眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

夢と希望

2021-12-28 02:40:00 | 夢追い
 したのかされたのかよくわからなかった。重なった唇は柔らかく、とてもよい香りがした。僕は誘惑に負けて動くことができなかった。10秒ほどすぎてから、ようやく正気に返ると目を開けて、絡みついた体を引き離した。よく知らない人じゃないか。彼女は笑っていた。
 バスに乗って去る間際に「手紙を書く」と言った。僕にではない。世界中に向けて書くと言ったのだ。
 僕はコインランドリーに駆け込んだ。蛇口をひねっても水はぽつりぽつりとしか出なかった。僕は手ですくって何とか水を飲もうとした。シャツが濡れるじゃないですかと側にいた男が文句を言った。「ごめんなさい」だけど、とても喉が渇いて仕方がないのです。

 落ち葉を踏んでその音で存在を悟られないように、ずっと慎重な姿勢を通していたのに、それでも先生に見つかって当てられてしまう。
「サリーちゃんを知っていますか」
「いいえ」
 本当はわかっていたけど、僕だけが知っていると目立ってしまうから、僕はみんなの答えに合わせてうそをついた。いつから僕はこんなにもおとなしくなってしまったのだろう。
「お食べ」
 おばあさんが差し出した半分のゆで卵には、親切に塩がかかっていて、こんなの上手いに決まっているじゃないか。塩にとろけて僕はスタジアムの中にいた。ランナーが三遊間に挟まれてどうにもならなくなったところで、主審が間に入ってプレーを止めた。マウンドに皆が集合してキャプテンに対してイエローカードが出されると、観衆がざわめいている。
「今のプレーについて説明します」
 審判が問題にしたのはフィールドにいる選手ではなく、ベンチで指をくわえている若者のことだった。
「口に指がくるということは、勝負をなめているということです」
 審判の厳しいジャッジの中に、一匹の犬が迷い込んできて空気が和んだ。

 どこをさまよい歩いているのかわからない。浮遊する力はとっくに失われていた。同じところを何時間もぐるぐると回っているかのようだった。突然、正面に高島屋がみえてきた時には安堵のあまりため息が漏れた。ようやく帰れるのだと思った瞬間、ポケットに財布がないことに気がついた。財布がない!
(彼女だ!)
 誘惑に負けている間に、僕は大事なものを失っていたのだ。バス停の明かりが小さく灯っている。もうバスは来ない。コの字型のベンチにかけて「なんでやねん」へと続くぼやきの輪に加わった。人それぞれに言いたいことはあるのだ。今なら僕にも多少はわかる。そうだそうだ。みんな身勝手なことばかり。鞄がない!
 さっきまで財布の中にあったWAONの残高を気にかけていたが、今度のはそれとは比較にならないほどの問題(喪失)だ。そこには今までしてきたことのすべてが入っている。すべての友がいるのだ。
(どこに?)
 記憶がない。いったいいつからないのだろう。最後にあった記憶は、いつまで遡っても現れない。
 その時、僕は自分の体が布団の上にあることをうっすらと自覚し始めた。そうだ。これはみんな夢だよ。
 僕は少し負けただけ。
 まだすべてを失ったわけではないのだ。

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【将棋ウォーズ自戦記】振り飛車VS陽動振り飛車

2021-12-27 20:00:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 いきない三間飛車に振られて一瞬はっとした。その清々しい初手に、忘れてしまった大切なものを探しに出かけたくなった。しかし、3分切れ負けではそんな暇はない。相振りか対抗形か、やりたいことが多すぎて早くも迷いが生じた。

 よし居飛車だ。僕は飛車先の歩を伸ばす。普通の対抗形に進みかけたところで、なんとか流左玉の構想を思い出した。銀を中段に上げ歩を伸ばして位を取ると、相手は銀を腰掛けてきた。これでは角を中段に出ることはできない。そこで僕は四間飛車に振った。

 相振り飛車だ。すると相手は向かい飛車から早速飛車先を突き反撃してきた。どんどん伸びてくる歩に金を備え、歩を謝りながら受けた。一歩損しながら屈服した形となり、その代償としての四間飛車からの一歩交換はあまりに小さすぎた。率直に言っていいところがない。

 相手は模様がいいくらいで許してはくれなかった。角をのぞき、居飛車陣中央に狙いを定める。続いて自陣の桂を活用し、更に四間飛車に振り直して総攻撃の構え。立ち直る時間を与えない機敏な動きだった。
 構想のちぐはぐさが祟り、すべての駒が立ち遅れていることは明白だった。右は壁、玉は居玉、おまけに四間飛車が相手の角筋に入っている。対する相手は全軍躍動! 

 こうなっては投了もやむなし。しかし、具体的に酷くなるまでふらふらと指し続けた。相手は自然な攻撃から大きな戦果を上げたところで玉を囲うという余裕の指し回しをみせた。こうした落ち着きは、こちらから有効な手段がないことを見抜かれているようで、並の攻撃よりもダメージを与えることがあるものだ。

(いや参りました)

 相手の落ち着きに感服しながら、僕はふらふらと指し続けた。指せば指すほどボロボロと駒を取られる。もはや勝負どころはない。残り10秒を切り、時間でも大きく負けていたので、無念の投了となった。
 本局は、一貫性のない指し回しが時に致命的な結果を招くことを明らかにした。『陽動振り飛車』は、使い方次第で魅力的な戦術となるが、純粋な振り飛車相手には単なるお手伝いに終わるということを覚えておこう。



振り切れぬ迷いの中を指し継いで気づけばただの負け将棋だよ


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甘い記憶

2021-12-25 02:25:00 | ナノノベル
「ここでしたことは記憶に残らないけど……」
 そう言って彼女が教えてくれたこと。
 時々、夢の中で思い出すことがある。
 言葉を話すこと、道を歩くこと、空を飛ぶこと、星を見ること、林檎を食べること、じゃんけんをすること。すべては準備なのだと言った。

 好きな曲を繰り返し繰り返しかけた。
 もう一度、もう一度、もう一度……。
「この旋律を胸の奥に蓄えておくの」
 何度もハグをした。
「このあたたかさがいつか助けになるから」
「忘れないから」
 記憶に残らないということを私は忘れていた。

「忘れてもいいの。いま覚えておけばいいの」
 そう言って彼女は力いっぱい私を抱きしめたのだ。

「これからあなたが行く先は愛のない場所」
「一緒に行けないの?」
 彼女は黙って頷いた。笑っているのに哀しい目だった。
「私を探さないように……」
(そうすればいつか逢える日がくるでしょう)

 私はいま多くの敵に囲まれて暮らしているけれど、歌だってあふれている。いつでも死と隣合わせているけれど、マリオが無敵になった瞬間にはできるだけ遠くに行ってみたいと思う。

 あれは誰だったのかな。
 もしかして宇宙人?

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【将棋ウォーズ自戦記】投了もやむなし

2021-12-10 16:46:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 中飛車から中央の歩を突くと相手も合わせて突いてきたので早くも動揺した。この形の中飛車はあまり指した記憶がない。指し始めから妙な違和感を覚えると上手くゲームに乗っていけない場合がある。落ち着かないまま囲いに入る。
 相手は飛車先を伸ばし銀を中段に繰り出してきた。僕も対抗して銀を繰り出すがどうも遅れているような気もする。相手は角を引いて引き角の構え。

 なんと! 出てきた銀は左銀だったのか!(僕は少し寝ぼけながら指していたせいもあって、相手の駒組みをよくみていなかった)

 ぼーっとしている間に相手はグイッと銀を立ち、角頭の歩を狙った。受けはない。歩くらい何だ。僕は中央から反撃に出る。銀の進出に角を上がってかわした。相手は攻撃の手を緩めない。飛車先から突破してくる。歩を謝って受けるがなおもしつこく合わせてくる。受けはない。
 僕は中央に希望を託す。と金を払うと相手は銀を成り込んできた。

「こっちか!」
 金がよろけて隙ができていた。なんと飛車と角の両取りがかかっている。角の方は完全に浮いている上に、居飛車の飛車も直射しており、完全に受けがない。それどころか終わっている。

(投了もやむなし)

 ここから先は指してもあまり意味はなかった。3分切れ負けでは何が起こるかわからない。少々のことではあきらめず、指し続ければ逆転することも多い。例えば、うっかり飛車をただで取られてしまったとしても、何食わぬ顔で指し続ける姿勢は大事だと思っている。だが、こういうのは駄目だ。将棋の作りが全くなってない。流行りの評価値で言えばマイナス2000以上の差か。

 まさに「投了もやむなし」
 絵に描いたような必敗形は、そこで棋譜を閉じて切り替えた方がよいのではないだろうか。
 僕はそこで投げきれずに、力のない手を指し続けた。いくら3分切れ負けとは言っても、勝負にならない形勢差というのはある。その後は駒をボロボロ取られ続けて、全く見所のない将棋となってしまった。

 昇段まであと1%のところだったが、連敗して10%後退。居飛車側が繰り出してきて大活躍した銀に比べ、僕の左銀は中段のおかしな場所で遊んだままだった。それが一局の不出来を象徴している。(こんなことなら何も動かずにいた方が守りに利いていただろう)こんなデタラメな振り飛車では、五段、六段にはとても勝てる気がしない。昇段は百年早いというものだ。

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真夜中のダイバー

2021-12-08 02:00:00 | ナノノベル
 俺はしあわせの運び人だ。アンパンからマカロンまで甘いものなら何でもフォローしている。現在は人々が移動を大幅に制限される時代だ。そんな中で俺たちはすべての人の足となって、ささやかな願いをかなえている。俺たちは既に路上からは離れた。空の未知を開拓することによって、より効率的な配送が可能になったのだ。

 俺たちが運べるものは、別に甘いものに限らない。衣服でも日用品でも、何なら高価な貴金属だって運ぶことができる。しかし何でも急に拡大することは危険だろう。簡単に原点を見失ってしまうからだ。まあ、俺が心配することでもないか。とにかく俺は今、宙に浮いて目的地に向かっている。自分語りもこの辺にしておこう。俺の日記はそう読まれてはいないようだ。ためになるようなことは何一つ書いてないから当然だろう。近頃の人々の興味と言えば、動物かスイーツ、とても狭い範囲と決まっている。俺が今売り込むべきは自分ではなく、スイーツの方だ。
 さあ、目的の14階までたどり着いた。窓には鍵がかかっているようだ。俺は躊躇することなく硝子を突き破って部屋に入った。


「毎度! ダイバー・スイーツです」

「ち、違うんじゃないの」

 男は少し驚いた様子で俺の方を見た。


「いえ合ってますよ」

「それにどこから入ってるんだ?」

「スピード感が大事なんで」

「安全はどうでもいいのか?」

「飛び込まないと始まらないんで」

「君は間違ってる! もっと地に足を着けてやりたまえ!」

「そんなんじゃやっていけませんよ」


「さあ帰った帰った」

 男は商品の受け取りを拒んで俺を追い返そうと躍起だった。
 その時、不意に玄関のドアが開いた。


「誰なの? あなたたちは!」

「くそっ、計画が丸潰れだ」

 男が懐から凶器を取り出そうとするのがわかった。俺は迷わず男の胸を撃ち抜いた。入ってきた女の態度から、彼が招かざる侵入者だとわかったからだ。男は銃弾を受けてその場に倒れた。もう説教じみたことも言えまい。


「こんなこともあろうかと思ってね」

 飛び込み先ではどんな危険が待ち受けているかわからない。自分の身は自分で守らなければならないのだ。


「ご注文の品は、こちらでよろしかったでしょうか?」

 女は電話を片手に住所を告げながら軽く頷いてみせた。
 あとのことは専門家たちに任せよう。
 俺は相棒のリュックを背負って、窓から飛び出した。

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【将棋ウォーズ自戦記】食いついても時間がない

2021-12-07 22:22:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 角交換振り飛車を指してみたくなった。主な興味はその始まり方だった。角道が通ったままで飛車先を角で受ける。銀はまだ初形の位置のままだ。いつでも居飛車から角を換えて飛車先を突破してくる手が考えられる。そうなったらどうなるか。とりあえず飛車をぶつけてそれでどうなるか。よくわからず激しい展開になるのも面白い。(3分切れ負けでは、本格的持久戦にでもなれば詰みまでいかない恐れもある。勝っても負けても詰みの周辺までいくというのは1つのテーマだ)

 しかし、居飛車側も警戒してなかなか単純に飛車先から攻めてくる相手は少ないようだ。実際そう上手くはいかないのだろう。相手は角交換から自陣角を打ってきた。本格的な指し手だ。桂を守るため金を左に上がり、以下雁木のように構えた。相手は居飛車穴熊に組んできた。こちらも負けずに穴熊に入る。しかし、僕の方は左右に金銀が離れていて明らかに堅さで劣る。

 いよいよ相手は飛車先を交換してきた。金と下段飛車の守りが利いていて、すぐに飛車を成り込むスペースはない。できるものならこの瞬間に手を作って反撃したい。僕は居飛車陣に角を打ち込むことを考えた。失敗したら角が捕獲されてしまうかもしれない。飛車先からもっと酷い反撃をあびるかもしれない。激しく動くとすれば本来は読みの裏付けが必要だ。しかし3分切れ負けでは読みを入れる暇はない。それでも10秒、20秒と考え込んでしまう。(このルールの中では長考だ)時間をかけて考えた以上は、何かしたい。何もしなければ考えた時間が無駄になる。そう考えるのは人間の自然な心理(将棋あるある)ではないだろうか。

 僕は意を決して敵陣深く角を打ち込んだ。相手は一瞬手を止めた。(そうでなければ勝ち目がないと思えた)それから飛車先に歩を垂らしてきた。嫌な手だ。ここでと金を作られては論外。

「攻められた筋に飛車を」

 本当なら飛車を転回して反撃含みで受けたい。その時、僕の飛車は中飛車になっていて中央の歩を守っていた。(居飛車の自陣角が少し前に歩頭にのぞき中央を狙っていたのだ)左右分裂の罪か。僕はやむなく歩を謝って受けた。ここは大人しく辛抱して、馬の活用を楽しみにするのだ。
 相手は桂をさばいてきた。その間、僕は馬を作り香得という小さな戦果も上げた。形勢はまずまず。そう思っていると相手は中央に桂を打ってきた。単純な銀取りだ。

「何だこれ?」

 これなら何とかなる。そう思ったが具体的にはよくわからない。銀の逃げ道は2カ所あった。桂先の銀は自然。下に引く手もある。飛車の頭に銀とは凹んだ形だが、自陣はより堅いかもしれない。桂取りにいく楽しみも残せる。しかし、銀を逃げると守っていた歩が浮いて飛車が走ってくる手が成立する。それに対して歩で受けると更に横歩を取られてしまう。それが自陣の金と敵陣にできた馬の両取りになる。銀を逃げることは可能だが、それによって浮き駒が多発し相手の攻めが活性化する恐れがあった。

「何だこれ結構うるさいじゃないか!」

 むしろ逃げない方が正解なのか。しかし具体的にどう指せばいいのだ? こういうのが一番困る。相手の手に乗っていい感じで指していたのに、急に乗れなくなったら困るのだ。こういう時、本当は胡座になって何時間も考えてみたい局面だと思う。仮にそれほど時間をかけて考えたとしても、僕の実力では最善手を導くことはできないだろう。読んでも読んでも明快によくなる順はみえず、時は迷いの中に消えていく。最後は自分で最もよくわからない手を選んでしまうのではないだろうか。

 わからないものはわからない。(将棋の神さまなら1秒でわかるのだろうけど)だから、僕にとって3分切れ負けは「考える」ことからの逃避でもあるのだ。(目指すところは考えない将棋?か)

 焦りの中で銀を逃げた。飛車をさばかれ、横歩を取られ、両取りを香打ちで凌ごうとしたが、あっさり馬と交換され、直後に端角を打たれた。それがまた成香と飛車の両取りだ。(自陣に守るだけの飛車が目標になってしまった)ぽんぽんと両取りがかかりまくるようでは、どうも攻めている方が調子がよい。勝負の観点からは、中盤の難所で一方的に持ち時間を削られたのが致命的だった。(3分切れ負けは、基本的に1秒2秒で指し続けるようなゲームかと思う)

 終盤は居飛穴の玉頭に桂香を集中させ、何とか食いつく形にはなった。チャンス到来かと一瞬期待したが、肝心の時間で負けていた。その場合、食いついただけでは(寄り筋になっていなければ)意味がない。相手は自陣に惜しまず駒を投入して、順当に時間切れ負けとなった。

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【将棋ウォーズ自戦記】なんとか流左玉の巻

2021-12-02 01:48:00 | 将棋ウォーズ自戦記
 しばらく四間飛車と相振り飛車ばかり指していたが、少し変わったこともやりたくなった。知らない戦型に飛び込むのは勇気がいるが、勝ち負けは抜きに楽しむことを心がければ問題はない。将棋は奥の深いゲームだ。色んな戦型に触れた方が、新しい筋を知ることもできる。相手の振り飛車に対して不慣れな居飛車で対抗すると、華麗にさばかれて惨敗することもあるが、さばきのお手本を見れたと思えばいい。振り飛車が快勝すること自体、悪くないことだ。

 今気になっているのは『将棋放浪記』でもピックアップされていたなんとか流左玉だ。自分が振り飛車を指した時、一風変わった力戦でこられて何度も苦戦した記憶がある。(もしやあれかも)
 いつものように3分切れ負け。相手の振り飛車に角道を一旦止め、銀を中央に繰り出した後、位を取りながら再び通した。相手がいつまでも角道を止めてくれないので早速困る。とりあえず四間飛車に振る。(これは相振り飛車ではない。新しげな戦型だ)真ん中の位も取ってしまおうか、それとも自分から角交換しようか。しかし、持ち時間3分では迷っている暇はない。結局、お互いに角道が通ったまま、僕は角を中段に運んだ。(何だこの構え大丈夫か?)新しいチャレンジに不安はつきもの。桂を跳ね、金で中央に備え、向かい飛車に振り直すと、相手は穴熊に入ってきた。さて、そろそろ玉を動かさねば……。と考えていると突然相手が飛車先を突き捨てて攻めてきた。(いつの間にか向かい飛車になっている)

しまった! これは十字飛車だ! 

 相手はついに角を換え、歩を食いながら中央に飛車を転回させた。銀が狙われている。僕はグイッと金を上げて飛車に当てた。困っていても気合いで指すのは3分切れ負けの鉄則ではないか。(決めに行く側としても覚悟がいる)相手は一旦飛車を引き上げた。すかさず玉を一路上がる。相手は自陣の桂を活用してきた。天使の跳躍を食らってはたまらない。歩を突いて受けると相手も合わせて歩を伸ばす。直接的受けはない。僕は敵陣に角を打ち込んだ。歩が伸びてくる間に端の香を拾って金の頭から飛車取りに据えた。すると相手は端から自陣角を打ってきた。王手だ。合駒はない。横にかわすと相手も飛車を横に動き角と連動して自陣を狙ってきた。歩切れのため数の攻めが受からない。

 こうなったら差し違えだ。

 僕は中央に銀を繰り出して飛車に当てた。相手は飛車を取らせる間にと金で守備の金をはがし、下段に角を成り込んできた。これが不動駒の銀に当たっている。僕は咄嗟に自陣飛車を打って馬に当てた。この時、一段目に重く金を打って銀取りを維持されると大慌てになるところだったが、普通はない手なので相手はあっさりと馬を引き上げた。それならば駒得も残り、むしろよくなったのではないか? 

 しかし3分切れ負けでは冷静に形勢判断をしているような暇はない。僕は敵陣に歩を打って遊んでいる銀に働きかけた。それによって馬の活用がかなえば前途有望だ。堅陣の穴熊が残っているとは言え、相手も有効な攻めが見つからず困っているようだ。銀を逃げ、と金ができて、更に駒得となった。僕は敵陣にできた馬と成香を軸に入玉含みで玉を中段に進出させた。すると相手は自陣に歩を打ったり金まで投入して入玉の阻止を図ってきた。しかし、それによって寄せの形が築かれたわけでもなく、むしろ切れ筋に陥っていた。次に厳しい狙いは何もない。

「さて困った」

 相手の狙いがないのに、どうして僕が困らなければならない? (将棋には、よくなった側も困るという不思議な時間がある)状況が変わればテーマも変わる。柔軟に頭を切り替えて指し手の方向性を決めなければならないが、短い時間で正確に判断することは簡単ではない。

 どこを受けよう? さほど受ける必要もないが、攻めると反動でわるくなるかもしれない。わからない。だけど時間がない。僕は穴熊の玉頭に歩を突っかけた。突然の攻め合いだ。(守備から攻撃へのターンは自分の将棋の中でも重要な課題だった)

 継ぎ歩から垂れ歩。歩の攻めはリスクも少なく効率がよい。とは言え、自玉はほぼ裸同然。ごちゃごちゃしている間に王手がかかり、相手の馬の侵入から飛車も取られて、いよいよわけのわからないことになった。玉は左辺まで追われ、玉頭戦の要素が加わった複雑な終盤戦だ。僕は攻め合いの方針を大事にし、相手の穴熊に食らいついた。形勢自体はやや紛れていたとも言えたが、最後は何とか時間で勝つことができた。危なっかしい戦いだったが、色々あった方が将棋は楽しいと思わせるような一局でもあった。

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