眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ミニマム・ファッション

2023-11-16 03:47:00 | ナノノベル
 着るものなんて、何でも構わない。それは超越? それともあきらめ? よくわからないな。纏わされてみてはじめて、これ何か違うと思う。昨日はこれだったかもしれないけど、今日はどう考えても不正解。じゃあこれにする? いいえ、この色はちょっとね。何かしっくりとこないというか……。秋じゃない。このふわふわもちょっとね。朝にはこれだったかもしれないけど、夕暮れにはちょっと浮いちゃうっていうか……。じゃあこれにする? いいえ、これはないかな。だって、みんなこういうの着てるじゃない。もう着尽くされてるって言うの。じゃあ、これなんかは? うーん何か冴えないな。何て言ったらわかるかな。落ち着かないんだな。別にかっこつけてるわけじゃないの。周辺視野の中の自分が自分らしくありたいと思うだけ。じゃあこれは……。

「もう裸で行く!」

「寒くない?」

 寒くなんかない。まだ初秋じゃないか。
 あえて着ないという選択もある。それが私に許された当たり前の自由だった。

「さあ、出かけよう!」

 最近少し太り気味の飼い主を連れ出して、この街の夜に染まること。それが私のルーティンなの。

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さらば人間よ(らくご虫)

2023-11-15 19:08:00 | 無茶苦茶らくご
 秋の虫が鳴き始めたからもう秋だ、なんて人間の声が聞こえてきます。わしら虫というのは、何も好き勝手に鳴いているのとちゃいます。ちゃんと班毎に分かれて規律に沿って正しく奏で合っとるんですわ。それはともかく古来人間というものは、やたらと虫を目の敵のようにするんですな。何とかなりませんやろか。

「ひー出たー!」
 いやいや旦那は自分のスリッパが作った影に驚いてる様子だ。
「やっぱり出たー!」
 出たといってもまだ子供でっしゃろ。それに虫の立場から言わせてもらうなら、出るのは主に人間さまの方でっしゃろ。
 さて、虫と鉢合わせたといって旦那は恐ろしい勢いで引き上げていくわけですわ。どこ行くねん。

チャカチャンチャンチャン♪

「あー、危なかったー」
「かったじゃない。またくるでー。人間はしつこいからな」
「きっと武器を持ってくるわね」
「僕が何をしたっていうんだよ」
「人間の抱えた闇が私たちを敵にみせるのよ」
「何だか面倒くさい生き物だな」
「ああ、そうさ。あいつら顔がでかいからな」

 人間一人が帰った後で虫たちの家族会議が開かれるわけですな。とはいえ、これは虫独特の周波数で交わされとるわけですから、仮に人間の耳に入ったとしても何のこっちゃわからへん。その辺の茂みから漏れるポップな歌声とはまた別物ゆーことですわ。それにしても、人が帰ったからいうてすぐに安心しないとこが虫のすごいとこですわ。だいたい人間いうもんは、虫のすごいとこばっかり真似しよんでしょ。科学? ふん。文明? ふん。元々わしら虫から盗んでまっしゃろ。飛び方、隠れ方、乾き方、頑張り方……。数えたらきりがおまへんで。勝手に使うだけ使った上で、何を向けてきはるんや。何やそのスプレーは何ですの。撃退? ふん。何や。なんやねん。なんやねーん!

チャカチャンチャンチャン♪

「ここにいようよ。ちょっとかかったくらいじゃ死なないし」
「ここは俺らの庭だしな」
「いいえ。死ななくても害は害なの」
「どうしてその霧を僕たちに向けるの?」
「存在を消したいからよ」
「あいつらだいたい身勝手だからな」
「私たちが出て行く方がしあわせだわ」

 子供虫にも親虫にもそれぞれに言い分はありまんねんな。しかし相手が人間となると、どうにも理屈が通じるわけがおまへん。だいたい人間という生き物は問答無用でかかってくるもんやさかい、わしら虫の正論なんか蹴散らされることが目にみえとるんやで。そうなる前に、虫は動かなあきまへん。夏やろうが秋やろうが同じ事や。わしら虫は1秒を大事にせなあきまへん。そこいらの人間みたいにだらけとる余裕はありまへん。ほんまやで。そりゃほんまでっせー!

チャカチャンチャンチャン♪

「でも、母さん。ここは僕たちの庭なのに」
「人間はすべて自分の家のように思うのよ」
「あいつら思い上がりが激しいからな」
「すぐに行くの?」
「そうよ。支度しなさい」
「父さん、起きて。もう行くんだって」
「全く、面倒な奴らよのー」
「行くでー!」
「さあ、行きましょう。人間のように意地汚くなることもないのよ」

 さて、武器を手に早速戻ってきた人間はシューッと一噴き「いなくなれー!」と眉間に皺を寄せながら念じるわけであります。そんな雑念からは既に離れたところで、虫の一家は新しい演奏会に加わる手始めに軽く挨拶をしてみせる。殺気と一線隔てたところで実に風流なものでございます。虫に意志あり。

チャカチャンチャンチャン♪

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もどかしいワーク

2023-11-14 17:50:00 | 夢の語り手
 キックオフからまもなく右サイドの僕のところにパスがきた。その時、僕はまだピッチ上で寝そべっていたのだ。ボールはそのままラインを割って外に出た。申し訳なかったが、僕はまだ完全に正気になることはなかった。その後も何度か同様のことが起こった。準備が整っていなくても届くまでにはどうにかなると思うのか、少し弱めに蹴られるパスもあった。信頼に応えられないもどかしさの上に気怠さが停滞している。今と向き合えないのは、近い将来への懸念のためか。ハーフタイムに辞退を考えたが、自身の健康のことを思うとどうしてもゴールを決めねばと思った。


 道を渡るとちょうど車が発進するところだった。僕は車に先に行かせその後を通るつりだったが、向こうも同じような気持ちだったようだ。止まるではないが緩やかな加速のワゴンと、僕は併走する形になった。お先にどうぞ、いえいえそちらこそ。無言の譲り合いをしながら15分ほど並んで走った。結果的には、運転手は通りかかった警官に逮捕されて連行された。後ろめたいところがあったのだろう。


 家に帰ると母がキングサイズ・ヌードルの中から飛び出してきて、異国の言葉を話した。周波数が合うまで数分を要した。

「仕事に行かなくちゃ」
 ゆっくりできないことが残念だった。
「どこに行くの?」
 説明すると長くなるので、僕は十分に話すことができなかった。

 引出を開けると古い手紙が出てきた。自動音声がついていてそれは昔の友人の声だった。よくわからないポエムのあとで、手紙が燃えると言ったけど、うそつきの言うことなので信用しなかった。
 天気の心配をしていると仕事に遅れそうだった。何があるかわからないからと姉がお金の心配をしていた。僕はキング・ヌードルの空箱に手を入れて万札を引き当てた。


 大きな荷物を持って客が入ってきた。色々説明している内に、やっぱりやめとくわと言った。客はロビーに自分たちが持参したキングサイズのベッドを置いて、そこでくつろぎ始めた。困るな、そんなところで休まれたりしたら。

「何してるんですか!」
 少し強い口調になって少し後悔した。常識から外れた行動を目の当たりにした時でも、トーンを変えることもないのだ。

 突然、10人を超える団体客が訪れ、僕は一人で大慌てになった。冷や汗をかいているとバックヤードから援助者が現れた。彼女は人懐っこい目をして僕の方を見た。彼女は最近入ったばかりでまだ何も仕事を覚えていなかった。少し作業を手伝ってくれたおかげで、状況は不自然にややこしくなってしまった。短気を起こした客が帰ると言い、やっぱり待つと言った。

「どっちなのよ」
 彼女が小さな声でつぶやき、僕は少し心強かった。

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今日くらいは……

2023-11-13 20:30:00 | 桃太郎諸説
 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが歩いていました。するとおじいさんとおばあさんのすぐ側をあまりにも歳の離れた人間が通りかかりました。子供たちです。おじいさんとおばあさんは、優しく微笑みかけながら、見知らぬ子供たちに声をかけました。

「気をつけてね」
「仲良くね」
「魚に気をつけて」
「元気にね」
「先生にも気をつけて」
「それじゃあね」

 おじいさんとおばあさんは、子供たちがもっともっと小さくなるまで立ち止まったまま見送っていました。あんな時代もあったねと遠い昔をみつめているようでもありました。

「おじいさん、山は?」
 おばあさんが急に思い出したように言いました。

「今日はええ」
 今日は山はお休みです。

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カフェの中の異世界/素敵な子供だまし

2023-11-12 18:23:00 | コーヒー・タイム
 テーブルには8割入ったままのアイスコーヒーが置かれたまま、主の姿はない。もうずっと喫煙ルームにこもっているのだ。僕は好きな昔話『浦島太郎』を思い出していた。喫煙ルームは竜宮城というわけだ。どういう経緯であったかはよくわからない。だが、気がつくと竜宮城暮らしの方が長くなった。もはや、地上の社会での生活よりも、あちらの世界の方が長いのだ。大半の時間があちら側となると、心を占めるのがどちら側なのかというのは、興味深い問題だ。『浦島太郎』とは、そういうお話ではなかったろうか。
 現代社会は、喫煙者に冷たい側面がある。本当は別に飲みたくもないコーヒー代を払った後は、喫煙ルームにとことん入り浸っているというのも、カフェの利用のあり方の内なのかもしれない。カフェは寛容だ。たとえ注意書きのようなものが壁に貼られていたとしても、よほどのことがない限り、利用者の自由が認めれているものだ。コーヒーと煙草。あるいは、お話、読書、スイーツ。何がメインで何がサブかは、それぞれの価値観ではないだろうか。

 昔、僕が店から追い出されたのは、(イタリアンの)ファミレスだった。ドリンクだけで夕暮れをすぎてもずっと粘っていたのだ。突然、肩越しに声をかけられて、驚いた。もういいでしょうみたいなことだったと思う。まあ、そういうこともあるか。気を取り直して、僕はもう一度創作活動に精を出した。するとしばらくしてまた男性店員がやってきた。(店長だろうか)

「お食事を楽しまれるところになりますので」

 酷いカルチャー・ショックだった。僕は全く食事も注文せず、創作活動を楽しんでいたのだ。しかも、それをよいことのように思っていたのだから、おめでたい。(その活動によって、まだ見ぬ人々を喜ばせ楽しませ幸せにすることができると信じて疑わなかったのだ)なのに、まさか自分が迷惑者だったとは……。そう思うと人々が自分を、哀れなものを見るような目で見ているような気がしてきた。イヤホンを外してわかるのは、どこでも食器が音を立てていること。確かに彼の言う通り、ここは食事を楽しむところ。(場違いなのは僕だった)僕はレシートを引いて席を立った。そして、逃げるようにレストランを出た。

 喫煙ルームから、彼女は戻ってきた。現実に存在するのだとわかり、僕は少し安心した。けれども、またしばらくすると姿を消していた。コーヒーが減った様子はない。やはり、本来の居場所はここではないと悟り、あちら側へ戻って行ったのだろうか。自分の居場所を知っている者、確かな楽しみを持つ者は強いと思う。(今の自分に確かにそれと示せるものはあるだろうか……)例えば、それは鼻先の人参のようなものでもいいと思うのだ。
 生きていく理由、生きる値に、正義や倫理なんかがどれほど役に立つだろうか。(誰がそれを説明できるだろう)ささかなものでもいい。一歩先に見える美味しげなもの、楽しげなこと、それでも一歩進むには十分な力になる。そうして、一歩、一歩と進む内に、気も紛れたり、新しい発見もあるではないか。

 コロコロ・コミックや少年ジャンプが、そういう存在だったのではないか。追い込まれると人は視界が狭くなる。楽しいことは1つもなく、苦しいことばかりに囲まれる。周りに心から信頼できるような友達や大人は誰もいない。そういう時だからこそ、小さくてもはっきりと手に取れる確かな「楽しみ」が大きな力になっていたのではなかったか。物語には、現実の不条理(死も哀しみも暴力も)すべてを忘れさせる力があった。ほんの短い間でも我が身を顧みることなく、夢中にさせる力。そして、「世界は1つではない」可能性に満ちているものだと勇気づけてくれたのだ。本を閉じれば、また辛い現実が戻ってくる。だが、希望はつづく。また、月曜日になれば主人公に会えるから。そうして、一週間、一週間、不条理と希望の間で生きていたような気がする。大人になって考えてみれば、当時の作者がどれほど確信を持って描いていたのかは、わからないとこもある。(作者自身も確信なんてなく、いっぱいいっぱいだったり、迷い迷いだったこともあるかもしれない)でも、そんなこともどうだっていいと思える。「生きる力」になっていたことを思えば、どうだっていいのだ。一週間を、「楽しみ」を、引っ張ってくれる作者/製作者の方々の努力によって、僕は少年時代を乗り越えることができたのだから。

 あちら側の世界から彼女は戻ってきた。やはり、現実に存在する人なのだ。僕は安心してポメラを開いた。認証とか起動とか、そんなことを意識する必要もなく、ポメラは気楽に開くことができる。まるで紙のノートのように身近に感じられる、そこが根強い人気の秘密なのか。僕はポメラに触れながら、時々コーヒーを飲んだ。周りには、コーヒーを飲みながら会話を楽しむ人、会話をしながら食事を楽しむ人がいる。何かと何かを同時にこなすことが、人生を楽しむコツなのだろう。僕は、コーヒーを置いて、ポメラに打ち込んだ。目の前を通り過ぎる人のこと、コーヒーのこと、ポメラのこと……。取るに足りないことを拾い上げる内に、電池が減って、空っぽに近づく。
 テーブルの上のアイスコーヒーが消えて、彼女もいなくなっていた。ほとんどの時間、彼女はここにいなかったのでは? あるいは僕の思い過ごしだろうか。

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ゴースト・バストラン

2023-11-11 16:05:00 | 運び屋
 少し先を行く自転車から白い煙が見える。タイヤからではない。煙は男の指先から出ているのだ。あんな乗り物は認められない。俺はそれ以上自転車に近づくのが嫌だった。曲がれ曲がれどこかに消えろと念じても通じない。ならば俺から動くまでだ。真っ直ぐ進んでから曲がるか、先に曲がっておいてそれから真っ直ぐ進むかは、俺が自由に決められる。クエストを選べる自由を失ったが、まだルートを選ぶ自由は残っている。


 近づきつつあったピックアップ先のピンが突然消えた。消えたと思った次の瞬間、動いた! あべの筋を南下して動き続けている。今までの経験にない現象だった。ゴーストレストラン、いや移動式レストランか? アプリ上のピンは前方に加速して行く。もしやあのバスか? 俺は前傾姿勢になり時速30キロでバスを追った。交差点に差し掛かる手前で、バスはバス停に停止した。俺は端に自転車を寄せるとバッグを背負ったままバスに乗り込んだ。

「いらっしゃいませ」

「お疲れさまです」

「ああ、ウーバーさん、番号を」

 俺は命をかけてガイドさんから伝説の木の葉丼を受け取ってバスを降りた。信号は青だ。報酬の300円を得るため、俺は全力で交差点に突入した。

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竜馬ダンス 

2023-11-10 09:16:00 | この後も名人戦
「これは竜と馬の追っかけっこが4手1組でしょうか。繰り返されてますが……。このままだと延々と繰り返されてしまって永遠に終わらないのではないでしょうか? そうすると対局者も私たちも誰もが帰れなくなってしまって、日常生活というものが完全に崩壊してしまうことが心配されますね、先生」

「何をおっしゃってるんですか。そんなわけないじゃないですか田辺さん。そうなる前に将棋には千日手というルールがちゃんとあるわけですから。そうなったらそうなったで初手から指し直しになるだけです」

「ほっほっほっほ、それは大変失礼いたしました。千日手というルールのおかげで千日も続くことはないといういことですね」

「まあ、そういうことですね。千日手の可能性は今のところ五分五分でしょうか」

「はい。この後も、名人戦生中継をお楽しみください」

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十月のはなれ

2023-11-09 02:43:00 | アクロスティック・ライフ
熱湯を注いで8年

無性に恋しかったはずの地球も

レゴの創造の先に薄れ行き

生暖かい風が吹いたのちに

何処からともなく訪れる

よきゲームメーカーは浮かれることなく

ルールブックを日々燃焼させて

脳内でリメイクを重ねている

この街が禁酒になるのは

時計の針が十分に回った頃

歯切れの悪い会議を抜け出して

明日の見えないヒールを飛ばした

相思相愛の呪文がはね返る

ビアホールは昨日から閉鎖されている

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雨天決行 

2023-11-08 01:51:00 | この後も名人戦
「これは大変なことになりました。雨漏りでしょうか。天井から何やら落ちてきてますね。このままでは対局の続行も危ぶまれるのではないでしょうか? 先生どうでしょう」

「そんなもんお前、なんで部屋の中で雨やねん。プレハブ小屋でやっとんのか。ちゃうやろ。立派なとこやのに考えられへんで」

「今、記録係の少年がバケツを持ってきて、駒台の横に置きましたね。もっとバケツは必要なのではないでしょうか。あちらこちらで落ちてきてますね。タブレットなどは大丈夫でしょうか」

「だいたい電子機器いうのはあかんやろ、お前。普通に考えたらどないやねん。そやろお前。考えられへんで。どないなっとんねん向こうは」

「記録的な短期間での雨ということで、対局室も緊急事態となっております。先生こんな時ですが、形勢の方はいかがでしょうか?」

「互角やな、ぱっと見た感じ。わしら読みとかあらへんで。ぱっと見たとこで出たとこ出たとこ勝負やで。そんでお前うまいこといったらもうけもんやないかのう。いかんかったら運がわるかったゆうだけの話や。そやけど雨やなんかで水を差されるようなそんな将棋とちゃうやろこいつら。ずっとお前こいつらそれで飯食ってきとんねんから」

「雨にも負けないということですね」

「バケツなんかなんぼでもあるやろ。もう雨でも上がるんちゃうんか」

「止まない雨はないということですね」

「どこでもそうやで、定跡以前に誰かてお前知ってるわ」

「視界良好ということですね。この後も、名人戦生中継をお楽しみください」

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どうして人は日記をつけるのか ~一行日記のすすめ

2023-11-07 01:47:00 | いずれ日記
「いつだったかな……」

 伯父さんが家に来たと母が言ったが、それがいつだったかは定かではない。あまりに最近のことだからだ。先週だったか。9月かも。だんだんと自信がなくなってくる。盆だったかな……。盆ではないことは確かだった。わからなくなるから日記をつければと僕は言った。以前はつけていたが、2年前にぱたりとやめてしまったという。

 10月は祭りが多いと母が言った。あれは11月か……。それから過去の記憶に遡って、子供の頃の祭りの話をしてくれた。昔は、夜通しの舞があったという。午前0時頃に出かけて舞を見に行ったこともあったという。祭りにはお芝居もあって、遠方より劇団が来たという。芝居は(つづく)で終わり、日をまたいで人々の興味を引きつけたという。電話越しに母の声は生き生きとしていた。今ではすっかり過疎化してしまってとても考えられないという。祭りがあっても集まる人は少ないだろうし、神主さんも地元に残っていないかもしれず、外から呼ばなければならないくらいだとか。昔話なら、湯水のように湧き出てくる。記憶に深く刻まれているからだ。

「一行でもいいじゃない」
 僕は母に日記を再開してほしかった。

「あんたは書いてるの?」
 勿論、僕が書いていないわけがない。僕は日記しか書いていないのだ。

 書いても書かなくても、いずれにしろ日々は過ぎ去っていくばかりだ。書き出すことは楽しい。続かなければそこで終わってもいい。そうしてまた明日書き出せばいい。眠る前の10秒でも時間を割けばできることだ。
 ささやかな一行も、明日を指す矢印になってくれる。書き連ねていけば、やがては物語にもなるだろう。

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しばしの別れ

2023-11-06 02:20:00 | 桃太郎諸説
 昔々、あるところにいたおじいさんが山に芝刈りに行き、ともにいたおばあさんは川に向かいました。おばあさんがあるところで気づいたのは、おじいさんがお弁当を忘れていったことでした。お弁当の中にはおじいさんの大好きだった卵焼きが入っていましたが、今なおそれを大好きであるかは、おばあさんにはわからないところでした。

「仕方のない人……」

どんぶらこ♪ どんぶらこ♪

 どうやら桃が流れてくるようでした。おばあさんは、構わず洗濯に精を出しました。

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裏口入店

2023-11-05 17:33:00 | 運び屋
「通れません」
 警備員が駆けてきて俺の前を塞いだ。

「押しても駄目ですか?」
「駄目なんですよ。決まりで」
 俺は駐輪場に行くために近道をしたかったのだ。

「ウーバーさん?」
「はい」
「それでしたら……」

 別の駐輪スペースがあると警備員は教えてくれた。北側にそんなものがあるとは、今まで気づかなかった。駐輪場の愛想のない男と顔を合わさずに済みむしろ好都合だ。教えられた場所は、畳一畳分ほどのスペースだった。(駐輪場とは呼べない)確かにデリバリー専用と書かれてある。どうしてこんな坂に……。大いに不満はあったが、他になかったのだろう。
 どこか上の方から、水がぽたんぽたんと落ちていた。そして、その落ちた先には何かごそごそと動く影が見えた。
 ああ、ゴキブリか。




 川沿いを進む。高速の下にマップには映らない道がある。駐車場の中に密かなショートカットが存在する。道を知るほど稼働は有利になる。4丁目から6丁目に飛び越えて時間を節約するのだ。時給は僅かに上がるだろう。600円が900円になるはずだ。親子丼から親子定食に、うどんからうどん定食に、カツ丼からトンカツ定食に、そんな風に俺の暮らしもアップグレードできるのだ。

「そこの2人乗り降りなさい!」

「降りなさい! そこの、おい、降りろ!

 この街の治安は悪化するばかりだ。

「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 パンパンと乾いた銃声が響く。
 後ろに乗っている男が振り向いて応戦する。白昼の銃撃戦だ。俺はヘルメットを深く被って、ルートを変更する。自分の身は自分で守らねばならない。

♪♪ 追加の注文 1.5キロ 120円 ♪♪

 俺は瞬時に指を伸ばして、メッセージを消した。依頼は一度切りだ。
 ピックアップ先のカフェに着いて、自転車を歩道の端に停める。
(裏口で受け取り)
 詳細メッセージを確認して裏口に回る。すぐにドアは見つかった。俺は躊躇いなくドアを開けた。

「こんにちは」

「あっ、ウーバーさん?」
 俺の身なりを見てすぐにわかったようだ。俺は5桁の番号を言い掛けた。

「入り口はあっちなんですよ」

 スーツの男は少し笑みを浮かべながら南の方を指した。確かにそこは厨房のようには見えない。何か大事な会議をしているようだった。入り口は2つ存在したのだ。だとしても俺は自分を責められなかった。最初から正しいドアを開けられるかは五分五分だったのだから。俺は教えられた通りにもう1つのドアを開けた。
 無事にコーヒーを受け取るとドロップ先に向かった。1キロほどの近所のマンションだった。

(玄関先で引き渡し)

 ドアを開けると客は何かを握りしめていた。何かよいことがあるような予感がした。商品を渡すと彼はすぐに手の中のものを差し出した。

「ごくろうさまです」
 塩分チャージ2粒だった。

「ありがとうございます!」
 配達員は真心と300円を手に入れた。

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しあわせバター(スナック・ライフ)

2023-11-04 09:18:00 | 短い話、短い歌
 もう10年も前になる。あの頃の俺はまだ駆け出しの転売ヤーだった。人様の畑という畑を渡って気になるものを見つけては、狸のように引っこ抜いて回った。一言で言えば、俺は愚か者の名を欲しいままにした。いったい誰が……。

「すみません。うすしおくださーい!」
「はーい!」

チャカチャンチャンチャン♪

 うすっぺらい愚か者。それが10年前の俺だった。狸のように人様の畑を回っては、気になる野菜を引っこ抜いた。茄子、大根、トマト、人参、じゃが芋、南瓜。畑という畑を越えて、貪欲だった俺は更に手を広げていった。メガネ、宝石、鞄、パソコン、洗濯機、プレイステーション。あの頃の俺ときたら、目に映る物すべてが俺の売り物であるかのように思い違いをしていた。一度引っこ抜いた物は、まるで桁違いの値段で店先に並べてみたものだ。大馬鹿者め。我ながら大馬鹿者以外の何者と呼ぶこともできない。いったい誰が……。

「すみません。コンソメパンチくださーい!」
「はーい!」

チャカチャンチャンチャン♪

 もう10年前のことだ。しかし時が経ったからすべて許されるわけではない。あの頃の俺はまるで手に負えない荒々しい転売野郎だった。畑という畑を渡り歩いた。気になった物が高い囲いの中にあって、厚く守られ届かないとわかれば、無性に腹が立った。覚え立てのバーボンの中によろめきながら、必殺の左を持つと信じた。俺は風の中でパンチを繰り出した。すぐに反撃を食って逃げた。俺は弱かった。今度は壁に向かって拳を突き上げた。傷つくのは俺の方だった。この大馬鹿者めが。いったい何やってんだ。俺はいったい……。

「しあわせバターくださーい!」
「はーい!」

チャカチャンチャンチャン♪

 それから俺は見事に立ち直った。最初から自然に立っている人に比べれば、俺の手の中のしあわせは少し増しているようだ。他の人よりもずっと愚かだったが故に、ひどく遠回りしてしまったが、俺は今ようやく理解することができる。しあわせとは与えることだろう。
 さよなら、過去の愚か者よ。

「すみません。うすしおくださーい!」
「はーい!」
 何だかんだ言っても、うすしおが今日も飛ぶように売れる。
 冒険はそこそこ。慣れ親しんだ味ほどみんなに喜ばれるのだろう。
 この小さな売店が、俺の見つけた居場所だ。

「ありがとうございまーす!」


馬鈴薯のイノベーションがおかしみを
まるく広げるスナック・ライフ

(折句「バイオマス」短歌)

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余ったカレーの使い方

2023-11-03 09:13:00 | いずれ日記
 少しだけ余ったカレーをどうしようかと考えていた。カレーうどんは少し前にした気がした。ならばパスタに絡めてみるのはどうだろうか。カレーは何にでも合うのだ。パスタの方も何にでも合うのではないか。そうしたもの同士が向き合うことに、何の問題もない。しかし、パスタは昨日食べたのではなかったか。だったらそこは避けた方が無難というもの。一旦、麺類から離れるべきかもしれない。もっと冒険をしてみるべきでは? 余ったカレーを元にして、カレー屋さんを始めてみるのもわるくないだろう。自分でも思ってもみなかった結果が出ないとも限らない。だが、飲食の世界は厳しい。素人が思いつきで手を出すと後が怖い。なかなか素晴らしいと思えるアイデアは出てこない。あなたも、このような問題を抱えて日々もやもやとした思いをしているだろうか。
 いずれにしろカレーは美味い。人の数だけ、余ったカレーの生かし方は存在するに違いない。僕は余ったカレーをごはんにかけて、日記をつけながら食べた。

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ゾンビの観戦

2023-11-02 03:15:00 | この後も名人戦
「ゾンビが入ってきてそっと座りましたね。対局者は大丈夫でしょうか。先生、ご両人は怖くはないのでしょうか?」

「何をおっしゃる。そんなわけないじゃないですか、田辺さん」

「そうでしょうか」

「今は終盤戦なんですから、怖いとかもうないんですよ。盤上の詰む詰まないに集中しているわけですから、ゾンビだろうがお化けだろうが、そんなものを怖がっているようでは、勝てませんから」

「これは大変失礼しました。局面は終盤真っ直中ということですね」

「しかも今は10月ですから、立会人も怖がらせるというような意図は全くなくてですね、ファンサービスの一環としてゾンビになっておられるわけです」

「そうだったのですね。頭が下がるというか、私たちも今後の参考にさせていただけたら、先生もどうでしょうか?」

「勿論です。技術的なバックアップがあれば、今は何にでもなれるわけですから、別に断る理由もないですね」

「なれないものは何もないということで」

「そういうことです」

「楽しみですね。この後も、竜王戦生中継をお楽しみください」

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