眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

開け放たれた世界

2009-06-22 19:44:44 | 狂った記述他
 開け放たれた扉の喫茶店へ入ると、奇跡的に元気よく声が迎え入れてくれた。
 僕は自分の存在を許されたことに安心して、本を読み始めることができた。
 読みかけの本は、短編であるにも関わらず中途半端なところで読みかけになっていて、どこで何が起きているのかまるでわからなかったが、別に気にすることはなく読み進めた。本の前には、いつの間にか誰が頼んだのかわからないコーヒーが置いてあって、せっかくだから冷たいものでも飲もうかと思い、その思いに従う間というもの僕はせっかくの読書を中断しなければならないのだった。グラスは、どこにでもいるおばちゃんのようにふくよかな形をしていて、深すぎず浅すぎずちょうどよい深さだった。それでも僕は、本を読んだりコーヒーをすすったりしている内に、突然ストローがグラスから落ちてテーブルに転がったり、もっと遠くまで飛んでいってしまうことを恐れた。そして、恐れた後は、何もそんなに恐れることはないのだよと自分に言い聞かせた。そうしたことが色々とあって、読書は亀の牛歩戦術のように、あるいはあくびで紡いだ紙芝居のように遅々として進まないのだった。

 開け放たれた扉の傍には扇風機が、風のない日の草花のように首を振ることもなく誰もいない通路を向いて立っていた。エアコンがまだ直っていないのか、それともエコなのかわからなかったが、時折開け放たれた扉の向こうから遠い夏から吹いてくるような心地良い風が入り込んできた。それが少しは扇風機の力によるものかわからなかったが、僕はこの際扇風機の存在はないものとして完全に無視して考えることにした。開け放たれ扉の傍には、何もなく、遠い夏の日から時折魂を揺さぶるような風が入り込んで、僕の読みかけのページを揺らしもした。
 僕は、待合室にいるように思わせるソファーの上で、時折訪れる風を密かに待っていた。それはいつ訪れるかわからない風ではあったけれど、だからこそ期待を込めて待ちわびていた。わけのわからない登場人物に関心を割きながらも、それよりももっと懐かしい風を心待ちにしているのだった。それはちょうど忘れかけた頃に、待ちわびていたことを思い出させるように度々訪れ、優しく僕を撫でた。

 テーブルの色が、よく見るとそれはミルクの溶け込んだコーヒーの色に似ていることに気がついて、僕はそのどうでもいい発見にはっとした。こうしたどうでもいい発見が、稀にとてつもない成功に発展することもあるし、小さな発見の断片をコツコツと収集していくことは、散歩途中の犬たちにとってそうであるように、僕は犬ではないけれどもとても大事なことのように思えるのだった。本を閉じて、コーヒーを飲むことに集中した。そして、いつしかコーヒーを通り越してテーブルを飲んでいるのだった。隅々までコーヒー色したテーブルに、一呼吸する度ひびが入っていくのがわかった。体の中が寒くなっていくのを感じながら、僕はストローから一時も唇を離さなかった。水の時計から時を吸い上げる金魚のように静止して、口だけを動かしていた。グラスの底にまとまって沈みつつある氷が、壊れた扇風機のように鳴る頃に、ようやくテーブルは落ち着きを取り戻した。それがどのような色であろうと、形であろうとそれは元のまま、僕がここに来る前のそれと少しも変わっているはずは、ない。

 読書は、思いの他進まなかった。色々なものが立ちはだかったからだ。
 けれども、それもこれも含めて読書ではないだろうか。本を読むとは、世界を開くということでもあるのだから……。
 いつの間にかコーヒーが底をついたので、まだ短編の途中で出て行くことにした。
 「いってらっしゃい」
 開け放たれた扉の向こう側から、声が届いた。


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欠如力

2009-06-22 13:36:16 | 狂った記述他
 私は足りない。主に集中力などが。
 書き出しはするが、書き出した頃にはもう明日の天気のことを考えている。
 遠い星を数えて、を聴きながら遠い星のことを考えながら書いたり、止まったりしている。
 パス、パス、パス。どこかの代表チームのように短くつないで、私は移っていくのだ。
 おしまい。

   *

 私は集中力の欠けた日記を書いて、さっさと消してしまった。
  「またつまらないものを消してしまった」
 どうせ消すのだから、最後におしまいなんて書かなければよかった。それだけが心残りである。
 ----「どうせ」とはなんですか!
 よくそう言って怒られたことを思い出す。
 あなたの大嫌いな言葉を、私はこっそりと愛した。

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ポエムバー

2009-06-16 18:34:10 | 猫を探しています
 壁という壁には誰かが書いたポエムが貼られていた。壁とは呼べない壁、またそれ以外のいたるところにポエムは貼られているのだった。
 「すごいですね」
 「ずっと、昔からのもあります」
 「捨てられないのでね」
 見ると確かに随分と変色したポエムもあったし、破れかぶれのポエムもあるのだった。
 「けれど、もうだめです」
 バーテンダーは、微かにため息を漏らすと雑な手つきでジューサーに野菜を放り込んだ。
 「こんな時代だから……」だめな理由を並べ始めたようだったが、その声はジューサーの爆音によってかき消され僕の理解を阻んでしまった。
 「今日で閉めようと思っていたところです」
 コマツナスペシャルを飲みながら、話を聞いていた。
 「けれども、そういう時に必ず一人やってくるのですね」

 「ありがとう」
 お金を置いて出ようとするとそれでは不充分だと言う。
 「ポエムを置いていってください」
 笑顔で手を振りながら、僕は出ようとしたが、その時どこからともなく風が吹き起こり壁という壁に貼られたポエムを一斉に目覚めさせた。店中のポエムが、横殴りに襲い掛かってきては行く手を阻むのだった。天井から降りてきたポエムが、ドアノブに貼りつきロックをかけた。顔にまとわりつくポエムを、払いのけ丸めて放り投げると、僕は席に戻った。ポエムは静かに自分たちの場所に戻った。

 バーテンダーのくれたペンは、インクが出なかった。こうして振るとまだ出る時があるんですよ、と言いながら振ったがやはり何も出てこなかった。ペンを返すとバーテンダーは、それをポケットにしまった。僕は自分のポケットからペンを取り出した。

 「実は、書いたことがないんです」
 バーテンダーは、詩の薬を調合するように雑な手つきでジューサーに野菜を放り込んだ。

 「あなたのポエジーをひとしぼりしてください」
 そう言いながら、バーテンダーは緑あふれるグラスにレモンをぎゅっと搾り入れた。

 「一行も書けません」
 「一行なら書けるでしょう」
 「一行しか書けないのなら、書いたって仕方ないでしょ」
 「ははーん」
 バーテンダーは、そういうことかという顔をしてみせた。

 目を細めながら、言った。
 「けどね、一行を笑う者は一行に泣くんですよ」

 バーテンダーは窓の外に目をやった。
 「これほどの人が行き交っているというのに、足を止める人は稀だ」
 人の流れを見ようと窓の外を見たが、人の姿は夜に埋もれてまるで見えなかった。

 「僕は猫を探しているんです」
 「だったらそれを書けばいい」

 ----猫を探しています。

 「見つかりますよ」
 バーテンダーは、他人事のように言った。

 「続きはまたいつか書いてくださいね」


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呼吸チョコ

2009-06-15 15:07:34 | 狂った記述他
 チョコレートがなければならない。
 目が覚めても目が覚めないので、チョコレートが必要になった。
 手元に置いておく理想的なチョコレートはどんなチョコレートなのだろうか? どんな形状の、どんな包装の、どんな味の、どんな値段の、と悩みながら色々なチョコレートを試しているのだ。多分、正解はないのだろう。チョコレートの正解はない、と思う。けれども、正解がないからこそ、あるいはそんなことはまるで関係がなく、私はチョコレートのことについて考えなければならない。私は、そうすることが好きだからだ。
「そんな仕方のない考えはいいから」と言われる度に、私は自分を否定されたようで悲しくなる。
 さて、どんなチョコレートがいいのだろうか。
 日記を書く時にも、チョコレートはなくてはならない存在だ。

   *

 私は甘ったるいチョコレートの日記を書いて、早速消してしまう。
「またつまらないものを消してしまった」
 つまらないから、消してしまったのだ。
 これでもう誰の目に触れることもできなくなってしまった。
 そう思うと少し惜しいように気持ちになるけれど、それこそが私の望みだった。

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ロケット猫

2009-06-09 20:29:16 | 幻視タウン
 「人間がどういうものか、この星がどういうものか、
 それを伝えるには、物語が必要なのだ」

 「百科事典ではだめでしょうか?」
 
 「物語の方が、読んでもらえるだろう。
 何しろ星座というのは、物語なのだから」

 「そうでしたかね?」

 「今日は、猫の物語を打ち上げるぞ!」

 「宇宙のどこかへ届くだろう」




      *     *    *



 カフェが繁殖力を増すにつれて、猫の姿は見えなくなってしまった。
 かつては、鬼ごっこをする猫、夜を横切る猫、地下から顔を出す猫、ふらふらした猫、借り物競争をする猫、知らん顔をする猫、ひょろひょろした猫など様々な猫たちがいたものだったが、今ではすっかり見ることができなくなってしまったのだ。猫たちがいなくなった道は、どこか間の抜けた遊園地のように、あるいは目印のない街のように、霧がかかって見えるのだった。
 彼らは、しあわせにしているだろうか?

 しあわせに似た形をした食べ物が、夜風に乗って私を呼んでいるような気がした。

 「10個で200円ですか? 安いですね」

 「安くても、味は保証しますよ」
 にやりと笑った店主の歯が、雨夜のてんとう虫のように光り輝いた。

 「ありがとう」

 中を開けてみるとたこ焼きと信じていたそれは、いきなり飛び出してきた。風船だ。
 私は、容器から手を放した。音もなく、それは落ちた。
 風船は、化けながらあふれ出している。生まれゆく過程のように、理由のない秩序に沿って膨らんでいく。くちばしのようなものが見えた。小さな手のようなものがみえた。丸い目のようなものが対になって見えた。翼が、見えた。鳥は、遠く星を目指して広い空へ羽ばたいていった。
 その時、遥か下の方で、懐かしい鳴き声がした。

 「おまえは、どうして猫になったの?」
 その背に触れようと黒い地面に膝をついた。
 けれども、猫は猫のように素早い仕草で身を引いた。すぐに駆け出していく。逃げていったのかもしれなかった。

 「待って!」
 最後の猫を、追った。胸が苦しくなるまで走った。苦しくなった胸に手を当てて、あとは惰性で追いかけたが、猫は見る間に小さくなってゆき、やがては小さな点のように見えるのだった。小さな点を追う自分は、もはや走ってもなく、あきらめが台頭するにつれて暴走した鼓動は徐々に落ち着きを取り戻し、その分だけかなしみが増していくのがわかった。わかるにつれてなおかなしくなるばかりだった。
 猫は、夜に紛れて消えてしまった。

 私は、200円を返してもらおうと、あの店を探しに戻った。
 保証するだって?
 空腹ばかりか、かなしみさえ増したではないか……。
 打ちひしがれながら、猫とたどった道を歩いた。おそらくきっとそうであろう道を歩いた。
 けれども、歩いても歩いてもあの場所は見つからなかった。信じた道を歩いたが、歩き続ける時間が長くなるにつれ、私の記憶は白い波のように揺らいでいき、今日見たものが何も信じられなくなっていった。今日は、誰にも会わなかったし、誰とも話さなかった。そんな気さえしてくるのだった。
 もはや、あてもなく私は歩いていた。確かなことは今が夜ということだけだった。

 とうとう、足が私を止めた。
 その時、
 くたびれた煙草屋の前で、私は見つけたのだった。

 あっ、
 風船猫。

 猫は、じっとしている。
 私は触れようとそっと手を差し出した。
 触れた。

 触れた瞬間、猫は風船なので飛んでいった。私の触れ方がいけなかったのだ、きっと。風船であることを思い出させるように、触れてしまった。猫は、きっと一瞬街の大地にしがみつこうと手を伸ばして、じたばたとしたのかもしれない。けれども、そのシグナルは現実なのか夜の幻なのか私にはわからなかった。もう、猫はいないのだ。猫は、去った。他の風船たちがそうであったように、同じ星の方向へ向けて飛び立ってしまった。最初からそうなることが決まっていたかのように、漆黒の夜は、いかなるざわめきも漏らさずに居座っていた。ただ、猫のいた場所に一筋の風が吹きつけた。

 なぜ、猫だったのだろうか?
 猫の歩いた道を、一人歩きながら、あの一瞬触れた優しい感触を思い出していた。
 あれは確かに、優しかったのだ。
 私は、空を見上げて夏の星座を探した。けれども、それはどこにも見つからなかった。




      *     *    *



 「伝わるでしょうか? キャプテン。 宇宙のどこかの、宇宙読者に」

 「心配はいらんだろう。 どうせ、届きはしない。
 どこにもね……」

 「さっきと、言っていることが違うじゃないじゃないですか」

 「そんなことよりも、たこ焼きを買ってきてくれ」

 アミは、おいしいたこ焼き屋さん『招きタコ』を目指して歩き出した。
 空にはロケット雲の落書きが残っていた。それは曖昧な猫が昼寝をする姿だった。




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持てない人

2009-06-09 18:22:57 | 狂った記述他
さよならとデリートキーで消え去った誰にも見えない私のこころ


   *

 私は持てない。
 愛する人が包丁を持って私に向かってきた夢を見た時から、私は持てなくなった。
 私の作るカレーには、タマネギとか人参なんかは入ってない。手間のかかる物は入れられないから、手で千切って入れられるような簡単なものしか入っていない。ミニトマトやブナシメジは大変よく入る。
 私は、包丁を持てないけれど、ずっと持てないということでもなくて、確かに私は包丁を持ってタマネギをみじん切りにしたり、じゃがいもを真っ二つに切ったり、ピーマンを切ったり、リンゴの皮さえ剥いた記憶がある。けれども、気がつくと、多分それはきっとあの夢のせいだと思うけれど、気がつくとまた持てなくなっているのだ。だから、いつか気がつくと何の問題もなく、持てている日が来ることもあるのかもしれない。
 それで私は、鋏が欲しい。人参にも負けず、タマネギにも立ち向かえるような強い鋏が欲しいのだ。
 どうして悪い夢は、いつまでも追いかけてくるのだろう。まるで私が逃げることを楽しんでいるかのように。

   *

 私は仕方のない夢の日記を書いて、消す。消すことは、簡単だ。削除ボタンや、×ボタンで消す。
「またつまらないものを消してしまった」
 そう言って、私は笑う。
 そうして意味のないことをして、私はようやく笑うことができるのだ。
 なんて意味のない。なんてなんて意味のない。
 ああ、最高に意味のない……。

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猫の贈り物

2009-06-09 17:42:11 | 忘れものがかり
小さな隙間に猫が入って
こちらを見ている

こちらが見ているから
あちらも見ている

行かないのか?

おまえは
行かないのか?

猫の瞳に言葉を送ると
まっすぐそれは
こちらに返ってくる

こちらが動かないから
あちらも動かない

そうして猫と根競べをしている
うちに
ぱらぱらと雨が降り出して

僕は
戻ったのだ

ありがとう
僕の歩みを
おそくしてくれて


バイバイ

傘がまわる時に


猫は

どこかへ

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ポジティブ宣言

2009-06-04 08:51:21 | 忘れものがかり
パスワードが違う
とキミが言うので
もう僕はログインしない

ちょうどそろそろ
切断を求めていた
完全に完全に
さよならだ

僕は今から
新しい場所へ行く
まだパスワードもない世界へ

ちょうどそろそろ
思っていたところ

僕は望んで

だから忘れた

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