眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ご案内します

2010-07-14 15:48:41 | 猫を探しています
 猫の案内本を求めると、店員は「こちらへどうぞ」と言いながら、ものすごい速さで動き出した。駆け足でついていくが、店員は振り返りもせずむしろ追っ手を振り切ろうとするかのように、更に加速していく。あちらへ曲がりこちらへ曲がりするのを必死でついて行くには、もはや全力で走らなければならないのだった。「こちらへどうぞ」けれども、その声は後ろに向かって言うようではなく、遠い先の未来の自分に投げかけているように響く。急に方向転換したところで、僕は思わず滑ってしまい、ついに致命的な遅れを取ってしまった。「こちらへどうぞ」と言う声が、遥か向こうで聞こえる。すっかり僕は離されている。もうすぐ周回遅れのランナーとなって、次々と若い足並みに抜かれていくのだ。けれども、これは一体何のレースなのだろうか……。

 ぼろや食堂の前では子供たちが、次々とシャボン玉をふくらませて遊んでいた。たくさん作ってジャグリングしたり、とびきり大きなシャボン玉を作って中にすっぽり納まったり、どちらのシャボン玉が強いかといって戦わせたりして遊んでいた。その内に1つのシャボン玉が間違って、小さな手を離れて高く舞い上がってしまう。気流に乗ったように浮かれて、誰の手にも届かないところに行ってしまう。僕はそれと手を伸ばしてみたけれど、やっぱりダメだった。
「取って、取って、取ってきて」と女の子が見上げるので、僕はぼろや食堂の壁をよじ登って屋根に上がらなければならなかった。屋根の上には、あの日の店員がいて僕は胸の中で叫び、それから冷静な声を作って言った。
「どうして?」
 案内本はどうなったのかと僕は問うた。けれども、女は、もう店員ではないのだと言う。
「私はもうやめたんです」
「どうして?」
「案内することに、疲れてしまったの。いつもいつもお客様のために案内している内に、気がつくと自分が迷子になってしまったの。あの時は、ちょうどそれを決めようとしていた時でした。ごめんなさい」
「それであの時、あんなに速かったのですね」
 シャボン玉を抱きながら、僕は頷いてみせた。
「尋常ではないと思いましたよ」
 彼女も少し微笑んでみせた。
「おーい! 行くぞ!」僕は巨大なシャボン玉を下で待ちわびている少女に手放した。それは惑星に恋焦がれる生命の欠片のように空から少女の手へと、思い出の気流に乗って降下を始めた。
「猫は……」
 答える代わりに、僕は首をただ振った。
「私は思います」
 彼女は、屋根の下の子供たちにも届くような声で言った。
「すべての言葉に、アンテナを張り巡らせておけば、きっとそれは見つかると思うのです。だって、私たちの世界は言葉でできているのだから」
 そう言って少し照れくさそうに彼女は笑った。笑顔の向こうにすっかり折れ曲がったぼろや食堂の細い鉄屑が、日に当たって光るのが見えた。


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車輪の下

2010-06-11 12:41:40 | 猫を探しています
 車輪の下の辺りを覗き込んで探してみた。いない。次の車輪の下へ移り、探してみた。いない。偶然に見つかったりするのは、お話の中だけなのだ。現実の世界では、都合の良い偶然などそう起こりえない。猫を探しに行く途中で突然に雨に襲われたり、バスと並んでいつまでも走り続けること、そんなことは不可能に違いない。そして、僕は次の車輪の下へ移り、そこに猫がいるかもしれないと思って探した。車の上に、怪しい人影が動いた。
 車上荒らし!

「何をしてる!」
「車上を荒らしているのだ!」
 車の上から、サルは言った。まるで怒っているようだった。
「何を怒っているんだ?」
「車上を荒らしているんだ!」
 サルは、繰り返した。けれども、動かなかった。
「下りてきて話したらどうだ?」
「おまえが上がって来い!」
 サルは、中指を突き立てながら叫んだ。声が金属的に響いた。
「そしたら、僕も車上荒らしになってしまう。だから、ダメだ!」
 と僕は言った。ミイラ取りがミイラになってしまうようにな、と心の中で付け加えもした。

「おまえは誰だ? こんなところで何をしている?」
 サルは、見下ろしながら問いかけてきた。
「僕は、猫探しだ。猫を探していたんだ」
「だったら何だ?」
 サルは、鬼の首を取ったように言った。歯を見せているが笑っているようでもない。
「おまえこそ何してる?」
「俺は、車上荒らしだ!」あまりにも堂々と言った。
「だが、それはおまえの決めたことで、真の俺ではないぞ!
おまえの方こそ、やまあらし、もりあらし、地上あらしだ!
おまえも、おまえも、おまえも、そして、おまえもだ!」
 サルは、車をだんだんと踏みつけながら言った。
「僕は、ひとりだぞ。今ここにいるのはひとりの僕だぞ! 車上を荒らすな! 言ってやるけどよくないことだぞ!」
 呼びかけるように、サルの眼を見つめて言った。

「そこに車があるから、上っただけだ!」
「山に登るみたいにか?」
「そうだ!」
「だが、山に登るのは自然だが、車に登るのは不自然だぞ。とても、不自然だぞ! 下りなさい!」
「おまえに自然を語る資格があるのか!」
「下りてきなさい! 下りて話そうじゃないか」
 だんだんと、首が疲れてきたのだ。それに見下ろされている感じが不快でもあった。けれども、サルは一向に下りてくる様子がなく、一層激しく車の背中を踏み始めた。手を叩きながら踊り始めている。どこかで覚えたタップダンスのようにも見えた。

「楽しいか?」
 サルは答えなかった。背中を向けて踊り始めた。
「でも、車のせいにするなよ!」
 僕は、もう半ば理解を求めることは諦めていた。けれども、一瞬の理解、共感の欠片のようなものが欲しくて言っているだけだった。
「車は悪くはなかったよな?」
「くやしかったら、上がってきて、踊ってごらんよ」
 友達のような口調で、急にサルが言ったので、一瞬馬鹿げた誘惑に駆られそうになった。
「おまえはどうなの? 猫は悪いの? どうなの?
猫のおかげで、猫を探していられるんじゃないの?」
 そう言って、サルはステップを踏むのを止めた。車の上であぐらをかいて、両手の指を組み合わせるとふーっと息を吹きかけた。
「それはそうだけど……」
 予想していなかったことに、サルの言葉の方におかしな共感を覚えてしまう。僕は何だか恥ずかしくなって、サルに背を向けて歩き出した。その時、突然雨が降り出して、僕は走り出したのだった。どこかで短くクラクションが鳴る音を聞いたような気がしたが、それはすぐに雨の音に呑み込まれてしまった。

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ジャンプ

2010-04-05 18:19:41 | 猫を探しています
 子供が近寄ってきて興味深そうに分厚いジャンプに手を伸ばした。
 それは僕のだよと言いかけるが、そんなところに置いておくのがわるい。地べたに置かれたジャンプが僕のであるという証拠もないのだし僕は黙った。
 さほど混んでもいない車内でいつしか僕は立っていて、隣には議員秘書が立っているのだった。秘書は、新しく開発した老人に席を譲るシステムについて熱心に説明してくる。
「スロットを回します。5つの中に当たりが1つ。当たると赤く光ります。当たったら席を譲ることができます。どうしてかというとそうする決心がつくからですね。決断できなければ何もできないでしょう。」
 エスカレーターを上りながら、秘書の話を思い出していた。決心だけか。1Fでまた秘書の声を聞いた。秘書は秘書を連れていた。タクシーを使わないようにと指示を送っていた。
 突然のライトダウン。これもエコだよと秘書の声がする。
 僕は真っ暗になった駅を出た。

 最初の一歩が肝心だが、僕は方向音痴で何もわからなかった。鞄から方位磁石を取り出すと強い意思を見せてNを指した。Wが西部劇だからNは北に違いないと確信して、北を目指した。歩いていくと道はどんどん細くなった。細い道を選んでいるわけでもないのに、道は細くなっていき気がつくと海岸沿いを歩いているのだった。高低差が激しく、重い荷物を持って歩くのはくたびれる。一刻も早く大きな道路へ出たかったのだが、僕の歩いているそこは車も通らない道だった。
 道を間違えている嫌な予感がした。けれども、僕は本部に電話をすることをためらった。なぜなら、ここは僕が生まれ育った場所だからである。右も左もわからないなんておかしいじゃないか、いくらなんでもそれは。そう考えながらも、僕はあれやこれや考えを巡らせていた。生まれたのは生まれたが、育ったのは別の場所ということにしようか。それとも単純にあまりに久しぶりで忘れてしまったことにしようか。新しく生まれた考えを僕は怯えながら葬りながら歩いた。小さな切れ端が、どこでどうつながって秘密の核心に至ってしまわないとは限らない。そんな危険を犯すこと自体がどうしようもなく自分が不甲斐なく思えて嫌だったのだ。今さらどうでもいい秘密かもしれなかったが、守れるものなら守っていた方がよかったし、今になって失敗するのはなおさら不甲斐なく思えたのだった。けれども、同時に少しの疑いもあったのだ。本当はどこにも秘密なんてなかったのではないか、記憶が嘘の秘密を作り出しているのでは。

 昼に向かっていくのか夜に向かっていくのかわからない時間帯だった。手すりのついた細い石段を、いくつも越えていった。浜辺で部活動に励む学生の一団の横を、あやふやな足取りで歩いた。波の音に交じって汗と筋肉が踊る音が聞こえた。風に乗って笑顔の一端が飛んできて、僕の肩にぶつかった。次から次へと僕はぶつかった。ぶつかる度によろけそうになるけど、僕は少しもぶれていないように装って歩いた。
「もっと真面目に……」誰かが勢いのあることを言った。
 自分だけが目標を持たない人間のようで、どこかずっと遠くへ逃げ出したくなった。

 海を見ながら歩いていると、前からスーツを着た2人組が歩いてきた。
「フクオカはなかなか甘くないね」
一人が言った。僕の代わりに言ってくれたような気がした。
 広げた地図を盛んに覗き込みながら、ゆらゆらと歩いてくるくたびれた様子は、慣れない土地に来て迷っていることを容易に想像させるものだった。うれしかった。
「何かお困りですか?」
 想像の中で、声をかけた。想像の中で、道案内した。
「ありがとうございます。おかげで助かりましたよ」
 想像の中で、感謝された。
 その時、僕は思い出したのだ。 僕は、本部とは何も関係がなかったことを。連絡する必要もなく、だから秘密もなかった。目的の場所さえなかった。
 今日の僕は自由だ。 想像の中で、僕は大きく両腕を広げた。
 それから少し、怖くなった。
 依然として、細い道が続いた。



「どうでした?」
フランサの顔が目の前にあった。

「猫は見つかりませんでした。
ただ、自分が迷子になっていたような気がします」

「すべてのヒントが、すぐ答えに結びつくとは限りません。
けれども、それらはどこかで結ばれることもあるのです」

「はあ」
 僕はため息に相槌をかね合わせた。

「それが夢のパワーなのです」

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ぼろや食堂

2010-04-02 17:05:04 | 猫を探しています
 ぼろや食堂の看板は朽ち果てて、傾いている。それを立て直す体力は、もはやこの食堂には残っていない。貧乏灯りがちかちかと止むことがなく、店の中は寂れた空気だけが席を占めているようだった。
「おーい。こんちは!」
「こんちは! こんちは!」
 1度呼んだだけでは無人かと思われるが、5度ほど呼びかけると奥から三角巾を巻いた老婆が出てきた。
「兄ちゃん。元気だね」本当はふらふらだったけれど、元気だと言われるので少し元気になった気がする。猫冷えの体を温めたくてラーメンを頼んだ。

「お待たせ! 札幌八番ね」お婆さんが、何が面白いのか笑いながらラーメンを運んできた。
「一番だけが、偉いんじゃあありません」なおも、高笑いをしながら、お婆さんは幕の奥へと姿を消した。
 麺を啜る音、そして忘れた頃に、時々雨漏りのような音がした。けれども、それは催眠療法師フランサの奏でる不規則なメトロノームの調べだった。


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猫と小判

2009-12-01 13:34:14 | 猫を探しています

「費用はきっちり100万円いただきます。
 猫を探し当てるということは、大変な時代になっているのです」
 お安いものだった。それで猫を見つけることができるのなら、少しも惜しいことはなかったし、その場で払ってもかまわなかった。
「少し考えさせてください」
 僕は、そう言って猫探偵事務所を後にした。100万円……。
 それからずっと、お金のことばかり考えていた。寝ても覚めてもお金のことを考えていたし、時には枕がお金のように見えて眠りを妨げることもあったのだ。猫を探すこともやめてお金のことばかり考えているのだった。だんだんと気が変になりそうになった。猫のせいではなく、お金のせいだった。

 ATMを目指した。けれども、入り口の前には、数字フィールドが張られていた。
 7が危険な角度で襲い掛かってきたので、切り落とした。すると4が上から降りてきて何か怪訝な顔を見せた。無視していると9がのんびりと風に乗ってやってきて自己紹介するので、すぐさま僕は切り捨てた。3と8が挟み込むように迫ってきたので、咄嗟に身を屈めて同士討ちを誘うとそれは巧くいった。その時、9が戻ってきたので僕は一瞬目を疑い、金縛りにかかりそうだったが、どうやらそれは僕の思い込みであり、実際のところその正体は6なのだと思いつくとすっかり冷静になり、9と同じようにあっさりと切り捨てた。一息つく間もなく、2が金切り声を上げながら背後から襲い掛かってきたので、僕はそれを肘で振り払い、地面に落ちたところを踏みつけて粉々に砕いた。2は金属的な音を立てて抵抗したが、やがて力尽きて砂のように散っていった。終わりかと思っていると5が体操をしながら近づいてきて、4の隣に来ると絡み合いいちゃいちゃとするので、僕はその間を引き裂いてやった。けれども、どこからともなく現れた0が、僕の首を締め付けているのだった。気を失いそうになりながら首に食い込む0に手を伸ばすが、0は凄まじい力で締め付けるので、僕はとうとうしりもちをついてしまった。油断しているつもりはなかったのに、どうしてこんなことになってしまったのか……。見失いつつある時間の中で、僕は数々の未練を噛み潰しながら過去の反省を口にしていたのだ。
 どうして、どうして、どうして……。
 その時、天上に天使の姿を見た。見ると同時に僕はそれを打ち消していた。
 おまえなんかいない。本当はいないんだ。本当はいないんだ!「どこにもいないんだ!」
 気づくとそれは、声となって出ていた。首を締め付けるものは、もう何もなかった。声に乗って0は飛んで行ったのだ。
 入り口の前に突っ立っている棒のような数字を押し倒して、中に入った。

「よくぞここまで来ました」
 意外にも、待っていたのは人であった。
「随分と数字に強くなられましたね」
「仕方がなかったのです。ここまで来るためには」
 後ろめたいことは何もなかったのに、なぜかいい訳めいた言い方になってしまう。
「あなたが探していたのはこれでしょう」
 女は、高々と金の斧を掲げて見せた。
「いいえ。違いますけど」
「すると、これでしょう」
 そう言って女は、下ろした手を再び上げた。その手の上には、やはり高々と金の斧があるのだった。
 きっと、そうです言うまで同じように、それは、その儀式のようなそれは続くのだろう。
「間違え、  でした」
 そう言って、逃げるように出た。横倒しになった1に躓いた。1は、コロコロと転げて西の方角を指した。

 これっきりにしようと思った。お金のこと一切を頭の中から追い出して、再び猫のことを考えることにした。
 僕は、猫を探しているのだった。少し遠回りして、僕はまた戻ることにした。


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みんなの同窓会

2009-10-07 16:01:21 | 猫を探しています
「ロンドン支店の方が軌道にのってね、今はこれくらい稼げるよ」
青シャツは、右手を広げた。わっと場が沸いた。
羨望と、酩酊と、豆腐の白さが交じった瞳がゆらゆらと漂っていた。
「へーっ、なかなかこちらには帰ってこれないんだ」
しゃくれが、手の中のグラスに向かってつぶやいた。泡が弾けていく。
「俺は未だに走ってるよ。来年はホノルル。
でもまあ、30までにダメだったら足を洗うよ」
そう言って赤毛は、正座に座り直した。恋人の父に向き合う前のように目を伏せた。

「そうだな。期限はあるよな。やっぱり……」
メタボ予備軍が、口を動かしながら言葉を発した。語尾が消えるよりも早く、肉や魚や豆やキノコや海藻や芋などが、その大きな口の中に吸い込まれていった。続いて出た言葉は、魚に負けて単なる泡にしかならなかった。
「そうそう。でもやっぱり、セサミンは大切」
丸顔は、言いながら鞄を開けカプセルのような物を取り出した。

「で、コウジくんは?」
誰かが、話題を逸らすように僕の方を見た。
(どうして僕の名前を知っているのだろう?)
「訊いちゃまずかったかな?」
黙っている僕を察するように続けていった。
「こいつなんか。
猫ばかり探してるんだって」
誰かがどこかで耳にしたように言った。
「へーっ……」
他に言葉が見当たらないように、誰かが言った。
僕はようやく、口を開くことにした。

「誰か猫のことを知らない?」

誰も口を開かない。
生まれて初めてその言葉を聞いたようだった。
「へーっ……」
再び誰かが言葉を発した。
「その情熱を意味あるものに向ければいいのに」
「そうだよ」
「その通りだな」
「だよね」
「いいこと言うね」
「まったく」
賛同の声で皆がまとまった。
セサミン男だけは、無言で空っぽになりかけた鍋の底を探っていた。

「意味なんて感情に過ぎないでしょうに」
精一杯の抵抗を込めた言葉が、冷たい空気の中に呑み込まれてしまう前に、僕は言葉を呑み込んだ。
そうして席を立った。
どうせ見知らぬものたちの同窓会。
もう、誰も僕のことなど覚えていないだろう。


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台車タクシー

2009-09-30 08:16:23 | 猫を探しています
鉄棒のリターンエースに打ちのめされた僕は、気を失った。
気がついた時、僕は動く空を見つめていたのだった。

「お客さん、大丈夫かい?」
帽子の男が、僕を見下ろして訊いた。
僕は、気を失って倒れているところを、たまたま通りかかった台車タクシーに拾われたのだった。拾われてどこかへ運ばれているのだった。

「どちらまで?」
運転手は、訊いた。
「病院へ行きましょうか?」
運転手は、病院を行くことを提案した。
流れる空を見ながら、僕はそれを否定した。
今日が、晴れの日で本当に良かったと安心しながら。

信号待ちで、運転手は煙草に火をつけた。
「お客さんもどうです?」
とマイルドセブンを差し出した。
僕は、体を起こして台車の上に座り直した。
手を振って、断った。
信号機のメロディーを聴いている内に、色々なことを思い出してきた。


----前回までのあらすじ。
 僕は猫を探しています。
 ポエムバーのマスターはきっと見つかると言ってくれた。
 竹馬に乗って猫を探した。
 恐ろしい風は、馬上の男がラーメンをふーふーしているのだった。
 トカゲ整骨院は、実際はフランサ催眠クリニックだった。
 夢診断の結果、見つかったのは犬だった。
 銀色の犬はライオンで、兄弟はサッカーが下手で、僕も下手だった。
 それから、今日は同窓会に行く予定だったかもしれない。


「同窓会があるんです。そこへ行ってください」
僕は再び、台車の上に寝そべりながら言った。
どこか懐かしい秋の空が遥か上にあった。
それは久しぶりに見たような空だった。

「かしこまりました」
運転手は、台車の角に備え付けられた缶の灰皿に煙草を捨てた。
信号が青に切り替わると同時に、誰よりも早くスタートした。

「最短ルートで向かいます」
恐ろしいスピードで、空が流れ始めた。

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それはライオンだ

2009-09-29 20:52:06 | 猫を探しています
滑り台にのって、一羽のカラスが遊んでいた。
誰もいないのに、ブランコはゆらゆらと宙になびいていた。
ベンチにも腰掛けず、老婆は三角定規のように土の上に座っていた。
膝小僧の上に深い皺の刻まれた指を絡ませ、その視線の先には鳩がいた。
鳩は、仲間同士でおはじきをして遊んでいる。

「猫を見なかった?」

「どこの猫だい?」
忙しい鳩に代わって、老婆が答えた。

「銀色の猫ならあっちだよ」
姿勢を崩さずに、指だけを向けた。
それにつられて、鳩が一瞬首を向けた。けれども、すぐに向き直った。

銀色の猫は、ライオンだった。
僕は、ライオンの口から水を飲んだ。

幼い二人は、ボールを蹴り合っていたが球筋は不安定だった。
逸れる度に、遠くまで走って拾いに行き戻ってくる。
けれども、ボールを蹴る動作は自信にあふれ、口元からは笑みが零れる。
また、大きくパスが逸れて、こちらに向かって飛んできた。

ボールってのは、こうやって蹴るんだよ。

僕は、お手本を示すように、小さな兄に向けてボールを蹴り返した。
それは鉄棒に当たって跳ね返り、僕に向かって返ってきた。
鉄棒に殴られたような、あるいは巨大な隕石が衝突したような衝撃が、僕を襲い、僕は猫のことを忘れた。
僕は、気を失ってしまった。

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一番風呂

2009-09-10 22:01:51 | 猫を探しています
 「トカゲ整骨院?
 いいえ。ここはフランサ催眠クリニック」
 夢診断であなたの探し物を見つけましょう。

 僕は、夢の実験台となった。
 「それでは始めます」
 フランサが、ひらひらと二千円札を動かした。見つめていると様々な疑問が湧いてきて、徐々に夢見心地になっていった。
 「あなたの見ているのは何ですか?」
 「僕が見ているのは、夢です」
 そうして僕は夢を見始めた。

     *

 温まりたく歩いていると声がした。
 「沸いてる風呂にどうぞ」
 するともう一人の声が「沸いている風呂にどうぞ」
 沸いている風呂を探りながら歩くがどれがそうなのかわからない。わかりにくい。どこが銭湯地域でどこが非銭湯地域かなんて僕にわかるわけがない。頭に白タオルを載せた犬の姿が見える。見た目は風呂だが、実際はあっさりしょうゆラーメンのスープかもしれない。ふと見るとおじさんが麺を切っている。しゃっしゃっと湯きりしている。
 「何をしている? ぼやぼやしていると乗り遅れるぞ」
 おじさんが一喝すると、電車の中だった。
 「詰めろ!」
 電車のリーダーが号令をかけて、乗客が一斉に詰まる。
 隣のおばちゃんが、おしぼりだよと言いながら手渡してくれた。
 けれども、それは巻物だった。
 「広げると世界を覆ってしまうから少しずつ広げなさい」
 少しずつ広げると少しずついい香りがして、うとうととした。
 「湯加減はどうだった?」
 「とてもよかったです」なんてことないうそ。

 回ってきた車内販売に少年団が群がっている。
 「お客様は何年生まれでしょうか?」
 「昭和66年!」
 元気に言い放った少年の唇の上では、豊かな髭が蝶のように揺れていた。
 「それでは干支は?」
 「エトーはバルサ!」
 ビール、ビールと手を伸ばすがビールは出てこなかった。
 申し訳ございませんと頭を下げてワゴンは通り過ぎていった。
 「馬鹿! 昭和は64年までだぞ!」
 ゴジラののユニフォームを着た少年が火を噴くと、66年の少年は赤い炎に包まれながら地べたに座り込んでしまった。すぐさま反省の輪が広がった。

 「ゴミを出しに行って、ついでに野球を観にいったの」
 「えっ、キツネだけ食べて帰ったの」
 「人がいない場所に転がせばいいのにね」
 カップルの会話を聞いていると気が狂いそうになり、次の駅で降りようと思った。
 けれども、次の駅になると金縛りで動けなくなった。
 「ぼやぼや病ね」と女が言う。
 「誰か医者を呼んでください!」
 「いるならいると言ってください!」男が叫んだ。

 最終駅で降りた。今日はどこに行っても人がいっぱいだった。
 改札を出ると風呂上りの犬がぽかぽかと近づいてきた。
 巻物を広げると犬は自ら近づいて世界の中に納まった。

     *

 「猫は見つかりましたか」
 「いいえ。犬でした」
 「惜しい」
 フランサは、手を叩いた。

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トカゲ整骨院

2009-08-27 20:06:24 | 猫を探しています
「いいえ。私は演歌歌手です」
そう否定されて、僕は訴えるべき場所を完全に誤っていたことを知ったのだった。
僕は、拳を蟹のように握り締め、ジェルモアはグーを出して勝利した。
ジェルモアは歌いだした。

  いくつもの電車を乗り継いで
  ついでに僕は探しに行くよ
  この世で一つの宝石箱を

  磨きに磨いたこの拳
  失えなかった8月は
  粘土作りの海の家

  あなたはたった一人の街の人
  舞うように迷い込んだ
  恩も義理も捨てていく

  僕は老いてしまった空家の中で
  いつもせっけんの流れを思い出す

  いくつもの電車を乗り継いで
  ついでに僕は探しに行くよ

「あなたも探しているんでしょう」

ジェルモアは突然、歌をやめて言った。

「たったの猫を。
 猫を探すのは、骨が折れるものです。

 トカゲ整骨院に行くといい」

そう言って、ジェルモアは紙切れに地図を描いて渡してくれた。
地図にはいくつものローソン、いくつものAUが目印として書かれ、大きく弧を描いた道の向こうに「トカゲ整骨院」はあった。

「ありがとう。
 間違えたのに。 ありがとう」
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馬上の男

2009-08-22 19:40:28 | 猫を探しています
風が、猫探しの旅の行く手を遮った。
砂嵐が激しく視界を塞いで、平坦な道を恐ろしいこの世のものとは思えない道に変えていた。
「3日待ちましょう」
胸の中で小人がつぶやき、僕はそれに賛成した。
3日の間、地下世界に潜伏し、缶詰を叩いてドラムの練習をしたが、ドラムなどまるで叩いたことがなかかったため、それは思うようにいかず、僕を尚更深く沈ませた。音楽の先生は地下世界には不在で、代わりにいるのは幸福に肥えたネズミばかりだ。僕は鉢植えに水をあげた。
「太陽はどこ?」緑の生き物が僕を見上げ、言った。
3日が経ち、僕は再び猫探しの旅に出発することとなった。

あの恐ろしい風は、完全に止んでいた。
僕は、順調に猫探しの旅に戻ってきた。そうだ、あの音を聞くまではそうだった。

7キロの道を歩いたところで、僕はあの強風の音を聞いた。
奴がきた。再び奴がきた。
僕は、再びこの猫探しの旅が中断することを憂い、またあの地下世界の生活の日々を思い出した。

「暑い時に、熱いものを食べるのもまたよし」
馬上の男は、ラーメンをふーふーしながら、口に放り込んでいた。

ふーん。そういうことか。僕は怒りに指先を震わせた。


「広告機構に訴えてやる!」
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木の目撃者

2009-08-17 18:52:00 | 猫を探しています
 「苦しくはないですか?」
 植木屋は首を絞めながら、囁いた。
 「苦しくはないです」
 「首を絞められるのは、当たり前なのだから、苦しくはないです」
 木は、気丈に言い切るのだった。
 植木屋は、手慣れた様子で木の密生したところを切り落としていった。木は、じっと黙ったまま前を向いていた。植木屋も何も言葉を発せず、一時も手を休めることなく仕事を進めていった。時折風が、木をそよがせたが、植木屋は何も動じる様子をみせなかった。

 「苦しくはないですか?」
 植木屋が、再び首を絞めつけた。
 「苦しくはないです」
 「苦しいのは、当たり前なのだから、苦しくはないです」
 「それは、当たり前の一瞬なのだから……」
 木は、またしても凛とした声で言うのだった。

 「このような感じでいかがでしょうか?」
 「はい」
 木は、鏡にちらりと視線を走らせると頷いた。
 「ありがとう」
 「もうすぐ雨が、私をシャンプーするでしょう」
 「それから風が……」
 「ありがとうございました」
 植木屋は、雨が降る前に木に別れを告げた。

   *

 「植木屋さん、木に友達が多いのですね?」
 僕は、植木屋を追いかけて問いかけていた。
 「彼女たちは、猫のことに詳しいでしょうか?
 猫の居場所について知っているでしょうか?」
 「いいえ。彼女たちはそれほどでもないでしょう。
 いちいち気にかけてはいないでしょう。
 それに、よろしいですか。
 私は植木屋ではありません。ただの美容師です」
 美容師は、前髪をかき分けながらどこかの名探偵のように訂正した。
 「ずっと勘違いした目で見ていました」
 頭を下げて、美容師に別れを告げた。
 木の言っていたように、雨が降り出して、僕は傘を持っていないことに気がついた。それからまた、猫のことを思い出した。

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竹馬からみた世界

2009-07-29 14:49:44 | 猫を探しています
竹馬に乗って猫を探し回った。
1㎝ずつ高さを上げていって、今ではこれくらいの高さの竹馬に乗れるほどになったのだ。
けれども、まだ猫の到達する高さに視線を合わせるにはまだまだ不充分だった。それはわかっていたが、今はこの高さが限界だったし、ひととき前に比べればこれだってずいぶんと高くはなったのである。それでも、猫は高いところにいるばかりとは限らない。それでも、あの猫は高いところが誰よりも好きだったし、今だって好きに違いない。好きなものがずっと好きな猫だったのだから。

「背の高い人おるわー」

冷やかしたければ冷やかすがよい。
それは僕にふさわしい。僕はそれで清々しくさえあるのだ。
竹馬に乗って歩いていると、以前より木が視界に入るようになった。
遠くに見える木々が、そよいで僕を手招いているように見えたのだった。

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ポエムバー

2009-06-16 18:34:10 | 猫を探しています
 壁という壁には誰かが書いたポエムが貼られていた。壁とは呼べない壁、またそれ以外のいたるところにポエムは貼られているのだった。
 「すごいですね」
 「ずっと、昔からのもあります」
 「捨てられないのでね」
 見ると確かに随分と変色したポエムもあったし、破れかぶれのポエムもあるのだった。
 「けれど、もうだめです」
 バーテンダーは、微かにため息を漏らすと雑な手つきでジューサーに野菜を放り込んだ。
 「こんな時代だから……」だめな理由を並べ始めたようだったが、その声はジューサーの爆音によってかき消され僕の理解を阻んでしまった。
 「今日で閉めようと思っていたところです」
 コマツナスペシャルを飲みながら、話を聞いていた。
 「けれども、そういう時に必ず一人やってくるのですね」

 「ありがとう」
 お金を置いて出ようとするとそれでは不充分だと言う。
 「ポエムを置いていってください」
 笑顔で手を振りながら、僕は出ようとしたが、その時どこからともなく風が吹き起こり壁という壁に貼られたポエムを一斉に目覚めさせた。店中のポエムが、横殴りに襲い掛かってきては行く手を阻むのだった。天井から降りてきたポエムが、ドアノブに貼りつきロックをかけた。顔にまとわりつくポエムを、払いのけ丸めて放り投げると、僕は席に戻った。ポエムは静かに自分たちの場所に戻った。

 バーテンダーのくれたペンは、インクが出なかった。こうして振るとまだ出る時があるんですよ、と言いながら振ったがやはり何も出てこなかった。ペンを返すとバーテンダーは、それをポケットにしまった。僕は自分のポケットからペンを取り出した。

 「実は、書いたことがないんです」
 バーテンダーは、詩の薬を調合するように雑な手つきでジューサーに野菜を放り込んだ。

 「あなたのポエジーをひとしぼりしてください」
 そう言いながら、バーテンダーは緑あふれるグラスにレモンをぎゅっと搾り入れた。

 「一行も書けません」
 「一行なら書けるでしょう」
 「一行しか書けないのなら、書いたって仕方ないでしょ」
 「ははーん」
 バーテンダーは、そういうことかという顔をしてみせた。

 目を細めながら、言った。
 「けどね、一行を笑う者は一行に泣くんですよ」

 バーテンダーは窓の外に目をやった。
 「これほどの人が行き交っているというのに、足を止める人は稀だ」
 人の流れを見ようと窓の外を見たが、人の姿は夜に埋もれてまるで見えなかった。

 「僕は猫を探しているんです」
 「だったらそれを書けばいい」

 ----猫を探しています。

 「見つかりますよ」
 バーテンダーは、他人事のように言った。

 「続きはまたいつか書いてくださいね」


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猫を探しています

2009-04-01 16:48:19 | 猫を探しています
 こちらへどうぞ、と無数の手が伸びている。
 手の招く方へと僕の足は伸びていき、そのまま引き込まれてしまうのだった。僕の握った手は、雪のピアスのように冷たかった。
 大通りの真ん中で石とイワシが闘っていて、巻き込まれないように用心して歩いた。石がやや押しているように見えるが、イワシも頑張っていて勝敗の行方は不透明だった。声援の大きさではイワシの方が少し上回っているようだったが、あるいは石と言っているのがイワシに聞こえているという可能性もあった。石がゴツゴツと音を立てんばかりに襲いかかれば、イワシはひらひらと軽やかに流れて石の思い通りにはならない。石が剛だとすれば、イワシは魚のようだった。
 雨がスライムほどの勢いで降っていた。
 僕はしばらく足を止めて、二人の対戦を見守っていた。自分自身それほど興味があるわけではなかったが、大勢の人が夢中になって応援している様子を眺める内に、人々の関心が自分に移っていくようだった。それは流されているのかもしれなかった。
 石は今度はムシに変わっていて、イワシの方はチャカシに変わっているのだった。石を応援していた者はそのままの流れでムシを応援するのが主流であったが、中にはチャカシの華麗さに魅せられて寝返る者もあった。けれども、応援者の態度は気まぐれで、最初からあちらについたりこちらについたりとふらふらしている者もあれば、どちら側にもつくことなくただ応援しているという態度の者も見受けられた。

 「ゆでたてのタコはいかがかな?」
 頭にタンバリンをはめた青年が、突然勧めてきたのでもらうことにした。青年は300円と言い残し消えてしまった。
 雨はとっくにスライムに変わって降っていた。
 僕の隣には、腕立てをするデコがいたのだ。
 「どうです? 速いでしょう」デコの腕立てはどんどん速さを増して、その内に静止しているように見え始めた。
 ムシはあらゆる科学者たちの言葉に耳を貸さない優雅さで立ち回ると、チャカシは笑ったり怒ったり聞いていたり聞いていなかったり、踊ったりピョンピョンしたり、そうかと思えばこれはどうかと思える動きをしたりと、あらゆるまやかしをも凌ぐ華麗さでムシを幻惑しにかかるのだった。そして、ムシはその強い耐性で持って凌いでいても、観客の何人かはその幻惑にかかりその場で気を失って倒れるのだった。ムシについている者たちがより多く倒れているようだった。

 「ムシの勝ち! 決まり手は出ずっぱり」
 デコがしゃしゃり出ながら、決まり手を告げるとすぐさまチャカシが反論した。
 「俺もずっと出てたじゃないか」
 みんなの拍手と、強まったスライムにチャカシの声はかき消されてしまった。気立てのいいデコの言葉には、誰もがみな賛成するしかなかったのである。ただ一人僕だけは、ゆでたてのタコを食べていないということが気にかかり、公共広告機構に持ち込むことを決めていた。
 拍手は、いつまでも鳴り止むことはなかった。鳴り止む前に僕は歩き出したのだ。

 「猫を探しています」
 動物案内所の窓口で、居眠りをしている受付を起こして尋ねた。
 「ここは動物でねえ。
 猫というとまた別なんですねえ」


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