眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

最後の一口

2025-02-12 21:17:00 | ちゃぶ台をひっくり返す
 最後の一口を楽しみにしていた。それは希望そのものだった。つまりは力の源ということだ。おじいさんはお椀に顔を寄せた。そして、豚汁の中に残った最後の一切れの豚肉を、箸でつまんだ。その瞬間、おじいさんは受け入れ難い現実に直面した。そうだ。すべてはおじいさんの夢だった。耐え難い裏切りにおじいさんは我を忘れてしまうほどだった。

「こりゃ玉葱じゃないかーい!」

 叫びながらおじいさんはちゃぶ台をひっくり返した。希望が大きかっただけに、自らをコントロールできなくなっていたのだ。何事かと周囲の人々がかけつけた。それ以来、おじいさんは大層危険だとされ、国家機関の厳しい監視の目が向けられることになった。

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マウスタンゴ

2025-01-24 00:43:00 | ちゃぶ台をひっくり返す
 部屋の中にまで容赦のない冬が押し寄せていた。頼りのエアコンを動かす手段は、リモコンしかない。しかし、どうしたことかリモコンの中は空っぽだった。ちょうど引出に残っていた電池を入れ込もうとして、おじいさんは顔を曇らせた。

「4じゃないのか?」(ならば5ということか)

 心配はいるまい。電池なら引出の中に腐るほど蓄えがあったはずだ。単2、単3、そして鬼のように蓄えてあるのが4だった。まんべんなく揃っていなければ意味がない。多様性が確保されてないじゃないか。この役立たずの引出めが!
 おじいさんは激情に駆られてちゃぶ台をひっくり返そうとした。
 その時、ちゃぶ台の下に黒く走る影のようなものを、おじいさんは見た。小さな勇者がおじいさんのピンチを救うために、駆けつけたのだった。マウスは自らのお腹の中を割って見せた。

「僕のを使いなよ。おじいさん!」

「お前、これは4なんだよ」
 お前のも4なんだよ。

 むしろそれでよかったのだともおじいさんは思う。マウスの頭を撫でながら、おじいさんはもう一方の手で善意の腹を閉じた。

「そうとも。セブンにでも行くさ」

 何か美味いもんでも買ってくるさ。






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爆走おじいさん

2025-01-10 00:23:00 | ちゃぶ台をひっくり返す
 横断歩道の前に立ち止まったおじいさんを無視するように、車はスピードを落とすことなく走りすぎた。

「透明人間かい」

 おじいさんは、自身の存在に哀れみを重ねみた。その時、おじいさんの体は無意識の内に走り出していた。エンジンは燃えるような怒りだ。目にもとまらぬ速さで車道を突き進むと交差点を4つ越えた先で、ついにその標的を捕らえた。車体にとりついたおじいさんの姿を見ると、ドライバーは驚いて窓を開けた。おじいさんは、すかさず先の横断歩道の件について問い詰めた。

「渡る意思を確認できなかった」

 男は苦しげに答えた。元から確認する意思などなかったからだ。
 おじいさんは、免許証を取り上げると男の車をひっくり返した。おじいさんにとっては、それが今日のちゃぶ台だった。

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ちゃぶ台の用心棒

2023-10-25 00:33:00 | ちゃぶ台をひっくり返す
「ごめんくださーい!」

 声を張り上げても返事はない。鍵は開いているのだから、当然誰かいるものだろう。そう思っておばあさんは顔を突き出して何度も呼びかけてみました。

「ごめんくださーい!」

 これはいったいどういうことだ。おばあさんは玄関先に膝をつき、家の奥にまで届くように問いかけました。

「誰か、誰かいますかー?」

「誰かいませんかー?」

「ごめんくださーい! ごめんくださーい!」

「いるんですかー?」

「もう、お邪魔しまーす!」

 事態を打開すべくおばあさんは玄関を越えて前に進みました。全くなんて不用心な家だ。
(私が代わりに留守番でもしてなきゃ泥棒にでも入られるだろう)
 居間まで来るとおばあさんは善意を持ってちゃぶ台の前に腰を落ち着けました。その時、ちゃぶ台の上には、これでもかというほどの調味料が立ち並んでいました。おかげで本を広げるスペースもないほどでした。おばあさんは念のため各調味料の賞味期限をチェックしました。

「切れてるじゃないか」

 これも、これも、これも、これなんか……。
 その1つはもう5年も前に切れているのでした。そんな調味料の集合を見ている内に、おばあさんの体から得体の知れない怒りがこみ上げてきました。(不在者へ? 孤独へ? 時の早さに対してか? あるいは、そうしたいずれかが交じり合って湧いてくるものか)不確かなだけあって抑えようもないものでした。

「ヌウォーオーリャーァアーーーーーー!」

 おばあさんは、思い切ってちゃぶ台をひっくり返しました。

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