眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

つじつま合わせのよっちゃん

2025-02-19 00:30:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにつじつまを合わせるのが上手な若者がいました。人々は彼のことを、つじつま合わせのよっちゃんと呼んで、頼りにしました。
 ある日、街で難事件が発生してたちまち大混乱に。どんな名探偵も手に負えないという事件でした。手がかりは1つとしてみつからないのに、容疑者ばかりが多すぎるのです。そこによっちゃんが駆けつけると、ぴたりとつじつまが合いました。

「さすがはよっちゃんだね!」

「よっちゃんが来た途端につじつまが合うんだから」

「よっちゃんがいてくれてよかった」

 よっちゃんにしてみれば、そんなことは朝飯前でした。
 ある日、街で大喧嘩があった時のことです。どんな力自慢の男がいたとしても、まるで喧嘩を止めることができません。発端がわかってないことに加え、あまりに声が大きすぎて近寄ることも困難だったのです。そこによっちゃんが駆けつけると、ぴたりとつじつまが合いました。

「やっぱりよっちゃんは違うね!」

「簡単につじつまが合うなんてね!」

「よっちゃんありがとうね!」

 よっちゃんにしてみれば、ただ普通のことをしただけです。
 ある日、街で山火事があった時のことです。街の消防団だけでは手に負えず、隣の街、隣の隣の街から次々と応援が呼ばれました。けれども、三日三晩経ったあとも、まるで火の勢いは衰えることがありませんでした。そこによっちゃんが駆けつけると、風向きが変わってぴたりとつじつまが合いました。

「よーっ! 待ってました!」

「さすがは千両役者!」

「あなたの貢献を称えます」

 ある日、街に大きな熊が出た時のことです。熊は大きな口を開けて不満を訴えていました。この野郎英語がしゃべれるのか? フランス語もしゃべってるぞ! 人々は熊の言うことが理解できず、押すことも引くこともできずおろおろとしていました。そこによっちゃんが駆けつけると、熊は訴えを取り下げぴたりとつじつまが合いました。

「またしてもよっちゃんだ!」

「よっちゃんにかなうものなしだ!」

「よっちゃんおつかれ!」

 よっちゃんは、人々のために自分の才能を使うことを、少しも惜しみませんでした。そんなよっちゃんも、忙しい日々の中で、旅をして、友を作り、人並みに恋をすると、天国まで手を取り合って生きていく約束をかわしました。
 結婚式の日、大きな会場にはよっちゃんを慕う大勢の街の人々が集まっていました。けれども、いつまで待ってもよっちゃんは現れません。そして、とうとう会場が閉鎖する時刻が近づいてきました。

「ちくしょーっ!」

「どうしてなんだ? よっちゃん……」

「他人のつじつまばかり合わせやがって自分はほったらかしかい」

 人々は待たされすぎて取り乱していました。よっちゃんの不在に乗じて心ないことを言う者もいました。あきらめかけた人が席を離れようとしたその時でした。巨大なスクリーンによっちゃんの顔が映し出されました。

「みなさんこんにちは!」
 人々は驚いてよっちゃんの言葉に耳を傾けます。

「これはあなたのみている夢です」

「えっ? 何?」

「どういうこと?」

 突然の告白を、誰も容易に受け入れることはできません。つじつまにしがみつきたい人は、画面の前で固まってしまいました。

「私は独り独りの夢の中にいます!」

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道の明かり

2025-02-15 21:24:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに道を行く若者がいました。若者は来る日も来る日も道を探して歩き続けていました。
 ある日のこと、若者は歩いている道の途中でふと立ち止まり思いました。

「この道はいつか誰かが来た道では?」

 歩き始めた朝には感じられなかった思いが、若者の足を重くしてしまいます。もっと別の道がなかったのか。初めの一歩を間違えたのではないか。様々な疑念が渦巻くともう真っ直ぐな目で道を見つめることもできませんでした。明日は新しい道を行こう。若者は自分に言い聞かせます。
 ある日のこと、若者は歩いてきた道の途中でまた立ち止まり思うのでした。

「この道はいつか誰かが来た道じゃない?」

 またいつかの思いが道の前に立ち上がりました。それは若者に前進することの意義をたずね苦しめます。本当の自分の道はどこかにあるのだろうか。(ないとは死んでも思いたくない)若者の歩く道にはいつでも困難な問題が待ち受けているようでした。
 ある日もある日もある日も夜が明けると道には若者の歩く姿があったものです。順調な道はなく、目的地など一切見つかりませんでした。時に新しく思えた道も紆余曲折を経る内にだんだんと怪しくなっていくのでした。やっぱりそうだ。ためらい、狼狽え、取り乱しては足踏みをして、迷っては引き返す。ただ道を行くというだけで、おかしなほど時間ばかりがすぎていくのでした。

「我が道はどこにあるのか?」

 謎めいた若者の道に月の明かりが真っ直ぐ伸びていました。

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サイレントリバー

2024-12-13 19:58:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山に山賊狩りにおばあさんは川に洗濯に行きました。かごいっぱいの洗濯物を抱えてようやくのこと川に着いたおばあさんは、せっせと洗濯に励みました。洗濯板に汚れた服をごしごしと擦り付けては、1つ1つの汚れを心を込めて落としていくと、しつこくこびりついた油汚れも、芝の上で転んでついてしまった時のしつこい緑色の汚れも、みるみる綺麗になっていくのでした。

「汚れの数だけ生きてきたのだわ」
 どんなにしつこい汚れに対しても、おばあさんはこれっぽっちの悪意も抱きませんでした。そればかりかそれを今まで一生懸命生きてきたことの証だと思って、その1つ1つを愛おしく思いながら立ち向かっていたのでした。しつこくついた緑は、いつか芝の上で転んでしまった時の真緑でした。けれども、それは何よりも絵の具の中の緑に似ています。おばあさんは遥か昔パレットの中に溶け出した緑を使って描いた壮大な山々のことを思い出していました。昔々のこと、山には緑があふれていて、おばあさんはその中を駆け回って動物たちと遊んだり、山菜をとったり、緑いっぱいを使って山の絵を描いたりしたのでした。ああ、けれども、おじいさんは無事だろうか……。

 そうして時々は、遥か山々のことや、懐かしい絵の具のことや、愛するおじいさんのことを思い出し、長く同じ姿勢が続いて折り曲げた腰に疲労を感じた時などには一時その手を休め、しばらくの間、体力の回復を待ってからまた洗濯板に手を伸ばすのでした。何しろ洗濯物ときたらかごいっぱいにあったのだし、その汚れの数だけ一生懸命に生きてきた証もあるのでした。

「おーい! おばあさん!」
 その時、山賊に追われながら傷だらけのおじいさんが駆けてきました。

「待てー! くそじじい!」
 山賊の大将が斧を振り回しながら、叫びました。その斧は全長2メートルはあろうかという大斧で、もしも熟練した使い手がその大斧を使いこなせたとすれば、ワニでもサイでも凶暴なピンクライオンだって一撃の下に葬られてしまうかもしれないと思われるほどでした。大将は武術の達人がいつもつけているような豪快な顎鬚を震わせながら、叫びます。

「待ちやがれ! くそじじい! 返り討ちにしてくれるぞ!」
「ひー、おばあさん! 助けて!」

 おじいさんは命からがら、洗濯仕事で忙しくているおばあさんの下に逃げてきました。
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
 穏やかに流れる川辺で、ようやく2人は再会することができました。

「おじいさん、大丈夫かい?」
「危ないところだったわい、おばあさん」
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
 穏やかな川の音が、追ってきた山賊たちの前に立ち塞がりました。

「くそー! 川の奴め!」
 川の出現を目の当たりにした山賊たちは、流石に敵わないとばかりに引き上げていきました。
 2人は、それからしばらくの間、手を休めてぼんやりと肩を並べていました。
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)

「おじいさん、川が流れる音がしますよ」
「ああ、おばあさん。川が流れているからさ」
 そうしている内に、危ない橋を渡ってきたおじいさんの傷もゆっくりと癒えていくようでした。

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スローウォーカー(&かきつばた折句)

2024-11-28 20:11:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにゆっくりと歩くおじいさんがいました。おじいさんがゆっくりと道を歩いているとその隣からプールへ向かう小学生が追い抜いて行きました。

「プールか」

 わしにもあれくらい小さかった頃があったものだ。しばし昔を振り返りながら、おじいさんはその歩みを止めることはありませんでした。おじいさんがゆっくりと道を歩いていると、後ろから来たレースへ向かう亀が追い抜いて行きました。競るものがいることは素晴らしいことだ。それは醜い争いとは違うのだからね。

「がんばれ!」

 おじいさんは亀の背中にそっとエールを贈りました。しばらくすると後から富山の薬問屋の一行がやってきて、おじいさんを追い抜いて行きました。

「お気をつけて」

 どれだけ追い抜かれようとも、おじいさんは少しも取り乱すことはありませんでした。それからまたおじいさんはゆっくりゆっくりと道を歩いて行きました。すると後ろから木漏れ日へ向かうクワガタムシがやってきて、おじいさんをすごい勢いで追い抜いていきました。その時、おじいさんはそれに気がつきませんでした。(我が道を行く)まさにそれはおじいさんにこそ相応しい言葉のようでした。

「おい! 歩道を歩け!」

 時々、どこからともなく心ない言葉が飛んでくることがありました。そんな時にも、おじいさんはペースを守ったまま歌いました。(おじいさんの大好きなかきつばたの折句です)


カナブンや
着の身着のまま
罪な人
歯ぎしりすれば
太鼓乱れる

火星より
棋譜を届ける
つれづれと
はさみ将棋は
たけのこの里

枯れ草や
きな粉をつけて
突っ張れば
歯がゆさはもう
タコのぶつ切り

感傷の
気球に乗って
ついてくる
ハルという名を
たずねる君が

かさかさと
狐の夜に
躓けば
バターにとけて
タワーマンション

釜飯や
きのこの山を
つつきあう
ははははははは
楽しいですな

かまいたち
棋風を読んで
積み上げた
箱に紛れた
大将の猫

からあげや
金賞銀賞
艶やかに
蔓延る街に
煙草の煙

陰のある
今日を認めて
強くなる
履き違えても
旅の一日

革命の
汽車を見送り
つかれたの
果てなき君の
タイプライター

かさぶたと
昨日を呑んだ
月明かり
計り知れない
短冊をさす


「すみませんけど……。こちらはランナーのみなさんが走りますので、部外者は外へお願いします」

 委員会を名乗る男たちに取り囲まれて、危険な目に遭うこともありました。

「ここは女性専用となっております。速やかに退出願います」

 不条理なカテゴライズを押しつけようとする勢力につまみ出されそうになることも、しばしばありました。

「おい! ちゃんと歩道を歩けよ!」

 また、どこからともなく心ない言葉が飛んできました。けれども、おじいさんはそうしたいかなる雑音に耳を傾けることもなく、ひたすら自分のペースでゆっくりと歩いて行きました。
 様々な困難や妨害を乗り越えて、おじいさんはついに世界の果てまでたどり着きました。そこはとても水のきれいな場所でした。

「さーちゃん、みえるかい?」

 おじいさんの隣にはいつでも彼女が並んで立って(歩いて)いました。それを知るのはおじいさんだけ。おじいさんだけの秘密でした。








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うさぎと亀のプロローグ

2024-10-22 17:55:00 | リトル・メルヘン
 抜かれて行く刹那、亀は修行に費やした日々のことを思い出していた。
 石の上で目を閉じて精神性を高めた。登山家のグループの後を歩いて、粘り強さを鍛えた。氷の上のダンサーについて芸術性を学んだ。路上プロレスに飛び入って、根性を身につけた。すべては見違えるような亀になるために。
 それでも本番のレースでは、思惑通りにはいかないものだ。犬に抜かれた時には、地力の違いを思い知った。長年の習慣が違う。リスに抜かれた時には、フィジカルの違いを思い知った。バネが違う。馬に抜かれた時には、次元の違いを思い知った。生まれも育ちも違う。

(とても追いつけない)

 自分だけではない。
「私が伸びた分、他も伸びているのだ」
 大会のレベルの高さを悟りながら駆けていると、ちょうど亀の横に並んだ選手がいた。眠っているはずのうさぎだった。
 何としても最下位にだけはなりたくない。
 そうした思いが瞬間的にこみ上げてきて、気がつくと亀はうさぎをぶん殴っていた。

「何をするんだ!」
 うさぎは抗議の声を上げながら倒れ込んだ。

「お前は寝る担当だろ!」
 そう決めつけたのは、亀の勝利に対する執念だろうか。

(夢を裏切る奴は許さないぞ)

 うさぎと亀の戦いはまだ始まったばかりだ。







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鶴への恩返し

2024-09-23 18:15:00 | リトル・メルヘン
 傷ついた鶴を助けたことなどすっかり忘れていたが、美しい女が訪ねてきたので、私は快く家に入れた。
「あの時の恩を返しにきました」
 鶴は女の体で言った。
 贈り物をしたいので仕事場を1つ貸してほしいという。そして、自分が仕事をしている間は絶対に扉を開けてはならないと言った。
「約束してください」
「わかりました」
 そして、鶴は女の体で食事をしたり雑談をしたりする以外の時は、仕事場にこもって作業をした。そんな日々がしばらく続き、私はもやもやした気分だった。

 ある日、私は誘惑に負けて扉を開け、そして見てしまった。鶴は自らの羽根を抜きながら着物を編んでいたのである。その表情はどこか恍惚としたものに見えた。約束を破ったことがばれたらえらいことになる。私は鶴に気づかれないように、そっと扉を閉めた。
 後日、女は完成した着物を広げ私に見せてくれた。私はそれを初めて見たように大げさに驚いてみせた。
「ありがとう」
「これで私の仕事は終わりました」
 そう言って鶴は女の体で帰って行った。

 せっかくの着物だったが、私はそれをどこか気持ち悪く思い、オークションに出品した。まずは2000円から。
 10分と経たない内に、値段は1万円につり上がった。3万、10万、30万、40万……。どこまでも上がっていく。私は気分が悪くなって、出品を取り下げた。
 夏祭りの日、私は初めて着物に袖を通した。ちょうどよかった。肌触りがよく、どこかよい香りがした。
 私は誇らしかった。
 今度もし鶴に会ったら、心から礼を言おう。







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ゼロ同期

2024-09-05 00:39:00 | リトル・メルヘン
 突発的なエラーが起きて自分の中がゼロになってしまった。もう1人の自分に会うために職場に向かうとちょうど銀行に行ったとこだという。ATMで自分を捕まえて同期を図る。
「しばらくそのままでお待ちください」
 同期が完了したが、僕はまだゼロのままだった。キャッシュカードが返却口で悲鳴を上げている。残高は0になっていた。何かがおかしい。何者かによって自分が盗まれてしまったのかもしれない。だが、まだ保険はかけてあった。もう1人の自分を捜し、川へと急いだ。

 釣り人たちは水面をみつめながら夕暮れの風の中に佇んでいた。その中の1人に自分を見つけて近づいた。すぐ傍まで行っても彼は気がつかなかった。不安になってバケツをのぞき込むとやはり空っぽだった。釣り糸の先端ももはや無になっているに違いない。念のために釣り竿を伸ばして同期を図ったが、結果はゼロのままだった。だがまだ3人目の自分が残っていた。僕は釣り人を置いてニューヨークに渡った。

 ニューヨークの街に染まった自分はすっかり他人めいてみえた。自分の殻を打破して、大きな街に呑み込まれてしまったようだった。すぐ傍まで行ったが、僕は声をかけることをためらった。もはや自分が信じられなくなっていたのかもしれない。彼、もしくはもう1人の自分の周りには大勢の仲間たちがいて、それは僕が今まで過ごしてきた日常の中にいた人たちと比べ、皆はるかに個性的に見えた。僕はニューヨークまで来て、目的の同期を断念した。ゼロアートの中心で彼はそれなりに満たされているようだった。

 自分を復元する手段はまだ残っている。僕はゴミ箱の中に頭を突っ込んで探索を開始した。少なくとも、エラーを起こす前の自分が残っているはずだった。けれども、どこまで深く潜ってみても自分の歴史は存在していなかった。
「ゴミ箱の中は空です」そんな……。
 それは自分自身に向けられた言葉に等しかった。ゼロと空とが、完全に僕を満たした。もう、孤独でさえなくなっていた。






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大恐竜時代

2024-08-22 17:23:00 | リトル・メルヘン
 人との距離が近すぎて疲れてしまった。私は思い切って転職を決意した。あまり人と関わらずに、人のためになる仕事。そんな仕事があるかどうかはわからない。けれども、納得がいくまで探すつもりだった。
「ここには失敗した猫が多く持ち込まれます」
 訪れたのはリメイクの会社だった。
「挫折した猫、躓いた猫、猫になれなかった猫たち。猫は好きですか」
「まあ」
「持ち込まれた不完全な猫を恐竜に描き直すのが仕事です」
「恐竜ですか?」
 唐突に恐竜が現れたので驚いた。
「みんな捨てられないのよ。消せないんだよね。だから、こういう受け皿が役に立っているのです」


「えーと、1つきいていいですか」
「はい」
「猫にしたら駄目なんですか」
「それでは失敗の上書きになってしまう。元の描き主に自分の無力さを思い知らせることになってしまいます」
「あー」
 そういうものだろうか。まだ完全には理解できなかった。
「どうして恐竜……」
「恐竜がいいんですよ。今いないのがいいんです。心を遠く遠くへ運んでくれる。そして軽くしてくれるんです」
 社長の言葉には強い熱意が感じられた。
「恐竜ですか」
「そう。猫にはなれなかったけど、自分のしたことは決して無駄ではなかったと思わせてあげる」
「あまり携わったことが……」
「恐竜がひっかかります?」
「まあ」
「恐竜の骨格については十分なサポート態勢があります」
「はあ」


「まだ不安ですか。よし! 思い切って言いましょう。既成のものでなくても結構。いたと思えばいい。そういう恐竜ならどうです?」
「いたと思える恐竜……」
 床からモンスターが湧き出して見えた。それはロールプレイングゲームの中で生まれた魔物たちのようだ。
「愛を込めることだよ。元作者の分まで」
「はい」
「近頃は依頼が増えて困っているくらいだよ」
「そうですか」
「うん。憧れやすく届きにくい時代だからね」
 条件は十分に満たしているように思えた。ただ初めて聞くような話が多すぎた。
「まあここはそういう会社です。あなたが探していたのとは違いますか」
 社長は恐竜のような目を向けた。私は身動きすることができなかった。









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鏡の老婆

2024-08-07 16:00:00 | リトル・メルヘン
 昔々、鏡の前におばあさんがいました。おばあさんが鏡をのぞくと鏡の向こうには老婆がいました。おばあさんがじっと見つめていると、突然老婆は口を開きました。

「風邪か?」

「風邪じゃない」

 おばあさんはすぐに返します。

「病院行ったかね」

「病院は人が多い」

「行った方がええでね」

「行くことはない」

「行きなさいな」

「風邪くらいで行くことはない」

「歯はどうかね」

「どうもない」

 あまりしつこいとおばあさんは鏡の前を離れることにしていました。老婆は鏡から抜け出してまで追いかけてくることはできません。あまりしつこいのは好きではありませんでした。けれども、おばあさんは一日に一度は、気が向いた時には何度でも鏡の前に戻らなければなりません。なぜなら、他に特別に向かうべき所はどこにもなかったからでした。鏡の前に座ると鏡の向こうのおしゃべりな老婆はあれやこれやとたずねるけれど、そのほとんどはまるでどうでもいいようなことでした。

「あんた老けたかね」

「誰でも老ける」

「あんたは老けんと思うたが」

「誰でも老けるわ」

「そうかね」

「そうよ」

「幾つになったの」

「知らん」

「忘れたかね」

「忘れてない」

「教えんさい」

「どうでもええわ」

「ご飯食べたかね」

「食べた」

「食パンかね」

「食パンじゃない」

「火消したかね」

「消した」

「ヨーグルト食べたかね」

「食べてない」

「食べなさい」

「意味がない」

「歯医者行ったかね」

「行ってない」

「病院はね」

「人が多い」

「虫歯があったろうね」

「自然と治った」

「そうかね」

 そう言うと老婆は少し納得のいかない顔をして黙り込みました。おばあさんは、次の質問に備えて鏡の前に腰を落ち着けていました。しばらくして老婆はようやく口を開きました。

「じゃあ私はそろそろ行くわね」

 まさか向こうの方から別れを切り出されるとは! それは今までに経験したことのない出来事でしたし、おばあさんはすっかり裏切られたような気持ちでした。背を向ける仕草もなく、鏡の向こうの老婆はすーっと消えてしまいました。そして入れ替わるように魔女が現れました。魔女は静かに微笑を浮かべながら何でも望みが叶うに違いない杖を持ってじっとおばあさんの方を見つめていました。おばあさんは突然去った相棒のこと、唐突に現れた魔女の妖しさに多少は混乱しながらも、何だか恐ろしくなって気がつくと自分から口を開いていました。

「鏡よ鏡よ鏡の魔女さん、どうか私にとびきりの若さをくださいな」

 魔女が杖を一振りすると魔女の顔が割れて中から2匹の蛇が出てきました。蛇が杖をくわえるとぱちぱちと音がして硝子の中の景色は歪み、絵の具箱をひっくり返したように混沌とした空は蛇を一瞬にして鬼の姿にみせかけたけれど、すぐに鬼は消えて涙ぐんだ風船が虹と竜を夕映えの橋に引き寄せた後に渦巻いて溶けていくチョコレートが、ゆっくりと新しいゲートを形作っていくようでした。魂を奪われたおばあさんは、吸い込まれるように鏡の中に飛び込みました。

 気がつくとおばあさんは若い蝉になっていました。新しく任されたソロ・パートを急いで練習しなければなりません。(それは新しい蝉の役目でした)それにしても歌がこんなにも複雑なものだとは! なってみなければまるでわからないこともあります。

ナーン ナーン ナーン♪
そろそろみんなの夏休み♪
うれしいな うれしいか うれしいね♪
うれしかね うれしっかね うれしいね♪
海へ山へ わくわくわくわくわくわく♪
森へ野原へ わくわくわくわくわくわく♪
だけど わたしは おうちで作文を書くの♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪

ナーン ナーン ナーン♪
そろそろみんなの夏休み♪
めでたいな めでたいか めでたいね♪
めでたかね めでたっかね めでたいね♪
祭りに花火に わくわくわくわくわくわく♪
虫取りに怪談に わくわくわくわくわくわく♪
だけど わたしは おうちで作文を書くの♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪

ナーン ナーン ナーン♪

くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪

ナーン ナーン ナーン♪

くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪







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どうしようもない行き止まり

2024-05-30 22:37:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにどうしようもない行き止まりがありました。そこから先へ進むことはどうしよもなく不可能に近く、何人もそこを越えていくことができませんでした。

「ここを突破できた者にはぱりんこ200年分を与えよう!」

 王様は言いました。ぱりんこ200年分。それは途方もない贈り物。
 詩人は言葉を持って王様の前に現れました。美しい単語、キャッチーな比喩、心地よい修辞、謎めいた暗喩を駆使して突破を試みました。けれども、そこにあるのはどうしようもない行き止まり。言葉やなんかで突き抜けることはかないません。
 替わって子供が現れて、無邪気な心だけで突破を図りました。大人にとっては多く見える壁も、手に負えない理屈も、変え難い慣習だって、子供の心にかかればなきも同然。澄んだ瞳を持った子供なら行けるかもしれない。人々の期待が一瞬大きく膨らみました。けれども、そこにあるのはどうしようもない行き止まり。子供なんかに突き抜けることはかないません。
 次には大統領が軍隊を動かして王様の前にやってきました。「撃て!撃て!」一番上からの命令によって、次々と銃弾が撃ち込まれます。びくともしないと思えれば、もっと強力なミサイルが飛び出しました。それでもその先に開ける風景は何も変わりませんでした。そうです。そこにあるのはどうしようもない行き止まり。軍隊なんかに突き抜けることはかないません。

 その時、煙を吐く戦車の下から一匹の猫が抜け出してきて、王様の前に立ちました。
「ちょっと通ります」
 王様の前でも物怖じ一つしない猫でした。
「今は大会の最中だ」
 王様の威厳に満ちた声が猫の前に立ちふさがります。

「ただ抜けていくだけです」
 猫は一向に態度を曲げる様子がありません。

「ならばよかろう!」

 王様の許しを得ると猫はあっさりと抜けていきました。
「さあ、次の挑戦者は誰だ?」
 その時、おかしなことに誰も気がつきませんでした。
 どうしようもない行き止まりを、簡単に突き抜けていった小さな勇者がいたということを……。

「さあ、いったい次は誰なのだ?」
 次のチャレンジャーはどうやら宮大工のようでした。
 けれども、ぱりんこたちの一部が(ちょうど3年分くらい)、猫の足跡を追ってかけ出したのでした。
「もう、勝ち抜けたよね」
「そう。あの猫のものだよね!」








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ファイト・バンク

2023-09-29 23:06:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに危険なおじいさんがいました。喫茶店、大衆食堂、映画館、遊園地、コンビニ、スーパー、ファミレス、公園、図書館、美術館、書店。ありとあらゆる場所で、おじいさんは危険人物に指定されていました。
 ある日のこと、おじいさんは鈍器のようなものを持って銀行を訪れました。

「金を出せ!」

 おじいさんが凄みのある声で行員を脅します。すると奥から鈍器のようなものを持った支店長が現れました。

「帰れー!」

「金を出せ!」

「とっとと帰れー!」

「とっとと金を出せ!」

「はよ帰れー!」

「金が先だ!」

「帰れー!」

「金を出せ!」

「もう帰れー!」

「金出せ!」

 しばらく押し問答のようなやりとりが続きました。しかし、しびれを切らしたおじいさんが鈍器のようなものを振り上げました。するとすかさず支店長も鈍器のようなものを振り上げて応戦します。鈍器のようなものと鈍器のようなものがぶつかる鈍い音が、不快なノイズとなって通常の業務に重大なストレスを加え、皆の迷惑となっていました。

「帰れよー!」

「金を出せ!」

 おじいさんが振り上げた鈍器のようなものの攻撃は、支店長が構える鈍器のようなものによって完全に吸収されてしまいます。これでは何度やってもまるで効果がありません。危険なおじいさんは脳をフル回転させると形勢が互角であることを判断しました。そして、行き止まりのような現状を何とか打破するために、自ら鈍器のようなものを床に置きました。するとすかさず支店長も、鈍器のようなものを床に置きました。けれども、それは戦いの終わりではありませんでした。なぜなら、危険なおじいさんの手には元から最も危険な武器が備わっていたからでした。おじいさんは、その手をぎゅっと閉じて握り拳を作り出しました。

「金を出せ!」
 おじいさんの振り上げた握り拳が、支店長に襲いかかります。
「家に帰れー!」
 支店長も負けじと握り拳を作って応戦しました。

 ホイ♪ ホイ♪ ホイ♪ ハッ♪
 ホイ♪ ホイ♪ ホイ♪ ハッ♪
 ホイ♪ ホイ♪ ホイ♪ ハッ♪
 武器を持たない男と男の真剣勝負が続きました。

「金を出せ!」

「家に帰れー!」

「帰っても何もない!」

「私は知らない!」

「金だ!金だ!金だ! この世はみんな金なんだ!」

「うるさい!」

「金を出しやがれー!」

 ついにおじいさんの必殺の一撃が決まると支店長を打ちのめしました。おじいさんの大勝利です。戦に敗れた支店長は翌週には遠方への出向が命じられました。見事勝利したおじいさんにはその功績を称え一日支店長のポストと多額のファイト・マネーが与えられました。
 めでたし、めでたし。

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何もしない男

2023-09-14 02:39:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに何もしていない男がいました。何をしていいかわからないまま時間ばかりがすぎていきました。男は徐々に何もしていないことに焦りを覚え、きっとあるところには何かがあるはずだと思ったりしました。何かとは何だろうか。とは言えこうなったからにはしかたがない。こうなったからには……。しかし、どうにもなっていない。どうなることもないこと、どうにもならないこと、どうしようもないこと、そうした言葉の整理に疲れ果てた頃、男は閉じこもっていた家を出て隣人をたずねることにしました。
 隣人をたずねてみたところ、そこには何もしていない人がいました。
 何もしていない!
 男は驚きを隠せないまま勢いその隣の家をたずねると、そこにもまた何もしていない人がいたのでした。
 何もしていない!
 男は素朴な発見に興奮して、次々と隣の家をたずねてまわり、その度に何もしていない人々を目にしたのでした。

「何だこんなものか」
 世界はまだ動き始めてもいない。
 そう思えた時、男は不思議と落ち着きを取り戻し、軽い足取りで家に帰って行きました。
 めでたし、めでたし。

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意欲的な街

2023-09-05 01:08:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに意欲的なおじいさんがいました。おじいさんは意欲的に手を振って歩きました。意欲的に道で居眠りをしました。意欲的酒場に出かけ、意欲的なダンスを見せ、意欲的に酔っぱらうと、意欲的に罵り、意欲的に取っ組み合い、意欲的に大暴れしました。

「酔ってるな!」

「酔ってなんかない!」

 おじいさんは意欲的に警官に説得を試みました。
 おじいさんはどんどん意欲的になって夜の街を切り裂きました。

「暴れん坊じいさんが来た!」

 少年が叫ぶ時にはおじいさんは家にいて意欲的な夢をみていました。朝が来ます。さあ、行こう!
 おじいさんは街に出て、意欲的にぶらぶらとするのでした。
 めでたし、めでたし。

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ハイキック・プレゼント

2022-12-24 00:31:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところに長い靴下のおじいさんがいました。おじいさんの靴下は、おじいさんの足の付け根から街角のコンビニまでありました。ある日、おじいさんは出かけました。部屋から一歩出るとそこはコンビニでした。おじいさんはおでんをイートインして楽しみました。コンビニの外の駐車場ではスマホを手にして遠くのものから金を巻き上げる集団がとぐろを巻いていました。可哀想な若者めが。おじいさんは華麗なハイキックを見舞いました。

「メリークリスマス!」

 おじいさんが見知らぬものたちを助けたあと、一帯には主を失ったスマホと道を誤った人形たちが転がっていました。午前0時をまわった頃、店長が出てきて出汁を注ぐと蘇生が始まりました。

「聖夜に死体は似合わない」
 おでんを好む猫たちが、目を輝かせて近づいてきました。

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ずっと隣に

2022-09-26 05:24:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにおじいさんが住んでいました。角には食堂があり、その隣には郵便局、その隣にはセブン、その向こうにはローソン、その隣にはファミマ、その隣には駄菓子屋、その隣にはローソン、そのまた向こうにはファミマ、その隣には銀行、その隣には歯科医、その隣にはヤマザキ、その隣にはローソン、その角には食堂があって、その隣にはファミマ、その隣には喫茶店、その隣には家具屋、その隣にはミニストップ、その隣にはスーパー、その隣には書店、その隣にはローソン、そのまた向こうには商業施設、その中にはケンタッキー、その隣には理髪店、その隣には珈琲館、その隣にはローソン、その向こうにはフードコート、その向こうには100円ショップ、その向こうにはエスカレーター、その向こうには駐車場、その向こうにはクリーニング屋、その隣にはローソン、その隣には肉屋、その先の角には食堂があって、その隣にはファミマ、その隣にはポプラ、その隣にはローソン、その隣には雑貨屋、その隣にはケーキ屋、その向こうには空、空の向こうには虹、虹の向こうに天国の扉、扉の中にはセブンがあって、おじいさんはとても便利でした。
 めでたし、めでたし。

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