続けていたみんなが、次々とタックルを試みるのだった。
「猫がするんだから」
 合い言葉を唱えながら、動物的な反撃が始まった。
 
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規制の銃

2019-09-06 02:15:56 | リトル・メルヘン
 秋の選挙が始まって朝から晩まで身を乗り出して鈴木鈴木と叫ぶ声が疎ましいので規制の銃をぶっ放してリフレインを規制した。鈴木は鈴木ばかりを繰り返すことができなくなって、スタッフの名を順に叫んでいる。デモ隊の列に規制の銃をぶっ放して、旗揚げを規制した。彼らは着ていたTシャツにメッセージを書いて、裸になって行進した。なかなかしぶとい連中だ。
 顔を合わせる度に上から説教してくるので、規制の銃をぶっ放してお説教を規制した。「人生の先輩としてのアドバイスだよ」言葉を差し替えて逃れようとする。「経験が足りないね」規制の銃をぶっ放す。「歳を取ればわかるよ」経験を、歳を規制する。「将来のことを考えないと」将来を規制する。「君のためを思って言ってるんだよ」もうたくさんだ。1つ1つ潰してもきりがない。規制の銃をぶっ放してコピペを規制した。これでもう何も言えないね。

 ドラマを見ているとハラハラするので、規制の銃をぶっ放して神の手オペを規制した。医師は無難なオペを確実に行うようになった。犯人がなかなか捕まらないので、規制の銃をぶっ放して捜査に規律を与えた。刑事をあだ名で呼ぶことを規制して、ちゃんと上の名で呼ぶようにした。聞き込み、尾行、張り込み、ありきたりな手法はすべて規制してやった。犯人の想像の上を行かなければ、お縄はちょうだいできないからだ。頭が痛くなるので、科学的な班はすべて解体させた。技術に頼らない人間ドラマを、心して待った。

 そこにもここにもアホがいるので、規制の銃をぶっ放してアホを規制した。一旦落ち着いて賢い人ばかりになったが、しばらく経つとその中の一部からアホが出現して悪さをするようになった。私はまた規制の銃をぶっ放した。そうして安らげる時間はいつもひと時の間にすぎなかった。規制の銃はいつまでも手放せない。「アホと言う奴がアホだ!」アホが捨て台詞を投げていった。アホは私の中にも存在するのかもしれない。私は自分を守るため、私に向かって規制の銃をぶっ放した。
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素麺流し

2019-08-28 07:53:00 | リトル・メルヘン
「来週入ってきます」
「えっ? 先週も確かそう言ってましたよね」
 素麺ブームは衰える気配がなく、どこの店に行っても一本の麺も残っていない。僕は入荷の日を楽しみに一週間を過ごしていた。昨日から何も食べずに足を運んだというのに。
「また来週お越しください」
 食欲が一気に失せた。素麺以外の何を食べろというのか。記録的暑さが体力を日々奪っているというのに、今は素麺以外にまるで関心がない。


「くそガキが。10年早いわ」
「いや100年だ。ガキに食わせる素麺はない!」
「まったくだ。氷でもかじっとけってな」
「ははは。こいつは俺たちのもんだ」
「時給950円の俺たちの報酬だ」
「当たり前だ。これくらいないとやってられるか」
「やっぱり夏はこれに限る」

「あっ、ガあ。お客様……」
「ん? 客?」
「何か?」
「トイレ貸してください」
「あー……。ないんです」
「えっ?」
「トイレはないんですよ」
「なるほど」
 密かに踏み込んだバックヤードに闇を見た。季節の風物詩は独占的に流されているのだ。僕はすぐさまカメラを起動して店員たちの悪事を撮影しておいた。もうどんな言い逃れも通用しない。

「はい」
「トイレはね」
「はい。ごめんなさい」
「何が?」
「はい?」
「何がごめんなさいなの?」
「ですから。トイレがですね」
「で?」
「で?」
「くそガキに何か言うことは?」
「えーと。いつからそこへ?」
「最初からいたよ」
「最初から……」
「先週くらいからかな」
「実はこの素麺ですね、今入ったとこでして……」
「今ね」
「はい」
「100年前じゃない?」
「お客様……。誠に申し訳ございません」
「うん」
「このことはどうか……」

「さあ、どうしようかな。僕はむしゃくしゃしてるんだよ。何かネットにアップしたいくらい。例えば流し素麺の動画とかだけどね」

「お客様。それはちょっと。よかったらこちらへどうぞ」
「そう?」
「ここ空いてますから。めんつゆも持ってきますから」
「食べてもいいの?」
「勿論。好きなだけお食べください」

「じゃあ、そうするか」
「ありがとうございます!」

「麦茶もあるかな?」
「はい。少々お待ちくださいませ!」
 
 この夏最初の素麺を僕はバックヤードで食べた。
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