生まれつき頬に龍を飼っている
そのせいで
家を借りられなかったり
好きな仕事に就けなかったり
入場を断られたり
随分と苦労することもあった
「かわいそう」
なんて言われたりもした
(かわいそう?)
それはあんたの勝手な感情だけど
今夜は誰もが
体に顔に好きにタトゥーを刻む
皆が突然
自分に寄ってきているような気がする
誰も二度見しない
人それぞれの頬にはもっと目立つ
ゾンビ、エイリアン、モンスター……
僕は風景の中に溶け込んでいる
(これが普通ってことなのかな)
今夜がもっともっと
夏休みくらい続けばいいのに
タトゥー・ナイトは一夜限り
明日の朝には
みんな素顔になって
元のところに帰って行く
街いっぱいに傷跡だけをつけて
僕の町にはデパートがなかった
だけど
ばあちゃんの家は
もっともっと田舎だ
もっとご飯が熱い
家が大きい
階段が急
星がいっぱい
サイダーが冷たい
泥棒がいない
だんだん行かなくなった
ばあちゃんの家
ばあちゃんがいた
そして 僕がいるんだね
「もうええわ」
母はそう言って
特別な装飾をしなくなった
「もうええわ」
傘を閉じた。雨はまだ少し降っていたけど、構わないのだ。風呂に入ればいいのだから。じゃが芋を入れる手を止めてしまった。頂上までは行かず、適当なところで引き返した。群衆を見ただけでどこか満腹になる。何度も足を運び試みた説得をやめた。塗り残しがあったけれど、もう4月号がきたから。
「もうええわ」
ローソクは立たなくなった
プレゼントは届かなくなった
おはよう おやすみ おはよう おやすみ おはよう……
色が変わり始めたところで炒めるのをやめてしまう。少し芯のあるとこで煮込むことをやめた。レシピを呑み込む前にピアノの鍵盤の方に惹かれ始める。何度も同じところで間違えた。電話が鳴って音階が変わる。練習はそれっきり。7時のニュースです。食べかけのおかき、半分だけかじってティッシュの上。落ち葉掃除。ああ、降ってきた。
「もうええわ」(どうせなかった話よ)
サンタクロースはこなくなった
お祭りごとはなくなった
餅はつかれなくなった
伝統的形式に蓋をする。底から湧き出てくるような蟻の大群。リーダー格の蟻に説得を試みる。お前が悪い。人が悪い。押し問答では埒があかない。胴体だけでかくて頭なし。だるまは捨てて雪合戦。手袋一つが行方不明。いつからないの? なくした瞬間なんて覚えてない。寒い寒い。窓が半分閉まらない。大丈夫。大丈夫じゃない。凍っているんだ。シュガーはどこだ。ないならないで飲めなくもない。温かければそれでよい。炬燵の線がずっと抜けてるじゃないか。寒い? 寒くない。
「もうええわ」(いつかの思い出があるから)
おやすみ おはよう おやすみ おはよう おやすみ……
余計なことはしなくていい
ただシンプルに繰り返すのだ
「もうええわ」
母はそう言って
みかんを閉じた
おはよう おやすみ おはよう おやすみ
さよなら……
・
しずかに年が明けていた
もうずっと前だろう
サトウの切り餅を手に取って
僕は昔話を思い出している
辛いことがあった時、それを書いておきたいと思う。書くことによって余計に辛くなるとしても、そうしなければ先に進めない。何がどうして辛いのか、どうしてそのようなことになったのか、何がわるかったのかわるくなかったのか、どうすればよかったのか、次はどうするのか。色々と分析して、落ち込んだり、悩んだり、憤ったり、慰めたり、考えたり、励ましたり、苦しい時間であっても向き合って、言葉に残さなければ気が済まない。種々の論点と向き合い、傷を負った分は自分を成長させる糧にもしたい。自分をよい方に持っていきたい。優しくなりたい。もっと強くなりたい。物語の形にしたい。人に伝えられるようになりたい。
人とぶつかって
疲れは溜まる
枠にとらわれて
疲れは溜まる
生きているというだけで
疲れは体の中に
どんどん溜まる
疲れすぎて
壊れてしまう前に
疲れは放さなければ
汗を流して
笑みをこぼして
放たれるものによって
疲れも一緒に放たれる
踊れなくても
笑えなくても
まだ大丈夫
僕らは今夜
ここに詩を放つから
昨日の続きを書くのは面倒だ
書き始めた時の心を振り返らなければ
書き終えたところまでを読み直さなければ
書かれたこととこれから書くことを整理しなければ
そのようなことをみんなして完成させるほどに
これって本当に
「書きたいこと」だったろうか……
(だからこそ書き出したのでは?)
ああ それってもう昨日の自分なんだよ
売場のすぐ横にあるイートインコーナーでお弁当を食べた。「7の数がつく総菜、お弁当は半額になります」えーっ、そんなことが。おばちゃんが気合いを入れて半額シールを貼りつけているのが見えた。シールは事前に購入しておく必要があるのだとか。
お弁当を食べているとお茶が欲しくなった。そう言えばお弁当代を払っていなかった。とりあえずはお茶だ。レジに急ぐ。お茶だけを買ってイートインコーナーに戻る。いや待て、何かおかずが足りないな。総菜コーナーに向かう。広島焼きを持って再びレジへ。
「クイックペイですね」
もう顔を覚えられてしまった。新しいキャンペーンを告げる貼り紙が目に付いた。事前に申請することで1日2品までが半額になるらしい。近所にこんなスーパーがあるとは知らなかった。
イートインコーナーに戻る途中、お腹に振動を覚えた。「未会計の商品が消化中です」腸内センサーと連動して店内のシステムが起動したのだ。警備員をつれてお店の人が駆けてきた。お弁当の蓋は捨ててしまったし、直接みてもらった方が早い。「お願いします」服の上からスキャンしてもらう。「840円ですね」そうだ。半額にならないお弁当だった。伝票を手にレジへ戻る。
「あれ、火の用心の巡回じゃないの?」
カチカチと言うのはどこかで紙芝居が始まる合図だった。
もう2月?
ああ おめでとう言いたかったよ
いっぱいいっぱい言いたかったの
見知らぬ人とハグをして祝いたかった
生きている内にその瞬間は滅多とないんだ
その瞬間しかないんだから
「アレク、ちゃんと起こしてくれよ」
「ぐっすりおやすみになっておりましたので」
「頼んでただろ」
「大変おつかれの様子でしたので」
「グーグル、お前もだよ。言ったじゃん」
「申し訳ありません」
「みんなあれだ。やさしすぎるんだよ!」
「……」
2月?
ちゃんと年をまたがずに節分?
まともに鬼と向き合えるはずがない
ああ この引きずる気持ち……
君たちにはわからないだろう
永遠に
「ヘイ、シリ!」
「はい、ご主人様。ご用件をどうぞ!」
「みんなのやさしさ設定を一つ下げて!」
コンテストに応募する醍醐味は結果を待つ時間の中にある。それはどこか宝くじの購入に似ている。当選確率はどれくらい? 才能は自分の中にある。だから、完全に運命に委ねるのとは違って、ほんの少し期待値は上回っているように思える。錯覚かな?
今日は待ちに待った封筒が届いた。
この瞬間の緊張が恐ろしくて、たまらない。
今度こそ……、もしかしたら……
・
この度はコンテストにご応募いただき誠にありがとうございます。
結果……落選
さて、上記の通りあなた様の作品は落選となりました。
恐れながら、あなたの作品は大変下手くそでした。熱意、オリジナリティー、技術、意外性。何一つ際立つようなところはありませんでした。端的に言うとちんぷんかんぷんでした。誰に向けて書かれたものか、何の狙いで考えられたものか、判然とせずただただ不気味でした。公正な視点に立って読んだ上で、審査員の誰一人として何かを感じ取った者はいませんでした。文章の成り立ちから言葉の選択、言い回しに至るまで、微塵もセンスがありませんでした。一言で言うとデタラメでした。
今回の落選にめげず今後ともあなた様のクリエイティブな活動が続けられますよう願いつつ、落選のお知らせとさせていただきます。
(運営一同)
・
「そっかー……」
少しまとめすぎたということかな。
期待のあとには失望もある。
それもまたクリエイティブを生み出す力に変わるだろう。
殺したい奴がいた。お金さえ払えば請負先は幾つもあった。だが、他人任せにするには積年の恨みが強すぎた。どうせなら、自分の手で決着をつけたかった。死は一度切りだ。憎悪はそれでは足りないくらいにあるというのに。一度の狂気で僕は何を手放すことになるだろう。考えればそれも恐ろしく馬鹿げたことのようでもある。
「いらっしゃいませ。今日はどうされました?」
「はあ、少し」
「ああ、殺気があるんですね。最近多いんですよ」
「そうなんですか」
あまり多くを話す必要もなかった。白衣の男はすべてを見透かしたように、やさしい目を僕に向ける。
「それでは犯行前に計画的に服用してください」
「罪が軽くなりますか?」
「人間性の喪失に比例して軽くなっていきますよ」
効き目には個人差があるらしい。
「完全になくなることは?」
「それは人間性の消え具合によりますね」
消えるほどにいいということか……。
「副作用は?」
「もう戻れなくなります」
即答だった。そこには主語がなかった。
「他には?」
「いえ、特に……」
戻れないのは元々じゃないか。
殺気がさっと引いていくのがわかった。
「いらっしゃいませ」
店の明かりも店員の声も明るかった。
僕は缶チューハイを一つ取ってレジに行った。おでんはみんな売り切れになっている。
「肉まんを一つ」
「ありがとうございます」
正しくお金を使うと清々しい気持ちだった。
この夜の向こうに殺したい奴はいない。
(もう遠い未来に来てしまった)