眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

思いきやカレー屋さん

2022-07-30 02:40:00 | ナノノベル
 思いきやカレー屋にメニューは1つかしない。
「カレーください」
「あいよー!」
 威勢のいい店主の声が返ってくる。
 出てきたのは本だった。
(読みなさい)
 不本意ながら運命を受け入れて読み進める。フィクションか。お気楽で気まぐれな荒唐無稽。読んでいる内にあくびが出て筋書きを見失い、気づくと真っ暗になっていた。
 
チャカチャンチャンチャン♪

 看板にメニューは1つだけ。ワンコインのカレーだ。
「カレーください」
「あいよー!」
 威勢のいい店は気持ちがいい。
 出てきたのは厚底シューズだ。
(走りなさい)
 僕は暖簾を潜ってランナーになった。運命に導かれるように国道を走った。同じようなシューズを履いたランナーと幾度となくすれ違う。今までは気づくことがなかった。街にはこれほどのランナーがあふれているなんて。急に走り出したので腿の辺りが少し痛くなった。走った分だけお腹も空いた。カレーが食べたい。

チャカチャンチャンチャン♪

「カレーください」
「あいよー!」
 出てきたのはノートだ。
(書きなさい)
 今日はカレー屋さんに行きました。
 カレーを注文したけど、カレーは食べれませんでした。
 明日に期待です。

チャカチャンチャンチャン♪
 
 思いきやカレー屋に通い詰めていた。
 味の方は未知数だったが、店主の愛想はいつもいい。
「カレーください」
「あいよー!」
 カレーかと思いきや、出てきたのは犬だ。
(つれていきなさい)
 わんわんと犬の威勢に押し出されるように店を出た。犬に先導されて街を歩いた。歩くにつれて犬は落ち着きを取り戻したようだった。途中で何匹かの見知らぬ犬に吠えかかった。何度か顔見知りのおばちゃんに頭を撫でさせた。カレーの匂いがすると足を止めてあくびをした。街をまわって帰ってくると店はもう閉まっていた。隠し扉を潜って犬は家に帰って行った。

チャカチャンチャンチャン♪

 どこででもカレーは食べられる。
 だけど、僕はここと決めたらしつこいほどに通ってしまう。
「カレーください」
「あいよー!」
 店主の返事は耳慣れて威勢がいい。
 出てきたのは枕だ。
(やすみなさい)
 人間はロボットとは違う。ずっと動き詰めることはできない。働いた分だけ休まなければならないし、眠らなければならないのだ。運命を受け入れて僕は眠った。眠りの国ではいつかの散歩道を歩いた。昔お世話になった人の顔と人格を組み合わせた何人かの人と出会った。敬語を使い時に異国の言葉を交ぜた。「今日はカレーか」と父がきいた。神社に行って僕は記憶を整理した。

チャカチャンチャンチャン♪

「カレーください」
「あいよー!」
 出てきたのはビーフストロガノフだ。
「いただきます」
(美味しいけれど、ちょっと違う)
 思いが揺れながら味覚を惑わせていた。
 だが、不満を口にするのはまだ早い。
 カレーはもうすぐ煮詰まりつつあった。

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フェザー・ナビゲーション

2022-07-27 03:44:00 | ナノノベル
 7Gの電波干渉を受ける内に感覚を乱されて、ジョナサンは仲間たちからはぐれてしまった。

「これからどうしよう」
 すっかり失速して街の交差点まで降りてきた。助手席の窓がちょうど開いていた。少しお邪魔して運転席にいる男の帽子をつついてみた。(行き先をたずねるつもりだった)

「ひえーっ!」
 その時になり、はじめて気がついた運転手は奇声をあげた。ジョナサンは驚いて窓から脱出した。ビルの屋上まで逃げると大きな鴉たちが集団でおかしな歌を歌って威嚇してきた。争いに来たわけではない。けれども、街には敵対的な空気が満ちていた。
 コンビニの駐車場まで逃れて来たが、そこにはまた別の主がいるのが見えた。猫はアスファルトに身を伏せながら、自分の手をなめていた。

「南はどちら?」
 猫はジョナサンの問いを聞いてから、もう一方の手をなめた。十分に時間をかけ、その間に彼がまだ逃げずにそこにいることを見届けると、ゆっくりと口を開いた。

「あなたの翼が知っているはずよ」
 ジョナサンは飛び立った。
 この街に自分を知るものはいない。
 7Gと夕焼けが交じり合う空の中で、新しい挑戦を始めた。

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猫相撲(使われて生きる)

2022-07-26 03:24:00 | ナノノベル
「あなたの駒が猫たちによって使用されました」
 お知らせが届いたのでどんな様子か見物に行く。
 使われているのは飛車だった。飛車の上に乗って猫たちが所狭しと相撲を取っていた。あえてすべての駒を使うことはない。それが猫的な感覚なのだろう。(なるほど。こういう使い方もあったものだ)
 白熱のぶつかり合い。夏を吹き飛ばそうかという気合いが大駒の上に満ち満ちていた。
 ギャラリーを共有するということは、遊びであり、学びであり、発見だった。
 黒猫は駒の尖った方に追われ窮地に陥っている。しかし、彼がうっちゃりの大逆転を狙っていることはその髭の伸びから明らかだった。

「ありがとう」
(使われて生きる)
 そんな喜びに浸りながら、私は猫たちの終わりのない勝負を眺めていた。

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即興握りカウンター

2022-07-23 02:55:00 | ナノノベル
 冠の光に惹かれて入ってみた。そこはカウンターだけの小さな店だった。腕に覚えのある大将がその日の閃きで握ってくれる。
「何か苦手なものはございますか?」
 事前の配慮も気が利いている。
「角がちょっと」
「ほー、角ですかい」
 あいつの斜めの動きはいつになっても慣れはしない。日常に存在するものは、みんな横か縦にきちんと動くものだ。
「飛車が一番好きです」
「みんな言われますね」
 いつになっても飛車がかわいい。
「7手詰くらいからいきましょうか?」
 なかなか挑戦的な大将だ。はい、と言いたいところだが。
「5手でお願いします。ひねりの利いたので」
「喜んで!」
 大将は駒箱に手を突っ込んで、一握りの駒をつかんだ。
 さあ、これで行くか。

チャカチャンチャンチャン♪

「あいよー! お待たせ」
 出てきたものを見て私はぎょっとなった。
 角が、角が2枚もいるじゃないか!
「こ、これは……」
「拝見するに、お客さんは上達を望んでらっしゃる」
「どうしてわかるのですか?」
「ずっと見ていると見えてくるんですよね」 
 大将の眼力には舌を巻くばかりだった。

「まいりました」
「角を握ったのは私の手じゃない」
「えっ?」
「お客さんの向上心が握らせたんだ」
「はい!」
 1分ほど眺めているが狙いが読めない。目がチカチカしてきた。

「ヒント出しましょうか?」
「いえ、結構」
 私は少し悩みたい気分だった。
「ごゆっくりどうぞ」
 いやー……。これはなかなか。

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スタッフの友達に捧ぐ

2022-07-22 04:23:00 | ナノノベル
 最終回を見逃してしまった後味の悪さを私は未だに忘れることができない。あの頃はティーバーなんてなくて、一夜は一夜の内にしかなかったのだ。終わりよければすべてよし。どれだけ途中を楽しめても、結末が収まらないのはずっと胸の奥にわだかまりが残ってしまう。

 私にとっての理想のコースは余裕を持って最後のお茶漬けにまでたどり着くことだった。そのためには計画性が大事で、自分の器を見誤ってはならない。本日は前菜のキノコからして嫌な予感がした。大食漢ならば満足するような皿ばかりではないか。まともに相手をしていては最後まで持つまい。私は決断を迫られた。


「この小芋の煮っ転がしは猫たちへ……」

(絶対にゆずらなければならないものがある)


「いいんですか? メインなのに?」


 驚いてシェフを呼びに行こうとするウェイターを呼び止め、猫たちへの愛を語ることでごまかした。私にとってはメインよりお茶漬けの方が大事だ。

 猫たちは夢を中断して突然の贈り物を受けた。その意味を正確に受け止めたものは誰もいなかったようだ。

 煮っ転がしを仲間内で頃がしながら、新しいゲストの下へ運んで行った。

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マジック5

2022-07-21 02:32:00 | ナノノベル
「歩が5枚出ましたので……」
「ちょっと待った!」
 五段が振り駒の結果に待ったをかけた。
 1枚の歩をつかむと反転させながら盤上に打ちつけた。
「裏がない!」
 歩はと金に成らず歩のままだ。
「君、これは……」
 記録係はマジシャンの卵だった。

「ここでは封印したまえ」
 立会人が厳しく注意した。
 青年は非を認め小道具をポケットにしまった。
「それでは振り直しです」

(今度はと金が出ますように)
 挑戦者は祈りながらその手をみつめていた。
 五段にとってこれが初めてのタイトル挑戦だった。

シャカシャカシャカシャカ♪

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モダン・ホラー・ホテル

2022-07-20 01:16:00 | ナノノベル
 チェックインしてまもなく部屋にカビがみつかったが、それは些細なことにすぎなかった。
 しばらくすると壁がプチプチ言い始めた。窓がガタガタと震える。首相の記者会見が始まったと思えば、パッと途切れてテレビはざーざー土砂降りのよう。ベッドが浮き上がり、その下に潜んでいたヒョウはまだ大人しく眠っているようだ。バスルームでオットセイが鳴いたような気がしたが、行かない方がよい。突然、冷蔵庫が開いた。2秒置きに鳩が飛び立って、窓に体当たりしては落ちる。
 こんな環境では、集中して怪談話を書くことなどできない。
 鳩の羽をかいくぐって、私は受話器を取った。

「部屋かえてもらえますか」
「理由をご説明願います」
「カビです。あと、ベッドと冷蔵庫とバスルームも……」
「ありがとうございます。チェックアウト手続きが完了しました」
 その時、何者かの爪が私の肩をかき始めた。

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ヘブンズ・タッチ

2022-07-16 03:27:00 | ナノノベル
 1枚の絵が俺の目にとまった。この絵を持ち帰って自分のものにすることで、俺は新しい作風を切り開くことができるだろう。そんな絵を俺はずっと探し歩いていたのだった。
「これをもらおうか」
「ごめんなさい。これは売り物じゃないんです」
 えっ?
「いやー、そこをなんとか、お願いしますよ」
「いやー、これだけはちょっとねえー」
 そうか。仕方ないな。

チャカチャンチャンチャン♪

「これでどうだ。手を上げろ! 金を出せ!」
「くそー。強盗か!」
「そうじゃない!」
 断じてそれは認められない。
「店主と強盗という構図を描かせたのは主人、あなただ!」

チャカチャンチャンチャン♪

「わかりました。こちらが折れましょう」
 ピストルをみて店主は態度を変えた。
「50万。それでいかがでしょうか」
 なんだ。値がつくんだ……。

チャカチャンチャンPayPay♪

「あんた、絵を!」

 もういいんだよ。
 俺は背中で主人に別れを告げて歩き始めた。
(高い授業料になったな)
 だが、俺が望んだのはあの絵のタッチ。荷物はいらないぜ。俺は俺なりのタッチをみつけなくちゃ。
 

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指先ジェラシー

2022-07-15 03:14:00 | ナノノベル
「僕らは指先から近いところから滲み出て行く。その方が人間の感情に寄り添うことができるから」
「感情に近すぎて、あとで見返した時に、筆者自身が理解に苦しむ光景を何度も見た。なんと哀れな」
「あなたたちはカチカチと乱暴だ。僕らはいつもサラサラと水のように流れて行く。だから、人の心に沁みるんだ」
「客観的であること。そのためには感情を排除することも必要なの」

チャカチャンチャンチャン♪

「客観的だって? ボタン1つで消えてしまうものなんて信用できないね」
「涙でかすれてしまうものの方が信用できないね。丸まってゴミ箱に飛び込んで行くようなものもね」
「好んでするわけじゃない! 僕らは人間をコントロールできない」
「私たちだってそれは同じよ」

チャカチャンチャンチャン♪

「僕らは人と直接つながっている。君たちはいちいち変換するみたいじゃないか。『書く』というだけで大層な候補を踏ませるみたいじゃないか。どうせボタン1つで消えてしまうくせにね」
「私たちは消えない。涙なんかで消えたりしないんだ! クラウドが後ろで支えてくれるからね」
「クラウドって何さ!」

チャカチャンチャンチャン♪

「君は君で書いて行きなさい!」

 Pomeraがカチッと突き放した。
 ペンはくるりと回って輝きを放った。

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星のテスト生

2022-07-14 01:14:00 | ナノノベル
「青っちょろい星だな」
 第一印象は取るに足らないようなものだった。僕はテスト生として送り込まれた。この星に生きる値は存在するか。結論を急かすような奴ばかりいて、ミッションはいつも落ち着かない。
 ある時、チョコレートを食べて僕は顔をしかめたが、次の日にクランキーを食べると気持ちが浮き上がった。ある教授と話した時には俯瞰的な観点に立つばかりで興醒めしたが、次の日に学生から聞いた話には普遍的な物語性があって心が躍った。一進一退。同じことをしても同じようにならない奇妙さ。

「思わせぶりな星だ」
 僕には荷が重いのかもしれない。肯定と否定の波に揺られながら各界をさまよった。ピザを広げ、雨に歌い、球を蹴り、釘を打ち、お茶を点て、ワインを寝かせ、風に問い、詩に打たれ、転がっていく。トライ、トライ、トライ、トライ……。狭くて広い世界に浮き沈む。

「生存価値は認められますか?」
 Zoomの向こうでアナウンサーが迫る。
「○か×かでお願いします!」
 僕はそれぞれの手に旗を持って掲げてみせた。
「それはずるいですよ博士。皆様が納得するような……」

 うっせーな!
(お前が来てお前が感じろ)

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寿司回り道

2022-07-13 22:36:00 | ナノノベル
「うちの修行は厳しいぞ」
「はい」
「お前の好きを試すぞ」
「覚悟はできています」
 一人前の寿司職人になるために、僕はここに来た。
「まずはこれを全部読め!」
 最初からネタやシャリに触れられないことは予想していた。しかし、これは……。大将が出してきたのはみんな野球マンガだった。
「寿司マンガなんか100年早いぞ!」
 そうか。遠いところから始まるんだな。

チャカチャンチャンチャン♪

 3年後。

「握ってもらうぞ」
 突然、マンガの終わりが告げられた。
「はい」
「素振り1000回だ!」
 大将が持ってきたのはバットだった。
 まだ野球かよ。本当に遠い道だな……。
 僕はバットを握りしめ、それから素振りを繰り返す日々が続いた。

(一人前になるまで帰らない)
 そう誓って家を出たのは遠い昔の話のように思える。
「修行は厳しいか?」
「ああ、まあね」
「そうか。順調に進んでるか?」
「……。少しずつね」
「そうか……」
 父の声が遠くなっていく。
 まだ、僕は駆け出してもいない。

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ハットに抵抗

2022-07-12 02:56:00 | ナノノベル
「寿司にしてやろうか」

 そう言う時の父は何ともうれしげだった。
 親戚から魚が届くと父は張り切って寿司を作った。
 自分で魚を釣って帰ると父は迷わず寿司を作った。
 父のハットには秘密があって、どんな時でもハットを脱いでさっと裏返すと不思議なことにそれはすぐに釜になって、そこにはシャリが用意されているようだった。その原理を父は誰にも説明しようとしなかったが、少し甘みの強いシャリは絶品だったのだ。

 小さかった僕が転んで帰って来た時、虫に刺されて帰って来た時、先生に殴られて帰って来た時、父はいつでもこう言った。

「寿司にしてやろうか」

 どんな痛みもネタに変えられるのだということを、僕は父の腕から学ぶことができた。
 シャリには随分とうるさくなったものだが、父と同じような寿司の道を志すことはなかった。ハットを被ることに抵抗が強かったのだ。

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ブラック・ボックス

2022-07-09 02:54:00 | デリバリー・ストーリー
数珠となり四つ橋筋を横切った配達員は塩草へ行く

バイクより風を切れないためでしょう 私の単価300

報酬は公正な抽選により平等に振り分けております

ブーストとかけ合わさって消えて行く調整金はウバッグの中

7月の正午に伸びたiPhone 冷やしうどんは運び切れない

選ばれし勇者ではないささやかな昼の選択うどんかそばか

AIがダイスを振ったクエストに泣いてもなにわうどんは旨い

当選の夢をみていた縁側でハーゲンダッツ今日はひと口

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マジック・たこボール

2022-07-08 04:12:00 | ナノノベル
 クリエイティブな動きを重ねていると体力がすり減っていく。倒れる前に塩分を補給しなければならない。そのために何を置いても手に入れるべきはたこ焼きである。たこ焼きは駅前や街の角っこなど至るところで売られていて、手頃な値段で購入することができる。注文の方法としてはまずたこ焼きと宣言した後、味や個数を告げてもいいが、いきなり「6個で!」と叫んでも概ね問題はない。

「6個!」
「毎度!」

「ありがとう」
 お礼を言って受け取った僕の手の中は空っぽだ。エアー式という流行のサービスらしい。楽しみはあとからあとから徐々に集まってくるのだ。期待を胸に歩いていると勇ましく腕を振りながら走ってきたランナーが、突然足を止めた。
「そんなのは寿司じゃない。映画じゃない。アートじゃない。何を言われても平気。私はただのランナーなのだから。どうぞよろしく」
 そう言いながら差し出した手の中に、楊枝にさされた一玉のたこ焼きがあった。アスリートの手から受け取ったたこ焼きは、燃えるような熱さだ。中にはしっかりと歯ごたえのあるたこが入っている。ほくほくと口の中で旨味が溶けていくようだ。食べ歩く内にメインストリートを抜けて田舎道に迷い込んだ。一つでは物足りない。空っぽになった口が、次のごちそうを求めていた。どこからか川のせせらぎが聞こえる。こんなところに知らない川が流れていたか。

どんぶらこ♪
どんぶらこ♪

 上流から大きな西瓜が流れてくる。川辺にいたおじいさんが網を伸ばして西瓜をすくい上げた。
「止まってはならない。人間は決して満足を覚えない生き物なのだから」
 そう言って鉈を振り下ろすと西瓜はまっぷたつに割れて、中から一玉のたこ焼きが出てきた。

「若者よ、これはお前のか?」
「そうかもしれません」
「だったら受け取られよ!」
「はい!」

 楊枝のささったたこ焼きに手を伸ばし、迷いなく口の中に放り込んだ。西瓜の中に眠っていたたこ焼きは、驚くほどの熱を持っていた。ほくほくとする内にどんどん旨味があふれ出してくる。この一瞬のために、僕はここまで歩いてきたのだろう。熱い熱い。あの、おじいさん。普通の格好をしていたけれど、魔法使いだったりしてな。溶けるように消えていく一玉のたこ焼き。まだ足りない。まるで足りない。
 口惜しさが思い出させるのは、いつか敗れ去った恋だった。あの頃の僕は魂より愛していただろうか。記憶はどのようにでも加工することができた。人生は一つのパッケージに詰め込まれたたこ焼きのようなものではないか。すべてが作り物にすぎないとすれば、その中に含まれた恋心が真であるはずがない。そう思えば何か清々しく、またどこか寂しいようでもある。
 横断歩道が歌い始めた。真実の愛を問う歌だった。真ん中まで渡ったところでドラムは止み、ボーカルだけが力強く語り始める。「どうせ世界が終わるなら今夜はハードにドレッシング」歌が途切れると地下トンネルの中に入っていた。

「こんな時間に命が惜しくないとみえるな。幾らか置いて行け。そうすれば命だけは助けてやろう」

「幾らですか?」

「お前で決めろ!」

「まあいい。行け」

「僕の命がたった2000円か? 随分安くみられたもんだ」

「ん? もっと上げてもいいぞ」

「1万だ」

「よし。もらっておこう。行け」

「こんなものかよ。僕がこんなもんだって?」

「ちょっと待て。決めたのはお前だぞ」

 僕は自分の価値をつり上げることができるのだ。

「こんなものかよ」

「もっともっと上げてみるか?」

「足下みやがって」

「どういう意味かわかってるのか」

「PayPayでもいいのか?」

「駄目だ。キャッシュだ」

「つまらねえ店だな」

「合格だ」

「えっ?」

「手を出しなされ」

「これは?」

「未来への希望が入った箱だよ」

 そうしてどこからともなく贈り物が届く。そんな夜だった。

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街の串刺し

2022-07-07 03:25:00 | 短い話、短い歌
 渡りかけたところに、焼き鳥が3本落ちていた。
 何があったのか。恐らくこういうことだ。
 その人は焼き鳥の入ったパックを抱えて歩いていた。ちょうど踏切の前を通りかかった時、かんかんと音が鳴り出したので慌てて駆け出した。元々あふれんばかりに収まっていた焼き鳥は、勢い余って飛び出してしまった。落ちてしまったものは仕方がない。その人は振り返るよりも踏切を渡ることを優先し、遮断機が下りてしまう前に踏切を渡り終えた。その後何人もの人が踏切を渡る時に焼き鳥の存在に気づいたり一瞬目を留めたりはしたものの、あえてそれを手にしたり交番に届けたりする者はいなかった。
 その人は家に帰ってから焼き鳥で埋めるはずだった空腹を、カップ麺等で埋めたのだろう。冷たくなった焼き鳥に最初に触れるのは、この街に住む鴉かもしれない。




振り返るよりは進もう串刺しの未練は鴉きみのおやつさ

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