襟が飛び立った後の首回りはどこかめりはりがなくて寂しいものだった。繰り返されるハリネズミとの借り物競走の中では、足りないものを一つも補充することはかなわなかった。なりふり構わずできるものは一番強いのだ。たよりのないマリモが語っていたのは本当だった。水たまりを見下ろしていたら、すっかり首が疲れてしまった。
傘を天に突き刺したまま颯爽と通り過ぎていく自転車の力強さを、しゅんさんは羨ましく眺めた。疲れる。魔界の闇に、職員室のドアの開閉にさえも、すっかりと疲れていたのだと振り返る。誰かと顔を合わせれば、その瞬間に疲れが湧いた。膨大な資料が積み上げられた机の前に、座り続けていたら、夢でも見たくなって、自分の願望と押しつけられる職務との間、ああ、何だか疲れてしまった。一時も、気が抜けない。
お祓いの館を目指しながら、名もなき喫茶店までたどり着く。ドラッグストアの前の小道の水たまりはすっかり静かになって、もう誰も傘を開いて過ぎる人もいない。昼間の会話を思い出すと、疲れがわっと押し寄せてくる。天気の話、それも今日と今夜のものだけでなく明日も明後日も、一週間後の月曜日の天気まで持ち出して、それから月見うどんの話、おにぎりの話、昨日もその前にも聞いたような話に、合わせようとすると疲れが押し寄せてくる。
ロドリゲスの話、上の句の話を、本当はしたかったのに、職員室の中には、話せる人はいなかった。だから疲れる。話せることがあって、話せる人の不在が。
たまった疲れをポイント交換しなければならなかったが、コーヒーを飲み尽くす頃にはすっかり疲れてしまった。再び傘を構えた人々が小道に帰ってきた。変な天気ですね。帰りかけていたのに、帰るという道が消えて、また一気に疲れが押し寄せてきた。閉ざされた部屋の中では、話せば話すほどに自分の話したいことからは遠ざかっていく。自分の言いたいことと、伝わっていることはまるで違う。疲れ、戸惑い、傷ついてばかり。
時計の針が余計なことをして一日をたるませた。わけもなく駆け上って得るものもなく駆け下りる。セルフタイマーの昼が溶けるともう夜だった。叫ぶ声は聞こえない。模型の街は余計なエキストラを排除して、セルフの明かりだけ、ばかばかしいほどの明かりを放っているのだった。
疲れはまだ残っていた。
疲れている時は多くのことを誤るのが常だった。三階を四階に思って足を止めてしまうこともある。鬼の角を天使の輪のように思い、気安く話しかけてしまったりもする。思われて鬼は、戸惑いを隠せない。遙か先に見える笑い、人とは違う顔色、背中につけた棍棒、みんな隠したい。気づかれてしまう前に、目の前にある鬼の角を、鬼は何よりも早く隠したいと思う。けれども、天使の輪だと思われたそれを、どのように隠せようか。それほど器用な生き物であったなら、既に鬼ではなかったに違いなく、隠そうとしても隠せない角を携えた存在こそが鬼の正体そのものであった。最も危険で鋭利に伸びたその先に、憧れを抱かれた鬼の顔が見てみたい。そして、そのような気持ちへと傾いた自身もまた、随分疲れ切った状態にある。確信を持って、しゅんさんはそのように思った。
疲れはオノマトペを打ち壊していくもの。すれすれのカードを切れば、ポロポロのコートの上に降り注いで、てっきり賢者は悪びれることのないじゃがれ声で妖しい言葉の一つをかけて、聞き耳を立てた猫の耳をひょんひょんと立たせた。
「どつかれさまです」
かんかんと見透かした猫が言った。
こつこつと続けることはそれなりに疲れる。こそこそと疲れを隠そうとするなら、それはよそよそしく疲れを増幅させるだけである。もっさりと傾いた時代の中では、疲れた者ばかりを狙う闇の商人たちが暗躍し、開いたばかりの傷口に食卓塩を振りかけようと待ちかまえているところだった。
「恋するもやむなし」
しゅんさんは猫に答えた。疲れていれば、それも仕方のないことだった。
坊ちゃんが本気を出しても彼にとってはその度合いも含めて興味の対象にならないと言えた。前売り券は生まれる前から余っているというのに。何時間も早く現地に乗り込むことに普遍的な意味を求めることに正当性はないのかもしれない。本気の知らせを小耳にも挟むように何度かの試みも小石に炎と言える無関心を維持していることは羨ましくもあったのだが。驚きの対象がそこに用意されているというのに、指一つ動かすことがないという。猫がヒットを打っても驚かずに、夜の深まりに乗じて爪を切り始める。
「カール。今日は詩人さんと一緒じゃないの?」
「そんなことよりビール、ビール、ビール、ビール!」
坊ちゃんの本気如きより、求めるものは泡の如くあるという。突然ポールに聴きしびれている。ちょうど3年前には毎日のように流していたその時には、何も関心を示さなかったのに、突然今になって、「やっぱりいいものはいいから今も流れるんだな」としみじみと語られてもどういう相槌を打てばいいか困り果てて、疲れ果ててしまう。疲れることは傷つくことと同じなのだ。
ビール、ビール、ビール、ビール!
思わぬ贈り物。それは曲がり角に現れた猫でなければならなかった。毎日、毎日、顔を合わせて、仕草も性格も好物もわがままもすべて知り尽くしているような猫であってはならない。その瞬間まで猫とも動く物とも予期できなかったもの。
「ほら、空に」
「虎かい?」
「ほら、もっとよく見て。あれは虎じゃない」
「ゆらゆらとして、村みたい」
「違うよ。村じゃない。そんなにまとまってはいないよ」
「もう一度トライしてもいい? 時間はあるの?」
「ある。スライド式にあるよ」
「あれはスライムだね」
きらりとした回答は腐乱した会談の後を駆け抜けるチャラチャラとしたマラソンランナーのように光った。
「違うよ。あれは未来からの贈り物だよ」
「だったら、それは雪だね」
「ああ、そうだよ。ようやくたどり着いたんだね」
その時、ラジオからホイットニーが流れた。