絵に描いた餅が現実味を帯びないでいた。タッチを変えて描き続ける。餅が駄目なら対象も変えてみる。うどんを手打ち風に描いてみるが、硬すぎて食べられない。和から中華へと筆を伸ばす。基本的なチャーハンを黄金色に描いてみたが、どこまで行ってもパラパラにはならない。つまりは、食えたもんじゃない。
「絵じゃ食べれないのがわかったでしょ」
いや、まだまだだ。
「これは僕の腕の問題だ」
やることが間違っているとは思わなかった。みかん、バームクーヘン、焼きそば、エビフライ、ビーフカレー、マカロン、ペペロンチーノ、親子丼、シュークリーム……。その内に口に入る素材が現れると見込んでいたが、どうも上手くいかない。何が悪いというのやら。
「まだわからんか、あんたは」
すっかり分からず屋扱いだ。
(はーーー)
大人のため息を聞かされると切なくなる。
「どうして会えないんですか?」
地底人をたずねてきた男が訴えてきた。
「約束はされていましたか」
怒りに対する時には、頭ごなしに否定してはならない。まずは気持ちに寄り添うことが肝要。しかし、男はなかなか理性的にはなれない。え、え、え、いないんですか。なぜ? はい、なぜ、答えて、すぐに、理由を、説明、して。どこに書いてあるの。いないって書いてないよ。税金のこと、週末料金のこと、キャンセル料のこと、色々書いてあるけど、おかしいね、あんたのところは、地底人の記述が1つもないなんて!
あふれるインプット、楽しいプライムの中に、埋没していく自身。大臣が替わり、俳優が捕まって、アイドルが逃げ出して、企業が合わさって、会長が捕まって、大臣が捕まって、日常がむしり取られて行くばかりなのに。自分探しのジャポネーゼ。
日常も味方も捨て去って運ぶは自分ドリブラー。誘惑も欲望も断ち切って、遠くへ行こう。炎を抜け、輪を潜り、冬を眠り、泥を蹴り、ただ一度の歓声のため、ただ一度の眩い光のために。見せ場を待ちわびた猫がブランコの上から見ていた。どこに着くのか知らねーぜ。
自分の知らない町。自分を知らない町。忘れていた自分を取り戻し、新しい自分を見つけ出す町。時はすぎた。何度も、何度も、大臣が替わったほどに。
すっかり人間に嫌気がさすと僕は犬に変わっていた。
「いつまでもつなぐな」
先頭に立って人間を引っ張り出した。加速をつけて離れて行く。どこまでも行くよ。計り知れぬのびしろと高揚の中に僕はいた。
長い信号、校舎の壁、異星人の落書き、浮き上がる水たまり、錆びた歩道橋、シャッター通り、ガラスの向こうのダンサー、自転車のサーカス、頑固な座り込み、庭師の鋏、眠るガチャポン、名前のない花屋、駆け抜ける、すれ違う、行き過ぎる。街の喧騒とグラデーション。
鼻先をくすぐる匂いが決意させる。
「帰る!」
心変わりに自らときめいた。飛び出した瞬間のことを振り返る。あの時、行き先は架空の「遠く」「ここではない」「どこか」だった。だけど、ターンした瞬間は違った。
「僕はホームを見つけたかったのかな」
探していた場所は、自分のいた場所だ。(変だな。ホームがゴールになるなんて)もう、あの頃のように息は切れていない。
ねえ、早く帰ろうよ。
お腹空いた。