前方不注意主義者のスマホ男が、道を完全に人任せにして歩いてくる。俯く姿勢から無言の圧力を発しながら、ゆっくりとこちらの方へ。わかってるな。お前が変えろよ。俺は今この手の中の方でいっぱいだから。俺の進路をちゃんと読んで、お前が変えろよ。忙しい俺を煩わせるなよ。男は一瞬も視線を上げようとはしない。
力に屈した日のことを思い出す。口の中に手を突っ込まれて、歯を全部抜かれてしまいそうになった日。抗うことのできない力で頭を捕まれて床に押しつけられた手。力がそんなに偉いのか。より強い力の前には簡単に屈するくせに。僕は手の中に収まる光の中から復讐の方法を探している。思い出すと怒りが腹の底からこみ上げてきて、すっかり見えなくなった。生憎夢中なのは、あんただけじゃないんだよ。僕の方が、ずっとずっと夢中なのだ。この街は命知らずな奴ばかりだ。全く酷い世の中になってしまった。スマホ男接近中。衝突はもはや避けられない。
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目から鱗が落ちたら女神さまに引き上げられてしまうから、何にも動じないように目を伏せて、余計なものを見ないようにして過ごしてきた。だけど、状況によって方法は変えなければならない。
「あいつら、教師を味方につけて俺たちを取り込むつもりらしいぜ」
内に閉じていては僕の立場はどんどん弱くなるはずだ。ここらではっきりさせておかねば。僕は単身適地に乗り込んで相手を挑発した。
「おーい! 自分らが一番と思うなよ!」
「何だ転校生が!」
挑発に乗って彼らはこちらの陣に入ってきた。9VS9だ! 彼らは皆手にスティックなようなものを持っていて、それは完全に想定外だった。(サッカー部じゃないのか)競り合いの後ろから飛び出すと僕は笹の葉の塊を奪った。引き技でかわすと1つのゴールであるコーナーへ向かった。フットサルで培った経験は十分に通用した。笹の葉を晒し、浮かして、敵を攪乱した。何度かコーナーをはみ出たところで審判が駆けてきた。
「まあ1点は認めよう」
同時に注意も与えられた。なめたり出過ぎた真似は慎むように。僕のゴールによって僕らは勝利を手にした。自ら呼び込んだ戦いに勝って、僕はヒーローになったのだ。大丈夫。僕はここで生きられる。
「さあ、皆で笹の葉を回収して。お祈りの時間だ」
人はどうして近道をしたがるのだろう。見えないところから突然現れる自転車に何度もぶつかりそうになる。はっとする顔。驚くのはこっちだというのに。砂利道を歩いている。川沿いを行く内にいつの間にか神社の中に入り込んでいた。人波に押し出されて戻れない。逆らえない流れに乗ってお参り。賽銭がまだのようです。お金なんて持ってない。スマホだけがすべてなのだ。
「あの男だ。逃げるぞ! お祈り泥棒!」
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「気分はどう?」
「もう昼なのですか」
記憶がまだ混乱していた。僕は死んだのか?
「大丈夫よ」
「ここは?」
「雲の上の家。ここだけが安全な場所」
「ここだけ?」
「そう。あの衝突で地球は滅んでしまったわ」
窓の向こうに家が見えた。白と黒の家だ。
「絵に興味があるのね」
「絵とは」
「あの向こうには何もないの」
「そんなことは……」
窓の外から光が射し込んでいる。
「私が引き上げてあげたの。安心して。ずっとここにいればいいわ」
女は何か隠し事をしているに違いない。どうして僕が助かるのだ。風が吹いた。部屋の中の観葉植物が微かに揺れる。
「やっぱり」
「そういう絵なの」
僕を騙してこの部屋の中に閉じ込めようとしているのかもしれない。光の角度が変わり、影が深く部屋の中に伸びた。白と黒の家の窓が開き、中から細い手がのぞく。
(助けて!)
「行かなきゃ」
「行っては駄目」
思い出した。女は小学2年生の時の担任の先生ではないか。髪の色が違うのでわからなかった。
「ありがとう。助けてくれて」
先生に別れを告げて窓から飛び出す。
「あなたが間違ってる。宇宙は内側にのみ存在するのよ」