眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

鶴への恩返し

2024-09-23 18:15:00 | リトル・メルヘン
 傷ついた鶴を助けたことなどすっかり忘れていたが、美しい女が訪ねてきたので、私は快く家に入れた。
「あの時の恩を返しにきました」
 鶴は女の体で言った。
 贈り物をしたいので仕事場を1つ貸してほしいという。そして、自分が仕事をしている間は絶対に扉を開けてはならないと言った。
「約束してください」
「わかりました」
 そして、鶴は女の体で食事をしたり雑談をしたりする以外の時は、仕事場にこもって作業をした。そんな日々がしばらく続き、私はもやもやした気分だった。

 ある日、私は誘惑に負けて扉を開け、そして見てしまった。鶴は自らの羽根を抜きながら着物を編んでいたのである。その表情はどこか恍惚としたものに見えた。約束を破ったことがばれたらえらいことになる。私は鶴に気づかれないように、そっと扉を閉めた。
 後日、女は完成した着物を広げ私に見せてくれた。私はそれを初めて見たように大げさに驚いてみせた。
「ありがとう」
「これで私の仕事は終わりました」
 そう言って鶴は女の体で帰って行った。

 せっかくの着物だったが、私はそれをどこか気持ち悪く思い、オークションに出品した。まずは2000円から。
 10分と経たない内に、値段は1万円につり上がった。3万、10万、30万、40万……。どこまでも上がっていく。私は気分が悪くなって、出品を取り下げた。
 夏祭りの日、私は初めて着物に袖を通した。ちょうどよかった。肌触りがよく、どこかよい香りがした。
 私は誇らしかった。
 今度もし鶴に会ったら、心から礼を言おう。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

空も飛べるはず(マイカーライフ)

2024-09-19 22:58:00 | 短い話、短い歌
 青いドットが空を輝かせる。青はいつまでも青のままだ。車社会はどこへ行ってしまったのだろう。おじいさんは懐かしい歌を思い出すように、あの頃のことを頭に浮かべてみる。空想を遮るような奇声はいつもの侵入者だ。
「しっ!」
 邪魔者のない駐車場を心行くまで駆け回る猫たち。時には敵と、時には友と、時には風のつくり出す魔物たちを追って。愛情をみせるでもなく、おじいさんはただ追い払うのみだ。
「遊び場じゃないぞ!」
 猫はおじいさんの威嚇をいつも甘くみている。慌てて逃げ出すようなことはせず、駆けっこが一段落してからゆっくりと散っていくのだ。


「これはどういうことだ!」

 ある朝、おじいさんの駐車場が高級車いっぱいに満たされていたのだった。それは奇跡のような光景にみえた。
「おばあさん……。これは?」
「あら、忘れたの? 夕べおじいさんが描いた絵じゃないの」
「そっかー」
 空いたスペースをキャンバスにして自分の理想を描いてみたのだ。描いている時には夢中だったが、一晩寝るとすっかり忘れていた。一台一台が光ってみえる。だが、銭にならない。1円にもならないじゃないか……。
 相変わらず猫たちはやってきた。高級車の上をお構いなしで駆け回って、自分の庭のように振る舞った。
「こらーっ!」
 猫への愛情が芽生える様子はみられなかった。

「すごい値がついたわよ!」
「何だって、おばあさん」
 おばあさんがネットにあげると高値がついた。
「おじいさんのポルシェ、2万円よ!」
「本当かね、おばあさん」
「すごい! すごい! 売れるわよおじいさん!」
「だけど、おばあさん……」
 突然、おじいさんは顔を曇らせた。
「売れたところで絵の車じゃ動かせないじゃないか」
「大丈夫よ!」
 心配無用とおばあさんは笑っている。
「おじいさんの車なら、空だって飛べるわよ!」


春めいた涙の上がる店先に
スケートボードキャットの帰還

(折句「ハナミズキ」短歌)








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

判定は喜びの後に

2024-09-11 21:55:00 | ナノノベル
(ベンチに座ったり立ったり。グラブをつけたり外したり)
 そんな面倒くさいことは他の奴に任せておけばいい。僕は最後に決定的な仕事をするだけだ。ここぞという時に、監督は僕の名を告げる。最大の信頼に応えるための準備は整っている。
 塁を埋めたランナーたちが帰る場所を求めた時、ついにその時が訪れた。軽く素振りを済ませると僕はバッター・ボックスに入った。投手はストライク・ゾーンにボールを投げ込んだ。そこで勝負ありだ。的確にミートした打球はぐんぐん伸びて軽々と外野を越えた。たった一振りで人々に最高の興奮を届けられることが証明された。

ホームラン♪

 さよならのランナーのあとに迎え入れられた僕は、主役として胴上げされた。今日もヒーローは最後にやってきたというわけだ。スタジアムの観衆も拍手と歓声をもって僕を称えている。ありがとう、みなさん。みんな愛してます。この喜びの余韻を皆で分かち合いましょう。この喜びはきっと明日を生きる支えにもなるし何よりも……。

「バッターアウト!」

 野球はまだ終わっていなかった。審判が突然さよならを引き戻したのだ。まさか、こんなことがあるなんて。喜びに浮かれていたスタジアムが静まり返った。主審がマイクを握りしめている。

「ただいまのプレーについてご説明させていただきます。ピンチ・ヒッターの放った一振りはバックスクリーンを直撃しております。一見したところでは申し分ないホームランに見えましたが、精査の結果により一本槍打法に使われた槍が、ルールに違反していることが判明いたしましたのでホームランは取り消し。1回の表からやり直しとさせていただきます」

「退場!」

 主審に退場を宣告されて僕は大いに狼狽えた。今夜最高の主役を、いきなり戦犯に引きずり下ろすとは、とても正気の沙汰とは思えない。

「先に言えよ!」
 そうだ。ルールならば最初から決まっていたはず。全部の結果が出てから口を出すなんてアンフェアだ。あの喜びはいったい何だったんだ……。

「退場!」
 長槍にも怯まず主審は繰り返した。

「時間を返せ!」








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゼロ同期

2024-09-05 00:39:00 | リトル・メルヘン
 突発的なエラーが起きて自分の中がゼロになってしまった。もう1人の自分に会うために職場に向かうとちょうど銀行に行ったとこだという。ATMで自分を捕まえて同期を図る。
「しばらくそのままでお待ちください」
 同期が完了したが、僕はまだゼロのままだった。キャッシュカードが返却口で悲鳴を上げている。残高は0になっていた。何かがおかしい。何者かによって自分が盗まれてしまったのかもしれない。だが、まだ保険はかけてあった。もう1人の自分を捜し、川へと急いだ。

 釣り人たちは水面をみつめながら夕暮れの風の中に佇んでいた。その中の1人に自分を見つけて近づいた。すぐ傍まで行っても彼は気がつかなかった。不安になってバケツをのぞき込むとやはり空っぽだった。釣り糸の先端ももはや無になっているに違いない。念のために釣り竿を伸ばして同期を図ったが、結果はゼロのままだった。だがまだ3人目の自分が残っていた。僕は釣り人を置いてニューヨークに渡った。

 ニューヨークの街に染まった自分はすっかり他人めいてみえた。自分の殻を打破して、大きな街に呑み込まれてしまったようだった。すぐ傍まで行ったが、僕は声をかけることをためらった。もはや自分が信じられなくなっていたのかもしれない。彼、もしくはもう1人の自分の周りには大勢の仲間たちがいて、それは僕が今まで過ごしてきた日常の中にいた人たちと比べ、皆はるかに個性的に見えた。僕はニューヨークまで来て、目的の同期を断念した。ゼロアートの中心で彼はそれなりに満たされているようだった。

 自分を復元する手段はまだ残っている。僕はゴミ箱の中に頭を突っ込んで探索を開始した。少なくとも、エラーを起こす前の自分が残っているはずだった。けれども、どこまで深く潜ってみても自分の歴史は存在していなかった。
「ゴミ箱の中は空です」そんな……。
 それは自分自身に向けられた言葉に等しかった。ゼロと空とが、完全に僕を満たした。もう、孤独でさえなくなっていた。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雑談マスター

2024-09-02 18:05:00 | 短い話、短い歌
 縄跳びに入っていくのは難しい。いつどのような顔をして入るのか。自分が入ってもいいのか。それさえも謎だ。(生きている間は謎だろう)そう言えばあれだね。あの時はそうでした。あの人はまたそうではないようでした……。方向はどこにも定まっていない。テーマはパッと湧いてすぐに消える。引っ張りすぎると煙たがられる。変えすぎても疑われる。間に適度な共感と笑いが生まれることが望ましい。生まれながらの才能か、生きている内に培われるテクニックか。何もないようなところから、あまりにナチュラルな調子で、あなたは言葉を操り始めた。


鰓多きトークを捨てて詩にかけた
クジラは青のサンゴマスター

(折句「江戸しぐさ」短歌)







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする