眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ワン・モア・スプライト

2021-04-30 02:05:00 | ナノノベル
「マスター、ビール」
「そういったのはちょっと……」

「ビアー」
「いやー」

「ビアーァア♪」
「今やってないんですよ」

「スーパードライを」
「ないです」

「スッパードゥラゥアーイ♪」
「申し訳ないです」

「じゃあ一番搾りでいいよ」
「ないよ」
「えっ? 麒麟は来てないの?」
「もう終わってますよ」
「じゃあもういいよ。モルツくれる」
「お客さんもしつこいね。あんた潜入じゃないの?」

「いいよ。負けたよマスター」

「わかってもらえましたか」

「サイダーを」
「うちはスプライトになります」
「じゃあそれでいいよ」

「お客さん、仕事の帰りかい?」
「まあ一応ね」
「いいじゃないですか。みんな仕事がないって言ってますよ」
「ああ。全く酷い時代だ」

「はい。スプライト」

「ありがとう」


 俺の仕事は夜の街に出て用もないのにふらふらしているような奴を見つけては家に帰るように呼びかけることだ。無視して行く者、素直に耳を傾ける者、ふらふらしているように見えて芯の通った者、人は様々だ。呼びかけに真っ向から反論してくる者もいるが、だいたいそういう奴らに限って足下は少しふらついている。俺は根気強くお説教じみたことを言い聞かせて、奴らの気持ちを変えようとする。俺の言葉はだいたい響くことはない。俺自身が完全に自分の言葉を信じていないからだ。

 だが、何度も繰り返し念仏のように唱えることで、馬鹿らしさが不思議な共感に結びつくことがある。家に帰って行く人々の顔はどこか悲しげだ。街の空気が恋しいのだろう。

 こんな仕事、早くなくなってしまえばいいと思う。
 俺にはまだ新しいシナリオがあるのだ。

 スプライトの泡が、夜明けの星のように消えていく。


「マスター、もう1杯もらえる?」

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流行らない遊び 〜短歌(折句例文)

2021-04-29 21:16:00 | 短い話、短い歌
「ひなまつり会場は?」

「もう終わりましたよ。もう4月ですよ」

「何だと、だったら子供の日まつりは?」

「まだ早すぎますよ」

「じゃあどこに行ったらいいんだ?」

「そんなこと私に言われても困ります」

「僕はどうすればいいんだ? 逆に教えてくれ。わかりやすい言葉で、誰にでも伝わるように」

「行き当たりばったりをやめて、真面目にプロットを考えるべきではないでしょうか」

「ふん。お前じゃ話にならん。店長を呼べ!」

「店長なんていません! ここをどこだと?」

「そんなことより僕は誰だ?」

「自分探しですか? 流行らないですよ」




行楽はどっと混むから物憂げな
軒先きみと膝かっくんを
(折句「こどもの日」短歌)

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誰だっけね

2021-04-29 02:20:00 | 忘れものがかり
どうしても思い出せない人の名を
誰かにきいたことはあるかい

どうしても思い出せない人の名を
考えて眠れない夜はあるかい

どうしても思い出せない人の名を
置いて歩き出したことはあるかい

どうしても思い出せない人の名を
考える内に現れた登場人物の名を
やっぱり思い出せないことはあるかい

どうしても思い出せない人の名を
どうでもいいと思い始めたのは君かい

「あれ誰だっけ?」

そうして人から忘れられたことはあるかい

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地べたの宴

2021-04-28 18:56:00 | オレソン
ビールもある
ジンもある
ワインもある
世界の酒が揃ってる

酒があればつまみもある
ジャンプがあればこち亀もある

さあみんな
役者が揃ったら扉を抜けて
地べたに座って飲もうぜ

見回り隊もやってこない
ここは平和な一等地 

20時でも24時でも
俺たちを阻むものは何もないから
あらゆる壁を取っ払って
夢でも語ろうか

もしも缶の底が見えたなら
おかわりはほら
すぐ扉の向こうだぜ

さあ お前行ってこいよ


「いらっしゃいませ!」


ほらな 

酒は生活必需品なんだって

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神の子供

2021-04-27 12:50:00 | ナノノベル
 振り返る余裕もなく歴史の本が没収された。教科書、小説、マンガ、新書、note……。不要不急の学習はすべて悪と改められた。
「今することですか?」(何に必要ですか)
 必要としつこく言ってきたのは誰だったのか。
「今は徹底待機です」

 ドアを突き破って狼が乱入してきた。4人1組になって防御の陣を敷く。訓練通りだ。ターゲットを定めることができず、獣は右往左往する。続いて笛を吹いて不快なメロディーを奏でる。狼は耳栓を探して机の間を縫うように走り回る。見つけることができたのは、先の丸まった小さな消しゴムだけだ。追い込まれて狼は教室を飛び出した。次に向かう先は校庭のようだった。

「狼が行ったよ!」

 犬よりも凶暴な部外者の乱入によってフォーメーションは崩された。そこには心を挫くような不快なメロディーも存在しない。狼は憎しみに目を輝かせながら、少年たちを追いかけ回した。笛が鳴るまではグランドの外に出ることはできない。それはレギュラー選手に染み着いた本能のようなものだった。
 秩序の崩壊した世界の上で10番だけは恐れを知らず、ボールを保持したまま狼の前に立った。その時、狼は何も奪うことなく足を止めて伏せの姿勢を取った。

「みんな集まって! 彼はフットボールを見に来ただけなんだ」

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【創作note】環境設定

2021-04-26 04:34:00 | 【創作note】
 2人掛けの席に着いてみるとテーブルががたついた。今日はここにしてみようとたまたま選んだところがついていない。一旦かけてみたものの、コーヒーに触れる前に思い直して席を立った。
 がたつくテーブルは何か落ち着かないものだ。コーヒー・カップを持つ、テーブルに肘をつく、ペンを取る、Pomeraを叩く。そうした何気ない仕草の度にいちいち「ガタガタ」と言ってくる。せっかく独りなのに、人がいるかのように干渉されるのだ。



「あの人、    がたつくテーブルに  わざわざ掛けてるよ!」



 そう言ってネタにされる負担も考え物だし。
 90分から120分過ごすとなると環境には気を配りたい。落ち着けるスペースは、何よりの宝物なのだ。

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逆算プロフェッショナル

2021-04-25 10:38:00 | 将棋の時間
「私なんかはプロですから、朝7時に起きよう思ったら前の晩から目覚まし時計セットしときまんねん」
「ほう。普通ですな」
「まあ鳴りよりへんかったけどな」
「電池切れかいな。逆算が足らんのんちゃうか」

「でもまあそこは体が緊張して起きよる。眠りが浅いねん」
「私もプロやからね、カップ麺作るぞーとなったらお湯を注ぐ3分前に逆算してお湯沸かしまんねん」
「何分前でもよろしいわ。3分待ったらしまいや。私なんか昼にカレーうどん食うとなったら、前の日から逆算して黒いシャツにアイロンしますねん」
「そんなんせんでよろしい。エプロンしたらしまいや。私もプロやから、次の日体力使うでーなったら前の晩にジョギングしまんねん」

「なんやそれ。逆算できてまへんでそんな泥縄は。私なんかそこはしっかりしてますから、そろそろ脚つりそうやな思ったら、逆算してちょっと前に廊下に出ますんや」
「無茶普通やね。逆算にもなってへん。私はちゃんとしたプロやから、そろそろ新しい仲間来るでーなったらちょっと他の駒を寄せて駒台にスペース空けんねん。読みちゅうもんは逆算と仮定の話やからね」

「そりゃ日常の動作ですわ。私はもうすべてが逆算ですから、そろそろ詰まされそうやな思ったらすかさずマスクつけますんや」
「いやあんた王様詰まされる前に投げるのがプロちゃうか。私はもう慣れてますから、その時に言うべき言葉をお風呂で練習してまんねん。今日は言う必要ないけどもな」
「ふんっ。逆算できてへんな」
「その内わかりますわ」


「それでは時間になりましたので対局を始めてください」

「お願いします」

「お願いします」

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さよなら、マンボウ

2021-04-24 10:37:00 | ナノノベル
 動いているのはこちらか、あちらか。互いに動くものだから、それを見極めるには時がかかる。似たもの同士が向き合っている間は、鏡を見ているのと同じで、何も新しい発見がない。長い列車が謎解きを遅延させている。プライスダウンの矢印が「それ」が指すものを探して回り始める。問題の誤りは例文の中にあるのだとしても、先生が手を加えることを躊躇っている間に、ワゴンの中から未知の生き物が目を覚まそうとしている。

「掘り出させてなるものか。お前如きに」



「今日は誰もきませんね」
(これはどうしましょう?)

 行き場を失ったおもてなしがテーブルの上で泣いていた。
 たった1つのマンボウに、私たちは勝つことができなかった。人間は無力なものだ。忍耐、工夫、計画。あれはいったい何だったのだろう。ずっと長い時間をかけて、私たちは準備を進めてきた。訪れるゲストのために、国をまわってお宝を仕入れてきた。部屋を一層広くし、テーブルに板をかました。シェフは腕に磨きをかけ、髭を現代風に整えた。子供たちを少しも退屈させないように、千の小話を作っておいた。すべては私たちを選んでくれるゲストのためだった。


「塩はまだか?」
 約束の時刻はとうにすぎ、大将軍の顔には焦りの色が濃く浮かんでいた。塩は交渉の切り札として、大きな期待を背負っていた。そして、期限はもう目前まで迫っていた。
 土埃を上げて戻ってきたのは偵察兵の馬だ。

「強奪されました!」
「何だと? 私たちの(期待の塩が)」

 大将軍は言葉を失ってその場に崩れ落ちた。
 このままでは覇権がマンボウの手に渡ってしまうことになる。大将軍の息子は有力な後継者として期待されていたが、先の戦闘で足を負傷してしまった。回復のためには手術が必要だったが、命に別状はないためずっと先延ばしにされているのだった。

 ついに来るべき時が来た。
 正体がばれてしまうリスクがあったとしても、このまま何もしないというわけにはいかない。私はリュックの中から、捨てずに取っておいたポテトチップスの袋を取り出すと大将軍に差し出した。

「プチ将軍、これは?」
「1つ食べてみてください」

「食べられるのか?」
 大将軍は驚いて目を丸くした。

「大丈夫です」

「これは……、うすしおだ!」

 草木が揺れ、強い光が辺りを覆った。奴らがやってくる。

「そうです。うすしおです」
「これで交渉ができるかもしれん」

 大将軍は覇気を取り戻して立ち上がった。うすしおの入った袋の口を閉じ、しっかりと輪ゴムでとめた。
 宇宙船が着陸すると馬が嘶いた。

「さあ、大将軍」


 
 Gがかかる。景色が動き始めた。動かぬものが動き出したということは、動いているのは私だ。あの列車はもう反対の方へ消えてしまった。そして私は運ばれていく。心地よい振動が私のまぶたを閉じさせた。多忙を極めた日々の喧噪が、ガタンゴトンの波に交錯する。高みを目指しすぎて迷子になったレシピ、探究の先に煮詰まったソース、一斉にがたつき始めたテーブル、破れかぶれのソファーに当てたガムテープ、名前も知らない人々の笑顔、途切れることを知らないオーダー、打ち消しに走る店長、床に零れて弾けるソーダ……。意識はまぶしい過去の映像にしがみつこうとしていたけれど、私の体が運ばれて行くのは未来でしかない。この世界に存在する限り、決して逆走することはないだろう。
 約束のない未来のために、私は別れを告げた。

「さよなら、マンボウ」

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ルーティーンを飛ばしたら

2021-04-23 04:48:00 | 【創作note】
 いつものカフェには寄らずに、カフェオレ風味のプロテイン飲料を買った。風味よければすべてよしか。頭の中が散らかっている。せっかくプリンとしたファイルがずっと放置されたままになっている。
 日記や詩や小説やウォーズやガジェットやコラム・エッセイやプロテイン。色んな断片がごっちゃになって、どこから手をつけていいかわからない。(大船に乗った気分で何もしないという手もある)
 ルーティーンを1つ飛ばしたら、パラレルワールドの扉が開く。何か勝手が違ってPomeraが少しよそよそしくなる。コップから伸びたストローが白いアンテナのように見えた。昔の人は、こうしてアンテナを伸ばして電話していたのだ。それも100年も200年も昔の話ではない。

(作られたファイルは開かねばならない)

 フードコートのあちらこちらでは、途方に暮れて伏せている人の姿が目につく。仕事も楽しみも奪われてもうどうしていいかわからなっている。明日は僕もその中の一人になるのかもしれない。

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出過ぎクレーマー/出来過ぎオペレーター

2021-04-22 05:10:00 | ナノノベル
「お待たせいたしました」
「おー、あんたんとこな。ちょっと高すぎんな。そう思わへん?」
「貴重なご意見、誠にありがとうございます」

「料金も高いし、CMも何か凝っとんな。ストーリーか」
「物語風に作らせていただいております」
「何が風やねん! 金かけすぎちゃうか」
「より多くの皆様方に知っていただけるよう放送させていただいておりますが、貴重な意見として承りさせていただきます」

「ほんで犬出過ぎちゃうか?」
「あくまでも設定の1つでございますので」
「なんで犬ばっかりやねん!」
「決してそういうわけではございませんので」
「ずーっと犬ばっかりやないかー!」
「ですのでそれはあくまでも物語の設定のですね……」

「猫わーい!」
「はい?」
「牛やったらあかんの? 羊やったらあかんの?」
「決してそういうことでは……」
「ネズミは退治しますってか?」
「そういったつもりはございませんので」
「つもりはなくても見る方はそう思うで」
「……」

「人間のパートナーは犬だけですよ。ゆーことやん」
「お客様、とんでもございません」
「出すんやったら平等に扱ってもらわんと、みんなそう思うんちゃうかな」
「ごもっともでございます」
「コンプライアンスしっかりせなあかんで」

「お牛様、お羊様につきましても、前向きに検討に入らせていただきますので」
「ほんま頼むでー! 安してやー!」
「かしこまりました」

「あと得なとこばっか強調しすぎちゃう? あれがお得や、これがお得や。得なとこはでーんと載せとるけど、損なとことか、条件つきのとこは何やあれ、虫か? 小さいな」
「虫ではございません」
「虫ちゃうんかーい! わかっとるわ!」
「……」

「虫かいうくらい小さい字やけど、何や読ませたくないんかな」
「決してそのようなことはございません」
「ほんならもっとバランス取ったらええやん。スペースの使い方おかしいで」
「それはお客様、ごもっともでございます」
「ほんまやで。商売はフェアにやらなあかん」
「前向きに検討させていただきます」

「ほんでちょっと儲けすぎちゃうか?」
「そこは様々な意見があると存じております」
「わしらが無駄にしゃべった分の儲けで何食ってんねん。高級寿司か? 高級ステーキかいな?」
「いえいえ、決してそのようなものばかりでは……」
「わし昨日何食べた思う?」
「……」

「わし昨日は竹輪やったで、それとカニかまとおうどんや」
「それはそれは」
「そんなんばっかやでー! 安してやー!」
「かしこまりました」

「ほんまできるんやろうな」
「2000円ほど下げさせていただきます」

「毎度おおきにー! 寿司行きますわー!」

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【短歌】復活の将

2021-04-21 15:41:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
快調に負けて覚える一着の
ために指し継ぐ挑戦の将
(折句「かまいたち」短歌)


勝つことを忘れてしまう探究のウォーズの中に新手いっぱい

手がないと突いた端歩を受けられてもう本当にすることがない

駒組みにロマンをみつけ落ち着けば早中盤で時間切れ負け

リサイクル・グッズを埋めて新たなる城を築いた穴熊の将

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秘伝のたれだと?

2021-04-20 10:46:00 | 夢追い
 大切なボールペンがどこかに埋もれている。それを見つけ出すことが僕に与えられたミッションなのだと思う。せっかくなのに、迎合することなどできるものか。どこ行くの? 行くの? 本当に? あなたも? 一緒に行く? 同じようなキーワードがピンボールをしているようだった。「まあ待て」そのような中にあっても、自分の態度を保留している策士も存在していたが。僕はゆっくりと席を立った。教室を抜け出し、階段を下りる。ガヤガヤガヤ♪ ガヤガヤガヤ♪ 誰からも呼び止められない。霊のように抜けていく。

 やっと明るい世界に抜け出すことができた。笛を吹けば吹くだけいい曲ができていく。鴉、猫、イタチ……。共感を示すものたちが、集まり僕のあとをついてくる。いいね♪
 僕はこれから新しいクラスタを作るのだ。ノー・マスク、ノー・カテゴリ。


 横たわりながら硝子戸を叩き看護師を呼んだ。午前中に自分で手術をしたので入院させてほしいと頼んだが、彼女は渋い顔をした。

「無理ですよ。この街のボスが……」

 やっぱりそうか。この街はまだボスの影響が強く、入院もままならない。僕は首の皮が不安定な状態に耐えねばならなかった。
 スーパーの店先には家が2軒3600円で売られていて、魅力的な物件のように思えた。しかし住むとなると常に騒々しいことは予想されるし、健康面の不安もあった。だいたいこういうのは商売をする人用のものではないか。


 この鶏は旨い! たれが旨い! と親戚の人たちが焼き鳥のことを誉め始めた。しかし、それはこの前食べたチェーン店の味と同じだった。なぜ、気づかないのだ? 揃いも揃って味覚音痴だろうか。叔父さんの同級生という人が突然現れて、テーブルの主役となった。話題が一気に昭和に遡ったのは、店のBGMのせいでもあった。


 バスタオルを求めて僕は百均ショップに飛んだ。ここが一番いい。店内を歩きながら、確信が深まる。他とは違う。普通のもの、大きいもの、おしゃれなもの、バスタオルだけでも色んな種類があって迷うくらいなのがいい。

「ちょっと並んでくださいよー!」

 角を曲がったところでいきなり怒られた。

「いや、見てるだけです」

 まだ会計に進むつもりなどなかった。ただ商品を見ているだけだったのに。女は僕の見ているものに対し納得がいかない様子だった。

「そんなわけないよね」

「いやほんとに」

「みなさーん! この人見苦しい言い訳してますよー!」

 認めるか立ち去るかしないと許さないという態度だ。
 僕は自分の首をつなぐための道具を探しにきたのだ。

「糸がいるんで……」

「はあ? なんで?
 バスタオルと糸って!
 男なのに!」

 いや関係ないだろ。

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スペシャル・ブレンド

2021-04-19 03:22:00 | ナノノベル
「お待たせいたしました」

 コーヒーカップは持て余すほどに大きかった。それに取っ手が見当たらない! コーヒーらしい香りもしなかったし、黒というより薄い茶色に近かった。中を見るとイカ、タコ、エビ、キャベツ、ナルト、人参、葱、玉子などが入っていてなかなか具だくさんだ。こ、これは、チャンポンじゃないか……。

「ちょっと」
 私は通りかかった店員を呼び止めた。
「これ、合ってます?」
「はい。何か?」
「いえ、そんなことないですよね」

 きっと少し疲れているのだろう。最近ろくに眠れていなかった。景色が少し歪んで見えるなんてよくあることじゃないか。
 私は昼下がりの落ち着いた趣あるカフェに腰掛けてゆっくりと本を開く。物語の中にある信頼できる世界に触れて、日常の些細な厄介ごとから離れていく。もしも逆さまになったとしても構わない。現実と反転した世界のことを想像して、心のどこかでそれを受け入れる用意をする。絶対の物差しなんて、きっとどこにも存在しないのだ。行方不明の比喩をかき混ぜながら、ゆっくりと私は私を回復させていく。優しく許された心地よい時間。

「セットのライスになります」
「ありがとう」

 遅れてついてきたこれは何かのスイーツか。苦さと甘さが絶妙に手を結び、人々の長居を誘うのだろう。私にとってそれは特に必要ない。コーヒーの友は本だけあれば十分なのだ。物語の中に立ち上がる未知の風景が日常の時間を忘れさせ、私を静かに旅人に変える。私はここで石になってしまうかもしれない。一生ここで誰にも悟られることなく、閉店時間を超越して、幸せな読書を貫くことがあるのだろうか。

「5名様、奥のお座敷へどうぞ!」

「ビール3、炒飯、麻婆、天津飯」

「餃子持ち帰りで!」

「7名様奥へどうぞ!」

「替え玉お願いしまーす!」

 昼下がりのカフェ。
 喧噪の中を交錯する情熱のブレンド。
 私はコーヒーカップの中を覗き込んだ。
 村人がユニコーンをつれて魔女の元をたずねている。

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ある夕暮れの翼

2021-04-18 10:38:00 | ナノノベル
「俺だってさ、あんな翼がありゃ好きなように飛べたさ。何も恐れることなく高みを目指しただろうな。あいつらよりもよほど上手くやったろうさ。俺だってできるんだ。考え事なら山ほどあらーな。欲しいものだけ1つもないがな。俺だってさ……」

 子供たちは時折、珍しいものを見るように、青年のとりとめもない愚痴に目を向けた。けれども、近づいて耳を傾けようとする者はいなかった。

「俺だってさ、あんなものがありゃ何でもできんのよ。そうだ。海外にだって飛んだろうさ。別に羨ましいわけじゃない。応援なんてしないさ。ただ見てしまうだけだ。俺だってさ」

 稼ぎ頭たちはそんな雑音には見向きもせず、よくあることさと自分たちの作業のみに集中していた。

「俺だってさ、歴史の一部くらいにはなれたさ。そういう風に生まれてたらさ……」

 その時、一羽の老鴉が若者の傍に降りた。



「お前さん」

 若者は後ろから声をかけられてぴくりとした。


「翼ってのは、その肩にあるものじゃないかい?」

「あーん?」


「違うんならいいってことさ」
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スプリング・ウイング

2021-04-17 10:38:00 | 夢の語り手
 止まっているようで動いている、月のように繊細なドリブラーだった。ボールを奪おうと飛び込めばかわされる。距離を置いて見ていると前に進まれる。行っても駄目。見ていても駄目。どう応じればいいものか。対策は一筋縄ではいかない。スピードがあって前を向かれると止められない時がある。しかし、後ろを向かせて追うと帰ってしまう。そこが最も厄介なところと言えた。優しさを見せると疑われる。取り囲むと眠ってしまう。触れすぎると激昂する。触れずにいると帰ってしまう。
 時に天使のように透明、うさぎのように軽やか、落ち葉のように風まかせ、夕日のように夢見がちな瞳。与えることも奪うこともできない自由の中に停滞する内に、自分たちが猫の一種になっていることを自覚する。

 義理と義務(人間性)を失い猫の視線を身につければ、何気なく見ていたもの、見過ごしていたもの、頭の片隅にしかなかったものに、注意深く目が行くようになった。車道の渡り方、マニュアルにないスイッチの入れ方、踏み出し方、壁際のすり抜け方、にらめっこのタイミング、みつめ時、離れ時。低いところから人間に近づく機会もあった。人間はよいベッドになることを学んだ。余分な好意や敵意を抱えることがなかったから、寄り添っていた人の肩を踏み台にして旅立つことも躊躇わなかった。失ってわかるものがあるのなら、それはやっぱり獲得だった。
 後腐れのない猫になった時、僕はそう感じることがあった。

 自信はどこからやってくるのだろう。何度目覚めても完全な覚醒に至ることはない。何度芽生えても移ろいから逃れることはできない。ファミレスで容易に手にすることもあるが、墓場までのいばらの道を行かねばならない時もある。過去の正解を踏襲したつもりでも、結果は踏んだり蹴ったりとなることも多くあった。今日の晩ご飯は……。

「占いババアのとこへ行こうよ!」
 新参者は言った。
「今は占えないそうだよ」
「他のババアのとこに行こう!」
 ババアでなくてもいいよ。この際、男でも何でもいいや。
 猫たちは夜の中に駆け出して行く。

 町外れの返却口には多くの人の影があって、フレンドリーなバスガイドがあの話を聞かせてくれる。
 あの石はあのお侍が足を止めておにぎりを頬張ったとされるのね。あの草むらはあのコオロギが足を止めて秋を奏でたとされるのね。あの曲がり角はあの黒猫が足を止めて12秒振り返ったとされるのね。30秒後にはあの少年がふてくされてクリスマスを待ったというのがあのベンチね。

 猫の手を貸した職場で機密文書にシュレッダーをかけた。秘密のインクが滲まされた真っ白い紙々。僕のしていることは創作活動の妨害に加担していることだ。生まれる前のものを壊している。「僕は何かを創りたいのに」成長する英雄を阻むように。きっと本物は条件を選ぶことはないだろう。どんな力でねじ伏せようとしても、それは現れるべき時に現れるのだ。感覚がなくなるほど向き合い続けたシュレッダーが不気味な音を立て始めた。呑み込まれてバラバラになったはずの紙がリバースして、1つの意思を持ったように結合し始めた。規格を持った正しい形には収まらない。
「待ってくれ!」
 僕もつれていって。みそぎの時間は終わったのか。僕はその翼を借りて外に飛び出した。

 僕は浮遊しながら路上詩人を見ていた。
 踏切の音、大型バス、弱い犬。詩人は周りを敵に囲まれていた。鴉は仲間と連携を取りながら、詩人の声をかき消していた。小さなものをより小さくして楽しいのだろうか。鴉の倫理は計り知れない。誰もいない。詩人の声を拾おうとする者。道行く人は、みんな自分の手に収まる最新の蒲鉾を愛している。彼らの足取りは酔いどれの昆虫のように妖しい。危うくなった時には避けられる。その自信はどこからくるのだろう。
 浮遊しながら僕は詩人の声を聴いた。

伝えたいようなことがある
伝え迷う内に消えていくんだ
支えるものがみえなくなっても
心がなければ生きられない
だから明日も歌うだろう
君よ元気か
うまくいかないのはきっと月のせいだね
どんまいベイビー
ちょっと時がわるいだけさ

 歌いながら生活圏に入っていく詩人を僕は追いかけた。
 どこまで行っても人々は忙しい。
 お習字に、生け花に、ブランコに、フリスビーに、盆栽に、絵手紙に、ボードゲームに、ダンスに、テコンドーに、セパタクローに。エンターテイメントとそれぞれの生活に忙しくて、手の空いた人はどこにもいない。
 僕だけが夢の中で、詩人の声を拾うことができた。

春は終わりに近づいているのに
あなたは遠足の準備をしている
とけない結びを探究し
カテゴリを超えたおやつを集め
泣きも笑いもする歌詞を綴り
宝が湧き出るような地図を広げ

桜は散ってもまた次がある

何もしないより準備をして
終えた方がよいこともある
空っぽになるなら余った方がいい

クローゼットをあけると
あふれ出す木の実が
家中を森にしてしまった

皆は一昔前に卒業していて
一度もエントリーさえしなかった
あなたの名はA4ファイルだったの

「5月になれば鼻水も止まるだろう。
その時、誰かもここに足を止めるかもしれない。
希望が未来にある限り僕らは何も気にしないよ」

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