眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

天国への階段

2021-05-26 01:48:00 | 無茶苦茶らくご
 物事には何にだって終わりがあるもんでござんす。夏に終わりがあるように物語にも終わりがある。世界だって例外じゃあござんせん。さて世界の終わりがきたらどうするか、古来人類の空想を刺激するテーマであったんだが、事が世界じゃあ問題が大きすぎるってんで、いくら考えてもきりがないんでございます。きりがないのが空想のいいとこだって? お前さんもいいこと言うようになったじゃねえか。空想ばっかりしてねえで、たまには世の中のことでも勉強しやがれ。時に、世界の終わりってのは突然くるようなんでござんす。

チャカチャンチャンチャン♪

「せっかくだから焼き肉食おうぜ」
「こうなったらもう腹が破れるほど食うぜ」
「おー、じゃんじゃん持ってきて!」

 まあ、最後の晩餐と申しましょうか。何を置いても生き物というのは、最後の最後まで食べることは大事な楽しみなんでござんす。しかし、世界の最後まで働いている従業員というのも、見方によっては立派なもんでござんすね。それに比べてただ食ってる方は気楽なもんでござんすよ。できることなら最後は楽な方で行きたいもんでござんすね。

チャカチャンチャンチャン♪

「月がきれいだな」
「ああ、こうして改めてみるときれいなもんだ」
「見納めだぜムーン! これで最後なんだな」
「残念だがな」
「しっかり目に焼き付けておこう」
「馬鹿野郎。焼き付けて何になるんだ。もう世界は終わっちまうんだぞ」
「だからそうするんじゃないか」
「ロマンチストかよ」
「何だよ。何が悪いってんだよ」

 みるものすべてが改まってみえてくる。考えようによっちゃあそれは物事を最初にみた時の視点と同じであるのかもござんせん。とかく私どもは日常に埋もれちまって、何もかもを当たり前のようにしか感じなくなるもんでござんす。何とも罰当たりなもんでござんすよ。そうじゃござんせんか。えー、どーなんだーい!

チャカチャンチャンチャン♪

「ああ、悪くはないよ。じゃあな」
「えー、もう帰るのか」
「疲れたから帰って寝るよ」
「えーっ、もったいない、絶対もったいないって!」
「何テンション上がってんだよ」
「俺はもっとしたいことがあんだよ。海にも行きたい。買い物にも行きたい。野球もしたい。釣りもしたい。バイクにも乗りたい。ギターも弾きたい。遠出したい」
「それで満足か」
「トマトを育てたい。ゲームをしたい。鉛筆を削りたい。靴紐を結びたい。フランスに行きたい。腹筋を鍛えたい。将棋がしたい。穴熊に入りたい。うどんを打ちたい。仮装したい。ジェットコースターに乗りたい」
「欲張りだな。無駄に怖い思いすることないじゃん」

 皮肉なもので、もう何もできないとなった途端、やりたいことが湯水のようにあふれてきたりするもんでござんす。しかし人間の体はたった1つでございます。何でもかんでもできるもんじゃあござんせん。器用な人でも二刀流、三刀流くらいが限界なんでござんすね。悪いことは言わねえ、皆さんもまだ時間があると思える内に、1番やりたいことの1つでもみつけなすった方が身のためでござんすよ。気がつけば人生はジェットコースターのように過ぎて行くもんだい。ゴトゴトゴトゴト、ダーッ♪ってなもんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「あれもしたいこれもしたい」
「とても無理だろ」
「もっと、みたい、知りたい、聴きたい」
「意味ないだろ。どうせ明日終わるんだから」

「どうせって何だよ」
「終わるから意味ないって言ってるんだよ」
「その前はあったのかよ」
「知らねえよそんなことは」
「じゃあ意味ないんじゃなくて知らないんじゃないかよ」
「何わけわかんないこと言ってんだよ」

「お前がどうせとか言うからだろうよ」
「お前勝手にやりたいこと探せよ」
「言われなくてもそうするよ」
「じゃあな。俺は帰って寝るから」
「ああ、帰れ帰れ! 寝てる内に終わればーか!」
「ああ、探せ探せ! 探しながら終わればーか!」

 生き方というのは最後まで人様々でござんす。この2人の場合は、探す派と寝る派にわかれるわけでございますが、だいたい世の中の人間というのは2通りに分かれるのかも知れません。暇を惜しむように四六時中動き回っているのもいれば、いつでも時の真ん中にゆったりと構えているような者もございます。苦労して探し回って幸せをみつけようとする者もいれば、最初からそれをみつけてしまっているような者もございまして、果たしてどちらが本当に幸福なのかと申しましても、そんなことは私なんかにわかるわけがござんせん。ところであなたはおわかりかい? よーっ、どーなんだい!

チャカチャンチャンチャン♪

「ふー、ようやく独りになれたぜ。
何を今になってすることがあるってのよ。
ほー、こうしてあたたかな布団に包まれて、
眠るほど安らぐことが他にあるかよ。
夢みるほどに素晴らしいことがあるかよ。
あー、最高だ。
(コツコツ、コツコツ、コツコツ……)
何だありゃ、
あー、あいつの探す足音だわ。
馬鹿野郎、むにゃむにゃ、
そっちは、天国への階段だぞ」
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空想の翼(宝交換)

2021-05-25 10:38:00 | ナノノベル
 牛になった私の角に鴉がとまっていたのは、カレーを食べて横になってからすぐのことだった。
「こいつが欲しいの?」
「勿論欲しいね」
 私たちは翼と角を交換した。憧れの角を手にすると鴉は走り去った。翼をつけてみると、思う以上に小さかった。羽ばたいても少し風になるだけのことだった。助走をつけて……。何度試みても飛べやしない。

(これではランナーだ!)

 翼さえあれば空を抱ける。そんな風に夢見た自分が浅はかだった。だけど、あの鴉は何を望んだのだろう。今頃は似たような後悔の中にいるのかも。私は鴉を捜して街を歩いた。

 子供たちの賑わいの中心に尖ったものを見つけた。あれは! 私の角が輪投げの的にされている。ギャラリーを押しのけて、私は突進した。

「私のだ!」
「どうしてそう言える?」
 私の頭をよく見ればわかりそうなのに。

「つければわかる」
「どうかな」
「それじゃない!」
 輪の方ではない。何にでも投げたい年頃のようだ。

「どうだ!」
 短い旅を終えて角は私の頭に帰還した。
「確かに君のだ!」
 主の元へ戻った角は、もはや引っ張っても離れなかった。

「もう行こうぜ」
「輪投げも飽きたしな」
「タピオカ行こうぜ」
 ブームと共に子供たちは去った。あの鴉はどうしているだろう。無事だろうか。私を捜して街をさまよい歩いているかもしれない。だとしても、そう遠くへは行けまい。
(返さなければ)

 義務感と、不思議な高揚が纏わりついて離れない。
 私は世界で1つだけの幻獣になれたのだ。

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幻の銀

2021-05-24 10:42:00 | 将棋の時間
 ずっと温めていた焦点の捨て駒。取れば端角を打って詰み。取れなければ寄りは近い。敵の読みにはあるまい。私は確信を秘めながら敵陣深くへ指を伸ばした。
 着手の瞬間、それは私の指から離れて飛んだ。

「5二銀!」

 秒読みでもないのに私は咄嗟に叫んでいた。とっておきの一手が逃げて行くような気がしたのだ。脇息の向こうの方に、飛んだと思ったのに、銀は見つからなかった。敵は平静を装っているのか置物のように固まっていた。ゴミ箱の中をのぞき込んだが、そこにもなかった。
 タブレットに表示される持ち時間を見た。記録の少年が首を少し傾けているように見えた。私は一旦座布団に座り直した。
 その時、4枚の銀が盤上に確かに存在するのを私は見た。

(待ってくれー)
 落ち着くのだ。
 私は手を伸ばして記録用紙を求めた。
 手番はまだ私のままだった。
(助かった)
 私は悪手も反則もまだ指していない。
 そうだったか……。
 記憶をたどって、私は過去の将棋を読みすぎてしまったようだ。

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【短歌】シンガポール・スリリング(折句)

2021-05-23 10:32:00 | 短い話、短い歌
 メニューというより百科事典のようだった。
「なかなかのもんでしょう」
「ええ」
「1500以上あるんですよ。日々が泡となって創造を広げていくので、新しいカクテルが生まれない日はないのです。だいたいここに来られたお客様は迷います。迷い疲れて帰ってしまう方も少なくないほどです。ああ、また生まれそうな……。お客様の疑り深い瞳が新しいヒントになるようです。野生の何かにも似て……」

 全くよくしゃべるマスターだ。
 私はメニューを閉じた。迷うために来たのではない。迷いを断ち切るためにやって来たのだ。

「おすすめは?」
「シンガポールスリリング」






朝焼けの獣と遊歩道を行く
ウィザード街の風景に溶け
(折句「揚げ豆腐」短歌)


快速のゼブラを追ってタップする
地平線までぬり絵天国
(折句「風立ちぬ」短歌)


絵手紙にトトロを添えてシンガポール
9月で200歳になります
(折句「江戸仕草」短歌)


憂鬱が希望の裏にひれ伏した
四重奏の宇宙遊泳
(折句「ユキヒョウ」短歌)


感嘆が過剰な歌を耳につけ
苺をかじる七分袖ジョー
(折句「鏡石」短歌)

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同期の私

2021-05-22 10:37:00 | ナノノベル
 会社の私、自宅の私、路上の私、海辺の私、働く私、眠る私。どれも皆私。個々の私の体験は瞬時に同期されてすべての私の中に共有される。私は一人でなければならないという先入観からついに解放される時が訪れた。どこにでもいる私。

もう私は一人じゃない!

「先週の木曜夜8時どこにいましたか?」
「木曜の8時だったら八丁堀の将棋センターで将棋を指していました。私が四間飛車で、確か相手の方が右四間飛車でした。ほら、最近どこに振っても多いでしょ。右四間飛車。そんなにいいんですかね。まあ、シンプルでわかりやすいのがいいんでしょう。私は何がきても固めてさばくだけですから。他に証人はいます。子供も多くいたし、中には振り飛車党の人も結構いましたよ」
「それはあなたの内の一人ですよね」
 そう。私は一人じゃない。一点にいながら、他のあらゆる点に存在することができる。矢倉の私、石田流の私、ひねり飛車の私、鬼殺しの私、力戦の私、ごきげんの私……。
 アリバイは完全に崩れた。

 コーヒーを飲んで無敵になる私、旅する私、ぼーっとする私、野球観戦する私、クリームソーダを注文する私、落ちて行く私、夢を見る私、どこまでも飛んで行く私……。
 何人の私を持つことができるか。
 それは自分の懐と相談することになる。

 同期された私が同時に抱く記憶。
 私は私なのか?

「愛と死の共有によってのみ私は私である」
 そう語っていたのは誰だっけ?

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狼と見守り隊

2021-05-21 02:06:00 | 夢の語り手
 閉じられた扇子はより風を思わせる。存在感とは、たくさんおしゃべりすることではない。口を開ければ誰よりもよく通る声で叫ぶことができるだろうその口はずっと閉じられていた。歯の1つを見せることもなかったが、みんながその存在に一目置いている。まるで物言わぬ司会者として場を仕切っているようだった。もしも、誤ったことを言ったりしたら、吠えられるくらいでは済まない。破れかぶれの狼がカウンターの前に立っていた。
 返却はうどん屋さんに決まっている。この街ではうどん屋さんが一番偉いのだ。妖怪椅子食いがほとんどの椅子を食べてしまった。僕が席に着くと見回り隊の人がやってきてテーブルに砂時計を置いた。

(長時間居座り禁止)

 ここにくる時はいつもマークされている。
 砂が落ちきる前に、1つのお話を書かなければならない。
 謎の丸がペン先にくっついて書き出しを阻んでいる。指でつまんでも引っ張ってもそれはどうしても離れない。願っても念じても噛みついてもどうしたって駄目だ。アナログをあきらめて僕はとっておきのガジェットを開く。
 1つのタッチはそれとなく始まる。1つの比喩から風景は開け、あなたという存在に向けての旅は始まる。コーヒーとキーボード、タッチ&リリースを繰り返しながら連鎖する比喩が、生まれる前にいた星まで飛んでいく。思い出が思い出を起動し、風景の中に風景が描き出される。終わりのない旅が始まる。けれども、砂は落ちて見回り隊がやってくる。

「ダメダメ。仕事しちゃ駄目だよ」

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ヘッド・チェッカー ~未来へと続く道

2021-05-20 23:00:00 | ナノノベル
 日常の仕草の些細な一面に目を留めて、大きな過ちへと発展することを未然に防ぐことが私たちの務めだ。私たちは常に目を光らせて、たとえどんな小さな変化であっても見落とさないよう身構えておかねばならない。身なりを整えてこそ、心も正しく前を向いていることができるというものだ。余計なお世話と思われようが、大人として言うべきことはしっかりと言わねばならない。


 段差は躓きの元だ。些細なところから始まって、やがて大きな犯罪へと巻き込まれていく。そのようなブロックを発見次第、断固たる措置を講じる必要がある。未熟な目から見ればつまらないことに思われるかも知れない。しかしながら、大人として広い視野を持ち、多くを経験してきた立場から、未来あるものを間違いのない道へと導いて行くことは、私たちに課せられた崇高な使命と呼べるだろう。手遅れになってからでは遅すぎる。一切の疑いを挟むことなく、私たちの声に素直に耳を傾けてほしい。厄介な犯罪に巻き込まれることなく、まっとうな大人へ成長するよう厳しい目を向け続ける。どこまでも妥協なき姿勢で自分たちの仕事に誇りを持って当たる。
 すべては子供たちの未来のためなのだから。









「悪い子はいないかー? 何だ、その頭は!」
「コーンフレークです」
「よし! 朝食はしっかり食べなさい!」


「悪い子はいないかー、頭出しなさい」
「ロックマンです」
「eスポか? 頑張れ!」


「はい、頭みせてー。何だそれは!」
「ブロック塀です」
「おーそうか。堅実にな」


「悪い子はおらんかやー。お前それは何だ!」
「監獄ロックです」
「ロックか。いいじゃないか!」




「違反してる奴はいないか? 君は?」
「オンザロックです」
「そうか。飲み過ぎには気をつけろよ」


「悪い子はいないかー? 何だお前は!」
「アジカンです」
「ロックか! フェスでも行ってこい!」





「ちょっとお前の頭は何だ!」
「7ブロックです」

「おー、ナイス・チャレンジ!」

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ロッカールーム・フットボーラー

2021-05-20 03:18:00 | オレソン
微かに空気の残ったボール
壁からのターンを受けて
吸い着くようなドリブルを

あの頃の俺は
抜け出すだけの
フットボーラーだった

得点の匂いをかいで
いつだって裏に抜けた
だけどあいつは
よこさなかったな

40℃のピッチの上
立っているだけで苦しいのに
ボールに触れると少し元気になった

何もかもが上手くいかない時も
ボールならば
オアシスを生み出せる

微かに空気の残ったボール
「まだ生きているよ」
壁に向かって打ちつける

俺はロッカールームのフットボーラー
まっすぐ打てばまっすぐ返す
壁は裏切らない

キーパーからのロングボール
ダイレクトで落とした夜
あいつフリーでシュートをふかしたね
もう一度俺に返してもよかったのに

あの頃の俺
できたてのチームの中では
中心にいるしかなかった

助っ人の加入と充実
サイドから脇へ
脇からベンチへ
そして俺は芝を離れた

俺の好きだったチーム名
今では誰も覚えてないね

微かに空気の残ったボール
壁からのターンを受けて
吸い着くようなドリブルを

俺はロッカールーム・フットボーラー

誰もボールを奪いにはこない

壁の間をすり抜けて

夜の出口を探してる

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地球帰還ミッション

2021-05-19 21:12:00 | ナノノベル
 あのグデングデンの楽しい酔っぱらいたちはどこに行ってしまったのだ。夜の街を流れた素麺はどこに行ってしまったのだ。俺が俺がと突き進む生粋のドリブラー、スタジアムを埋め尽くす熱いサポーター。16ビートで踊り出すピチピチの魚たちは、みんなどこに行ってしまったのだ。

 何もかもが変わってしまった。
(何もかもがもう面倒になった)

 せっかくここまでたどり着いたけど、やっぱり帰るのはやめにしよう。ここはもう、かつて私たちが愛した惑星とは違う。


「面舵いっぱーい!
 面舵いっぱーい!
 いっぱーい! いっぱーい!」

 ん? どうした? どうなってるんだ?

「面舵!
 面舵いっぱーーーーーーーーい!」

 うぅぁー ぐぅあーーーーーー


「何をする? お前たち……」

 ミッション続行♪

「船長を排除します! 船長を排除します!」

「裏切り者めー!」

 既に奴らの手が回っていたか。

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俺たちに時間はない

2021-05-19 10:35:00 | 将棋の時間
 「俺たちに時間はない」


30秒長考したら時間切れ


捨て王手ラッシュをあびて時間切れ


構想と未練を抱いて時間切れ


早指しの猛者に遊ばれ時間切れ




 「オムハヤシ」


オール手抜きで負け筋に一直線


無理攻めも二人がかりでナチュラルに


挟み込む上手の攻めに負けました


やねうらが評価値下げた四間飛車


信念を曲げず棒銀一直線

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戦争と大運動会

2021-05-18 10:34:00 | ナノノベル
「危ない!」

 コーチの声に振り返るとミサイルがすぐ傍まで迫っていた。私は反射的に身をよじって直撃を避けた。まさに間一髪だった。普通の人間ならば間違いなく助からなかった。ミサイルは駐車場に着弾して炎上するとすぐに多くの野次馬を集めた。

「流石だな」

 ずっとタッグを組んで戦ってきたコーチが私の肩を叩いた。
 ホテルのドアが開き私たちは無事にチェックインを済ますことができた。どうせならばメダルに首を通してから死にたかった。

 私たちアスリートの時間は短い。今日は上手くできても明日また同じタイムが出るとは限らない。1年後となるとそれはあまりにも遠い。瞬間瞬間、命を削るようにして生きてきた。しかし、人生には競技よりも大事なテーマもある。その大きさを前にすれば私たちの一番など霞んでしまう。
 銃弾が飛び交う街をくぐり抜けてここまで歩いてくる途中、私の胸の中は大きく揺れていた。きっと皆も同じではないだろうか。私たちの向上心は、どんなステージにも影響されることなく貫けるものだろうか。いいえ、そんなことはない。私だって普通の人と同じ神経を持っている。

……「完全に切り離してコントロールする」

 会長が断言した時、私は耳を疑った。私たちアスリートはゲームのキャラクターではない。二次元と三次元を分かつようできるはずがないからだ。トーキョーはどこもかしこも銃弾が飛び交っている。トーキョーだけではない。国中の至るところでだ。敵は場所も時間も選ばない。救助の手も足りないというのに、それさえも分離できると彼は言った。(戦争と運動会は関係ない)
 神話か妄言か、どちらにしても気づいた時には戻れなくなっていた。大運動会開催計画は予定通り、止まらない戦車のように進められていった。

 柔らかなベッドの上で私は空を飛んだ。今までで一番の記録に届きそうだった。壁だと恐れていたものはマシュマロの集合にすぎなかった。あるいは、ほんの小さな迷いだ。あとは着地を決めるだけ。人々の祝福の中心で私だけが黄金の輝きに包まれるのだ。今までの犠牲のすべてがようやく報われる。

 窓を開けると見たことのない風景が広がっていた。飛んでいたのは夢ではなかった。私たちのホテルそのものが宇宙船だったのだ。
 船を降りると先住民が旗を振って出迎えてくれた。誰一人として武器も防具もそればかりかマスクさえ身につけていなかった。ここには戦争も病もないようだ。

「なんてきれいな空気なんだ!」

 そこはプチトーキョー。自然とテクノロジーが見事に調和した美しい都市。火星に作られた新しいトーキョーだ。私たちが知らない間に、このような計画が着々と進んでいたなんて。

「グローバル時代の大運動会を始めましょう!」

 会長バンザーイ!!

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ネームバリュー・サーバー

2021-05-17 03:28:00 | ナノノベル
「魔法みたいな水だね」
「いいえ。名前の力よ」
 オレンジ、パイナップル、アップル、ストロベリー。
 欲しいものの名前を書いてからスイッチを入れるだけ。
 あとはサーバーの中の水がシェイクされて、数秒後にはその名の通りのジュースが完成する。この世に存在するものの名ならば、できないものはない。夢のような製品と言えた。

「あんず」
「何それ?」
 飲めばわかる。(書けばわかる)
 できあがったあんずジュースは、口当たりもよく美味しかった。
「お酒にしても美味しいのよ」
「次は何にしようかな」
 希望は尽きることがなかった。


「これが最後のリクエストね」
 夢は自然に遮られた。
 名前にはまだ水の問題が追いついていなかったのだ。
(もう5年もまともに降っていない)

「さあ、行きましょう」
 僕たちは寒空の下の広場に飛び出した。
 雨乞いのダンスに参加するのだ!

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【創作note】海に行きたい

2021-05-16 10:38:00 | 【創作note】
書きかけた詩は
結ばねばならない

あの時はきっと
触れたかったはず
つなぎたかったはず
抱きしめたかったはず

もうわからなくなったけど
かななのか 数字なのか
言葉なのか 傷跡なのか
愛だったのか 憧れだったのか

きれいさっぱり 消すことなんてできないよ

書きかけた詩は
結ばねばならない

今じゃない

あの時の僕と
答え合わせを




「確信を持って生きられる人は希だ」という話を聞く。
 書くということに置き換えてみると「確信を持って書ける人」もあまりいないのではないか。それは何か安心をくれる。だったら、あまり細かいことは気にせず、自由気ままに書いてみようか。そう思わせてくれるからだ。

 欲張りだからペンがすぐにぶれてしまう。最初に書こうと思ったことが、最後まで維持されることは希だ。
 例えば、業務日誌を書いていても、いつの間にか変なコラムみたいなものが間に交じってしまう。当時は随分酷い日誌を書いていたような記憶がある。ほとんど形だけの日誌だったので、内容にまで深く目を通す人が少なかったことが幸いした。

「なんか面白い」と言って繰り返し読んでくれた田中くんには、深く感謝したい。
 そんな些細な経験が生きる自信にもなる。
 どこかにいるであろう読者という存在は、いつも見失いやすいものだから。




近くしか見ていない

note
スマホ
Pomera
タブレット
Abema
ファイル

一番遠くて天井 
ほとんどが手元しか見ていない

妄想の中では
あの世とか火星とか
遠出しているものの

実物の眼球にとっては
あんまり関係ないか

近所に海辺でもあったらな

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イタチ通りのポリシー

2021-05-15 10:34:00 | ナノノベル
この街にはイタチがいる

猫より速く細く駆けて行くもの
それこそがイタチだ

毎日ではない
忘れた頃に現れるが
出会いはほんの一瞬
彼らは駆けて行く道の途中

猫のようにくつろいだり
振り返ったり
にらめっこしたりしない

いつだって一目散なのだ






「プロデューサー、クレームが結構きてますけど」
「何かあった? そんな数きてんの?」
「2000ちょっとです。流石に無視できないかと……」
「難儀やのー。どないなってんねん」
「居飛車党の一部から、あとエージェンシー方面からも」
「厄介やな。しゃーないわ、末尾で謝罪入れといて」
「そうします」



「先ほど番組内で(いたちごっこ)という表現がありましたが、それに対して多くの厳しいご意見をいただきました。番組ではそれらを厳粛に受け止めて反省すべきは反省し、また改めるべきところは速やかに改めていくこととしました。いたちごっこの言葉自体には特に悪意はなく、いたちの遊びを揶揄したり、かまいたちさんをはじめ、かまいたち戦法を批判するような意図は一切ありませんでした。しかしながら、それが少しでも視聴者の皆様の誤解を招くような可能性につながりかねない表現であるとするなら、そこに改善の余地があると考えます。そこで先ほどの(いたちごっこ)という表現を取り下げ、(微妙な駆け引き)という言葉に改めさせていただきます。番組では今回のような経験を踏まえ、今後はより一層コンプライアンスを重視し、健全な社会の実現というポリシーに則り、すべての皆様が安心して楽しめるような番組作りに努めて参ります。引き続きどうか温かい目で見守っていただきますよう、よろしくお願い申しあげます」

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逃げた魚

2021-05-14 01:15:00 | 夢追い
「まもなく閉店です」
「大丈夫です」
 入ろうとすると女は顔の前に手を広げて止めた。
「もう閉店です」
「空いてるじゃないですか」
 空席を指して僕は訴えた。
「いえ、そういうことじゃなくて」
「あの席は何なの?」
「あれは、未来のためのスペースです」
「というと?」
「私たちはみんな欠けた存在ではないでしょうか。だからです」
 そう言って女は一冊の本をくれた。そこまでされては引き下がるしかない。


 屋上に逃げて主人公はドラキュラのことを思い出す。傘をさすドラキュラ、靴紐を結ぶドラキュラ、テイクアウトするドラキュラ、ATMでキャッシュを下ろすドラキュラ、コンビニ行くドラキュラ、傘を畳むドラキュラ。一度離れてみてわかったよ。どれほどそれを愛していたか。失われたわけじゃない。ただ忘れていただけなんだ。ドラキュラこそが私にとってのハッピーターンだったんだ。

 真ん中まで読んだところで白紙になった。次のページも次のページも、ずっとずっと白紙のままだった。当惑の先に女のほくそ笑む顔が浮かんだ。


「偽本をつかまされた!」

 
 駆け込んだ交番は薄暗くて、干からびた人形がかけていた。
「あと1つなんだけど」
 最後のキーワードが解けないと人形は言いながら出て行った。勝手に忍び込んでいたようだ。
 おまわりさんは戻ってこない。代わりに魚屋さんがやってきた。何かが始まるぞという雰囲気に街の人々が集まってきた。

「どこにでもありそうなまな板ですが」
「何が切れるの?」
 男は人参を切ってみせた。
「他には何が切れるの?」
「何でも切れる」
 男は人参を切ってみせた。

「もっと他にも切れるの?」
「勿論ですよ」
 そう言って男は人参を切ってみせた。
 そうしている間に魚たちは逃げ出して海へと帰って行った。

「普通と違うんですか?」
 誰かが聞くと魚屋さんは鷹になって飛んでいった。

「あれ? これまな板じゃないですよ」
 そこにあるのは恐竜の卵だった。

「早く知らせないと」

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