突発的なエラーが起きて自分の中がゼロになってしまった。もう1人の自分に会うために職場に向かうとちょうど銀行に行ったとこだという。ATMで自分を捕まえて同期を図る。
「しばらくそのままでお待ちください」
同期が完了したが、僕はまだゼロのままだった。キャッシュカードが返却口で悲鳴を上げている。残高は0になっていた。何かがおかしい。何者かによって自分が盗まれてしまったのかもしれない。だが、まだ保険はかけてあった。もう1人の自分を捜し、川へと急いだ。
釣り人たちは水面をみつめながら夕暮れの風の中に佇んでいた。その中の1人に自分を見つけて近づいた。すぐ傍まで行っても彼は気がつかなかった。不安になってバケツをのぞき込むとやはり空っぽだった。釣り糸の先端ももはや無になっているに違いない。念のために釣り竿を伸ばして同期を図ったが、結果はゼロのままだった。だがまだ3人目の自分が残っていた。僕は釣り人を置いてニューヨークに渡った。
ニューヨークの街に染まった自分はすっかり他人めいてみえた。自分の殻を打破して、大きな街に呑み込まれてしまったようだった。すぐ傍まで行ったが、僕は声をかけることをためらった。もはや自分が信じられなくなっていたのかもしれない。彼、もしくはもう1人の自分の周りには大勢の仲間たちがいて、それは僕が今まで過ごしてきた日常の中にいた人たちと比べ、皆はるかに個性的に見えた。僕はニューヨークまで来て、目的の同期を断念した。ゼロアートの中心で彼はそれなりに満たされているようだった。
自分を復元する手段はまだ残っている。僕はゴミ箱の中に頭を突っ込んで探索を開始した。少なくとも、エラーを起こす前の自分が残っているはずだった。けれども、どこまで深く潜ってみても自分の歴史は存在していなかった。
「ゴミ箱の中は空です」そんな……。
それは自分自身に向けられた言葉に等しかった。ゼロと空とが、完全に僕を満たした。もう、孤独でさえなくなっていた。
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