転がり込んできたじゃが芋がカレーを思わせた。僕はカレーを作り始めた。じゃが芋の表情が少しずつ僕にカレーへの帰り道を教えてくれた。そんなに難しいことはなかった。こんなにも僕はカレーが好きだった。秋と一緒に煮詰まるほどにどんどん好きになる自分に驚いていた。
次に驚いたのはじゃが芋が切れた時だ。カレーも一緒に途切れた。それから突然恋しくなった。今度は僕が転がる番だ。外出だって覚悟の上。じゃが芋畑まで来た時、そこにじゃが芋はなかった。
「今はない」おじいさんは顔を曇らせながら言った。
「狢が持って行ってしまった」狢がよそで売りさばくとおじいさんは言った。転がり込んだじゃが芋がカレーを思わせてから、私とカレーとのつき合いが始まりました。良き縁というものでしょうか。もしもじゃが芋がピアノの方に強く結びついていたとしたら、私はまな板よりも鍵盤の方に向かっていたことでしょう。けれども、ピアノで食欲を満たすことはできません。
じゃが芋は太鼓でもギターでもなく、カレーの方に結びついていた。だから、私は夜毎カレーを煮込むことになったのです。じゃが芋がある限り種火が消えることはなく、じゃが芋がついになくなった日には、私は家まで出ることになったのです。
転がり込んだじゃが芋が俺にカレーを作れと言った。ふん。じゃが芋のくせに。俺は遊び半分でカレーを作った。悪くない。やればできることを俺は知っている。カレーじゃなくてもいい。他にもある。レシピなんていくらでもある。3日経ったら考えよう。
無数にあるはずのレシピを俺は思い出せない。じゃが芋に打たれて俺はカレー脳になってしまった。このままじゃ駄目だ。俺はじゃが芋から目を背ける。やればできる。俺は誰よりも意志の強い人間だ。
「今はニラ畑になった」とおじいさんは言った。
「狢たちが持っていって転売するんじゃ」そんな……。せっかくここまで来たのに。
どうして守ってあげなかったの?
「守る? 狢は多勢じゃ。わしは見ての通り独りじゃないか」狢はおじいさんのじゃが芋を目の敵にしていたのだ。どうしてそこまでじゃが芋にこだわるの? そう問いかけたらそのまま自分に返ってくるような気がした。(じゃが芋じゃなくてもよくない?)
ある日、裏切りの街の路上で俺は偶然にじゃが芋を見た。それは他のどんな野菜や果物よりも輝いて見えた。
「素直になれば?」じゃが芋の目が刺すように俺を見た。俺は好きなものから逃げていたのかもしれない。
「狢たちがみんな持って行ってしまった」狢たちがじゃが芋展を開くとおじいさんは憂いていた。何度おじいさんをたずねても、そこにじゃが芋が実る日は来なかった。じゃが芋から離れる時が、僕の中に迫っていた。
際限なく届くじゃが芋に翻弄されて私の鍋はあふれかえってしまいそうでした。カレーが煮詰まるほどにじゃが芋の煮崩れが気になってしまう。それをじゃが芋のネガティブな一面と最初は捉えていたけれど、気がかりがあるということはそこにしあわせも存在するということです。
じゃが芋を背負い始めてから、私の中に色々なことが起こり始めました。はじまりはカレーであり、色々あって結局は終点も同じところへ向かっていくようでした。
じゃが芋畑の終点から、僕は別の畑を探し始めた。カレーのためになる新しいおじいさんを探し歩いていた。トマトでも、茄子でもいい。大根、人参、ピーマン、ゴボウ、玉葱……。ニラ以外の何か。じゃが芋を忘れさせる何か。次のモチーフに移ることができたら、カレーは新しい香りを放つ。そんな次元を目指したポストじゃが芋の旅。
しめじでもいい……。俺から探しに行ってもいい。俺は意地を捨てた。狢団を駆逐しておじいさんのじゃが芋畑を取り戻した。あらゆる獣は帰路に着き、道は豊かな光をあびながらじゃが芋は再び転がり始めた。そうして、じゃが芋を手にした瞬間から、時計は動き始めました。芽を出すよりも早く動かなければ生かすことはできない。
じゃが芋を手に受けた時から私の手は空っぽじゃない。責任のある作り手になったのです。「自分だけの時間じゃない」もう触れてしまったから……。寝かせているようなゆとりは最初からなかった。明日でもいい……。僕がいつだって誘惑を投げつけてくる。そんな甘い案が明日を曇らせてしまう。わかってる。私にはもうわかっているのだから。