おばあちゃんは、少し離れたところに住んでいた。おばあちゃんを離れまで呼びに行くのは、僕の役目だった。
「おばあちゃん、ごはんだよ」
しばらくして、おばあちゃんがやってくる。おばあちゃんは、静かに食べて静かに離れに帰って行く。おばあちゃんの食べるものは、限られていた。
「おばあちゃん、ごはんだよ」
しばらくして、おばあちゃんはやってくる。けれども、だんだんやってくるのが遅くなっていた。僕は何度もおばあちゃんを呼びに、離れまで行った。
「おばあちゃんは、まだ?」
「さっき呼びにいったんだけど」
しばらくして、おばあちゃんがやってきた。
「いただきます」
おばあちゃんは、だんだんと遅れてやってくるようになり、だんだんと食べなくなっていった。テーブルに着いて固まっていることも多くなった。
「どうせ、おばあちゃん食べないんだから」
おばあちゃんの皿に載る料理は、だんだんと少なくなっていった。
「僕が食べるよ」
おばあちゃんを呼びに、離れまで行く途中で、道に迷うことがあった。今までそのようなことはなかったので、僕は驚いた。きっと木が生い茂ったり、雨で道がぬかるんでしまったりしたせいだと思った。しばらくして、離れに着くと、黄金色の明かりの中でおばあちゃんはお茶をすすっていた。コウちゃんも飲むかと言うので、僕は一杯飲んだ。ご飯の前だというのに、お菓子も食べた。
「遅かったね」
「もうすぐ、おばあちゃんは来るよ」
しばらくして、おばあちゃんはやってきた。おばあちゃんの背中はやってくる度に小さくなった。小さくなったけれど、姿勢はよかった。精一杯背中を伸ばすことでテーブルから顔を出してご飯を食べることができた。それでも、だんだんと小さくなっていったので、次第に顔を出すことも難しくなっていった。
離れまでの道は、だんだんと複雑になり、だんだんと遠くなっていった。最初はポットのお湯が沸くまでの間で行けていたのが、玉子焼きを作るくらいかかるようになり、とうとう校長先生のお話くらいかかっても難しくなっていった。遅くなることについて、誰も文句は言わなかったが、その沈黙は新しく始まった教室の朝のようにどこか不自然に思えるのだった。
「おばあちゃん、今日は調子わるいって」
離れまでたどり着けなかった日、僕はうそをついた。うそは、繰り返しつき続けなければならなかった。
離れまでの道には、闇の魔物が住み着くようになった。闇の魔物は、自分たちの領域を守るように立ちはだかり、僕を攻撃したり木々を従えて邪魔をしたり、ありとあらゆる方法で幻惑してくるのだった。けれども、それは元は僕の道だった。僕は、離れまで行くことをあきらめなかった。なぜなら、そこにおばあちゃんが住んでいるからだ。呼びに来るのを、待っているからだ。
「おばあちゃん、今日も調子わるいって」
けれども、突然、その時様子が変わったのだ。
「もういいだろう」
と父が言ったのだ。
もう呼びに行くのはやめなさい、と父は言った。
僕は、納得せずに、おばあちゃんは生きている、と言って家を飛び出した。
「うそつくな」