眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ドッグ・ターン

2024-10-15 17:59:00 | 夢の語り手
 絵に描いた餅が現実味を帯びないでいた。タッチを変えて描き続ける。餅が駄目なら対象も変えてみる。うどんを手打ち風に描いてみるが、硬すぎて食べられない。和から中華へと筆を伸ばす。基本的なチャーハンを黄金色に描いてみたが、どこまで行ってもパラパラにはならない。つまりは、食えたもんじゃない。
「絵じゃ食べれないのがわかったでしょ」
 いや、まだまだだ。
「これは僕の腕の問題だ」
 やることが間違っているとは思わなかった。みかん、バームクーヘン、焼きそば、エビフライ、ビーフカレー、マカロン、ペペロンチーノ、親子丼、シュークリーム……。その内に口に入る素材が現れると見込んでいたが、どうも上手くいかない。何が悪いというのやら。
「まだわからんか、あんたは」
 すっかり分からず屋扱いだ。
(はーーー)
 大人のため息を聞かされると切なくなる。

「どうして会えないんですか?」
 地底人をたずねてきた男が訴えてきた。
「約束はされていましたか」
 怒りに対する時には、頭ごなしに否定してはならない。まずは気持ちに寄り添うことが肝要。しかし、男はなかなか理性的にはなれない。え、え、え、いないんですか。なぜ? はい、なぜ、答えて、すぐに、理由を、説明、して。どこに書いてあるの。いないって書いてないよ。税金のこと、週末料金のこと、キャンセル料のこと、色々書いてあるけど、おかしいね、あんたのところは、地底人の記述が1つもないなんて!

 あふれるインプット、楽しいプライムの中に、埋没していく自身。大臣が替わり、俳優が捕まって、アイドルが逃げ出して、企業が合わさって、会長が捕まって、大臣が捕まって、日常がむしり取られて行くばかりなのに。自分探しのジャポネーゼ。
 日常も味方も捨て去って運ぶは自分ドリブラー。誘惑も欲望も断ち切って、遠くへ行こう。炎を抜け、輪を潜り、冬を眠り、泥を蹴り、ただ一度の歓声のため、ただ一度の眩い光のために。見せ場を待ちわびた猫がブランコの上から見ていた。どこに着くのか知らねーぜ。
 自分の知らない町。自分を知らない町。忘れていた自分を取り戻し、新しい自分を見つけ出す町。時はすぎた。何度も、何度も、大臣が替わったほどに。

 すっかり人間に嫌気がさすと僕は犬に変わっていた。
「いつまでもつなぐな」
 先頭に立って人間を引っ張り出した。加速をつけて離れて行く。どこまでも行くよ。計り知れぬのびしろと高揚の中に僕はいた。
 長い信号、校舎の壁、異星人の落書き、浮き上がる水たまり、錆びた歩道橋、シャッター通り、ガラスの向こうのダンサー、自転車のサーカス、頑固な座り込み、庭師の鋏、眠るガチャポン、名前のない花屋、駆け抜ける、すれ違う、行き過ぎる。街の喧騒とグラデーション。
 鼻先をくすぐる匂いが決意させる。
「帰る!」
 心変わりに自らときめいた。飛び出した瞬間のことを振り返る。あの時、行き先は架空の「遠く」「ここではない」「どこか」だった。だけど、ターンした瞬間は違った。
「僕はホームを見つけたかったのかな」
 探していた場所は、自分のいた場所だ。(変だな。ホームがゴールになるなんて)もう、あの頃のように息は切れていない。
 ねえ、早く帰ろうよ。
 お腹空いた。






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からくりタイム

2024-08-16 22:38:00 | 夢の語り手
 恐ろしくありがたいベッドが与えられたので戸惑っている。今日はここで眠ってもいい。いつもとは違い思い切り腕を広げ、足を伸ばすことができる。しかし、それはあまりに無防備な形だ。もしも今日それを許してしまったら、明日からの自分はどうなってしまうのだ。(今日くらい、一日くらいいい)その一度のために、元に戻れなくなってしまうこともあるのだ。それでもこれは1つの機会であるように思われる。少しだけなら構わないではないか。明日に憂いが及ぼうとも。「まあ、いっか!」僕はベッドにダイブする。
 改札があり階段があった。歩道があり人々が歩いていた。雨が降っていて明かりがあった。木に埋もれかけた信号機があり商店街があった。ベーカリー・ショップがあり、近くに住んでいた。その風景がいつか暮らしていたところなのか、夢の中につくられたものかわからずにいる。たくさんの駅に降りた。たくさんの雨にあった。色んな人がいて、色んな街に行った。あまりにありすぎて過去は夢のようにぼやけ始めていた。

 年齢不問、但し芸歴200年以上に限る。あふれる打ち消し表示に惑わされながら、僕らは日々無意識に自分の座標を探し続けていた。店長のおすすめモーニング、4000カロリーを流し込めば影が30光年揺らぐ。エレベーターのボタンを連打する。行方不明の降水確率を占いながら目に映るのは破壊されたルート3のボタン。光速で通過した対局室に評価値が見える。-500。ぱっと見互角。午前0時から始まるビギナー・コース。12級の有段者を名乗る先生が羊の数え方を教える。

「無になるまでおとなしく数えましょう」

 数字に埋もれながら落ち着いていた現代的ライフ。影も形も持たぬ羊が従順である理由なんてなくて、突然それは狂気を秘めた雨粒となって襲いかかってくるのだった。無惨に折られた8メートルの傘を投げ捨てて、僕らは眠れない書店の中へ逃げ込んだ。
 日常と非日常が交錯する時、詩の階段が現れる。4段飛ばしで駆け上がれば、二次元の小部屋へと続くような階段だ。
「外で食べるカレーはなんで美味いのでしょう」
「風が交じるからでは?」
 おしゃべりな風が窓を叩いている。
「伝統的な葡萄酒を新しいソファーに寝かすのですよ」
 大賞を決めましょうと誰かが言った。







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もどかしいワーク

2023-11-14 17:50:00 | 夢の語り手
 キックオフからまもなく右サイドの僕のところにパスがきた。その時、僕はまだピッチ上で寝そべっていたのだ。ボールはそのままラインを割って外に出た。申し訳なかったが、僕はまだ完全に正気になることはなかった。その後も何度か同様のことが起こった。準備が整っていなくても届くまでにはどうにかなると思うのか、少し弱めに蹴られるパスもあった。信頼に応えられないもどかしさの上に気怠さが停滞している。今と向き合えないのは、近い将来への懸念のためか。ハーフタイムに辞退を考えたが、自身の健康のことを思うとどうしてもゴールを決めねばと思った。


 道を渡るとちょうど車が発進するところだった。僕は車に先に行かせその後を通るつりだったが、向こうも同じような気持ちだったようだ。止まるではないが緩やかな加速のワゴンと、僕は併走する形になった。お先にどうぞ、いえいえそちらこそ。無言の譲り合いをしながら15分ほど並んで走った。結果的には、運転手は通りかかった警官に逮捕されて連行された。後ろめたいところがあったのだろう。


 家に帰ると母がキングサイズ・ヌードルの中から飛び出してきて、異国の言葉を話した。周波数が合うまで数分を要した。

「仕事に行かなくちゃ」
 ゆっくりできないことが残念だった。
「どこに行くの?」
 説明すると長くなるので、僕は十分に話すことができなかった。

 引出を開けると古い手紙が出てきた。自動音声がついていてそれは昔の友人の声だった。よくわからないポエムのあとで、手紙が燃えると言ったけど、うそつきの言うことなので信用しなかった。
 天気の心配をしていると仕事に遅れそうだった。何があるかわからないからと姉がお金の心配をしていた。僕はキング・ヌードルの空箱に手を入れて万札を引き当てた。


 大きな荷物を持って客が入ってきた。色々説明している内に、やっぱりやめとくわと言った。客はロビーに自分たちが持参したキングサイズのベッドを置いて、そこでくつろぎ始めた。困るな、そんなところで休まれたりしたら。

「何してるんですか!」
 少し強い口調になって少し後悔した。常識から外れた行動を目の当たりにした時でも、トーンを変えることもないのだ。

 突然、10人を超える団体客が訪れ、僕は一人で大慌てになった。冷や汗をかいているとバックヤードから援助者が現れた。彼女は人懐っこい目をして僕の方を見た。彼女は最近入ったばかりでまだ何も仕事を覚えていなかった。少し作業を手伝ってくれたおかげで、状況は不自然にややこしくなってしまった。短気を起こした客が帰ると言い、やっぱり待つと言った。

「どっちなのよ」
 彼女が小さな声でつぶやき、僕は少し心強かった。

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約束のない街

2023-09-07 03:42:00 | 夢の語り手
 テレビのチャンネルが変わらない。リモコンの電池が切れたのだ。部屋の中のどこかに未使用の乾電池があるだろう。しかし、いったいどこに。部屋中をひっくり返さなければそれは見つかるまい。大掃除をするならば引っ越しの時だ。今はまだその時ではない。電池1つのためにいかにもそれは大げさすぎる。俺はここだ! どこかで叫ぶ声があるにしても、僕にはそれを聞く能力が備わっていない。プラスでもマイナスでも同じこと。どこかにあるとしても出会える機会がないならば、乾電池は宇宙人と同じようなものだった。未知との遭遇を望むならただ静観しているだけでは駄目だ。宇宙は広い。待っているだけで突然誰かが訪ねてくるだろうか。自分から探しに行けば道は開かれる。見つけられるよりも見つける方が、この宇宙では遙かに簡単だ。僕は部屋を飛び出してコンビニを目指す。この街ではない。遠いどこかだ。電車のドアは自らの手で開けねばならなかった。着いた駅は見知らぬ街だった。

 僕は駅員に次の列車についてたずねた。
「今日は大変な事故あってんから動かんけつかるとんねん、全力でべったらしゃんもろへいやーてんぱってしょーがよ」
「もしも平時だったとしたら」
「いやは平時のやっつ全くけっちゃるけんのームリですばっとんちゃあ」
「明日には?」
「ふん明日はうごーとんさあほんでんぺっぺけさあちょげんさあ決まってまっさんげがな。ぱっとんしゃあ。ぱっとんしゃよー始発接続むちょ」
 細部までは理解できないがいずれにせよ今夜はこの街に泊まる以外ない。Wi-Fiはあるかな。

「コスモポリタンを」
「あんちゃんもう看板じゃね」
「えっ、こんなに早く」
「この街じゃ21には皆おやすみじゃね。花火だってすぐに終わるっけん」

 ネオンの消えた街の空に星が浮かんでいた。
「ねえ、おじいちゃんは元気?」
 星は無言で微笑みだけを返した。遠く離れたように見えて2つの星は兄弟だという。星にとっての距離感は車とも人ともかけ離れている。未知との遭遇を望むなら、旅を恐れてはならない。狭い部屋の中で考えたことを僕はもう一度思い出す。
「この街の夜は旅人には長すぎる。人生もじゃ」
 すべての星は滅ぶ運命にある。生き残っているものがあるならば、それはまさに奇跡の一瞬なのかもしれない。

「ご一泊でよろしいでごっつぁんさあ」
 それ以上の延長は一切お断りと言う。
 一日町長を中心に作られた約束のない街。花火大会も5分で終わってしまうショートショート。幕開けと幕引きが同居した街。
 寂しい部屋の中には小さなテレビがあった。

「夕べからライターが風邪を引いておりまして、やむなく今日は私の言葉で本音を語ろうと思っております。もう棒読みとは言わせません。(これについてというテーマ)(絶対に言うべきこと)(数字の部分)そうしたメモだけを持ってここに立っております。ですから今日は皆さんと本音で向き合って参ろうと思います。ライターが書いたものを丸々読むだけならば、ライブである意味はあるのか。そういう声をいただきました。ありがとうございます。メールでいいじゃないか。そういう声もいただきました。ありがとうございます。哲学を語って欲しい。そういう意見もいただきました。ありがとうございます。今日はそうした様々な声を踏まえて私なりに精一杯の言葉を尽くしてお話ししたい。お話がしたい。私のお話です。わざわざ足を運んでくださいまして感謝しております。このように思います。さて、これから始めようと思います」

 僕は大臣の顔にリモコンを向け連射した。
 消されたのは僕の方だった。

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アウトサイド・レストラン(キツネ・ドリーム)

2022-12-30 21:38:00 | 夢の語り手
 よい時には何も考えずに決めることができた。カレーライス? オムライス? 何でもこい! あふれ出るケチャップのように、とめどなくゴールを量産することができた。夢を見ている時でさえ、寝返りとともに反転してゴールすることができた。例えばこんな夢を見ている最中にも……。

 くわえ煙草のキツネが吐いたため息に巻かれて、僕はグランドにいた。キツネ色の友情とキツネ目の少年が交錯している間に、ボールは冬の夜のキツネのようにグラブを通過した。落球かと思えた瞬間、スローモーションとなってボールを回収する。キツネの先生と師匠が集まっておやつを食べるけれど、キツネ腹を責めるには理由が欠けている。ランナーはセカンドベースを回ったところでアウトとなる。流石はウッチーだ。レフトに飛んできませんように。平凡な外野フライを捕球できない自信があった。サードを強襲した打球が高く跳ね上がってキツネ・フライのようになって飛んできた。追いかけている内にショートの青年とぶつかってそのまま一心同体となってしまう。本を運ぶ書店員を呼び止めて頼む。台車で割って入って2人をキツネ分解してほしいのだ。これは行き先被りの呪い。

「あっ、離れた! 逃げろ!」

 キツネ返しに叫ぶ。
 階段の上でトモミは物まねをしてキツネ式に人を集めていた。外国人ピッチャーが片言の日本語でキツネ早に質問をあびせてバッターを打ち取る場面は、後ろから本人が現れて爆笑となった。やっぱりキツネ世界では才能がある。帽子を取ったトモミはキツネの芸術家のように見えた。

「ブルーのリクエストはすぐに取ってください」
 アナウンスがキツネ的に階段を流れる。何もできない間にブラウンのリクエストに切り替わっている。ログイン不可。単にマップが拡大されるだけ、これではキツネのお礼参りだ。
 タワマンよりも高く飛んでいたはずだったが、いつの間にか私語が聞こえるほどに僕の浮遊高度は下がっていた。体力が追いついていかないのだ。キツネの影が壁に現れて影踏みをしている。キツネパンチ、キツネキック、キツネスマッシュ! 校舎に入って部員の助けを求めるが認証には遠い。13時30分。教室には戻らない。途中から来る者がいれば、途中で帰る者がいてもいい。キツネがラッパ飲みしても何も問題はない。

「後悔してない?」
 持ち出したせいでこうなったこと。
「いや。何もしなくてもつつく奴はいる。痛みも必要な経験かもしれないし」

 CDジャケットが晒されている。向上中のプレイヤーが発表される。いつになっても僕の名は挙がらない。革靴に顔を埋めて時が過ぎ去るのを待つしかなかった。夕暮れはキツネを分散させる時間だ。真相が闇に隠れ込む企みを、生真面目な初恋はキツネ地蔵をジグソーパズルに落とし込み、霧雨のキツネがキツネ耳を立てながらキツネ方程式を選考の手段に当てようとしていた。
 
 寝転がりながら闇雲に振った足が攻撃を跳ね返す。そればかりかシュートとなって敵に脅威を与えさえした。もしやと光が見えれば活発になれる時がある。バスが路線を行く。戎町、戎宮町。その間は目と鼻の先。ここぞばかりに力を込めてシュートを放つ。柔い時だけに牙を剥くのだ。
 ピンボールサッカーの終わり、個々のエアコンのフィルターを訪ねてまわる。エースのフィルターの中には箱があり、中を見るとチョコとスティックシュガーが詰まっている。ストイックさにかけてはキツネ仕込みといっても過言ではない。


「何だ今の?」

 自分でも自分の選択を理解できない。基本に忠実にやれば難なく枠に入れることができただろう。なぜ? 今、アウトサイドだったのか……。それしかないという場合、それでなければならないという場面がある。ただ、今ではなかった。よい時には、どこに当たっていても入る。自分の意図に関係なく決まるのだ。悪い時には、何をやっても裏目に出る。そして、それは自分では選べないのだ。
 シュートはゴール・マウスを外れて火星にまで打ち上がった。虚しいばかりの残像を、僕は昨日の夢のように追い続けていた。

「何しましょう?」
 見知らぬ女が、問いかけている。
 決められないよ。
 今日は何も決まらないのだ。

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カテゴリの神さま

2022-11-17 02:33:00 | 夢の語り手
 後悔の渦の先に新しいチャンスがやってきた。飛び込む以外の選択はない。
「さあ!」
 優しい顔をしたおじさんは大きく両手を広げていた。その場所こそが僕が目指すべき着地点だ。優しい顔をした存在こそが邪魔者だなんて。
「チケットは持ったか?」
 自分に問題はないという顔をしていた。同じ座標に共存することはできない。世界の掟に背いて僕は飛ぶ。誰かを傷つけたとしても逃せないチャンスがあるからだ。
 階段から踏み切った瞬間、おじさんは消えて僕は温泉に浸かっていた。
「ああ芯からあったまりますね」
「ふん、ロボットの奴が何言ってる」
 中には心ない人間も浸かっているようだ。湯船のすぐ外では、かき氷を食べている人や卓球を楽しんでいる人たちがいるようだ。賑やかな音楽はジャズの生演奏だった。
「何になさいます?」
 近づいてきたウェイターがきいた。
「これがあるので」
 僕は既に手にコーヒーを持っていてマドラーでかき混ぜている途中だった。
「そうじゃなくて、何色の戦士になりますか?」
「いいえ、僕は結構です」
「1つは決めていただかないと」
「大丈夫です」
「戦隊には入らない?」
「ああ、はい」
「そんな自由があるとでも?」
 ウェイターは不機嫌な様子でトレイを湯船に浮かべて行った。全く酷い接客だ。僕はトレイの上からシロップを取ってグラスに入れた。
「あなたそれ角では?」
 気づくと隣にロボット風の丸顔が見えた。
「何が?」
「そのマドラー、鬼の角ですよ!」

 湯船の底は巨大なスクリーンになっていた。ドラマは佳境で中断され芸人が詫びたところで通販番組に変わる。
「みんな一緒に吸い取っちゃいます!」
 ゴミも埃も過去も過ちも。苦しみの中に含まれる微細な喜びも含めて。顔を近づけると荒々しいプレゼンに吸い込まれてしまいそうだ。

 ああ、またわからなくなる。昨日笑えたことが今日は全くつまらなく思える。昨日ときめいた心が今日は少しも揺れてくれない。昨日が変だったのか。それとも……。うつろいから逃れられたことはなく、気づいた時には何を信じてよいのかわからなくなるのだ。

 公園にはたくさんの猫がいた。
 ついてきたら一緒に暮らしてもいい。猫はみんな自分のことで忙しい。ようやくついてきたと思ったら虎だった。虎は敵意をむきだしにして追いかけてきた。僕は軽快なフットワークで虎の攻撃をかわす。どれだけ鋭い牙を持っていても、1ミリだって僕に触れることはできない。レベルが違うことはわかっていた。動いているだけで虎の方が一方的に疲れていく。かなわないと悟ると虎は弱々しく引き上げていった。猫たちはみんないなくなり、虎はライオンにバトンをタッチした。その時、僕は自分が馬になっていることに気がついた。無敵のフットワークと気が大きくなりすぎたためか、本気を出されたライオンに一蹴されると少し目が覚める思いがした。

 屋根の上には蚊取り線香が2つ兄弟のように並んでいた。雨でも降らなければ危険だと僕はそれに唾を吐きかけた。夜というのに空はいつまでも青い。あの雲は雨雲ではない。巨大な絵画を包み隠して異国へと運んでいく。そのような雲に違いなかった。
「冷たい」
 自分が裸足であることにはっとした。あの階だ。上りエスカレーターが見つからない。戻らなければならないのに、どんどん下っていくばかりだった。
「エスカレーターはどこですか?」
 宝石は答えなかった。すべてのはじまりは10階にあるのだ。宝石ばかりではない。キャリアもマネージャーもみんな温泉宿のセッションに聴き入っていた。
パチパチパチ♪

 惜しみない拍手の中に靴下さがしの僕だけが浮いた。
「異端児め!」

 カヌーのカフェの前で猫はストレッチに夢中だった。屈伸、跳躍、浮遊、あくび。一通りの運動が終わるとゲームの始まりだ。僕は早々に四隅を占めて温泉気分に浸った。彼女は角を取られても気にしない。笑っているようにも見える。中盤までは互角。しかし、だんだんと怪しくなって、最後は完敗。何度やっても同じように負ける。今までの相手があまりに無力だっただけ。自分の知っている必勝法は幻に過ぎなかったのだ。だけど負けっぱなしで終わるのは嫌だ。
「恐れを知らぬ12級だな」
「僕が12級だって?」
 玉がループする。競技が変わっても猫は強すぎる。玉と飛車がリンクしながらの攻撃に鬼が加わって地下シェルターまで引きずり込まれる。王手が通用しない。反則級の手抜き。持ち時間が切れて僕は路上に放り出されている。

 ベルが鳴って馬のように走り出す僕はランナーだった。始まった頃にはまだ多くのものが準備中だったけれど、その中には既に飛びかかる前の猫のような躍動が見えていた。落とし物を拾うことは僕の役割の1つでエゴ規格の中に含まれていた。(すれ違った以上は幸せになってもらおうか)その他に手にする物と言えば、汗を拭うためのタオルとスポーツ飲料だ。気づくと沿道には手を振ったり「がんばれ」と叫びながらエールを送る人々の姿が見えたが、もうしばらくするとそれらはすべて背景に過ぎなかったことがわかる。コースのない道はどこまでも続いているとは限らず、今見えている内に進まなければならない。そうしなければ時間は消え、僕も一緒に消えて行く。不確かな時間の存在の中に僕は生かされていた。

 油断すると皆がメッシに変わる夢の街の中で、秩序を守るため説得を続けなければならなかった。君はメッシじゃない。消防士だ。あんたはシェフだ。あなたは市長。お前それでもお父さんだ。ねえ、あんたそれどころじゃないだろうよ。君は魔術師、あなたは医師。お前は鷲だ! こんなところで油を売るなよ。あなたはマジシャン。素敵な夢の作り手。あなたは教師! しっかりしな! あなたは大工です。そうだ。そうだった。さあ、家に帰って家を建て直そう。あなたは、あなたは、あなたは……。街を駆けながら、すれ違う他人のための職業案内を続けた。あなたは……。他人のことはいいとして、自分とはいったい何者なのだろう。

「お前は何をしに来たのだ?」

「自分をみつけるためです」

「どんな自分だ?」

「やっぱりあなたは神さまですね。道理で勝てないはずだ」

「お前は誰だ?」

「僕は物書きです」

「バスには乗ったか?」

「どうしてですか」

「バスの発着に合わせて書いてないのか」

「はい」

「規則正しくなければ書き切ることはできぬ。お前のしているのは小説ではないのだ」

「だったら何です?」

「ジョギングだ」

「笑っちゃいますね。どこにそんなカテゴリがあるのです?」

「ないと言うのか? みつからないからといってふふふ」

 笑いながら神さまは消えて僕はもう走ってもいなかった。どこか飲食店の中のようだった。
「何かお忘れではないですか。返却口はあちらになります」
「すみません」
 トレイを直接渡そうとしたが、彼女の両手は花束で塞がっていることに気がついた。何か体が軽すぎる。
 鞄がない!
 彼女が言ったのは、鞄のことか。
 しかし、ここではない。あの中には10年分の苦労が、熟成が、詰め込まれている。それは他人には何の価値もないものだけれど、僕には命のように大事だった。ビックカメラだ。そこで忘れたのだ。あるだろうか。小さな親切が。23時。もう閉まっているか。しかし、これが夢なら。突然、ふっと生まれる疑惑。夢ならば問い合わせて確かめることもできないじゃないか。思い詰めたまま手袋をして店を出た。

「お母さんを返して」
 駐車場に行くと猫たちに取り囲まれた。
「それよ。それは私たちのお母さん。どうするつもり?」
 かわいそうな子猫たち。寒さでどうかしてしまったのか。少し面影があるだけで、何だって自分たちの求めるものに映ってしまうのだろう。
「どうにもしないよ」
 僕は手袋を取って猫たちに投げつけた。
 それは鳴きながら駆けて行くと、子猫たちをつれ路地裏に消えた。

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狼と見守り隊

2021-05-21 02:06:00 | 夢の語り手
 閉じられた扇子はより風を思わせる。存在感とは、たくさんおしゃべりすることではない。口を開ければ誰よりもよく通る声で叫ぶことができるだろうその口はずっと閉じられていた。歯の1つを見せることもなかったが、みんながその存在に一目置いている。まるで物言わぬ司会者として場を仕切っているようだった。もしも、誤ったことを言ったりしたら、吠えられるくらいでは済まない。破れかぶれの狼がカウンターの前に立っていた。
 返却はうどん屋さんに決まっている。この街ではうどん屋さんが一番偉いのだ。妖怪椅子食いがほとんどの椅子を食べてしまった。僕が席に着くと見回り隊の人がやってきてテーブルに砂時計を置いた。

(長時間居座り禁止)

 ここにくる時はいつもマークされている。
 砂が落ちきる前に、1つのお話を書かなければならない。
 謎の丸がペン先にくっついて書き出しを阻んでいる。指でつまんでも引っ張ってもそれはどうしても離れない。願っても念じても噛みついてもどうしたって駄目だ。アナログをあきらめて僕はとっておきのガジェットを開く。
 1つのタッチはそれとなく始まる。1つの比喩から風景は開け、あなたという存在に向けての旅は始まる。コーヒーとキーボード、タッチ&リリースを繰り返しながら連鎖する比喩が、生まれる前にいた星まで飛んでいく。思い出が思い出を起動し、風景の中に風景が描き出される。終わりのない旅が始まる。けれども、砂は落ちて見回り隊がやってくる。

「ダメダメ。仕事しちゃ駄目だよ」

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スプリング・ウイング

2021-04-17 10:38:00 | 夢の語り手
 止まっているようで動いている、月のように繊細なドリブラーだった。ボールを奪おうと飛び込めばかわされる。距離を置いて見ていると前に進まれる。行っても駄目。見ていても駄目。どう応じればいいものか。対策は一筋縄ではいかない。スピードがあって前を向かれると止められない時がある。しかし、後ろを向かせて追うと帰ってしまう。そこが最も厄介なところと言えた。優しさを見せると疑われる。取り囲むと眠ってしまう。触れすぎると激昂する。触れずにいると帰ってしまう。
 時に天使のように透明、うさぎのように軽やか、落ち葉のように風まかせ、夕日のように夢見がちな瞳。与えることも奪うこともできない自由の中に停滞する内に、自分たちが猫の一種になっていることを自覚する。

 義理と義務(人間性)を失い猫の視線を身につければ、何気なく見ていたもの、見過ごしていたもの、頭の片隅にしかなかったものに、注意深く目が行くようになった。車道の渡り方、マニュアルにないスイッチの入れ方、踏み出し方、壁際のすり抜け方、にらめっこのタイミング、みつめ時、離れ時。低いところから人間に近づく機会もあった。人間はよいベッドになることを学んだ。余分な好意や敵意を抱えることがなかったから、寄り添っていた人の肩を踏み台にして旅立つことも躊躇わなかった。失ってわかるものがあるのなら、それはやっぱり獲得だった。
 後腐れのない猫になった時、僕はそう感じることがあった。

 自信はどこからやってくるのだろう。何度目覚めても完全な覚醒に至ることはない。何度芽生えても移ろいから逃れることはできない。ファミレスで容易に手にすることもあるが、墓場までのいばらの道を行かねばならない時もある。過去の正解を踏襲したつもりでも、結果は踏んだり蹴ったりとなることも多くあった。今日の晩ご飯は……。

「占いババアのとこへ行こうよ!」
 新参者は言った。
「今は占えないそうだよ」
「他のババアのとこに行こう!」
 ババアでなくてもいいよ。この際、男でも何でもいいや。
 猫たちは夜の中に駆け出して行く。

 町外れの返却口には多くの人の影があって、フレンドリーなバスガイドがあの話を聞かせてくれる。
 あの石はあのお侍が足を止めておにぎりを頬張ったとされるのね。あの草むらはあのコオロギが足を止めて秋を奏でたとされるのね。あの曲がり角はあの黒猫が足を止めて12秒振り返ったとされるのね。30秒後にはあの少年がふてくされてクリスマスを待ったというのがあのベンチね。

 猫の手を貸した職場で機密文書にシュレッダーをかけた。秘密のインクが滲まされた真っ白い紙々。僕のしていることは創作活動の妨害に加担していることだ。生まれる前のものを壊している。「僕は何かを創りたいのに」成長する英雄を阻むように。きっと本物は条件を選ぶことはないだろう。どんな力でねじ伏せようとしても、それは現れるべき時に現れるのだ。感覚がなくなるほど向き合い続けたシュレッダーが不気味な音を立て始めた。呑み込まれてバラバラになったはずの紙がリバースして、1つの意思を持ったように結合し始めた。規格を持った正しい形には収まらない。
「待ってくれ!」
 僕もつれていって。みそぎの時間は終わったのか。僕はその翼を借りて外に飛び出した。

 僕は浮遊しながら路上詩人を見ていた。
 踏切の音、大型バス、弱い犬。詩人は周りを敵に囲まれていた。鴉は仲間と連携を取りながら、詩人の声をかき消していた。小さなものをより小さくして楽しいのだろうか。鴉の倫理は計り知れない。誰もいない。詩人の声を拾おうとする者。道行く人は、みんな自分の手に収まる最新の蒲鉾を愛している。彼らの足取りは酔いどれの昆虫のように妖しい。危うくなった時には避けられる。その自信はどこからくるのだろう。
 浮遊しながら僕は詩人の声を聴いた。

伝えたいようなことがある
伝え迷う内に消えていくんだ
支えるものがみえなくなっても
心がなければ生きられない
だから明日も歌うだろう
君よ元気か
うまくいかないのはきっと月のせいだね
どんまいベイビー
ちょっと時がわるいだけさ

 歌いながら生活圏に入っていく詩人を僕は追いかけた。
 どこまで行っても人々は忙しい。
 お習字に、生け花に、ブランコに、フリスビーに、盆栽に、絵手紙に、ボードゲームに、ダンスに、テコンドーに、セパタクローに。エンターテイメントとそれぞれの生活に忙しくて、手の空いた人はどこにもいない。
 僕だけが夢の中で、詩人の声を拾うことができた。

春は終わりに近づいているのに
あなたは遠足の準備をしている
とけない結びを探究し
カテゴリを超えたおやつを集め
泣きも笑いもする歌詞を綴り
宝が湧き出るような地図を広げ

桜は散ってもまた次がある

何もしないより準備をして
終えた方がよいこともある
空っぽになるなら余った方がいい

クローゼットをあけると
あふれ出す木の実が
家中を森にしてしまった

皆は一昔前に卒業していて
一度もエントリーさえしなかった
あなたの名はA4ファイルだったの

「5月になれば鼻水も止まるだろう。
その時、誰かもここに足を止めるかもしれない。
希望が未来にある限り僕らは何も気にしないよ」

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