眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

スマホ戦争

2022-12-20 21:51:00 | 夢追い
 前方不注意主義者のスマホ男が、道を完全に人任せにして歩いてくる。俯く姿勢から無言の圧力を発しながら、ゆっくりとこちらの方へ。わかってるな。お前が変えろよ。俺は今この手の中の方でいっぱいだから。俺の進路をちゃんと読んで、お前が変えろよ。忙しい俺を煩わせるなよ。男は一瞬も視線を上げようとはしない。

 力に屈した日のことを思い出す。口の中に手を突っ込まれて、歯を全部抜かれてしまいそうになった日。抗うことのできない力で頭を捕まれて床に押しつけられた手。力がそんなに偉いのか。より強い力の前には簡単に屈するくせに。僕は手の中に収まる光の中から復讐の方法を探している。思い出すと怒りが腹の底からこみ上げてきて、すっかり見えなくなった。生憎夢中なのは、あんただけじゃないんだよ。僕の方が、ずっとずっと夢中なのだ。この街は命知らずな奴ばかりだ。全く酷い世の中になってしまった。スマホ男接近中。衝突はもはや避けられない。


 目から鱗が落ちたら女神さまに引き上げられてしまうから、何にも動じないように目を伏せて、余計なものを見ないようにして過ごしてきた。だけど、状況によって方法は変えなければならない。

「あいつら、教師を味方につけて俺たちを取り込むつもりらしいぜ」

 内に閉じていては僕の立場はどんどん弱くなるはずだ。ここらではっきりさせておかねば。僕は単身適地に乗り込んで相手を挑発した。

「おーい! 自分らが一番と思うなよ!」

「何だ転校生が!」

 挑発に乗って彼らはこちらの陣に入ってきた。9VS9だ! 彼らは皆手にスティックなようなものを持っていて、それは完全に想定外だった。(サッカー部じゃないのか)競り合いの後ろから飛び出すと僕は笹の葉の塊を奪った。引き技でかわすと1つのゴールであるコーナーへ向かった。フットサルで培った経験は十分に通用した。笹の葉を晒し、浮かして、敵を攪乱した。何度かコーナーをはみ出たところで審判が駆けてきた。

「まあ1点は認めよう」

 同時に注意も与えられた。なめたり出過ぎた真似は慎むように。僕のゴールによって僕らは勝利を手にした。自ら呼び込んだ戦いに勝って、僕はヒーローになったのだ。大丈夫。僕はここで生きられる。

「さあ、皆で笹の葉を回収して。お祈りの時間だ」

 人はどうして近道をしたがるのだろう。見えないところから突然現れる自転車に何度もぶつかりそうになる。はっとする顔。驚くのはこっちだというのに。砂利道を歩いている。川沿いを行く内にいつの間にか神社の中に入り込んでいた。人波に押し出されて戻れない。逆らえない流れに乗ってお参り。賽銭がまだのようです。お金なんて持ってない。スマホだけがすべてなのだ。
「あの男だ。逃げるぞ! お祈り泥棒!」


「気分はどう?」

「もう昼なのですか」

 記憶がまだ混乱していた。僕は死んだのか?

「大丈夫よ」

「ここは?」

「雲の上の家。ここだけが安全な場所」

「ここだけ?」

「そう。あの衝突で地球は滅んでしまったわ」

 窓の向こうに家が見えた。白と黒の家だ。

「絵に興味があるのね」

「絵とは」

「あの向こうには何もないの」

「そんなことは……」

 窓の外から光が射し込んでいる。

「私が引き上げてあげたの。安心して。ずっとここにいればいいわ」

 女は何か隠し事をしているに違いない。どうして僕が助かるのだ。風が吹いた。部屋の中の観葉植物が微かに揺れる。

「やっぱり」

「そういう絵なの」

 僕を騙してこの部屋の中に閉じ込めようとしているのかもしれない。光の角度が変わり、影が深く部屋の中に伸びた。白と黒の家の窓が開き、中から細い手がのぞく。

(助けて!)

「行かなきゃ」

「行っては駄目」

 思い出した。女は小学2年生の時の担任の先生ではないか。髪の色が違うのでわからなかった。

「ありがとう。助けてくれて」

 先生に別れを告げて窓から飛び出す。

「あなたが間違ってる。宇宙は内側にのみ存在するのよ」

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モーニング・サービス

2022-12-20 01:21:00 | 夢追い
 宿題をすべて片づけて、安心して眠りたいと思う。けれども、片づいたと思ったら現れる。片づけるほどに散らかっていく。根本的には、何が宿題なのかがわかっていない。問題がわからないのだから、解決困難だ。物心ついてから、ずっと仮眠しか取れていないように思える。本当に安らかに眠れるのは、死んだ後かもしれない。眠りと死は、似ているようで真逆だとも思う。決して死を望んでいるわけでもないし、憧れるものでもない。死は生きているものにとって、あまりにも未知だ。


 自転車を置くスペースがないと到着してから気がついた。細い道で人とすれ違うのに時間を取られすぎた。発車の時刻まであと5分しかなかった。さよならを言ったのだ。今更戻るわけにはいかない。落ち着け。自転車は案外小さくて軽いじゃないか。ポケットに入るじゃないか。ぱっと開けた空もすぐに曇る。ポケットに入るのは鍵の方だった。駐車場の隅に置く? タクシーがバックしてきて押しつぶされる。定食屋の前に置く? メニューの書かれた看板の邪魔になり撤去される。無惨なイメージばかりが湧いては消えた。

「駐輪か?」
 突然、くわえ煙草の男が声をかけた。ずっとこちらの様子を観察していたのだろうか。

「あるで」
 思わぬ助け船だろうか。

「西の方や。あるいはもっと東か。九州か東京の方やな」

 聞くだけ無駄だった。僕はふっと笑うしかなかった。もう時間がない! その時はその時だ。歩道の端、ガードレールに押しつけるように自転車を置いた。自転車の運命よりも自分の旅を選んだのだ。鍵をポケットに入れて走り出した。

「悪くない」
 煙草の男が僕の選択を支持した。

「ありがとう!」
 改札を飛び越えて階段を駆け上がる。2番ホームへ渡るとベルの鳴り響く列車に飛び乗った。

「切符をください!」
 ちょうど乗り込んだ車両に車掌が歩いてきた。

「どちらまで?」
「東京まで。朝食付きで」
「かしこまりました」

 車掌がポーチの奥に手を入れて切符の準備する間に、僕は呼吸を整えた。扉が閉まる。ゆっくりと列車が動き出す。

「やっぱり朝食は明日で」
 家で食べてきたことを思い出した。

「ああ、やっぱり今日だけの切符で。朝食はなしで」
 色々と慌てたせいで頭の中が少し混乱していた。車掌は黙々と切符を作る作業に集中していた。

「Jカードをお持ちですか?」
「はい」
 僕は財布の中からゴールドJカードを差し出した。

「朝食もお付けしましょう」
 特別なサービスなのか、既にできてしまったからそうしたのかはわからなかった。少し気持ちが高揚していた。走ったせいで少しお腹も空いてきた。サンドウィッチくらいなら。僕は甘えることにした。

「ありがとうございます!」
 新しい扉が開きそうな予感がした。

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ファースト・テイク

2022-12-19 22:30:00 | 夢追い
 カウンターの上に見えたバーガーを食べた。パサパサしているけどわるくない。横にあふれたポテトを食べていると、店員さんが駆け寄ってきた。何か驚いたような様子だった。

「そちらは……」
 必死に適当な言葉を探しているように見えた。

「別の人のですか?」

 店員さんの表情から、僕は察した。バイキングみたいなところだと思っていたが、どうやらやってしまったか。だけど、食べ始めてしまったものは、もうどうしようもない。

(今回だけ)

「今後は、番号をご確認の上で……」
 親切な店員さんの前向きな言葉に救われる。
 僕はこの街が好きになりそうだ。

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夜明けの護送

2022-12-18 05:04:00 | 夢追い
 包囲された空間にいることが、大人であることの証明だった。折れ曲がった矢印が進むべき道を迷わせる。タクシーの刺客が交差点で牙を剥いて襲いかかってくる。プールの中に飛び込んで必死で腕を回した。クロールは間違った学習だったと思わせる。かいでもかいでも前に進むことができない。ターンする壁をずっと探している。

「ランウェイか」
 課長はそう言って電話を切る。アピールできるチャンスだ。

「自分行きます」

 あった! 『ランウェイ』はすぐに見つかった。こっちにも! 本棚は50音順ではなかった。同名多数。マンガ版はずらりと並んでいた。今必要なのは小説だった。違う作者のもある。タイトルだけ聞いて来たから、結局は手こずってしまう。どれが本当の正解かわからない。最初に見つけた一冊にかけるか、あるいは……。

「おいおい! いつまでかかってる」
 課長がかけてきた。女の人が叫んでるぞ。

 煮え湯ばかりを飲まされる。煮えているのはどうってことない。飲まされている感覚が許せなくて、暖簾を潜る。
「無地のシャツ、バケツを返した柄のパンツ、遠足に行くような二重瞼、口は真一文字で、工事中の道を縫うように逃走しております」

 おばあさんはしゃがみ込んで猫の頬に耳を寄せている。
「あなたの前世は自動車の修理工だったのね。その名残が髭の先にまだ微かに残っているのね。原理、歴史、性能、用途、そういったすべてを熟知しているのね。通り過ぎていったのはプリウス。あなたはそれを愛していたのね。来世はどう? そう……。思うようにはならないのね」

 リサイクル・カーが古くなったミシンを積んで通り過ぎる。

「誤算であると願いまして」

 だから間違うんだって。パンの耳がつながって並木道になる。新幹線より早く歩けば昼前には着くという。道は九州に直結していた。寒さが身に沁みる。冬を愛する人は決して夏を呼んだりはしない。煮え湯が集まって風呂が沸いている。運転手、課長、おばあさん、鹿、猫、先生。生きてましたか。まるで世界の縮図だ。これが働くということか。

「大丈夫。きみには才能がある」

 やっぱり、先生はわかってくれてる。

「まあ、誰にでもあるんだけどね」

 先生? どうしちゃったの。信じて歩いているだけではどこにもたどり着けなかった。僕はエレベーターの中に閉じ込められている。行き先はないし、開くも閉じるもない。どうしてこの箱がエレベーターなのだろう。何も食べていなくても、天井から光が射し込むと少しだけ明るくなる。アナウンスに従って熟成ボタンを押すとフルーツの漬け物が完成するだろう。26時を回った頃に配達員が押し寄せて、ここは人気のゴーストであることを知らされる。熟成ボタンが足りない。赤いネクタイを持った男が手際の悪さに文句を言って、僕の首を絞めている。強い。まるで本気すぎる。


「着いたぞ」
 父の声で目が覚めた。後味のわるい夢だった。

「父さんのことは絶対に言わないから」
 出頭は自分で決めたことだった。

「当然だ。わしは一家の大国町だからな」

 父さんの言う通りだ。僕は王子町2丁目辺りだな。もっと北へ、そして西へ進んでいつか追い越してやるつもりだ。
 もうすぐ夜が明ける。

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夢であったら/夢であった

2022-12-15 00:25:00 | 夢追い
 いつものようにセルフレジでコーヒーを注文する。いつもは電子決済するのだが、それだとなぜが決済のみ対人式となる。そこで今日は小銭を用意してきた。順調に進みいざ支払いのところにきて僕は戸惑った。小銭を入れるところがぱっと見でわからなかったのだ。お札を入れるようなとこはある。お釣りが返ってくるようなところもある。しかし、硬貨は……。僕は思い切ってお札投入口に硬貨を押し込んだ。特に反応はない。続けてもう1枚。10円玉を入れると警報音が鳴り響いた。明らかに僕のせいだった。しばらくして中から鍵を持って店の人が飛び出してきた。機械を開き、中の異物を探っている。
「夢であってくれ」そう思うほど、目の前に映る現実は受け入れ難いものだった。救いは僕の後ろに並んでいる人が誰もいなかったことだ。もしも時間が少しずれていたら、(あるいはクリスマスだったら)、大行列ができていたことだろう。2人目の店員に代わりようやく2枚の硬貨が救出された。本当の投入口はお釣り返却口の真上にあり、大きな口を開けて存在していた。目立ちすぎて逆に見えなかったのだ。イメージとして求めていたのがジュースの自販機のような小さな穴だったこと、以前どこかで札も硬貨も区別なく投入できる機械を見かけた経験があったこと、それは言い訳にすぎない。一番は、少し寝ぼけていたことだ。


「お前、噂では寝返ってるらしいな」
 仲間の武将の言葉に憤慨して、僕は敵の大将に弓を引いた。的は外れた。大将は驚いてよろけた。周りに護衛の者はついていなかった。僕はあきらめなかった。寝返ってなどいないと証明せねばならなかった。2発目からは武器は拳銃に変わっていた。またしても的は外れてしまう。銃弾は交番の中に飛び込み壁に刺さった。終わった。呪いたいほどに最悪の場所だ。僕は家に返って逃亡の支度に追われた。すぐに刑事が2人、断りもなく家の中に上がり込んできた。僕は玄関に隠れた。入れ替わりに脱出しようとしたが、すぐに見つかってしまう。
「親は向こうです」
 平然とした態度を装って難を逃れたい。刑事は家の奥へ歩いて行く。手袋をした僕を、不自然に思わないだろうか。一旦は見逃した振りをして、あえて泳がすのだろうか。自分がやりました。すぐに楽になれる言葉が、自分を裏切って飛び出しそうで恐ろしい。


「夢でよかった」
 悪い夢から醒めた後、気分は重い。遅れて安堵と感謝がやってくる。あちらが現実でなくて、本当によかった。少なくとも僕は自由を失ってはいない。今からコーヒーでも飲みに出かけようか。

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からくりカラアゲ

2022-11-02 22:29:00 | 夢追い
 注文が入り、レジを開けて唐揚げを作った。その横から別のお客さんが入り込んできた。
「お金が2枚飛んでいったんです」
 レジの中を探るとおかしなところに4枚の札があった。
「4枚ありましたよ」
 札を手早く引き取ると女は笑顔もなく足早に去っていった。
(しまった!)
 彼女は自分のとは言わなかった。なのに僕は思い込みから札を彼女に手渡してしまったのだ。これはすっかりやられてしまったぞ。
 だが、冷静に考えてみると自分を責めるよりも、このシステムを疑うべきではないだろうか。
 そうだ! システムがわるい!
 レジの中で作るシステム!
 横から入れるシステム!
 なんじゃこりゃー!

「帰らないのですか?」
「専務が今日あげると言ってます」
 そんな無茶苦茶な……。
「徹夜したんだから帰るべきですよ」
 みんな疲れ切った顔をしていた。
 帰ろうよ。帰ろうよ。
 僕は社内を訴えかけながらまわった。社会を帰るためには、小さな勇気が必要だ。どうなってもかまわない。覚悟を決めていこうじゃないか。

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友達対局

2022-10-25 05:03:00 | 夢追い
 決勝戦はたっちゃんとの対局になった。大優勢を築いてからのたっちゃんの指し回しの緩さときたら目を覆うばかりだ。彼女ができてから棋風が変わりすぎじゃないか。あんなに尖っていたのがうそみたい。まあそれでたっちゃんが幸せならば別にいいんだけどさ。厚みは崩壊、攻撃は空回り、あれよあれよという間におかしくなって、大駒4枚は僕のものになっていた。控えめに言って必勝形。だけど、よすぎると逆にどうしていいかわからない。決め手がみえないとだんだんと焦ってくる。(本当に必勝?)遡って形勢判断、自分の棋力に疑いの目が向かい始めるともう相当に危うい。

 たっちゃんは盤上に無造作にボールペンを置いた。盤の周辺が急にざわついたような気がした。ボールペンが盤上に新たな角度を生んで錯覚を生み出しやすくなっていた。筋違いにいたはずの角が今は55の位置にまで戻っていた。棋譜を手元に引き寄せて何度も確認する。そこに未来の解答はない。

 記録係に新しいお茶を注文する。鞄から丼を取り出した。僕は開き直って鮭茶漬けを作った。盤の前で食べる茶漬けはまた格別だな。

(これがひねり出した一手!)

 悠然と構える棋士を前にして、普通ならどうなるか。こいつにはかなわないな……。きっとそうなる。
 たっちゃんのあきらめを待ちながら、僕はサラサラと流し込んだ。

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普通の味

2022-09-16 01:06:00 | 夢追い
 部屋にいると先生が何をしているのかとたずねてきた。僕はタオルの用意やお菓子の整理をしているのだと答えた。切符はまだ買っていなかった。切符などいつでも買えるからだ。

「今行け!」

 先生は今すぐ切符を買いに行くように言った。窓口に行くと半分明かりが消えて閉まりかけていた。自販機はまだ大丈夫だ。切符を買おうとしたがどれを買えばいいかわからなかった。

「みんなは何を?」

「博多でしたよ」

 窓の向こうの女は答えた。券売機に戻って博多を押すと43000円だった。
(うそだ!)
 どう考えても高すぎる。僕は食堂に駆け込んだ。同級生らしき男を捕まえて訴えた。男はとても冷静な態度だった。そんなもの高くも何ともない。僕ならいつも買っているよと言った。

 ぞうすいだけではすぐにお腹が空いた。僕はたこ焼き屋に駆け込んでたこ焼き6個を注文した。

「味は?」

 味は1から10ほどあり1番上は素焼きだった。僕は気になった5番目のしょうゆに決めた。

「しょうゆでっか?」

 店主は驚いたように言った。初めてしゅうゆの名を耳にしたようだった。

「ソースの方がいいですか?」

 不安になって僕はきいた。

「普通はソースでっけど」

「じゃあソースで」

 あっさりと僕は流されてしまった。

「350円です」

 適正価格に違いない。
 たこ焼きはすぐに出てきた。鉄器の中で僕を待っていたからだ。

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猫ばばファミリー

2022-09-11 02:33:00 | 夢追い
 発注はセブンスターが1だった。1とは、1箱を指すのかそれとも1カートンを指すのか。1箱ではあまりにも軽すぎるが、切羽詰まって1箱に焦がれるという事情も想像はできる。結論は出ないまま僕は河川敷に行った。

「セブンスター」
「620円」

 煙草売りの青年はぶっきらぼうに言った。1についての常識をたずねようとしたが、疎ましげな顔に思えやめてしまった。煙草を手にしたので安心して、草むらの上で仮眠をとった。しばらく休んでいたが、突然土砂降りに見舞われたので慌てて逃げ出した。

 勢いで上がった坂はほとんど直角だったと後でわかった。上ることはできても下りることはかなわない。自転車という乗り物の矛盾を知って悲しくなった。これを上ったの……。真下をみれば恐ろしいほどに遠い。他に道もない。レスキュー隊を呼べばどれだけ取られるか。どれほど人騒がせか。馬鹿なことをした。本当に馬鹿だった。一通り嘆く間に新しい発想が湧いた。シャツを自転車に巻き付けて先に下ろす。生身の自分だけなら、飛べないことはない。きっとできる。大丈夫だ!

 薄暗いキッチンに姉は独りだった。寒いよ。7℃か8℃だと僕は言った。姉は900円貸してくれと言った。僕が千円を渡し待っていたが、お釣りは返ってこなかった。やっぱり千円だと言う。もうすぐ誰かが迎えにくるらしい。

 青いセーターを着たまま風呂に入った。窓が30センチも開いていたので、2センチまで閉めた。上がろうとしていると、庭から田中さんが駆けてきて、元の30センチまで窓を開けた。
「恥ずかしいわ!」
 窓をちゃんと閉めて風呂に入るのは恥ずかしいという態度だ。文化の違いというものだろうか。

 鞄の中に油揚げが残っていて焦る。誰かに渡すはずの商品だったに違いない。「油揚げか……」それならばと母は夕食のメニューに取り込もうとしていた。駄目だ。やっぱり返しに行かないと。

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豆腐と国際スパイ

2022-09-07 08:13:00 | 夢追い
 ファミレスのテーブルはみんなつながっていて、どこかの宴会場のようだった。単品の注文センスについて姉がやたらとダメ出ししてくるのが疎ましい。理屈で抵抗することをあきらめて感情を露わにすると、気まずい空気が周囲にまで感染してしまった。姉は消えて、路上に母と二人になっていた。
「何食べたい?」
「豆腐」
 豆腐か……。僕は新幹線の時間が気になっていた。母や今日家に帰らなければならないのだ。ネットで豆腐を検索すると、出てくるのは不思議とポン酢の製造業ばかりだった。

 こうなったら直接パークスに行こう!

「メールできる?」
 万一迷子になった時のために母に聞いた。母は忘れたと答えた。仕方なく手をつないで歩くことにした。直接つながっていれば、どれだけ人が多くても安心だ。

「痛い!」
 手のつなぎ方がよくないとジョナサンが訴えた。いつの間にか母がジョナサンと入れ替わっていたのだ。僕はジョナサンと手を切った。「ジョナサンも来る?」ジョナサンは少し笑みを浮かべながら首を振った。僕はその微笑の意味を理解できなかった。

 噴水の辺りで迷子になっていた母を救出した。まずは屋上に行く。屋上は大道芸広場になっていて、世界中のアーティストたちが集結していた。全部を見て回りたいけれど、今はそれどころではない。母は鉢植えの品揃えに高い関心を寄せた。突然、スーツの男が仰向けになって倒れた。気絶したとみせながら吹いた泡が高く上がって、蝶やクジラやカワウソの形に変わった。正気の国際スパイだ!
 エレベーターの中には10人ほどの人がいた。きっと誰かが危険を顧みず訴えるべきなのだ。

「乗務員さん!」
 僕は先ほど見た屋上のことを告げようとした。彼はまずは落ち着くように僕を制した。

「スパイの男ですね」
 エレベーターを下りたところで言った。みんなわかっているというように冷静な口調だった。だったらもう安心だ。本題の豆腐をたずねて僕らは玩具売り場を歩き回った。

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流刑100万キロ

2022-08-25 06:23:00 | 夢追い
 何もない直線道路で警官に止められた。
「出てたね。ここは8キロだよ」
「8キロ?」
「そう。かなり出てたよ。20キロね」
「えっ? どこに書いてます?」
 どこにもそんなことは書いてないのだ。僕は自転車を押しながらそのまま逃げて行こうとした。
「何?」
 警官の一人がハンドルを両手で掴んで固定した。1ミリも動かすことができない。
「公務執行妨害未遂で逮捕する!」
「緊急逮捕! 23時25分45秒」
 公開取調室では厳しい尋問が待っていた。コンビニの制服を着せられた僕はチーカマを食べながら、自分の犯した罪を認めた。

「世界は歩行者のために! さあ大きな声で」
「世界は歩行者のために!」
 繰り返し歩行者を称える声が壁を震わせた。

「流刑100万キロを言い渡す」
 判決は満場一致で確定して、観衆は拍手でこれを歓迎した。周りに自転車サイドの人間はおらず、皆が歩行者の味方だった。

 簡易刑務所の中では囚人たちによる自転車レースが行われており、新人の僕は歓迎の意味をかねてエントリーさせられていた。僕の乗る自転車はサイズも小さくボディには錆も目立った。他の選手の自転車は明らかに競技用で整備も行き届いているようだ。レースが始まってまもなく僕だけが止まっているかのように引き離され、気づくと周回遅れになっていた。何周も何周も遅れ、僕がゴールしたのを認める者はいなかった。

「お前はこんなものだ」
 教官が言い放った。
 別に望んだレースじゃない。
「お前のスピードなんてこんなもんだ!」
 教官はなおも攻撃を緩めず、罵った次には得意げに笑った。
 何がそんなにおかしいのだ。

 流刑地へと続く村では村人が頭を叩いてきた。
「何するんだ?」
 手に持っているのは棍棒だ。
「馬鹿もんが! そんなこともわからんのか?」
「やめてください。父でもないのに」
「1ポイントの大切さを思い出せ。積み重ねることの価値を思い出すのじゃ」
「そんなことをして何になりますか。僕はすべてを失ったんです」
 見ず知らずの村人に説教されるなんてまっぴらだ。
「1ポイントを馬鹿にするのか!」
 そう言って村人は僕の頭を強打した。
「何するんだ?」
「大事なものを忘れてしまうくらいなら、何も学ばない方が遙かにましじゃ。お前が覚えた100の魔法。ふん、それが何だ。言葉なんて誤解の種にしかならんわ」
「僕はただの自転車乗りです」
 今ではそれも昔の話だった。
「ほれ、お前のはじまりの武器じゃ。持って行くがいい。これでスライムを打つがいいぞ」
 僕の頭を打った棍棒を村人は差し出した。手を出すまでは動かない面倒くさい奴だ。魔法が使えたら、ここの村人から退治してやろう。

「さあ、自分で取りに行け!」
 給食教官が命令した。最後の食事はバイキング形式だ。まともな人間の食事は、これが本当に最後になるだろう。肉や魚といった贅沢なものはなく、目に付くのは野菜ばかりだった。サラダバーとは、このような形なのかもしれない。自由に選べる多彩なドレッシングに、妙な優しさを感じた。
「ご自由にどうぞ」
 ドレッシングだけではなかった。サイドテーブルには、様々なトッピングが用意されている。この選択だけが許された最後の自由になるのかもしれない。プレートにサラダを盛りつけている途中、鉄板の前に佇むタコの存在に気づいてハッとした。タコは手にソースを持って自らの体に振りかけていたのだ。(美味しくなれ、美味しくなれ)まるでそう言っているようだった。自分の未来を知っていて、最後の時間を人のために使うなんて。普通はまず自分のために使うのだ。なんて奇特な……。思わずプレートをひっくり返すと父がこぼれ落ちた。父は怒っているようだ。

「見たの?」
 僕のノートを勝手に見たようだ。封まで開けて見るなんてとても許し難い。

「なんて恐ろしい計画なんだ!」
「フィクションだよ! 創作だよ!」
 当然それは誰にでも理解できることのはずだった。
 それでも父の目の色は少しも変化しない。

「信じないの?」
 想像力の欠落か。手に余る不信か。

「あってはならんことだ! 馬鹿もん!」
 あっ、やばい、殴られる。

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野蛮な手先

2022-08-12 10:01:00 | 夢追い
 土地が足りなかったか。家の居間が新しくできたフットボール・スクールの練習場にされていた。広さとしては明らかに不十分だったが、場所を選んでいるようでは真の一流には届かないというのは理解できた。畳でつるつると滑って転んではボールを失った。異国の選手は平然と立っていることに驚く。パスは何本もつながった。惜しいシュートもあった。全体的に言えばチャンスの数は少な目だったと思う。シュートが打てた場面をコーチに指摘された。

「パスが目的か?」

 メキシコのコーチは強い口調で問いかけた。それには少し考えさせられた。
 居間の中は最初は清潔だったけれど、誰かがスパイクに泥をつけていた。だんだんと汚れが目立つようになると、いつの間にかそれが普通になって、みんなスパイクに泥をつけて集まり始めた。どうせ他人の家だからということか。

 衛生面が低下して畳の下からゴキブリが出てくるようになった。僕はティッシュを持ってゴキブリに被せると握りつぶした。最初は2枚3枚重ねていたのが、1枚でも平気なようになった。それどころか直接指に触れてもなぜか平気だった。生殺し、半殺し、徐々に僕のやり口は大胆で野蛮なものへと変わっていった。誰かが買って出なければ……。社会には手を汚す存在が必要なのだ。けれども、1つ1つ当たっていたのではきりがない。もっと大事なのは彼らの出所を押さえること。

 畳の隙間を開けて地下の階層を下りていくと駐車場になっていた。夕方の渋滞が発生して抜け出ることは命がけだった。四方を敵の車に囲まれる。母は運転席から飛び出して手で車の角を押さえ向きを変えようとした。僕も何かしないと。

「僕、後ろでハンドル切れるよ」

 頼りになるねと母は笑った。実際にどうやって窮地を抜けたのかはわからなかった。気がつくと駐車場を出て細い坂道を走っていた。目的地まで関所を通らずに着いた。あまり混雑している様子はない。昔、人気の喫茶店だった。

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明るすぎるカフェ

2022-08-04 05:25:00 | 夢追い
 エレベーターを出ると右側に男女のマークがあってそこはトイレだった。正面が店の入り口だ。ドアを開けると通路が縦に長い。

「いらっしゃいませ」
 どこからともなく男性の店員が出てきたが、店員は靴を履いていた。

「ああ、脱がなくていいんですね」

 僕はなぜか靴を脱いで手に持って歩いていて、自分がなぜそうしたのかわからなくて恥ずかしくなって笑った。店員も一緒になって笑ってくれた。どこがいいか相談しながら店員と並んで店内を歩いた。店の中はとても広くてグループで利用する人の姿も多く見られた。どの場所も窓から射し込む日差しが強く暑かった。歩いている内に徐々に汗ばんでくる。

「暑いですね」
「ええ」
「でも寒すぎるよりは全然ましです」
 嫌みな感じになったらよくないと思い、すぐにフォローした。寒すぎるのが嫌いなのは本音だ。

「あそこがいいのでは?」

 店員が指した席は隅っこの2人掛けの席だ。わるくない。行ってみるとテーブルの上には丸められた黒のネクタイとしわくちゃのシャツが置いてあった。

「ここいますよね」
 すぐ近くにいた男性にきいてみた。

「いないことはないけど、もう時間すぎてるし」

 荷物を置いて離席してからしばらく経ったので、もう権利を失ったということらしい。僕はネクタイとシャツを払いのけると安心して席に着いた。しばらく眺めていたメニューを閉じると、テーブルの上にはいつの間にかミルクティーが横向きに置かれていたが、不思議とこぼれることはなかった。もう1つのアイスコーヒーのグラスは普通に縦に置かれていた。なるほど、先に「暑い」と言っていたので、店員が気を利かせたのだ。感心していると先ほどの彼がやってきて、グラスにガムシロップを投入するとストローを突っ込んでくるくると回し始めた。氷が擦れてキラキラと輝いている。回転は1分が経過しても終わる気配がない。僕はその優雅な仕草を椅子にもたれて見守っていた。

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裏街道の逃亡者

2022-07-04 03:26:00 | 夢追い
 色々あって指名手配されることになった。おたずねものとなった不安からか、気がつくと僕は見知らぬ民家をたずねていた。ベルを鳴らすと若い男が出てきた。最近事件があってですね……。

「怪しい男をみかけませんでしたか?」

 僕はヘルメットを脱いで自ら顔を晒した。そうすることで自分は全く無関係であることを装えると思ったからだ。男は怪訝な様子だった。まじまじと僕の顔をみているようだ。

「そうですか。なら結構です。では」

 話を切り上げて玄関をあとにした。曲がり角で自転車を止めて振り返ると、男はまだこちらの方をみていた。片手にスマホを持ち誰かと話しているようだ。まずい。僕がどちらに曲がるか見届けるつもりだ。
 一度東に進み、公園を越えてすぐに逆戻りした。街中の警官が各々の交番から飛び出してきて僕を捜し始めたのではないか。

(男の特徴は? 自転車に乗って、青い服、人相は……)

 公民館の角にこっそりと自転車を置いた。こちらをみている者がいないか用心しながら歩く。和菓子屋、古書店、文房具屋を通過して、何もない店の窓をみつめた。何もない店の前に長居しては不審者に映るのではないか。窓に映るのは微かな夜の気配だけだった。セルフのガソリンスタンドに立ち寄って、アキレス腱を伸ばした。僕は少し心配しすぎではないか。Gジャンなんて、あまりにありふれた服装にすぎなかった。

 人気ない公園を過ぎて線路を越えるとまだ通ったことのない道を発見した。心地よく真っ直ぐに伸び車は少なかった。旅行者が頭より高いリュックを背負い歩いている。長いリードを引いた2匹の犬がクロスしながら歩いている。手をつないでゆっくりと歩く老夫婦。大きなラケットを持って風にスマッシュを決める中学生。

 僕はヘルメットと椅子を持ったまま新しく現れた道を走り始めた。僕はジョギング・ランナーだ。すれ違う風景はすべてが新鮮なものだった。裏街道の発見だ! 新しい道をみつけたぞ! まるで知らない街を訪れたかのようだった。裏街道の興奮は、ひと時の間、自身の境遇を忘れさせてくれるものだった。

 スーパー玉田の電飾に目が覚める。やっぱりいつもの道か。すると再び不安が戻ってきた。人目を気にしながら、家々の間、裏庭、地下道を通って自宅にまで帰った。書庫の裏にこっそりと椅子を隠した。服装を変えて自転車を取りに行こう。
 家の鍵が開いていて明かりもついていた。中に入ると母がいた。

「あんた何か食べるかね?」
(何か食べてきてもよかったのに……)

「ああ」

 今日の出来事に何も触れられないのがもどかしかった。
 やっぱり考えすぎじゃないか。
 あの事件、僕は巻き込まれた側ではなかったか。警察の方だって気の毒に思って動いていないのではないか。他にももっと重大な事件が山ほどあるだろう。
 あの事件、もしかしたら、本当は何もなかったのかも。

「おうどんできたよ」

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証明写真

2022-07-02 04:57:00 | 夢追い
「早く行けよ」

「何もたもたしてんだよ」

「向いてないんじゃないの?」

「やる気あんのか」

 ネットの民の声が耳に入って焦りが増す。
 そこはエントランスがバスルームになっているという物件だ。躊躇っているのは危ない。そんなところを何度も出入りしていれば、不審者のように映ってしまう。

「こんにちは~」

 バスルームを突き抜けて中に入る。広間はちょうどパーティーの最中だった。

「オーナーさんは?」

「あちらです」

「いいえ違いますよ」

「歳の上からはあなたがそうでしょう」

「古株というならばあなたの方が上でしょう」

「資格を持っている人が務めるのが筋でしょう」

「何が筋だ」

「阿倍野筋か?」

「文句があるなら食ってこい」

「まあまあ皆さん落ち着いて」

「45角!」

「ふん、筋違い角か?」

 オーナーを巡って多くの譲り合いがあり、事が進まない。

「ん? どちらさん?」

 さっぱりした顔で風呂から上がってきたのが真のオーナーのようだった。

「お届け物に……」

「えーと、どちらさん?」

「今度隣の方に越してきたものですが」

「わざわざいいのに」

「どうぞ!」

「いいって!」

 遠慮ではなく本気の拒否だった。きっと物が有り余っているのだろう。だが、ここまで来て引き返すというのは冴えない。極上の胸唐揚げのセットなのだから。

「どうせつまらないものですから」

「なおさら結構」

「せっかくですので」

「せっかくですが」

 ささやかな縁さえも拒むとは、器の小さいオーナーのようだ。僕はもう交渉をあきらめた。

「かしこまりました」

 従順な振りをして引き下がるとじめじめしたバスルームの前に紙袋を置いて写真を撮った。
 僕が今日を生きたことの証明だ。

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