眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

きっと私じゃない

2021-06-29 10:55:00 | 短い話、短い歌
過度な期待は重たい
過大な評価は息苦しい

「せっかくですが……」

「十大だったら考え直していただけますか」

「いいえ、それでもやっぱり」

(日本五大ロッカーにあなたの名を)

 それは寝耳に水の話だった。他にもっと相応しい方がいくらでもいらっしゃる。私などまだ駆け出したばかり。少し目立ったくらいで勘違いすると酷い目にあう。いったい誰が私で納得するだろうか。私は次回作で壊れるかもしれない。壊れなければ開かれない風景もあるとするなら、輝かしい冠は足枷にもなる。今だけの名声が一生の財産に変わるとしても、私にはむしろ自由の方が必要だ。名もなきロッカーの魂を持ち、私はずっと燃えていたい。

「断ったんだって?」

「当然です」

「あなたにこの国は狭すぎるようね」

「そんなんじゃないですよ」

「いいえ、きっとその方がいいわ」


注目のホットチャートを抜け出して君が炙った五目チャーハン

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マッチング・エラー

2021-06-28 21:19:00 | 短い話、短い歌
 あなたは頑なにちがうと言う。IDもパスワードも合っているのだ。一字一句誤っていない。わざわざ真っ赤になりながら「ちがいます」と告げてくる。まちがっているのは、あなたの方だ!
 今日は歌の約束があるのに。ずっと門前払いされ続けている、これは何かの罰なのだろうか。きっと扉の向こうでは待ちくたびれて……。

「あの人今日は来ないな」
(確か約束してたけどな)

 何かあるのかな。きっと色々あるのだろう。
 人には色々あるものなんだから……。


指先で僕を認めて引き入れた歌の世界は人影疎ら

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今日の口

2021-06-27 10:38:00 | 短い話、短い歌
 昨日はチャーハンを買いに行った。一昨日チャーハンが食べたかったことを覚えていたからだ。
 今夜はコンソメスープが飲みたくなった。こういう時は家にポタージュスープしかないのだ。味噌汁の類は鬼のようにあるのに、コンソメスープは1つもない。突然、恋しくなるから困るね。


予告なく湧き出してくる恋しさが君の不在を知って広がる

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チョコレート鍋計画の解明

2021-06-26 10:37:00 | フェイク・コラム
 冬は気がつくと鍋をしていた。温まるやら美味しいやら簡単やら色々とよかったのだ。夏になると鍋をすることはまずなく、冬の間に買い込んだ鍋出汁の類が余って少し賞味期限が心配だ。

 鍋があれば肉や野菜やキノコや豆腐やとごちゃごちゃと何も考えずに入れてしまう。挙げ句の果てにはうどん、さらにご飯とお腹パンパンになってしまう。夏は思考力も鈍り、素麺などシンプルなものを好むようになる。今度は栄養不足が心配なので、冷蔵庫の中にはチーズや竹輪、かにかまなどタンパク質を取れるものを入れておきたい。

 最近のかにかまはほほ蟹だとも聞く。かにかまはそれだけでも美味いが、小松菜などちょっとした野菜とごちゃごちゃしても美味しくいただくことができる。

 ラーメンならラーメン、丼なら丼、昔からシンプルなものが好きだった。コラム・エッセイ、囲碁将棋、それらは仲間としてくっついているのだろうか。
 短歌って、俳句って、川柳って、何? 少し興味を持った人に詳しく語るのは面倒くさい。まあ、歌ですわ。わびさびですわ。
 川柳が苦手だった。ぐいぐいと来る感じが合わなかったのだ。サラリーマン川柳と聞くと逃げ出すようにしていた。今はそうでもない。むしろ俳句よりも身近に感じる時もある。季節と共に人も変わっていくようだ。

 日本のドラマは季節の節目に生まれ変わる。
 中でも人気は刑事・探偵ドラマだ。探偵がとんちを利かせ見事に事件を解決に導く。その安心感こそ愛される秘密ではないだろうか。

「謎はすっかり解けましたよ」

 探偵の自信に満ちた文体が好きだ。
 正直な話、細かい内容まではちゃんと聞いていない。ずるずると素麺を啜る音に交じって、着実に事件は解決へと向かっていく。


「あなた方は前もってスポーツの枠組みを変えることを計画した。それに合わせてあたかも水が流れるように、自分たちの鍋に客を放り込むことに成功した。ここまでくればあとはちょっと細工するだけです。

肉だ魚だ葱だ白菜だ水菜だ小松菜だ豆腐だ椎茸だエリンギだブナシメジだと徐々に具を増やしていった。一旦入れることを決め込むと考える隙を与えずに、どれだけ入れるかというテーマに変えていったのです。
ぐつぐつと煮込むほどに香りが立ち上がり何が何やらよくわからなくなっていく。

頃はよし。
あなた方は密かに温めていた別枠・トッピングという概念を取り出して、チョコレートを放り込んだ。既に上限が決まっていたはずの器の中にまんまと溶かし込んでみせたのです。巧妙なのはその手順でした。

最初からチョコレートだけを放り込めば、誰だって顔をしかめる。反発は目に見えています。一般的な下地を敷いてあたかも事が終わったようにみせて安心させ、タイミングをずらすことによって所期の狙いを実現させたのです。これが五輪の鍋計画の全容でした。
皆さんお味はいかがでしたか」


 探偵が話す間、関係者たちはチーズのように固まったまま動かない。一番の見せ場に対しては邪魔をしない。それが刑事・探偵ドラマにおける黄金の法則だ。高い緊張感が保たれた中をずるずると素麺を啜りながら楽しむ。それが夏のドラマ観賞の醍醐味ではないだろうか。


「ふっふっふっふっふっ……、
 すべてお前の妄想ではないか」

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熱湯会議

2021-06-25 10:27:00 | ナノノベル
「マスク入浴法案についておたずねします。
顔を洗ったりする時、どうするのでしょうか。
具体的にお答えいただきたい。
入浴時においてまでマスクを着用する必要が本当にあるんでしょうか?」


「マスクの紐というものは、耳にかけることによってマスクが安定するように設計されています。マスク耳かけ運動において我々はその部分を徹底的に対策してきたわけです。そのせいで耳にたこができるとも言われました。

お風呂というのは、古くから日本人の心身を癒してきたものです。湯船の中にゆっくりと肩まで浸かり今日という一日を振り返ってみれば、人それぞれに思うところがあるんじゃないでしょうか。

汗を流して駆け回ったこと、猫とにらめっこをしてくたくたになったこと、行列に並んで貴重な野菜を手に入れたこと、とりとめもない話をして先生に怒られたこと、伝説の魔女を探して迷宮をさまよったこと……。人の数だけストーリーは存在します。

42℃の湯船の中で人生を見つめ返し、風呂上がりに、腰に手を当て牛乳を飲めば、ゴクゴクと音がします。それは自分自身に打ち勝った証ではないでしょうか。

ああなんて美味いんだ。
牛乳は美味いじゃないか。
人生は捨てたもんじゃない。

そのような身近な感動をすべての人に与えたい。
貴族が何だ、スポンサーが何だ、そんなものは何の問題でもない。
スポーツだけが特別に偉いのか。私はちっともそんな風に思わない。
今日ここにある日常を守りたい。ただそれだけが私の願いなのです」


 その後、会期は延長され今日も深夜まで文字通りの熱い議論が続いている。先生たちは腰にタオルを巻いて湯船に身体を沈めていた。勿論、顔には正しくマスクを着用の上だ。「茹で蛸になるぞ!」野党から激しい野次が飛ぶ。眠っているような者は一人も見当たらない。
 銭湯国会は日本史に残る死闘となった。

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noteを離れてよかったこと ~遅れて響き始める言葉

2021-06-25 01:09:00 | フェイク・コラム
 少し留守にすると訪問者は途絶え、人々の関心はその場に限ったものと知る。
 700日ばかり続けていた毎日noteが切れて、少し肩の力が抜けた。張り詰めていたものから解放された気がする。続けている間は気づかなかったが、時間に追われているのは確かだったのだ。

(昨日まで頑張ってきたのだから今日も頑張ろう)

 日々続けることは有効なモチベーションにはなる。
 しかし、ルーティンが強すぎると優先順位が傾いてしまう危険性もあるのではないか。僕はいつも心のどこかでnoteの更新が途切れてしまうことを恐れていたのだ。人が倒れたり死んだりしても、どうにしかしてnoteを開かなければ……。今思えば、そんな必要はどこにもない。(ほとんど馬鹿げたことのように思える)でも、続けている間は、どこか本気だった。一日離れたことで、少し冷静な距離を保てるようになったと思う。

(昨日しなかったのだから今日も別にしなくてもいいや)

 そうしてだんだんとnoteから離れていくことも自由だ。
 noteを開かなくていいならば、その時間を何か別のことに当てることもできる。空を見上げ、アイスを食べ、YouTubeを眺め、スムージーを飲み、街をぶらぶら歩き、たんたんとpomeraを叩いて空想に耽る。noteのために縛られていた時間を、新しい他のことに有効活用することもできるようになる。そして、またふとした拍子にnoteに帰ってきてもいい。
 その時には、前よりも新鮮な気持ちでnoteと向き合うことができるだろう。ある場面では意外な驚きを持って見られる可能性もある。毎朝鳴いている鳥よりも、半年に一度飛んでくるフクロウの方に注目してしまうことはよくあることだ。

 決めたからには何が何でもというスタンスにはどこか恐ろしさも感じる。
 命というのは、平穏な日常があってこそのものではないか。日常が壊れかけた世界のどこに安全や安心を見出せるというのか。大きなことだけを口にしてディテールに一切触れようとしない人はどこか信頼できない。多くの犠牲を前提として開かれなければならないnoteはないはずだ。


(エッセイは名の通った人の書いたものがよい)
 どこかで自分もそのように誤解していた。小説でもエッセイでも全然そんなことはないのだ。小説はどこかに導かれていくという感覚があり、時によっては警戒して読めない場合がある。エッセイはもっと肩の力を抜いて楽な姿勢で読める。エッセイにはエッセイの魅力があるに違いない。

『いやいや私はその辺の普通の人が書いたエッセイが好きなんだ』

 これは僕が数年前にnoteを読んでいる時、偶然目にしたある人の言葉である。
(誰だったのかはもう思い出せないけど)
 僕がエッセイを書こうとするのも、その言葉が心のどこかに残っているからかもしれない。その時には、それほど深くは受け止めなかったが、どうやら今頃になって響き始めたようだ。

 僕も、
 どこかでそのような存在でありたい。
 

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国道レース

2021-06-24 08:19:00 | 短い話、短い歌
 思うままに野原を駆け回っていた頃は、怖いものなんてなかった。いつでも自然を友とし、風を味方につけていたのだ。結ばれる手はあっても、自分に牙を剥くようなものは存在しなかった。恵まれた環境に気づくこともなく、時がすぎた。初めて都会に出てわかったことは、友を見つけることの難しさだった。気づいた時には、激しい競争の渦に巻き込まれていた。

「お兄さん後ろ」
 馬上の僕を見上げながら店の人が言った。
「えっ?」

「矢が刺さってますよ」

 またか。さっきから何者かに追われているような気がしたのだ。しかし、分厚いリュックが我が身を守ってくれた。

「ありがとうございます」

 番号を伝えてたこ焼きを受け取った。熱い内に届けることが、現在の僕の仕事だ。危険が多くても今は前に進む以外にない。僕らは人馬一体となって国道に躍り出た。




突き刺さる背中の痛み保証なき馬主となって我が道を行く

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捨てる男 ~ミスタッチ・ブルース

2021-06-24 03:29:00 | 短い話、短い歌
「せっかくですけど」
 そう言って機会をドブに投げ捨てる。

 好意は素直に受け取らない。物心ついた頃から、ずっと曲がった信念に支配されてきた。また次がある、まだ大丈夫。どんなチャンスも余裕でドブに捨て続けた。慣れてしまえば、後先を考えて思い悩んだりするよりよほど楽だ。気づいた時には、自分自身ドブの中を歩いていた。これが今まで僕がしてきたことか……。
 足取りは重く、抜け出す術は見当たらない。もしもあの時、あいつのくれた助言を軽く拾っていれば、僕の周りはもっと多くの声で賑わっていたのかもしれない。今はただそこら中にくすぶっている未練の切れ端を拾い上げて、小さな歌にしてみるのがやっとだった。それでは聴いてください。



『ミスタッチ・ブルース』 


粉末のスープを捨てて冷やし麺


サービスのわさびを捨てて本わさび


情熱はレシート風に飛んでいく


延々とケトルの下の入門書


開封後一口食べて期限切れ


100億の読みを切り捨て第一感


どフリーでふかすシュートは雲の上


恋文を捨ててプライド・キープ・ナウ


ゆで汁を捨ててパスタはまだ硬い


冷房に震えて被る冬布団


結末を一行残し半世紀


1グラム余して捨てるプロテイン


ミスタッチばかりで凹む90分


期限切れクーポンだけを持っている


ランニング帰りに一丁みそラーメン

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ねんねん妨害

2021-06-23 06:50:00 | 短い話、短い歌
「お前たち人間は、
時間という観念の中で万年を過ごす。
自らが生み出した観念の中で雁字搦めになって、身勝手な取り決めと煩悩の間で、金品を食らう。手にもつかめぬものに、大仰な観念を取って付け、豆を食らいローソクを立て、やれ向こうに行け、やれおめでとう、やれやれお茶をくれなどと、我が物顔の振る舞いが止まらない。お前たち人間の未来それは、むにゃむにゃ……」

「ああ猫さま、どうかその先をお教えください」
「わしもう寝んねん」
「寝ないでください! もっと教えてください」

「時間という観念の中の革新的テクノロジー。観念に煩悩を着信のイデオロギーが秋の味覚が大喝采。実際に観念に雁字搦めの工事中、ここは通れません。通り抜けできませんって、誰に言うとんねん。時間という観念に溺れては万年を過ごす。これ、そこの兎、大人しゅうせい。魔性の観念に疲れてはつかず離れず、上ロースのライセンスを取得の天狗めが。もうええかな、寝んねん、寝んねん」

「猫さま! もう少しお聞かせください」

「小賢しい人間の狢たちが。時間という観念を持ち出しては茶番劇の万年を過ごす。情念は十年に溶けず、かたや焼きそばは十人でも待たす。これいともどかし。秋は十五夜ふかしお芋の恋しさは千年枕の金平糖。採点は満点か冬の星座が天然水、得てして魚肉を食らえば、やれ収穫だ、やれ年の瀬だ、やれ大変だ。時間という観念を背負ったアンカーが草履を履いて師走の運動会。指をくわえて静観する一大事を笑い飛ばして、いかにも時間とは観念のきなこ餅とはどやねん。むにゃむにゃ」

「ああ猫さま! お教えください! 人間の運命は」
「寝んねん。わしもう寝んねん」
「おやすみ前のひと時だけでも、どうかお恵みください」

「お前たち人間は、時間という観念を練り上げて、待ちわびて忍び、落ち延びて寝ころんだ。観念という水脈の中に思索を広げては、情念を大根に煩悩を竹輪にして煮込みの友と呼んだ。忍びが投げる手裏剣が柿色に染まる時、自ら仕込んだ観念の愚かさを知るものであるが、小さな風は気晴らしにもなるし、歌として冬を包むこともできたのだ。人間という地面師が月を根こそぎ持ち去ろうとしても、美しい花は観念の中に埋没していることを選ぶのかもしれない。だから、もういいかい。時間という観念の中で万年を過ごす。むふゅー」

「ああ、猫さま! 私たちはどうなりましょうか」
「寝てんねん。もう無理やねん」

「その先の未来は?」
「寝んねん。もうええやん。お前もねえや」
「猫さまー!」




その節は墾田永年看板屋
終電はけてここで寝んねん
(折句「そこかしこ」短歌)

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カイトヘ飛ばせ

2021-06-22 10:59:00 | 短い話、短い歌
 おじいさんは山に芝刈りに、おばあさん川に洗濯に……。そんなのおかしいと言って君は出て行った。私は布団の中に潜り込む。方法は違うけれど、お互いにとっての旅だった。たくさん眠るほどに遠くへ行った人に会うことができる。そこには忘れかけた何かが残っていて、失われた自分を取り戻すことができる。

(何も置かないでください)
 貼り紙の効力は半月ばかり続いた。
 新しい作業スペースの誕生。しかし、いつまで経っても何も始まらなかった。仕方なく地べたで泣いている手荷物は多くあった。閉店が決まると次々と処分品が集まってきてスペースを占領した。いつの間にか、あの貼り紙も姿を消していた。そして、もうすぐ私たちも……。

「もしも明日オリンピックが開かれるとしたら、何の問題もなく開かれるものとお考えですか?」

「外出そのものは悪くないと聞いております。まずは若者と酒類の販売に重点を置きながら、広く専門家の意見も聞いて様々な観点から総合的に判断した上で、できる限り早急に人流の抑制に努めて参りたい……」

 消してくれ!
 メルヘンの奥に足を踏み入れていた君が、今はいちばん近くにいた。倉に眠っていた絵画を売りに出すと、それなりの額になったようだ。君はその中に実験的に1つの自作を交ぜてみたのだが、それは50円の値がついた。君はいったい何に怒っていたのか。まだ途中だった多くの作品を一度に捨ててしまったのだ。

 君が絵を持って行ってしまったので、私の詩は頭を失ってしまいました。今は文字だけ。それは孤独になったという意味です。

「着飾っていなければ見つけられない」

 私はそれを信じているわけではない。
 だけど、失った何かは大事にしていたものだった。




愛してた脈に流れる詩を切って
夜行列車のカイトヘ飛ばせ

(折句「あみじゃが」短歌)
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【コラム・エッセイ】温かいのは最初だけ

2021-06-21 12:06:00 | フェイク・コラム
温かい内にどうぞ!」

 まさにその通りである。温かいものを温かい内に食べる。それが温かいものを食べることの醍醐味である。そのためには食べることに集中しなければならない。食べている途中で食べていることを忘れたり、また他のことで夢中になりすぎてしまっては、その間に温かさが失われていくことになる。そうなっては後の祭りだ。温かかったのはもう過去のこと。冷たくなったものを食べることになってしまう。
 誰にでもできそうなことであるが、忙しい現代社会においては、これがなかなか難しい。いざ温かいものを食べようと構えている間にも、スマホが光り何かが更新されたことの通知が入る。反射的に手が伸びれば最後、SNSの世界に魂を奪われなかなか抜け出すことができなくなってしまう。そうなっては後の祭りだ。せっかくのもてなしも台無しである。そのような結果にならないためには、身近な誘惑に打ち勝つだけの集中力が必要である。


 温かい内に食べたくてもできないという人もいる。猫舌の人などは、少し冷めてから食べるくらいがちょうどいいのではないだろうか。温かいから温かい内に。一般的には喜ばれることかもしれないが、すべての場合にそれが当てはまるとも限らない。中には冷めた後でも、意外に美味しいというものもある。そういう場合は、そこまで急いで食べる必要はない。
 温かいものの代表と言えば、ラーメン、うどん、チャンポン、中華そば、タンメン、もやしそば、鴨南蛮そば、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、広島焼き、オムライス、ハンバーグ、シチュー、チャーハン、オムハヤシ、石焼きビビンバ、たい焼き、今川焼き、豚汁、ホットコーヒーである。


 温かいものを食べると体を内側から温めることができる。これは当然と言えば当然である。それ故に温かいものが最も人々に好まれるのは、寒い冬の間である。
 冬の代表的な料理と言えば鍋ではないだろうか。鍋が料理と聞いて腰を抜かす人がいるかもしれない。しかし、心配は無用。鍋そのものを食べるわけではなく、実際には鍋の中に入るものを食べるのである。鍋は中に入るものを温めるための道具であり、大切な手段を担うのだ。ぐつぐつと煮え立つ鍋は冬の大将軍であり、その発言力は部屋をも温めてしまう力を持っている。これは鍋の暖房いらずと言われることもあり、鍋の魅力の1つと言えよう。


 温かいものを食べると心まで温かくなるような気がする時がある。体が温かいものを欲している時、求めているのは心かもしれない。体と心はつながっている。今、僕がこうして色々なことを妄想できているのも、体が存在しているからに違いない。
 温かいものも、眺めている間にだんだんと冷めていってしまう。
 冷めていくのは、食べ物だけだろうか。


 最初だけ温かい。あなたはそんな人に会ったことがない?


 初対面ではすごく穏和そうな人だったのに、働き始めると急に当たりがきつくなってくる。距離がある内は優しかったのに、一緒に暮らすほどに冷たく変わっていってしまう。本当はその逆の方がいいのではないか。最初は怖そうな人に思えたが、長く時間を共有してみればその人のよさがだんだんとわかってくる。(ずっと変わらず温かいまま。それが本当は一番だろうか)
 ドラマなどでもそういうのがいい。いい奴に見えて悪人だったり。悪人と思われたのが、実はヒーローだったり。逆転のドラマが好きだ。


 コーヒーを4、5口、口に運ぶとだいたいいつも「温かいのもこれで最後か」と思う。そこから先、僕はほとんどコーヒーの存在を忘れて、疎かにしてしまうのだ。コーヒーを向いているのは席に着いてから最初だけで、後はPomeraの次元に入って行くことになっている。

「もったいないな」(せっかく温かいのに)

 Pomeraのいない世界で、僕はいつかコーヒーを飲んでみたい。

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スタッフを探せ

2021-06-20 11:10:00 | 短い話、短い歌
 身近なスタッフを見つけて話しかける。好印象を与えることが最初のステップだ。スタッフというものは、だいたいそれらしい格好をしている。正しく観察すれば、見つけることは難しくない。

「あっ、スタッフさんですか?」
「何か?」
 よいスタッフというのは反応がスマートだ。今日は幸先がよい。

「ご苦労様です。ちょっとお話書いたんで、よかったらみなさんにも紹介していただけますか」

「ほー、お話ですか。それは猫の写真とかはあったりします?」
「いいえ、文字だけです」
「そうですか。それでは今度機会がありましたら……」

「ありがとうございます!」

 気に入ってっもらえるかはわからない。とにかく今は一人でも多くのスタッフに当たることだ。スタッフを見つけては積極的に声をかけ続ける。それだけが私の小説作法だ。現在のところ他に手段は全くない。

「すみません、スタッフさんですか?」
「どうされました?」
「ご苦労様です。新しい小話ができたんで、もしよかったらみなさんにも紹介していただけるとうれしいのですが」

「小話ですか。それは猫の写真とかも出てきますか?」
「いいえ、文字だけです」
「そうですか、わかりました。機会がありましたら是非とも……」

「ありがとうございます!」

 猫を探しているスタッフが多いことはわかっている。私だって猫は好きだが、私の家に猫はいない。妄想の中で猫と戯れることはできるが、それを表現するのは文字でしかない。どこまで伝わるだろうか不安は多い。

「あっ、スタッフさんですよね」

「いかにもそうですが」
 中には少し横柄な感じのスタッフもいるが、選んでなどいられない。

「ご苦労様です。あのポメラのエッセイがあるんですけど、よかったらみなさんに紹介とかしていただけます?」
「何? わんちゃんですか」
「いいえ、その、キングジムのpomeraなんですけど……」

「えーっ、文字しか出てこないの」
「はい。文字だけです」
「ふーん。(文字ばっかりかいや)まあ一応お預かりしときますね。それじゃあ、仕事がありますんで……」

「ありがとうございます!」

 ああ、これは望み薄だな。悲観している暇があったら次のスタッフを探す方が、まだ発展的だろう。過去ばかりを振り返るよりも、小説というのは先へ進むべきではないか。私にとっての未来、それはスタッフを探すこと。

「すみません。スタッフさんですか?」
「いいえ違いますけど……」

「すみません。間違えました」

ま・ぎ・ら・わ・し・ーーーーーー

 違いますけど……
 何? 怒ってるの?
 何か言いたげな感じ

違いますけどーーーーーー

 どこがスタッフなの
 もっと人を見る目を養った方がいいんじゃないですか
 とか言って追っかけてきそうだ。
 一刻も立ち止まってはいられない。
 躓きは成功を向いたスタートラインだ。

「あのー、スタッフさんですか?」

「はい?」

 はい?
 こいつも偽物か……。




凛として立ち凛として商品に触れるあなたはフェイク・スタッフ

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お目覚めシュート

2021-06-19 10:39:00 | 短い話、短い歌
「あなた熱すぎて疎ましいの。私たちはクールな歌会だから」

 クラスタに属するのは得意じゃない。
 独りで落ち着いてコーヒーを飲もうじゃないか。
 誰にも邪魔されない時間。それこそが僕の望むもの。

「当店のどんなアイスティーも、お客様の熱を下げることができません。お引き取りを」

 そんな……。
 僕の望みは温かなコーヒーだった。
 まだ行くところはある。
 世界で一番心地よく迷子になれる素敵な場所が。

ピピッ! ピーーーーーーーーーーッ!

 店員が僕の額を光で撃ち抜いた。
「申し訳ございません。
 当書店のいかなるホラー小説をもってしても、
 お客様の熱をお下げできません。
 さようなら」

 すべての希望を失って街をさまよい歩いた。
 たどり着いた病院の先で、僕は倒れた。
 もう、これで終わりだ。
 目を閉じれば再びかえってくることはできないだろう。

 遠退いていく意識の向こうに、ホンダ・カーブの影を見た。
 どうして、ここにいるの?
 僕はスタジアムの袖に伏せながら、白熱の試合を眺めていた。
 ホンダ・カーブの強烈なシュート!
 目覚めた瞬間、背中に羽が生えている。
 僕、鳥に生まれ変わったんだ!


一閃のシュートに打たれ生まれ出た人生はゴールへ向いた旅

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思い出の魔女

2021-06-18 21:24:00 | 短い話、短い歌
「安全安心という言葉、これは「あん」と「あん」を取ってつなげると「ぜんしん」という言葉が見えてくる。これは無意識の内に刷り込ませる意図があったのでしょうか。また、ここまで徹底して韻を踏むというのは、音楽業界を意識してのことか。2つの熟語を執拗にくっつけることの意義はどこにあるのか。明確に端的にお答えいただきたい」

「今から50年前、あれはまだわしが子供の頃じゃった。テレビでオリンピックの放送をやっておった。あの頃のテレビと言えば随分と重たかったもんじゃ。後ろの方が出っ張って運ぶとなると大層難儀なことじゃった。外国人選手たちとの球際の激しい競り合いはとても印象に残っておる。ご飯を食べながらかじりつくようにテレビを見ておった。おかずは確か梅干しと芋くらいじゃったかのう。世界基準の素晴らしい技術を見る内に、わしはすっかり虜になったもんじゃ。ああ、サッカーがしたい。でも、ボールはない。なくてもしたい。思いは募るばかりでの。その時じゃった。どこからともなく魔女が現れたかと思うと梅干しの種にサッとパウダーを振りかけたんじゃ。するとそれはサッカーボールに変わったのじゃ。それから兄と二人で時の経つのも忘れて遊んだ。兄はとてもボールの扱いが上手で、わしは一度も勝てなかった。十年後、兄は単身オランダへ渡りプロのサッカー選手になった。そのような夢と感動を今の子供たちにも伝えてあげたい。スポーツはどんなドラマよりも素晴らしいもんじゃ。いずれにしろ、組織委員会と調整した上で総合的に判断されるものと考えています」

「ねえねえ、ばあちゃん、魔女っているの?」

「ええ、魔女はいるわ」

「どうすれば会えるの?」

「お利口にしてたらきっと会えますよ」




無回転ボールに乗って飛んで行く魔女は令和のファンタジスタ

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飛翔の棋士

2021-06-18 09:32:00 | 将棋の時間
 座布団の上で冒険を待っている。行き先は私の一存では決められない。
 待つ時間は相手の手番であり、私の時間でもある。
 ご飯が炊けるのを待つ間、ご飯の時間であり私の時間でもある。雨が上がるのを待つ間、雨の時間でもあり私の時間でもある。
 棋士が漕ぎ出す船を待っている。本当の強者は手番に関係なく手を読むことができるが、私はどうだろう。読み以前に、空想に耽る時間も大事にしたいと思う。私は扇子を開き、空想に風を送った。

 仕掛け前の腰掛け銀をみながら、私はいつかの猫を思い出していた。下校途中に気がつくと後ろをついてきていた。不思議な猫は誰のものでもなく、しばらくの間みんなの人気者だった。雲が流れ、煙が漂い、炎の中からサムライが現れた。時代劇だ。ばったばったと悪を斬り捨てて行く。サムライは個であって普遍でもあった。刀が鞘に収まってエントランスに猫が現れる。猫は人目を忍んで金銀に近づいたり離れたりを繰り返す。
 腰掛け銀をみていると、様々な風景と変化を想うことができた。想うところがある限り、読む材料には事欠かない。

「指されました」
 空想の庭から戻ってくると、何か指されたようだ。
 思ってもいなかった手が、盤上に現れている。
 横から眺める時間は絵画のように動かないのに、自分に突きつけられた時間は激流のように落ちていく。
(もうゆっくりしていられなくなった)
 私は大きく扇子を広げて肩にのせた。
 これが私の翼だ。
 さあ、どこへ飛ぼうか。

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