眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

テキストバルサ

2013-02-27 19:58:59 | 夢追い
 本体についている僕の知らない無数のボタンやスイッチに触れたり、本体の裏にある僕の知らない無数の配線ともつれ合っていた父が、ついにその動きを止めた。集中力が途切れてしまったのか、あるいは少し喉を潤してから、また作業に復帰するのだろうか。何でも父はやり遂げることが好きだったのだ。
「もう駄目だな」
 父が言った。父が駄目と言ったら、本当に駄目なのだろう。
 ステレオはすっかり色あせて、元々あった輝きを失っていた。スイッチが破損して、所々に開いた穴の中を頻繁に虫が出入りしていた。スピーカーの一方は表面がすっかり食い千切られており、中で猫が暮らしていた。前を通り過ぎたり、窓から風が吹く度に、何かのねじや部品がぼろぼろと欠け落ちた。
「今までよく持ったね」
「新しいのを買いに行こう」
 早速、日曜日にでも行こうと言った。

 開始早々にフリーキックのチャンスをつかんだイタリア代表は、ゴール前に集まって作戦を練っていた。キッカーは逆立ちをして、何人かは彼を支え、何人かは彼を審判から隠すように動いた。試合直前の豪雨によって、ゴール前には深い水溜りができており、長身の選手がすっぽり埋まるほどの深さがあった。
「投げろ!」
 そのような声が聞こえた。恐らく声は水の中にも届いたのだろう。
「せーの」
 と声がして、イタリア代表が一斉にジャンプする。
 そうしてできた足元のスペースからキッカーの投げたボールが、突如水中から顔を出す。不意を突かれたキーパーは、慌てて反応するが間に合わず、ボールはネットを揺らした。
ゴール!
 開始早々に決まったゴールが、結局決勝点となって、イタリアが勝利した。
 ドイツは未だ調子が上がらず、ベスト4が出揃った現在もまだ予選を戦っていた。恐らく可能性は限りなく0と思われた。日本も順当に残っていて、トーナメント表を見渡せば、40年前とはすっかり様子が違っている。
「すごいね」
「あと3試合か……」
「寂しいね」
「もう1回、最初からやり直したいね」

 散歩に行くことを告げようと母を探したが、母はどこにもいなかった。
 前方に危険な奴らが見えた。接触が起こる前に犬と急加速して、坂を駆け上がった。もう十分と思う頃に、振り返ってみると、2匹の犬は飼い主の手を離れて猛スピードで追ってくる。特に恐ろしかったのは、白と斑の耳が垂れてやせっぽちの犬だった。
「かわしたのに」
 最初にちゃんとかわしたはずなのに、現実の犬は確かに迫っていた。
「かわしたのに」

 階段の下にぽっかりと開いた空間で、知った顔や知らない顔に交じって着替えた。靴を履き替えて、階段を上がって、ゆっくりと水分を体に流し入れながら体をほぐした。ユニホームに触れている内に、少し前に聞かされたキャプテンの言葉が蘇りはっとなった。
「あっ」
 ユニホームを脱いだ。
「帰る。
チームは解散したんだった」
 近くにいた別のチームの人に聞こえるような声で言った。
「おかしいな。
馬鹿だな。昨日は覚えていたのに……。
明日は行かなくてもいいんだって。自分で自分に言っていたのに。
新しいステレオを買いに行く約束だったのに。
道理でみんな来てないはずだ。
道理で……」
「もういいよ」
 突然、彼が口を挟んだ。
 落ち着き払った声で、言った。
「もう終わったんだよ」

 車窓から見えるのは遥か向こうまで続く川の広がりだった。少しも動かない釣り人たちが、所々に見える。窓辺に立てかけられたタブレットからは、バルセロナの空。見知らぬ異国の隣人が置いたものだ。今は、どこにいても地球の裏側を覗くことができる。他人の画面にあまり干渉しないようにして、僕は手元のテキスト速報に集中した。

イニエスタからパスを受けたメッシがドリブルですすむ。
すすむ。すすむ。すすむ。すすむ。
まだ、すすむ。
1人、2人、3人、寄ってくる。
かわす。かわす。かわす。かわす。

 窓から夕焼けが入り込んでくる。タブレットから、生バルサTVのCMが零れてくる。抑揚のある陽気な声が、即席のディフェンスラインを軽々と打ち破って、ゴールを脅かし始める。

世界中のどこからでも生バルサTVが視聴できます
視聴するにはバルサアンテナが4本必要
あなたも早速明日から生イニエスタを見よう!
生バルサTVを視聴するには3Dバルサメガネが7つ必要

 馬鹿馬鹿しい……。後々、きっと笑い種だ。
 言葉を追っていくだけで、十分だ。

イニエスタからパスを受けたメッシがトラップで1人かわす。
ドリブルを開始したメッシがすすむ。
すすむ。すすむ。すすむ。すすむ。
まだ、すすむ。
1人、2人、3人、寄ってくる。
かわす。かわす。かわす。かわす。
更に1人が、寄ってくる。

 バルサの空を見ないようにしながら、僕はノートに「寄ってくる」と書き込む。
 外国人の視線が気になって、ノートを少し遠ざける。
(わかるはずもないのだけど)

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前説

2013-02-26 19:43:38 | ショートピース
記録的大雪のために「全EUが泣いた」という作品の上映が遅れていた。「それでは映画到着までの時間、ソラシドの漫才でお楽しみください」館内からは「笑わせるな!」と罵声が飛ぶが漫才師にとっては唯一無理な注文であった。ソラシドが登場すると光がスタンドマイクを照らし始めた。#twnovel

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ランニングハイ

2013-02-20 22:00:29 | ショートピース
午後のジョギングは日課だった。(1日地球を5周以上走る人は全く走らない人と比べて風邪を引く率は3割以下とされる)地球を7周して一汗かいたおじいさんが夕食前に帰ってきた。おじいさんはここ50年程風邪を引いたことがない。「この1杯のために走ってるな」台詞も常に同じだ。#twnovel

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カルト

2013-02-15 15:31:38 | ショートピース
彼らは学校と称して四方を高い塀に覆われた箱を作ると教育と称して未熟なものたちが集うように仕向け、指導や体罰と称して汚い言葉を浴びせたり有無を言わさず殴りかかったりした。彼らとは何者だったのかあれこれ考えてもわからない。「解体せよ!」我らは大きな声で叫んだのだった。#twnovel

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山肌音楽堂

2013-02-13 20:37:52 | 夢追い
 どこを見回しても横断歩道はないし、越えていく陸橋もないので焦りが増してくる。暗い道を、四方八方から交差するヘッドライトが照らしている。何車線あるのか、何本の道が交差しているのか。渡らなければ。怖くても、わからなくても、渡らなければならないのだ。素早い猫になったような心境で、ねじ一つを持って僕は意思をかためた。振り返りも、立ち止まりもしない、猫だ。
 ようやく歩道にまでたどり着くと安心して歩き始めた。男の影が近づくのがわかる。徐々にこちらに近づいてくる。進路を変えることはできなかった。男は暗闇の中からいきなり斧のようなものを振り下ろした。ねじ一つを、すっとかわす。男は、この素早い奴にはとても敵わないと思ったのかそのまま去って行った。もしも、もう一度攻撃してきたら、同じようにかわせたかどうかわからない。この先のことを考えると、武術の一つも身につけておかねば、とても安心して歩くことはでない。明るい街に出た。安心が強く深まっていく。朝だった。
 十メートルおきにライブハウスが並んでいる。DJムネノハウス、山肌音楽堂、ELTKING……。

 恐る恐る未知の扉を開いた。想像よりもそこは遥かに落ち着いた場所だった。整然と二人掛けの席が縦に伸びており、夜のバスの車内のようだった。みんな大人しく座っていたが、空席はなかった。真ん中の階段に腰掛けるともう最後の曲だという。入る時間がわるかったようだ。続けて、次の上映はないのだろうか。あっさりと最後の演奏が終わると、カーテンが閉まり、館内が照れくさいほどに明るくなった。今まで気がつかなかったが、無数の人が階段を占めていて、帰り道ができるまでかなりの時間がかかりそうだった。
 帰りたくても帰れない。熱心なファンの合唱をしばらく聞いていなければならなかった。

こんなことなら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

根性なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

戦場なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

   テンパッテ当然   テンパッテ当然
          テンパッテ当然   テンパッテ当然
                 テンパッテ当然   テンパッテ当然

 順序正しく列を作り、人々は弁当が手渡されるのを待っていた。正月らしく河童や鰻といった素材が、係員の手によってそれぞれの箱の中に詰められていく。間違いが起こらないように、中身を確認しながら最終的に人の手に渡る前に、弁当箱の表にその人の名前が書き込まれていく。筆を持った係員が、真剣な表情で一人一人に名前をきいて確かめている。流れる作業をじっと見つめていると、素材の多さに目を奪われて、どれもが自分のものに見えてきてしまう。
「あなたのですか? 間違えないですか?」
 その時、横入りした男が突然名前を言い出したので、前の男と言い争いになった。
「ちゃんとルールを守れ!」
 と正しいことを言った男は、蹴り上げられてのびてしまった。奥から別の係員が現れると正拳を突き出す男の腕をかわしながら首をつかんで投げ飛ばした。周りから拍手が起こり、爆竹が鳴った。獅子の格好をした者が現れて、無礼者をくわえて運んでいった。
「あいつ柔道二段だな」
 のびていた男が回復して言った。
「わかるんですか?」
「俺は空手二段だが、柔道は二級だ」
「柔道の方が強いんですか?」
「そりゃ柔道が強いよ!」

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

 道場には年齢や性別を問わず多くの人が集まっていて、あまりの人の多さに早くも後悔を覚え始めていた。女性の姿も、思っていた以上に多い。ベテランの人に話を聞いていると会費が高くて困っていると言う。月に三万も払わなければならないし、別に遠征費(旅行代)として月に四万かかるのだと言う。それはどう考えても話がおかしい。長く居すぎて感覚がおかしくなっているのだろう。ここは初心者だからこそ言ってあげなければならない。
「そんなのぼったくりだ!」
 教祖の顔色が変わった。
 他にも出てきた不満の声を一つ一つ拾いながら、彼女は費用の必要性や正当性を説いていった。落ち着きの中にも、所々に凄みが利いた声があって、会場は徐々に彼女の作り出す空気に呑まれていくのだった。これが有段者のやり方か……。このままでは、いいことなんて一つもない。
「僕の靴下も濡れている!」
 僕は声を上げた。

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

「本当なの?」
 教祖は熱心に話を聞いてくれた。濡れている靴下を脱いで、籠に入れると新しく支給された靴下を履いた。
「自販機の前を通ったでしょう?」
 歩いた道を振り返ってみると、確かに彼女の言う通り、そこも通った道の中に含まれていた。
「その裏から水が出ていたんじゃないの?」
 そうかもしれなかった。徐々にまたペースを握られているのがわかり、不安になった。
 自販機のところまで戻って、その時ふと足元を見ると、今度は靴下の色が変わっている。
 青だったけど、水色になってる!

 車からあふれ出てくる大家族に行く手を阻まれて、若者二人は進路を変えた。
「ケッ!」
「まあまあ新年じゃないか」
 新年初めの渋滞があちらこちらで目を覚ましている。

こんなことなら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

根性なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

戦場なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

   テンパッテ当然   テンパッテ当然
          テンパッテ当然   テンパッテ当然
                 テンパッテ当然   テンパッテ当然

 硝子に顔をつけてパチンコ屋の中を覗いていた。
 今、その台は全機能が停止していた。お金も入らない。玉も出ない。けれども、おまえはもうかかっているのだと男は言った。
「おまえはもうかかっている」
 ようやく医者がやってきて、台の調子を見始めた。
「どうされました?」
「どうもこうもないよ。見てくれよ」
「かかっていたのですね」
「早く出してくれよ」
「今日は全台サービス中で、お金は出せません。肉の支給になります」
 医者は鞄から豚肉パックを取り出して、台の前に立てかけた。
 男は、あまりうれしそうではなかった。豚肉が、あまり気に入らないのだろうか。

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Happy New year (やまとなでしこ)

2013-02-04 23:23:12 | アクロスティック・メルヘン
「やったね! 当たったね!」
まずは何から買おうか
とてつもない大金を手にして
何からすればいいものか
哲夫くんにはわかりません
種々の願望が競い合って
これというものが現れません

屋根裏に潜みながら
まずは何から手に入れようか
とりあえず
長いトンネルを掘ろう
手当たり次第に掘って掘って
シャンパンを開けようじゃないか!
今夜はパーティーだ

屋根裏に隠れながら
まるでありもしない金のことを思いながら
時が過ぎていきました
何でもいいから空想できればよく
手当たり次第に耽って耽って
深海に潜って行くことが何より
心に良いことなのでした

「やっぱり顔を出したくないね」
「まだ人に会うのは早すぎるね」
「年が明けたばっかりだからね」
「何も考えずに出歩くのは危険」
「敵も味方もなくなったように」
「祝福の言葉を投げなくっちゃ」
「今年もよろしくなんてね」

「ヤモリ300匹分の妖しさだったよ」
「まるでわからないね」
「都会の子には難しかったかな」
「何百匹でも関係ないや」
「手の上には載り切れないってことさ」
「新春よさらば!」
「これこれ」

「優しさならばタモリ40人分だったよ」
「まる40人?」
「当然まる40人だよ」
「なるほどタモリにするとよくわかったよ」
「手に余るあたたかみってことさ」
「新春よあっち行け!」
「これこれ」

「やなんだよー」
「まあ落ち着きなさい」
「ところでおじさんは誰なの?」
「なんとまあ生意気な」
「天界の人か何か?」
「知らない人とあんまり話すんじゃない!」
「ここは月の裏側?」

「やなのかい?」
「まるでめでたくもないのにやだよ」
「逃亡仲間のおじさんだよ」
「何から逃げてきたの?」
「天下無敵のめでたさからだろう」
「新春よ逃げよ!」
「これこれ」

「ヤドカリの話が聞きたい」
「まだその話は早い」
「歳はいくつだったの?」
「何に置き換えればいいかな?」
「手間が増えるだけだよ」
「しかし置き換えなければわかるまい」
「子犬にもわかるようにね」

「椰子の木に置き換えるとしよう」
「また元に戻せるの?」
「時が来ればいくらでも戻せるのさ」
「何に戻るのかな?」
「天が決めた形に戻るだろうさ」
「新春の終わりに?」
「恋の終わりにさ」

「やがて雨が降るのだ」
「待ちましょう。雨を」
「時が過ぎるのは早いものでな」
「夏よ来い!」
「手を振って、さよならするとしよう」
「新春よあばよ!」
「これで幕が下りたのだな」

屋根裏の中に隠れながら
まどろみに似た季節を越えて
遠い昔にいたような気がした
懐かしい人のいる世界へと
哲夫君はもう
新春は去って行ったのだから
木枯らしと一緒に

屋根裏を駆け下りてみると
「まあ、おめでとう!」
と言うではありませんか。
長いようで長くはなかったのです。
「哲夫君、おめでとう!」
祝福の嵐が哲夫君をあたたかく包み込みました。
「今年もよろしくお願いします」

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