眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

さらば人間よ(らくご虫)

2023-11-15 19:08:00 | 無茶苦茶らくご
 秋の虫が鳴き始めたからもう秋だ、なんて人間の声が聞こえてきます。わしら虫というのは、何も好き勝手に鳴いているのとちゃいます。ちゃんと班毎に分かれて規律に沿って正しく奏で合っとるんですわ。それはともかく古来人間というものは、やたらと虫を目の敵のようにするんですな。何とかなりませんやろか。

「ひー出たー!」
 いやいや旦那は自分のスリッパが作った影に驚いてる様子だ。
「やっぱり出たー!」
 出たといってもまだ子供でっしゃろ。それに虫の立場から言わせてもらうなら、出るのは主に人間さまの方でっしゃろ。
 さて、虫と鉢合わせたといって旦那は恐ろしい勢いで引き上げていくわけですわ。どこ行くねん。

チャカチャンチャンチャン♪

「あー、危なかったー」
「かったじゃない。またくるでー。人間はしつこいからな」
「きっと武器を持ってくるわね」
「僕が何をしたっていうんだよ」
「人間の抱えた闇が私たちを敵にみせるのよ」
「何だか面倒くさい生き物だな」
「ああ、そうさ。あいつら顔がでかいからな」

 人間一人が帰った後で虫たちの家族会議が開かれるわけですな。とはいえ、これは虫独特の周波数で交わされとるわけですから、仮に人間の耳に入ったとしても何のこっちゃわからへん。その辺の茂みから漏れるポップな歌声とはまた別物ゆーことですわ。それにしても、人が帰ったからいうてすぐに安心しないとこが虫のすごいとこですわ。だいたい人間いうもんは、虫のすごいとこばっかり真似しよんでしょ。科学? ふん。文明? ふん。元々わしら虫から盗んでまっしゃろ。飛び方、隠れ方、乾き方、頑張り方……。数えたらきりがおまへんで。勝手に使うだけ使った上で、何を向けてきはるんや。何やそのスプレーは何ですの。撃退? ふん。何や。なんやねん。なんやねーん!

チャカチャンチャンチャン♪

「ここにいようよ。ちょっとかかったくらいじゃ死なないし」
「ここは俺らの庭だしな」
「いいえ。死ななくても害は害なの」
「どうしてその霧を僕たちに向けるの?」
「存在を消したいからよ」
「あいつらだいたい身勝手だからな」
「私たちが出て行く方がしあわせだわ」

 子供虫にも親虫にもそれぞれに言い分はありまんねんな。しかし相手が人間となると、どうにも理屈が通じるわけがおまへん。だいたい人間という生き物は問答無用でかかってくるもんやさかい、わしら虫の正論なんか蹴散らされることが目にみえとるんやで。そうなる前に、虫は動かなあきまへん。夏やろうが秋やろうが同じ事や。わしら虫は1秒を大事にせなあきまへん。そこいらの人間みたいにだらけとる余裕はありまへん。ほんまやで。そりゃほんまでっせー!

チャカチャンチャンチャン♪

「でも、母さん。ここは僕たちの庭なのに」
「人間はすべて自分の家のように思うのよ」
「あいつら思い上がりが激しいからな」
「すぐに行くの?」
「そうよ。支度しなさい」
「父さん、起きて。もう行くんだって」
「全く、面倒な奴らよのー」
「行くでー!」
「さあ、行きましょう。人間のように意地汚くなることもないのよ」

 さて、武器を手に早速戻ってきた人間はシューッと一噴き「いなくなれー!」と眉間に皺を寄せながら念じるわけであります。そんな雑念からは既に離れたところで、虫の一家は新しい演奏会に加わる手始めに軽く挨拶をしてみせる。殺気と一線隔てたところで実に風流なものでございます。虫に意志あり。

チャカチャンチャンチャン♪

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一本杉と少年

2023-08-30 02:21:00 | 無茶苦茶らくご
 人生には敵が多いものでござんす。それは大人でも子供でも本質は変わらないものでございます。子供には子供独自の世界があり、また時には大人が敵に回ることもあって、むしろ子供の方がより強敵を抱えてしまうという場面もございます。さて、世間には「逃げるが勝ち」という言葉がございまして、多くの場面でこれは大正解となるわけでござんす。アホな敵を向こうにいちいち戦っていたのでは、きりがございません。戦っている内に余計にアホが集まってきたりすれば、こいつは藪蛇というものでございましょう。現代社会において大切なのは、よい逃げ場所をみつけることかもわかりません。どうせなら、人っ子一人いないところがいいですな。

「逃げてきたのか?」
「どうして?」
「ここに来る者はだいたいそうじゃ」
「そっか」
「何からじゃ」
「わからない。色々かな」
「曖昧じゃな。それもよい」
「いつからここにいるの?」
「およそ千年か」
「えっ? じゃ、先輩だね」
「勿論そうじゃ」

 最も大きな逃げ場所と言えば海でございましょうか。ところが、少年の町にには海がない。そこで少年は丘に向かったわけでござんす。そこにあるのは少年の背丈の何十倍もあろうかという大きな大きな木でありました。古来人間というものは、自分よりも小さなものには愛嬌を、自分よりはるかに大きなものには、畏怖の念を抱いてきたものでございます。ただいま上に見えておりますのは樹齢千年はあろうかという、大きな木でございます。長い年月、この町の歴史を見届けてきたことから、この町の人々は、この木のことを我が祖父のように敬っているという噂が伝わっておるんでござんす。自然の大きさに触れておりますと、人間は自分の存在のちっぽけさを思い、思い詰めていたことも何だか酷く些細なことに思えてきたり、また、それよりも遙かに崇高なテーマに向き合うことを思いついたりするものでございます。そして、少年というものは、自然の声を拾うことができ、自然の言葉を理解することができる。木とおしゃべるすることくらい朝飯前。よくある話でござんす。

チャカチャンチャンチャン♪

「よほど行くところがないと見えるな」
「選んでここに来ただけだよ」
「ふん。物は言い様じゃ」
「今日は何から逃げてきた?」
「そうだな。情報かな」
「何がそんなに聞きたくない?」
「人の醜い部分とか」
「どうせ内輪話だろう」
「かもね」
「あれがどうしたとか、それがどうしたとか」
「まあ大雑把に言えばね」
「ここには届かないと思うか?」
「ここまで来ると圏外だからね」
「わしは色々知っておるぞ」
「どうせ昔のことでしょ」
「メッシが移籍するとか」
「えーっ、なんで?」
「風の便りはわしを避けて通ることはできん」
「そうなんだ」
「すべての知はわしから始まっておるのじゃ」
「知らなかった」
「現代はそういう時代じゃ。気がつけば知らなくていいことばかりを、知ることになる。知るべきことが他にあるというのに」
「先輩はよくわかってるね。メッシは移籍しないけどね」
「ふん。わしには関係のないことじゃ」

 気がつけばそこに来ていたというような場所がござんす。考えるよりも足が勝手に動いていると申しましょうか。そういうところに、自分の心が表れるもんでござんす。あれこれ難しいことを考えなくても、人の心というものは、その人の仕草に注目していれば自ずとわかるものでございましょう。現代では世界中で人々の行動履歴にフォーカスが当てられ、ビッグデータを制するものがビジネスを制するとも言われておるんでござんす。今を生きる人々の興味・関心がどの辺りにあるのか。それを知った上で話を進めると受けが違うというわけですが、どんなもんでござんしょうかね。お客さん、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「いいな。先輩は不死身で」
「わしを倒そうとした者もおったがの」
「えっ? 何かわるいことをしたの?」
「違う。ただ目立ったというだけじゃ。よくもわるくもな」
「どうして助かったの?」
「町内会の人たちが、わしを守ってくれたからじゃ」
「そうだったんだ」
「わしは独りではなかった。お前もそうであろう」

 少年の目は自然を見ることに長けておるんでござんす。前世の名残と申しましょうか、影形なきものを見つけたり、遠い星の言葉を話せたりするもんでございます。大人になるとそうはまいりません。そんなもの見なくてもわかる、とすぐに早合点ばかりするようになるんでござんす。ガッテン、ガッテン。見えるものと言えば目上の人の顔色、上司の顔に皺はいったい何本あるのかな……、1本、2本、3本、4本。馬鹿野郎!そんなもの見たって何にもならねーよってんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「先輩は退屈じゃないの? ずっとここにいて」
「あっという間じゃ。100年、200年、300年……」
「そーなんだ」
「わしはただ日々を生きただけじゃ。それでもお前はわしよりも多くのことができるかもしれん」
「誰もそれを望まないとしても?」
「お前の求める答えは何かのー。お前は人の望みによって生きるのか?」
「どうかな。何かよくわからないや」

 話しているとすぐ時間は過ぎるもんでござんす。長い台詞じゃございません。何気ないやりとりをしている間に、不思議と時間は過ぎていくものでございましょう。時の経つのも忘れると申しましょうか。そういう間が、一番しあわせと言えるかもわかりません。あー、時間が経たねえなー、とか言ってる奴は、だいたい時計を前にして時計を見ることの他は、何もしてないんでございますな。旦那、何かないんですかい。えーっ、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「……いるの? 雨が降るよ」
「お前を呼ぶ者が来たぞ」
「うん。そうみたい」
「100年前もあんな雲が出たものじゃ」
「覚えてるくらいすごい降ったの?」
「そうじゃ。帰れるうちに帰ることじゃな」
「仕方ないな」
「わしの傍では、お前は独りにはなれぬ」
「先輩は有名だもんね」
「そうじゃ。逃げたければ、もっと遠くへ行くことだ」
「そんなお金ないよ」
「クラウドファンディングを利用するんじゃ」
「先輩、クラウドファンディングってのはね」

ザーーーーーーーーーーーーー♪

「先輩、またねー!」

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天国への階段

2021-05-26 01:48:00 | 無茶苦茶らくご
 物事には何にだって終わりがあるもんでござんす。夏に終わりがあるように物語にも終わりがある。世界だって例外じゃあござんせん。さて世界の終わりがきたらどうするか、古来人類の空想を刺激するテーマであったんだが、事が世界じゃあ問題が大きすぎるってんで、いくら考えてもきりがないんでございます。きりがないのが空想のいいとこだって? お前さんもいいこと言うようになったじゃねえか。空想ばっかりしてねえで、たまには世の中のことでも勉強しやがれ。時に、世界の終わりってのは突然くるようなんでござんす。

チャカチャンチャンチャン♪

「せっかくだから焼き肉食おうぜ」
「こうなったらもう腹が破れるほど食うぜ」
「おー、じゃんじゃん持ってきて!」

 まあ、最後の晩餐と申しましょうか。何を置いても生き物というのは、最後の最後まで食べることは大事な楽しみなんでござんす。しかし、世界の最後まで働いている従業員というのも、見方によっては立派なもんでござんすね。それに比べてただ食ってる方は気楽なもんでござんすよ。できることなら最後は楽な方で行きたいもんでござんすね。

チャカチャンチャンチャン♪

「月がきれいだな」
「ああ、こうして改めてみるときれいなもんだ」
「見納めだぜムーン! これで最後なんだな」
「残念だがな」
「しっかり目に焼き付けておこう」
「馬鹿野郎。焼き付けて何になるんだ。もう世界は終わっちまうんだぞ」
「だからそうするんじゃないか」
「ロマンチストかよ」
「何だよ。何が悪いってんだよ」

 みるものすべてが改まってみえてくる。考えようによっちゃあそれは物事を最初にみた時の視点と同じであるのかもござんせん。とかく私どもは日常に埋もれちまって、何もかもを当たり前のようにしか感じなくなるもんでござんす。何とも罰当たりなもんでござんすよ。そうじゃござんせんか。えー、どーなんだーい!

チャカチャンチャンチャン♪

「ああ、悪くはないよ。じゃあな」
「えー、もう帰るのか」
「疲れたから帰って寝るよ」
「えーっ、もったいない、絶対もったいないって!」
「何テンション上がってんだよ」
「俺はもっとしたいことがあんだよ。海にも行きたい。買い物にも行きたい。野球もしたい。釣りもしたい。バイクにも乗りたい。ギターも弾きたい。遠出したい」
「それで満足か」
「トマトを育てたい。ゲームをしたい。鉛筆を削りたい。靴紐を結びたい。フランスに行きたい。腹筋を鍛えたい。将棋がしたい。穴熊に入りたい。うどんを打ちたい。仮装したい。ジェットコースターに乗りたい」
「欲張りだな。無駄に怖い思いすることないじゃん」

 皮肉なもので、もう何もできないとなった途端、やりたいことが湯水のようにあふれてきたりするもんでござんす。しかし人間の体はたった1つでございます。何でもかんでもできるもんじゃあござんせん。器用な人でも二刀流、三刀流くらいが限界なんでござんすね。悪いことは言わねえ、皆さんもまだ時間があると思える内に、1番やりたいことの1つでもみつけなすった方が身のためでござんすよ。気がつけば人生はジェットコースターのように過ぎて行くもんだい。ゴトゴトゴトゴト、ダーッ♪ってなもんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「あれもしたいこれもしたい」
「とても無理だろ」
「もっと、みたい、知りたい、聴きたい」
「意味ないだろ。どうせ明日終わるんだから」

「どうせって何だよ」
「終わるから意味ないって言ってるんだよ」
「その前はあったのかよ」
「知らねえよそんなことは」
「じゃあ意味ないんじゃなくて知らないんじゃないかよ」
「何わけわかんないこと言ってんだよ」

「お前がどうせとか言うからだろうよ」
「お前勝手にやりたいこと探せよ」
「言われなくてもそうするよ」
「じゃあな。俺は帰って寝るから」
「ああ、帰れ帰れ! 寝てる内に終わればーか!」
「ああ、探せ探せ! 探しながら終わればーか!」

 生き方というのは最後まで人様々でござんす。この2人の場合は、探す派と寝る派にわかれるわけでございますが、だいたい世の中の人間というのは2通りに分かれるのかも知れません。暇を惜しむように四六時中動き回っているのもいれば、いつでも時の真ん中にゆったりと構えているような者もございます。苦労して探し回って幸せをみつけようとする者もいれば、最初からそれをみつけてしまっているような者もございまして、果たしてどちらが本当に幸福なのかと申しましても、そんなことは私なんかにわかるわけがござんせん。ところであなたはおわかりかい? よーっ、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「ふー、ようやく独りになれたぜ。
何を今になってすることがあるってのよ。
ほー、こうしてあたたかな布団に包まれて、
眠るほど安らぐことが他にあるかよ。
夢みるほどに素晴らしいことがあるかよ。
あー、最高だ。
(コツコツ、コツコツ、コツコツ……)
何だありゃ、
あー、あいつの探す足音だわ。
馬鹿野郎、むにゃむにゃ、
そっちは、天国への階段だぞ」
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さらば理想の上司

2021-02-17 01:31:00 | 無茶苦茶らくご
 親は選べないと申しますが、上司だって選べないもんでござんす。苦労して意中の会社に就職できたはいいが、そこの上司が酷い奴だったとあればさぞがっかりでございましょう。上司というのは、毎日毎日顔を合わせるものでございます。贅沢は言わないまでも、最低の上司だけは避けて通りたい。それが人情ってもんでございますな。

「下手でもいいじゃないか。
半沢!
好きなように踊ってみたらどうだ?
お前が思う以上にお前は下手かもしれん。
それは誰からも誉められたりしない。
馬鹿にされたり、笑われたりもするだろう。

だがな、半沢!
それは人に勇気を与えるんだ!
お前のような下手くそこそが、皆に大きな勇気を与える。
そうだ、お前の捨て身の舞が力になるんだ。
だから、思いっ切り踊ってみせろー!
なあ、半沢!」

 悪い上司というのは、面倒な仕事は全部まとめて部下に押しつけるもんでござんす。そのくせ後で美味しいところだけ持っていってしまう。全くとんでもねえ野郎がいるもんでございます。反対にいい上司というものは、面倒なところを引き受けて部下にいい感じでバトンを渡すんですな。後方を援護しつつ部下の力が発揮できるような道を作り、全体として仕事が円滑に回るようにしてしまうんですな。そりゃもう人間の度量と申しましょうか、器が違うんですな。残念ながら、部下は上司を選ぶことができません。会社の情報はリサーチできても、上司の人間性までも知ることは極めて難しい。しかしながら、本当にいい会社ならば人材も整っているはずでございましょう。ろくでもない上司がいばっているような会社はろくなもんじゃねえや。やめちまえってなもんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「半沢!
私の言いたいことはここにまとめておいた。
あとは皆にお前から伝えてくれ!
ここに長々と書いて、はんこも押しておいた。
はんこもこれが最後になるかもしれん。

お前の方が息が続くだろう。
抑揚をつけて皆に訴えかけてくれ!
お前の声はなかなか響くじゃないか。
だからお前に任せようと思う。
多少細かい表現は変えてくれて構わない。
そこはお前の好きにやってくれ。
その方がお前もやりやすいだろう。
信頼できるお前だから、私も任せられる。

半沢!
あとのことは任せたぞ!」

 仕事というのはチームワークが大事でござんす。よいチームというのは1+1が2になるどころが3になる。もっとよいチームなら10にも20にもなる。色んな化学反応が起きて個の実力からは考えも及ばないくらいのチームが作られるものでございます。悪いチームではこうは事が運びません。1+1が2になるどころか1のまま。もっと悪いチームならゼロにもマイナスにもなるのでございます。足しているはずが実際は引っ張り合っているんですな。力が合わさるどころか弱まりながらバラバラになっていくのですから、そんなチームはチームとして最悪です。一人でやった方がましってもんでございます。いったい誰のせいでそんなチームになっちまうんでしょう。えーっ、なんなんだーい!

チャカチャンチャンチャン♪

「迷った時には人の仕事から先にやるんだ。
その方が仕事が上手く回るぞ。
仕事を回すということは庭を作るようなものだ。
どこに何を置けば美しいか、全体からみて考えねばならん。

半沢!
油断はするな。傘を持って行け。
それから薄手のセーターか何かも、持って行ったらどうだ。
向こうはこちらより寒いからな。
心配するな。ちゃんと申請は済ませてある。
現地に着いたら、早速クーポンを受け取ってくれ。
遠慮なくお前の好きに使え。
クーポンとはそういうものだ。

いいか、半沢!
仕事は遊びだ! 
だから胸を張ってクーポンを受け取ってこい!
そして受け取ったら、忘れずに使え。
使いそびれたクーポンは、ただの紙屑だ。
そうならないためにも、どうか存分に使ってくれ!」

 いったいこの仕事は自分に向いているのだろうか。誰しもそんな疑問を抱くもんでござんす。好きなことが向いているとは限らない。向いていることが好きだとも言い切れない。なかなか難しいものでございます。思わぬミスが続くと自信がなくなってミスがミスを呼ぶ悪循環に陥るなんてこともございます。頑張っても頑張っても結果が出ないともう逃げ出したくもなりますな。ミスを責めるくらいなら誰でもできる。そんなものは上司の仕事じゃございません。ミスをネチネチ責めるなんてのは、いい上司でもなければ人としてもろくでもねえもんだ。そんな会社はとっととやめちまえ。逃げ出しちゃえーってなもんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「半沢!
人間いい時も悪い時もあるぞ。
世の中いい奴ばかりではあるまい。
それと同じだ。ははっ。
お前はいいものを持っている。
だが、今は少し迷う時のようだ。
言ってみればスランプだ。

なあ、半沢。
スランプを引きつけけてみろ!
バネのように引きつけるんだ。
駄目な時は、何をやっても駄目だ。
どうやっても上手くいかんのだ。
しかしな、半沢。
ある瞬間、必ずターンする時が来る。
そういうものだ。
辛い時を乗り越えれば逆転するんだ。

なあ、半沢。
だったら耐え甲斐もあるじゃないか!
失敗しない奴がいるか。
今はたくさん失敗して、先で笑えばいいじゃないか」

 世の中には自分そっくりな人間がいるそうでござんす。「あんた日曜日の夜あそこにいましたね」なんて言われると思わずドキッとするものでございます。冷静になって考えてみるといるはずがない。ところが相手方は否定してみても一向に引き下がらないから困ったものでございまして。「いやいや絶対いたって」思い込みの激しい人はいるもんでございまして、しかし人間というものは同じ瞬間に別の空間に存在することはあり得ないわけですから、当人がいないと言っている方が確かなはずでございますが。「いやいや絶対いたって」といつまで経っても引き下がらない、その絶対という自信を他に取っておいたらどうだいお前さん。えーっ、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「おい、半沢!
その後調子はどうだ?
少しは前が向けるようになったか。 
飯は食ったか?
何でもいいから食べないと駄目だぞ。
カレーでもラーメンでもいいじゃないか。
パンだっていいんだぞ。
菓子パンもいいじゃないか。
なあ、半沢。
聞いているのか?
返事は?

おい! 半沢!
聞いてるのかと言ってるんだ。
どうなんだ、半沢。
聞いているのかと言っているを聞いてるのか?
聞いてないのか?
聞いているのか?
聞いている振りをして聞いてないのか?
聞いてない振りをして聞いているのか?
それを私に聞かせてほしい。

おい、半沢!
どーなんだ!

おい!
半沢半蔵!

はっ?
お、お前は……
いや、
こ、これは失礼した。

ちょっと姿勢がよかったものでな、
つい勘違いしてしまっていたようだ。
もしやと思ったが、
いやこれは、お恥ずかしい限り、
大変な人違いであった。
どうか、お許しいただけたい。
全面的に私の落ち度を認めさせてもらう。
この通りだ。
誠に、
誠申し訳なかった。

では、さらばだ!」

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雨上がり鴉は街に

2021-02-16 10:59:00 | 無茶苦茶らくご
お、何だい鴉の野郎
でかい顔して下りてきやがった

「今日はあの猫はきてないのか
いつもならあの店の扉があいて
いつもあいつは背中丸めて
缶詰食べてるのに
まあ今日は雨だしな」

鴉が何ぶつぶつ言ってやがんだ

チャカチャンチャンチャン♪

「今日は雨で
雨だからどこかに
隠れているのかな
空腹を抱えながら
どこかで雨を待つのか
それとも他に行ったのか
僕はあの店先の
あの猫しか知らないからな
僕は何も知らないんだから」

鴉が何言ってやがるんだ
わけわかんねえこと言ってんじゃねえ
全く鴉ってのはしょーがねえや!

チャカチャンチャンチャン♪

「僕は虹を探してるのさ」

何をぶつぶつ言ってんだい
えーっ、この野郎が
人間は大変なんだぞ
恋に仕事に税金課金
色々と大変なんだぞ
わかってんのかー、てやんでい!

チャカチャンチャンチャン♪

「また降ってきたな
雨上がりも長続きしない
危うい朝だ
これからだんだん変わって行く
そういう雨かもしれないぞ」

鴉の野郎がうっせーんだよ
何が不満だかは知らねえがよ
全く鴉ってのは暇かよ
人間は考えること多いぞ
仕事に趣味に税金課金
世界平和に地球環境
もういっぱいいっぱいなんだぞ
やってられるかい、べらぼうめー!

チャカチャンチャンチャン♪

「コンビニ袋が風にのって
うさぎのようにはずんでいくよ
どこからきたのだろう
どこへ行くのだろう
ああ何か甘栗みたいな匂いがするな」

鴉が朝っぱらから何言ってやがる
ぎゃぎゃーうっせーぞこの野郎
くそっ鴉がー!
まあ鴉に人間の言葉はわかんねえか
いつまでもほざいてんじゃねえぞーっとこらー!

チャカチャンチャンチャン♪

「向こうに何だか柄の悪いのがいるな
もう僕も行かなくちゃ
どこか身を隠せるとこへ飛ぼう

さよなら、
あの猫のいない朝」

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世界観レンタル(想像落語)

2021-01-25 11:47:00 | 無茶苦茶らくご
 昔はよく本やCDの貸し借りをしたもんでござんす。
「へー、こんな本があるんすかい」
 持ち主と本の間にギャップを感じたりして何かと面白いもんでござんす。借りたものがその人と結びついて、好きな世界が広がっていくのは、何とも風流じゃあござんせんかい。貸し借り自体が、1つの物語であったんですなあ。ところで、あっしの貸した『オシムの言葉』は読んでもらいましたかい? って、んなことはどうでもいいんだい。まあ、どんな形であれ貸したもんは返すってのが人の道理ってもんでござんす。よーっ!

チャカチャンチャンチャン♪

「まあまあだったなあ」
 むらさんがCDを返しながらそう、言ったんですな。
 むらさんというのは、チャーハンを作るのが上手な男で、客から注文がある度に華麗な鍋さばきでチャーハンをお作りになる。
「できたでー」
 そうしてできたチャーハンをあっしは何度も客の元へ届けたもんでござんす。時々、残ったチャーハンや唐揚げなんかをくれたりしたもんだから、あっしも多少の義理を感じておりまして。

チャカチャンチャンチャン♪

 むらさんという男は大変働き者で、一度にたくさんの注文が通った時でも、額に汗をかきながら鍋を振ってチャーハンを作ったもんよ。しかし客足が途絶えた時なんかは、一転して爆睡する。働き者なのは昼も夜も同じで、寝る暇といったら、ほんの少しの合間くらいってなもんだい。

チャカチャンチャンチャン♪

「貸しましょうか」
 お疲れの人には音楽が必要だって、あっしがCDを貸してあげたんでござんす。まあ、音楽ってのはいつでも聴ける。なんなら寝ながらでも聴けるってもんだい。よーっ!

チャカチャンチャンチャン♪

「まあまあだったなあ」
 貸し借りのいいとこは、面と向かって感想が聞けるとこでござんす。その言葉によって、相手のことがより深くわかるんでござんす。
「これというのがなかった」
 むらさんというのは不器用な男でござんす。しかし、あっしにとっては無難なうそよりも正直な感想の方が100倍もよーござんす。
 むらさんは「これ」がなかったと言いながら笑ってやがる。

チャカチャンチャンチャン♪

「これ」はいかに

チャカチャンチャンチャン♪

 そんなにメリハリのある音楽じゃあござんせん。
 しかし、あれだい。
 どこを聴いてもいいんだい、揺れんだい、沁みんだい。
「それ」が好きっちゅうもんじゃございませんかい。よーっ!

チャカチャンチャンチャン♪

 ドラマなんかを見ておりますと恋人を家につれてきたはいいが、どうも親父のお気に召さねえってな場面がよく出てまいりまして。
「お前こんな男のどこに惚れたんだい」
 それが好きっちゅうもんじゃございませんかい。よーっ!

チャカチャンチャンチャン♪

 あえて言うなら世界観とでも言うんでござんしょうか。好きだの感情だのというものは、とかくとらえにくいものでございます。

チャカチャンチャンチャン♪

 あっしはこれでわかったんでござんす。
 むらさんという男はどうもいけすかねえ野郎だい。
 感覚が合わねえ。全く噛み合わねえったらありゃしねえ。

 む、むらさん……。
 驚いたねえ。むらさんじゃあござんせんか。
 らくごなんぞを嗜まれるんで?
 やっぱり見る目があるねー。よーっ!

チャカチャンチャンチャン♪
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