眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

クリスマスラッシュ

2013-12-29 14:12:43 | クリスマスの折句
 先日、いつものように旅行から帰ってきた友人からいつものようにお土産の象をいただきました。とても旅行熱心な友人は、国の内外を選ばずにちょっとした時間を見つけては、電車や船や飛行機に乗って好きな場所へと旅立っていきます。中でも大好きなのは、蓋を開ければ何にでも海老が入っているという国で、そこに行った時は必ず手土産に象を持って戻ってくるのでした。最初は小さかった象もだんだんと成長して大きくなってくると、狭い部屋の中で一緒に暮らすのは大変で、私は床の上によく目立つ色のマジックを使って線を引き、
「ここから先は私の陣地」
 と記して見せていたのですが、友人の旅行の数に比例して土産の象の数も増えていくと、そうした小細工にも限界が見えてきて、いよいよ私も本格的な象対策を練らねばならなくなったのでした。重い荷物になるというのに、あえて相手の喜びの方を大事にしてわざわざ持ち帰っていただく気持ちをないがしろにすることは、大人として道に反しますし、自分が手に負えなくなったからといって捨ててしまうなどというのはもっての他です。自分が不要に感じているものであっても、どこか別の世界ではそれを今も心待ちにしているのかもしれない。そのような存在は、簡単には見つかりませんが、当面の間、私は無理に頼み込んでご近所のカフェに置かせてもらうことにしました。
「猫もいることだしね」
 マスターは渋々提案を受け入れ、昼間はカフェ、そして夜はバー&ズーとなって人々を楽しませることになるでしょう。マスターの広い心に感謝しながら、象の引越しの準備に追われていると、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

区切りなき
領土の中で
スナメリは
マナーを持って
/を置く

 感謝の意も込めて聞かせてみたところ、象たちは鼻で笑っただけでした。

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スペースクリスマス

2013-12-27 13:21:11 | クリスマスの折句
 先日、冬の中を歩いて交差点にたどり着いたところ、ふとその隅っこで誠に寒そうな格好をした雪女が膝の上にボードを載せて何かを調査している様子が目に入りました。まるで初夏の風呂上りに近所のコンビニエンスストアまでアイスクリームでも買いに行くような軽装で、見ているこちらが寒くなっていくような心持になりました。お仕事ですかと訊ねると、
「12月の出口を調べているの」
 雪女は硬い表情で答え、私は青信号を渡る代わりに自動販売機でブラックコーヒーを買って差し入れることにしました。
 親切を働いて後は真っ直ぐ帰るだけと考えていたところ、ちょうどはす向かいでは宇宙人が同じように隅っこに座り仕事をしている風景が目に入りました。インターポールの銭形警部がちょうど大量の偽札作りの現場を目撃してしまった時のように引くに引けない状況となって、向こう岸までたどり着くと、暖かいブラックコーヒーを届けたのでした。大変ですねと励ますと、
「地球人の意識調査です」
 と宇宙人は答え、見ているだけでわかりますからと言いました。
「1度宇宙に出てみればいいよ」
 と宇宙人は言い、実際私はこの夜のお礼にと宇宙招待を受けたのでした。
「外から見ると美しいのに……」
 12月の地球は、地球全体がイルミネーションに包まれていて、それはそれは美しいものでした。
「とても人間業とは思えない」
 私が率直な感想を述べると、
「そうとも。飾り付けたのは我々宇宙人だからね」
 と宇宙人は教えてくれました。帰りのロケットの中で、めまぐるしい12月に心躍らせていると次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

紅の
リンクをたどる
数億の
マウスの先で
スパイが踊る

 1つの歌を手土産に、私は再び秘密めいた星に戻ってきました。

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クリスマスーツ

2013-12-25 07:46:22 | クリスマスの折句
 先日、通い慣れた道を歩いておりますと、慌しい足取りで行き過ぎるヤドカリの一団に出会いました。ヤドカリたちはとても背負い慣れた様子で引越しの手伝いをしているということでした。引越しのシーズンではないけれど、この冬が特別に寒いということも手伝って、事情が事情というところが多く、ところによっては局所的に引越しが多発しているということでした。ヤドカリたちが道を横切る間、忙しいドライバーたちもハンドルを握る手を休め、この時ばかりは口をぽかんと開けて見守るしか仕方がないようでした。私はこうしたのどかな様子を見て、一足早いクリスマスプレゼントをもらったような気分になって、商店街に入って行きました。そこは長く、暗く、果てしなく続く商店街でした。
 歩道にまで突き出したワゴンの中には、靴下が100足セットで売られていて、それは1つのタブレットが買えるような価格だったけれど、断固としてばら売りはできないと書いてあるのです。それは12月ならではの光景で、他の月ではとても考えられませんでした。セットは、順調なペースで売れているようで、一気に減っていく靴下の束を補充するために、店の人も客の間を潜り抜けて忙しく品出しに走るのでした。私は靴下を買う気力もなく、店の前を通り過ぎると果てしない商店街を歩き続けました。雨風から守られた商店街の中にあっても、足元に冷たい冬が入り込んできて、こんな季節はたとえ何枚のセーターを着込んだとしても、寒さを忘れることなど困難であると考えさせられました。どこにも立ち寄ることなく、商店街を抜けた時、より一層寒い風が襟元に吹き付けてきて、私の足をからかうように迷子にさせるのでした。
「私はどこへ行ったらいいのだろう」
「今のままではどこにも行けないよ」
 鬼は言いました。
「ずっとついて来ていたの?」
「そもそも出遅れているのだから」
「君はどこに行くの?」
「もう帰るの」
「帰る場所があるんだね」
 鬼は何をかいわんやという顔で、こちらを見つめ返しました。
「だって僕たちは、出現する生き物だからね」
 鬼と別れると私は、再び商店街の中に戻りました。鬼のように、私も曲者だったらなと思いながらさっき通ったばかりの道を、今度は逆の立場に立って歩き始めました。左右が反転するだけで、見方によってはまるで別世界です。曲者だったら誰かに認めてもらえるかもと思いながら歩いていると次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

曲者の
両生類に
すごまれて
マダイはモビル
スーツを着込む

 鬼からの贈り物を口ずさみながら、歩いているのは長い靴下の中のように思えてきました。

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クリスマスマホ

2013-12-24 22:12:31 | クリスマスの折句
 先日、UFOの目撃情報を追って道を歩いておりますと河童が回覧を手渡しながら、読んだらすぐにサインをするようにと言いました。私は適当に目を通し、河童から受け取ったボールペンでサインをしようとするとインクが出ません。先端の芯が出ていないのでした。カチカチとやって出るはずの芯が、上手くカチカチとならず出てこないので、サインをすることも次の人に回覧を回すこともできませんでした。どこか秘密の場所にスイッチがあるのかもしれない、押すのではなく回すのかもしれない、ありとあらゆる方法を考えてみたけれど、そんなものはどこにも見当たりませんでした。道行く人にアンケートを取ってみたところ、やはり9割以上の人がペンが壊れているという結論を出したのでした。
 みんなの意見が落ち着いたところで安心していると、再びあの正直そうな河童の皿が脳裏に蘇ってきて、結論の再考を迫ったのでした。いや、違う。何かが間違っている。そもそも壊れたものが回ってくるはずがありません。私が間違っているのです。私の願望が、人々の誤った結論を誘導したに違いありません。原点に返った私はボールペンを握り直し、真実を知る人物が現れるまで、歩き続けることにしたのでした。
「こうすりゃいいじゃん」
 雪女は言いました。
 ようやく真実を手にした時、私はすっかり迷子になってしまい、頼りになるのは手の中に光る地図だけでした。少し行っては、地図を開き、方向を確認します。電池が切れてしまうことを心配しながら、私は慎重になって歩きました。小さな明かりに導かれていると、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

くまさんは
両手でゴマを
すりながら
ママに内緒の
スマホをねだる

 歌の明かりに誘われた時、私は少しルートを誤りながらしあわせの中にいました。

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スリムクリスマス

2013-12-24 19:44:23 | クリスマスの折句
 先日、家の近所の公園で犬と散歩をしておりますと、顔見知りの犬がいつもと違う女性をつれて楽しそうに散歩をしていました。
「やあカール、今日はご主人様と一緒じゃないのかい?」
 すると犬は、いつも一緒だからといって今日も一緒だと思うなよ、だいたいいつもといってもおまえの見ているのは実際にはほんの一部に過ぎないんだからな、という顔をしながら尾を振っていました。いつもと違いうれしいのかもしれないと思いながら、眺めていると、黒い男たちが物々しい様子でやってきて、これから花嫁が通るから公園から立ち退くように言いました。
 やむを得ず散歩道を変更して、公道に出てしばらくすると、帽子の男たちがやってきて直にマラソンが始まるからすぐに道を空けるように言いました。気がつくと犬をつれて、知らない町の知らない道を歩いていました。古風な木造の家が立ち並び、心なしか空が低くなったように感じられました。
「もうすぐ大名行列でお侍さんが通りますぞ」
 豆腐屋を行き過ぎたところで、商人の1人が言いました。
 私は犬につれられて、自分の町に逃げ帰りました。いつもの風景が懐かしさと安らぎを与えてくれる。私は昨日よりも自分の町を好きになっていました。見慣れたものたちが特別なものに変換されていく頭の奥に、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

国々が
領土を放り
捨てた日の
マツコは少し
スリムに見えた

 風景の変換が一段落した後も、歌はなお特別なものとして町に浮かんでいました。

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クリスマスマグロ

2013-12-20 00:55:01 | クリスマスの折句
 先日、昔住んでいた街中を歩いておりますと、見覚えのある大きな硝子が見えました。硝子の中身は歯医者さんで、数年前に通ったことがあったので覚えていたのでした。その外観は少しも変わりなく、その筒抜けの中の様子を覗き込んで見ると待合所の椅子の様子も、壁に埋められたテレビの大きさも、何1つ変わりがないようでした。私はしばし懐かしさに浸りながら中で待つ人々の背中や、その向こう側のテレビを眺めていました。
 カウンターの周りで動き回る女性の少し愛想の悪い面影も、昔と同じでした。けれども、その奥から現れた大柄な男は、全く見覚えがありません。彼こそは海の男でしょうか。
 海の男は今朝仕入れてきたばかりのマグロをカウンターの上にでーんと載せ、手馴れた動作で包丁を振り下ろすと、手際よく巨大なマグロをさばいていくではありませんか。これにはニュースを見ていた老人も、アンパンマンと遊んでいた子供も手を止めて、すっかり心を奪われている様子です。
「しっかり治して、旨いものをたくさん食べましょう!」
 みんなが海の男の声に頷きながら、改めて歯の大切さを自覚する姿を眺めていると、私も部外者ながらそのパフォーマンスの説得力に心打たれてしまったのでした。すっかり心打たれながら次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

クルーズは
領土によって
数千の
マグロの中で
スカイプをする 

 死んだマグロのような目で包丁の光を見つめていると、歌を得た魚はゆっくりと逃げていくようでした。

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ホワイトクリスマス

2013-12-19 19:33:45 | クリスマスの折句
 先日、道を歩いておりますと徐々に空と近づいていくように感じられました。私が歩いているのは少し湿り気のある白い坂で、坂の上には何もなく、その先にも何もありませんでした。上りきった所から私はあの青い空に向かって飛び立とうとしている。けれども、私に雲をつかむような翼があるだろうか。私に備わっているのは、もっと鋭利な、夜を切り取るような鋏ではないか。白い坂の上で世界は冷たく、歪んで見えます。私はその時、蟹でした。蟹ならば蟹として、空の青を夢の泡に変えてしまえ。あの空がどんなに大きく見えたとしても、それは私の立ち位置にもよるのです。
「どうして30分も前にまな板が傾いているんだ!」
 すっかり言いたいことを言った時、私は人間に戻っていました。人間に戻りながら、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

釘の散る
領土を去って
数日も
まだ温かい
スマート電話

 人間に戻らずにいたら、浮かんだのはきっと他の歌だったのにと思いました。

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クリスマスライム

2013-12-13 00:58:10 | クリスマスの折句
 先日、道を歩いておりますと次々とモンスターに出会いました。敵か味方か見た目だけで判断するのは間違いの元なので、まずは挨拶だけはちゃんとしようと思って、こんにちはと言いました。こんにちはと返ってきたのはごく僅かのモンスターで、そのほとんどが無視して向かってくるか去って行くかのどちらかでした。モンスターだから無理もありません。「こんばんは」と返ってきた時、もしかしたら仲間になれるかもと思いましたが、そう簡単に仲間になんてなれるものではありません。用心棒の河童と協力してモンスターを片っ端からやっつけました。
「こんにちは」
 小さなモンスターは、黙ったまま、向かってくるでも去って行くでもなくじっとしていました。
「後ろめたくて挨拶ができないんだよ」
 河童がそう言うと、ウシロメタルはピアスを1つ置いて逃げていきました。
 その後姿を見送りながら、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

空想の
領土でホーム
ステイする
まる子ははぐれ
スライムになる

 
 浮かんだものが逃げないように、すぐに皿の上に書き込みました。

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クリスマスマック

2013-12-11 11:29:46 | クリスマスの折句
 先日1人で道を歩いておりますと雨が降ってきました。傘を差しました。雨はすぐに上がりました。傘を閉じました。雨が降り出しました。傘を差しました。雨が上がりました。傘を閉じました。そういうことが色々とあって私は道に迷っていたのでした。昔あったはずの郵便局やスーパーが見当たらないし、そればかりか道までがなくなっているのでした。迷い歩く内に、昔何度か遊びに行った友達の家の前を通ったり、何度かお見舞いに足を運んだことのある病院の前を通っていたのでした。長い迷いの道を経て、いつの間にか私はあるカフェの中にいました。
「サイズはどうしましょう?」
 コーヒーにサイズがあるとは思わなかった私は口を開けたまま固まっていました。あちらをご覧、と店の人が指す先には何万光年はあろうかという星々が広がっており、私は遠い宇宙の広がりと今自分がこの場所に立っているのだというちっぽけな奇跡を思ったのでした。
「いいえ、こちらを」
 ほんの数センチのところにサイズの違うカップが並んでいました。
 トールを選びながら、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

くじ引きで
領土を決めた
水曜の
マッククルーが
ストローを刺す

 階段を上りながら、浮かんだままに口ずさんでみました。

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クリオネクリスマス

2013-12-05 20:55:22 | クリスマスの折句
 先日1人でテレビドラマを見ておりますと、1回は打ち切りになった捜査が再び振り出しに戻ったというのです。男は実は左利きだったという新事実が見つかったのです。一旦は右足で受けたものの、キックフェイントでディフェンスをかわし、左足に持ち替えたのは左足でシュートを打つためでした。彼はいつでもシュートを打てたし、フェイントまで入れて準備をしたのだから、自ら命を絶つはずがないというのです。私はその時、ドラマを見ながらドラマというものは、どのような筋書きがあってもよいのだと痛感しました。
 そう思いながら、次のような歌が浮かんできました。それはクリスマスの折句でした。

クリオネが
リバーを越えて
彗星と
マーチを歌う
筋書きがある

 浮かぶと同時に、歌はすぐにどこかへと消えていってしまいました。

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ワールドカップ

2013-12-04 16:47:01 | ショートピース
鏡よ鏡、この世で1番空しいものは何? 熟考の末、鏡は突き刺すように返した。「それはあなたです!」答を聞いて女が顔を逸らすと鏡も向きを変えた。再び彼女が向き合った時、そこに人間の姿はなく、優勝カップが空を見上げていた。彼女は自分を消して、世界一を夢見ることに決めた。#twnovel

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孤独のドリブラー

2013-12-02 20:50:47 | 気ままなキーボード
 灼熱のピッチの上で一段落のティータイムが提案されたのは、古い常識に縛られない主審の粋な計らいであった。ピッチサイドでは、解説者も選手も一緒になって、四万十川のおいしいみずを飲みながら、各自が持参した甘辛様々なお菓子を広げた。
「九州しょうゆ味だよ」
「これはなかなかいけるね」
「おまえチーズ味好きだな」
 色彩豊かな種々のお菓子は、それまでピッチの中にあった個々の溝を容易に埋めて、選手の口も軽くしていた。
「おーい、ポッキー取ってくれー」
「黒胡椒うまー!」
 賞賛の声が上がると、すぐにその袋の中には多くの手が集まってくる。その輪の中に加わらず、浮かない顔をした選手は悔しそうに芝をむしっていた。
「バスの中に忘れてきたよ。とっておきのお菓子だったのに」

「あまり気にするな」
 キャプテンはそう言って仲間を慰めた。長い選手生活の中では乗り越えなければならない幾つもの壁がある。
「どうでもいいことは忘れた方がいいよ。1つ忘れたら、その分、大事なことを1つ思い出すから」
 強く肩を2回ほど叩いたキャプテンは、じっと遠く先の方を見据えていた。
 各々が個性豊かな菓子に舌鼓を打つ中、密かにピッチの中ではゲームが再開されようとしていたが、その気配はぱりぱりぽりぽりという小気味よい音とリズムによって見過ごされようとしていた。
「まーさんの霧島ポーク仕込み味だよ」
「これはまた玄妙な味付けだ。そっちのは何だ?」
「小海老の総称芝海老風味だよ」
「芝うまっ!」
 菓子に現を抜かす集団を尻目に、したたかな組織は着々と準備を整えつつあったが、その模様は巧みな連携プレーによって完全に隠蔽されていた。

「もっと壁を作れ!」
 和やかに佇むお菓子広場の前に隙間なく壁を築く。その中に加わらなかったたった1人の選手が、ボールを保持してピッチ中央をドリブルで疾走する。誰1人止める者のいないドリブラーのすぐ傍で、主審は初めて補助輪の取れた自転車に乗る我が子を見守る父親のように付き添っている。
「頑張れ! もう少し!」
 そして一直線に無人のゴールに向けて、後はただ流し込むだけ。いつでもシュートは打てた。けれども、ドリブラーは、まだ自分の足元にいつでも得点を生み出すことができる無垢な卵を、自分だけの宝物のように保持していた。もう少し、もう少し、近づいてから……。早いということはない。遅いということもない。時は、いつでも、自分次第で、選ぶことができるのだ。唯一、自分だけに託された足元の中で。さあ、今か、今かと、仲間、そして大勢のサポーターが期待している。無人のゴールの中に、また一歩近づいた。誰だ……。
 誰か、子供みたいな誰かが、その中から突然現れて、両手を広げて、ドリブラーを待ち構えている。
「ボク、ミズノイラナイセンシュダカラ」
 至近距離から右足は振り抜かれたが、同時にその弾道はアンドロイドの中で解析を終えた。

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