眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

アート・オークション

2022-10-28 04:57:00 | ナノノベル
「40万!」

「45万!」

「250万!」

「3万!」

「80万!」

「90万!」

「32万!」

「落札!」

 その辺のおばさん作『値引きを待つ三毛猫』を落札したのは、ビジネスマン風の男だった。オークションはすぐに再開される。

「100万!」

「150万!」

「2000万!」

「3000万!」

 流石は人気アーティストの作品だ。価格があっという間に跳ね上がった。

「5000万!」

「800万!」

「300万!」

「260万!」

「落札!」

 一時は夢のように跳ねたが、結局は落ち着くところに落ち着いた。神出鬼没の近代画家ウェルチェ・ジョンソンの作品『通り雨と壁際の魔術師』は260万で取引が成立した。

「15万!」

「落札!」

 謎のモダン・アーティストとして人気のトミー作『ジャズピアニストの覚醒』が即決した。いよいよ僕の作品の出番だ。

「200万!」

「250万!」

「400万!」

 商店街の外れで開かれるゲリラ・オークションは誰でも参加することができる。高ければ必ず落とせるというものではなく、運営が相応しいと決めたところで落札が決まる。そのシステムは謎のベールに包まれている。瞬間的とは言え高い値がつけられるのは、作者の立場としては悪くない気分だった。

「1000万!」
(ここで決まれ!)
 そう思う瞬間は、だいたいあっさり過ぎていくものだ。

「1300万!」

「750万!」

「200万!」

「5000万!」

「お~!」

(決まれ!)

「900万!」

「50万!」

「55万!」

「55万5千!」

「55万6千!」

「55万7千!」

「300円!」

「落札!」

 『微細な喜び』の落札が決まった。わかっていたこととは言え、なぜここなんだという気持ちがしばらくは尾を引く。もやもやと共に新しい作品の中に身を投じる以外にすべきことは見当たらない。他人の評価と運によって浮き沈む。それが今を描くという生き方だった。

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友達対局

2022-10-25 05:03:00 | 夢追い
 決勝戦はたっちゃんとの対局になった。大優勢を築いてからのたっちゃんの指し回しの緩さときたら目を覆うばかりだ。彼女ができてから棋風が変わりすぎじゃないか。あんなに尖っていたのがうそみたい。まあそれでたっちゃんが幸せならば別にいいんだけどさ。厚みは崩壊、攻撃は空回り、あれよあれよという間におかしくなって、大駒4枚は僕のものになっていた。控えめに言って必勝形。だけど、よすぎると逆にどうしていいかわからない。決め手がみえないとだんだんと焦ってくる。(本当に必勝?)遡って形勢判断、自分の棋力に疑いの目が向かい始めるともう相当に危うい。

 たっちゃんは盤上に無造作にボールペンを置いた。盤の周辺が急にざわついたような気がした。ボールペンが盤上に新たな角度を生んで錯覚を生み出しやすくなっていた。筋違いにいたはずの角が今は55の位置にまで戻っていた。棋譜を手元に引き寄せて何度も確認する。そこに未来の解答はない。

 記録係に新しいお茶を注文する。鞄から丼を取り出した。僕は開き直って鮭茶漬けを作った。盤の前で食べる茶漬けはまた格別だな。

(これがひねり出した一手!)

 悠然と構える棋士を前にして、普通ならどうなるか。こいつにはかなわないな……。きっとそうなる。
 たっちゃんのあきらめを待ちながら、僕はサラサラと流し込んだ。

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夏の忘れ物

2022-10-22 06:39:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
Aメロでドキュンとなった詞を抱く9月の君とサンボマスター

(折句「江戸仕草」短歌)
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名プロデューサー

2022-10-20 02:41:00 | ナノノベル
 価値観の相違を突いて赤と黒はぶつかっていた。ゆるゆるとした論客たちに握られて緑は折れそうだった。現代詩の歪みに引かれて青は迷子になりかけていた。ミミズの散歩と揶揄されることも日常だった。

「1つになろうよ」

 右脳に現れたコンダクター。あなたは透明なケースを用いて分解寸前だったものを見事に束ねてみせた。それは単なる喧噪を未知の創作へと変えるほどの一撃だった。あなたを父と呼ぶことにしよう。

 父の功績は語り尽くせぬほどあった。見て見ぬ振りをして過ごす奴。知らんぷりをして笑っている奴。人の振りを真似て自分の手柄にする奴。死んだ振りをしてすべての野生をやり過ごそうとする奴。寝た振りをして自分だけ指名を逃れようとする奴。わかった振りをして何もわかってない奴。そのすべてを見過ごすような父ではなかった。

「1つになろうよ」

 厄介な振り子たちを束ねると、父はパフォーマンス集団を作り上げた。ばらばらに振る舞っていた者たちは、父の提案の下で秩序と法則を学び始めた。反復によって美しく身についた振りは誰かを陽気に導くこともできる。そう気づき始めてからは加速をつけて飛躍していくばかりだった。かつては厄介なだけだった振り子たちは、いつでも人々を笑顔にするようになった。けれども、笑顔の裏で泣いている者の存在に父は気づいていた。街を飛び交うのは神出鬼没の小皿たちだった。

 チャーハンは人々の手を開きっぱなしにして生産性を極端に落としていった。餃子は高い中毒性を持ち人の上に立つと王のような顔をしてみせた。唐揚げは街のコンビニに容易く侵入しては日常から支配を開始した。天津飯はゲリラ雨と交じり合って道行く人に脅威を与えた。チャンポンは無限の器の中に未知の素材を要求して徐々に人々を無気力にしていった。春巻きは春夏秋冬に伸びきって多くの浪人を生み出した。フライ麺は天空にまで網を広げて忙しい渡り鳥たちを大混乱に陥れた。彼らの本当に恐ろしいところは、どれだけ道を外れても何とも思っていないところだった。

「1つになろうよ」

 父は大国からシェフを招いた。どれほど身勝手な皿もその豪腕から逃れることはできなかった。すべての皿は大人しくシェフの長く突き出た帽子の下に引き寄せられるとショーウィンドウの中に納まった。
 日曜日の午前、早くから多くの人々が行列を作って開店を心待ちにした。店の前には祝福の花輪があふれ、各国のダンサーたちが喜びに舞っていた。

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荒天(~銀冠の復活)

2022-10-13 03:28:00 | ナノノベル
 天の気まぐれに対抗しようとしてさした折り畳み傘は15センチしか伸びなかった。叩いてみても無理に力を込めても、どうしても駄目だった。どこかにのびしろを置いてきたのだろうか。気が動転した時は、あり得ないような記憶も掘り下げてしまう。

「もう捨てれば?」
 代わりの傘をさして帰れと女は言った。置き傘はいくつもあったけれど、僕は気がすすまなかった。

(させないことはない)

 委縮した傘を突き上げて帰り道を歩き出した。普段と同じように普通に雨は凌げそうな気がした。すれ違う人の視線にも特に違和感は感じなかった。少し歩いたところで腕が痛くなった。ずっとまっすぐにさしているからだ。寝かせたり傾かせたりすることができない。やはりいつもとは違って、さし方のバリエーションがなさすぎた。
 突然、天空からの攻撃が激しさを増した。とんとんと歩が上から連打する。角銀が斜めから急襲してくると思ったら、続けて二枚竜が横から襲いかかってきた。もう腕がつりそうだった。陣形に隙ありとみてかさにかかって攻めてきたのだ。

(投了もやむなし)
 一瞬、あきらめの霧が頭上を覆った。

 傘の柄に左手を添えたその時だった。
 今までどこかに隠れ込んでいた傘棒が伸びた。同時に僕の手も伸びて自由が利くようになった。あきらめはどこかに消え、頭上には強固な銀冠の守りが復活した。封じられていた飛車角銀桂が駆けつけて大さばきを開始した。もう怖いものはなくなった。

(攻防ともに憂いなし)

 振り飛車陣の理想型を前にして、敵は既に戦意を失っているようだ。
 香は一つだけ浮き上がり、余裕で空をさした。

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ライン虫(夜明けの詩)

2022-10-06 05:16:00 | ナノノベル
 悪夢から醒めた時、太陽はなく真っ暗な倉庫の中だった。交信はなく、さほど空腹でもなかった。覚えがないというだけで、きっと長い罰の中にいるのだろう。闇を見続けている内に、徐々に目が慣れてきた。

「思ったほどじゃない」

 来た瞬間はそう思えただけだった。真っ暗でもなければ、倉庫でもないのかもしれない。あらゆるものに輪郭があることがわかると、生きている世界に手触りがあるように思えた。少し歩き回る内に、すぐに本は見つかった。
 手にした時には恐る恐るだったが、開くと少し心地よかった。覚えることには戸惑ったが、覚え始めるとくせになった。

 ラインを引くとパッと明るくなった。光の周りで何かが舞った。虫だ。ラインを引く度に虫たちがついてくる。まるで指揮者になったようだ。覚えることが多すぎる。大事なことがあふれている。記憶に定着させるためには、ラインを引かなければならない。目の前を通り過ぎて行くだけでは不安だった。しるしをつけなければならない。感覚に残る仕草こそが証になるのだと信じられた。

 ラインを引く毎に虫が舞った。それは学習の証明でもあった。輝きは夜にしか見えないから、虫たちは光に飢えている。大事なことがわかり出すとより細かなところも大事なように思えてきた。ラインは伸びて厚くなり、また虫たちの数も増してその舞もより流麗なものに映り始めた。光を放つ本文よりも時にはその周辺に揺れる存在の方が、明るさを増して見えることがある。虫たちにはどう見えているのだろう。作られた集合は容易く解けない。見つけた光は捨てられないからだ。学びほどに永遠を欲しがるものがあろうか。いくらあっても足りないように足りない。

 ページが尽きる前にカーテン越しに朝日が学習を断ち切った。虫たちは蛍光色の夜と共に消えてしまった。床に落ちた活字は、学習の残骸ではない。それは虫たちが置いていった詩のようだ。まだ少しだけ熱い。

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