自転車なんて大嫌い。左右は少しも確認しないし、減速することも知らない。一旦停止なんてするわけがない。赤信号は平気で無視するし、横断歩道に猛スピードで突っ込んでくる。我が物顔で歩道に入り生身の人間の1ミリ横をかすめて走り抜けていく。夜というのに明かりもつけずに走っているし、スマホを片手にふらふらしている奴ばかり。それが当たり前の日常なのか、誰も文句を言うこともない。そんな自転車に乗って僕は物を運んで暮らしている。ラーメン、バーガー、丼、ラテ、ケーキ、時には乾電池1つを大きな鞄に詰めて5キロの道を進むこともある。
「あべのからミナミまでゴールデン・タイムの見事な完封ドライブでしたね」
「運ぶ準備はできていたけど、注文が入らない時には入りませんから」
「リコから大道の方に抜けて行かれましたけど、あの辺りはどんな感じでしたか?」
「裏てんのうじに少し期待を持っていました。前田のうどんのところは道がいいんで。その先には松屋町筋にゴースト・レストランがあります。駄目でしたけど」
「そこから北に進路を取られました」
「ミナミに出れば少しは景色が変わると思っていました」
「どの辺りで本格的な渋さを感じられたのでしょうか?」
「心斎橋筋ですね。キックボードの奴らがのろのろと走る後をついて行く時に、ここで駄目なら今日は駄目なんだろうなということは思いました」
「実際どのような心境だったのでしょうか?」
「誰からも呼ばれない時間が長く続けば、本当に自分は必要なのか疑問になります。こんなところでいったい何をしているのだろう……。一言で言えば心が折れそうな感じです」
「そうなった時に、どうやって乗り越えられるものなのでしょうか?」
「心を無にすることですね。無になったら折れませんから」
「この経験は今後に生かせそうですか?」
「明日太陽の下で生かすつもりです」
「他のドライバーの皆さんにメッセージをお願いします」
「1年の大半は閑散期です。苦しい時間は長く、輝ける時は限られているというのは、メルヘンチックではありませんか。自転車は他の乗り物と比べて速度が出ない分、単価も安くなりがちです。時給にしてみれば最低賃金にも満たないことも多々あります。報酬は宝箱のようなものかもしれません。みつけた瞬間にはどきどきもするけど、開けてみたら空っぽだったということもあります。だけど、自転車は小回りが利くし一通を逆に入って行くことだってできる。生身の体だからすぐに傷ついたり、邪なものにぶつかって命の危険に晒される夜もあるけれど、その分鍛えられるところもある。コツコツと経験値を積めば、その内に魔法使いや賢者にだってなれるかもしれない。その気になれば僕らは職業を自由に選ぶことができるのです。ダイスを転がして報酬が変わるなら、これはギャンブルみたいなものでもある。いい時もわるい時もあるけれど、色んな差別がなくなるように、清く正しく、ちゃんと安全に気を配り、特に雨の日はマンホールの上でブレーキかけないように、ヘルメットを被って走りましょう!」
「あえてコンパクトに表現するとすれば?」
「ペダルを踏むということです」
「一度の機会で多くを運べるサービスも始まったということですが、これについてはどうでしょう?」
「よしあしですよね。抱き合わせのような話ですから。機会を括れば1つ1つの品質が低下することは十分あり得ます」
「機会か品質かということですね」
「料理が冷めてもよければ話はまた別ですが」
「おめでとうございます! 完封ドライブ賞の300円です。よろしければ使い道の方を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「自分への投資に当てたいと思います」
「ぜひそうしてください。本日はありがとうございました!」