「右見て、左見て、そう」
「月を見る。一旦月を見てさあどうする。どうもしない。もう1度やり直そう」
「右見て、左見て、そう」
「月を見る。もう1度月を見る。君は月を見る。月も君を見ている。先生も同じく月を見る。月はもう十分に見た。さあ次に進むのだ」
「右見て、左見て、ほら!」
「月を見る。高々と月を見上げる。月を見上げて一呼吸。吸い込まれそうな月を見つめたら、内側から未知なる気力が充実してきます。さあ、いよいよ前に進み出せそうな予感がしてきたよ。さあ」
「右見て、左見て、そうか」
「そうか……」
「君は空が好きか。そんなに空が好きか。純粋に空を愛するか」
この先の道を君はまだ知らない。未知なる向こう側に渡ることを君はためらっている。君はそれよりも遥かによく知った現在地の中にいて、ずっとためらい続けている。その中がどれほど苦しみに満ちていようとも、どこにも逃げ場がないようであっても、決して未知なる向こう側に渡ることなく、延々と迷い続け、ためらい続けているのだ。君はそこにいて決して先を急ぐことはない。それは誰かに後悔の年表を書かせないために。延々と続くかもしれない後悔の年表。
もしもあの時、ああしておけば。もしもあの時、ああしなければ。こうすればよかった。こうしなければよかった。いやそもそもが間違いだった。あの時がいけなかった。あの時だったかもしれない。それはあの時だったのかもしれない。あの時ならまだ間に合った。あの時だったら間に合ったのに。あの時に誤った。あの時に間違えた。あの時の選択が愚かだった。あの時の一言が余計なものだった。余計なことを言わなければよかった。大切なことを言えばよかった。言わなければならなかった。どうしてそれをしなかったのか。どうしてそれをしてしまったか。どうして、どうして愚かだったのか。延々と続く、終わりのない、もしも……。
そのために君はそうしてためらいの中に留まっているのだ。
決断するよりも遥かに重く長々とした、ためらいの中で息をしている。
先生も一緒だ。
「さあ、共にためらい続けよう」
「クリスマスソングをかけようか?」
「早過ぎない?」
「早いとか遅いとか言っている連中に限って……」
「何か不満があるのね」
「いつも同じものばかり聴いているんだ」
「例えばどんな曲を聴いているの?」
「例えば、彼らはポテトチップスばかり食べているのさ」
「お菓子の話に変わったの?」
「欲のない連中だよ」
「欲深いよりはましなんじゃない」
「彼らには欲望が足りないのさ」
「欲張りすぎよりはよほどいいんじゃない?」
「彼らはJ POPと80' s POP だけで満足なのさ」
「人それぞれに好きなジャンルはあるでしょう」
「クリスマスになってからでは間に合わないのに」
「どうして間に合わないの?」
「君は人の話をろくに聞いていないんだね」
「話にもよるけれど、そういう時もあるかもね」
「あわててかけても手遅れなのさ」
「また来年のクリスマスがあるじゃない」
「一線を越えた後ではもうかけられないというのに……」
「季節はずれに雪が降ってもいいんじゃない?」
「その時にだけ意味があるものがあるんだよ」
「例えばどんな風に?」
「君の例え話にはうんざりだよ」
「例えるのはあなたの方よ」
「ああ、早くクリスマスソングをかけなければ」
「クリスマスが終わるまでにね」
12月の果てにたどり着こうと人々は煌びやかな光に満ちた12月の中を急ぎ足で通り過ぎる。たどり着こうと歩き始めたはずなのに、人々は眩しすぎる12月の光を目の前にするとふと足を止めてしまう。12月の心の中にたどり着くことに抗おうとするもう1つの勢力が存在するかのように足を止めて、自分たちの手元にも12月の光の粒を持ち帰ろうと、12月の街中を探し回るのだ。木々を集め、素材を集め、クリスマスツリー学校を卒業したまちびとに、ウィットやユーモアに富んだ12月のクリスマスツリーを装飾するためのアドバイスを求め、数多い12月の作業の中の1つとして12月の身を捧げ、12月の骨を折るだろう。
「何を吊るすかというのは、これといった決まりはありません」
まちびとは12月の人々にそう言って優しく12月のアドバイスを送る。
12月のトランプ、12月のサイコロ、12月の消しゴム、12月の傘、12月のチョコレート……
「私が学んだことは、決まりごとに縛られていては何も吊るせないということでした」
12月のサインペン、12月のクマさん、12月のカルタ、12月の鉛筆、12月のロケット、12月の願い事……
早くお正月がきますように!
12月のケーキ、12月のパスタ、12月のチーズ、12月のピッツァ、12月のスープ、12月のシチュー、12月のポトフ、12月のサラダ、12月のソテー、12月の和気藹々が通り過ぎた後の12月の皿を洗うために、まちびとは12月のパーティーの奥で12月のお湯を溜め込むだろう。12月のトナカイのいびきのように12月の洗浄機は長々とお湯を溜め込んで、それは12月いっぱいになるまで決して開けてはならないのだったけれど、12月の逸る気持ちを抑え切れないまちびとは、ついつい開けてしまうのだろう。からからと乾いた声で12月の鬼が笑う声が、12月のBGMに混じって聞こえる。
12月の従業員の好みで、ころころと曲がまた変わってしまうのだろう。
「ロックは嫌いなんだよ」
そして、ラモーンズからカーペンターズへ。
「不完全な12月の中で完全なクリスマスを求めてしまった」
12月のパーティーを終えた人々が固まって何もないところに12月の行列を作った。12月の枠の中から零れ落ちまいとして、12月の人々はわけもなく着飾られた12月の背中にくっついた。少しでも12月の間を詰めることで、12月の冷気をのけ者にして、見知らぬ12月の布に身を寄せるとその意味も目的も考えずに12月の列を作った。12月の背中に答は書いていなくても、自分の後に続く12月の連なりの中に信頼できるものがあると思うのだろう。何もないところに列ができるなどと考えるよりも、何かがあるから列ができると考える方が、遥かに自然に前向きな12月に思えるのだろう。12月の列の先に何があるのかわからなくても、背負っているのは12月のすべてだった。
「不完全だから愛されるのかもしれないよ」
「どこに続いているのですか?」
「楽しい場所に」
「楽しいな」
「楽しいな」
「今が1番、楽しいな」
クリスマスツリーに吊るされるはずだった12月の犬を抱きながら、まちびとはめきめきと12月の骨が治る音を聞いた。12月の犬はあたたかく、12月の人々はみんな期待に満ちていて、まちびとは優しい12月が少しでも長く続くことを望みながら、12月の列につながっていた。いつまでもなくならない12月の列の中で、永遠にたどり着かなければいいと夢見ながら。
「紅鮭かな」
「イクラかな」
「梅干かな」
「楽しいな」
「楽しいな」
「今が1番、楽しいな」
まちびとはうっとりとした12月の期待の中に包まれて、軽やかなめまいを覚えた。
「ウォッカの中にミルクが入っている時はどうなんだ」
「その子は月を見ていたんだ」
「どんな顔で見ていたの?」
「僕とは違う目をしていたよ」
「例えばどんな目だったの?」
「例えば、僕が子供の頃に星を見ていたような目だ」
「それであなたはどうしたの?」
「一緒に月を見たんだ」
「どんな顔で見ていたの?」
「今と同じような顔さ」
「冴えない感じね」
「大人の顔はいつも同じさ」
「それが残念なのね」
「星は星、月は月としてしか見えなくなってしまったんだ」
「昔はどうだったの?」
「その子は、ずっと遠くを見るような目で……」
「あなたも本当はそうだったのね」
「ほんの少しの時間で変わってしまったんだ」
「長い年月とも言えるんじゃない?」
「変わったのは僕の方さ」
「変わらなければ誰も生きていけないでしょ」
「その子は、何度も月を見ていたんだよ」
「それがあなたの望みではなかったの?」
「わからない」
「わからない?」
「目の前のものしか見ていなかったのかもしれない」
「それで一緒に月を見たのね」
「とても静かな夜だった」
「人も車もどこかに行ってしまったみたいね」
「クリスマスソングでもかけようか?」
「もう明けたみたいよ」
「そうか、それは残念だ」
「少しゆっくりしすぎたみたいね」
「まあ慌てすぎるよりはいいさ」
「聴きたければかけてもいいのよ」
「やめておくよ」
「別にいいのに……」
「今年も、クリスマスにはならなかったか」
・
「月を見る。一旦月を見てさあどうする。どうもしない。もう1度やり直そう」
「右見て、左見て、そう」
「月を見る。もう1度月を見る。君は月を見る。月も君を見ている。先生も同じく月を見る。月はもう十分に見た。さあ次に進むのだ」
「右見て、左見て、ほら!」
「月を見る。高々と月を見上げる。月を見上げて一呼吸。吸い込まれそうな月を見つめたら、内側から未知なる気力が充実してきます。さあ、いよいよ前に進み出せそうな予感がしてきたよ。さあ」
「右見て、左見て、そうか」
「そうか……」
「君は空が好きか。そんなに空が好きか。純粋に空を愛するか」
この先の道を君はまだ知らない。未知なる向こう側に渡ることを君はためらっている。君はそれよりも遥かによく知った現在地の中にいて、ずっとためらい続けている。その中がどれほど苦しみに満ちていようとも、どこにも逃げ場がないようであっても、決して未知なる向こう側に渡ることなく、延々と迷い続け、ためらい続けているのだ。君はそこにいて決して先を急ぐことはない。それは誰かに後悔の年表を書かせないために。延々と続くかもしれない後悔の年表。
もしもあの時、ああしておけば。もしもあの時、ああしなければ。こうすればよかった。こうしなければよかった。いやそもそもが間違いだった。あの時がいけなかった。あの時だったかもしれない。それはあの時だったのかもしれない。あの時ならまだ間に合った。あの時だったら間に合ったのに。あの時に誤った。あの時に間違えた。あの時の選択が愚かだった。あの時の一言が余計なものだった。余計なことを言わなければよかった。大切なことを言えばよかった。言わなければならなかった。どうしてそれをしなかったのか。どうしてそれをしてしまったか。どうして、どうして愚かだったのか。延々と続く、終わりのない、もしも……。
そのために君はそうしてためらいの中に留まっているのだ。
決断するよりも遥かに重く長々とした、ためらいの中で息をしている。
先生も一緒だ。
「さあ、共にためらい続けよう」
「クリスマスソングをかけようか?」
「早過ぎない?」
「早いとか遅いとか言っている連中に限って……」
「何か不満があるのね」
「いつも同じものばかり聴いているんだ」
「例えばどんな曲を聴いているの?」
「例えば、彼らはポテトチップスばかり食べているのさ」
「お菓子の話に変わったの?」
「欲のない連中だよ」
「欲深いよりはましなんじゃない」
「彼らには欲望が足りないのさ」
「欲張りすぎよりはよほどいいんじゃない?」
「彼らはJ POPと80' s POP だけで満足なのさ」
「人それぞれに好きなジャンルはあるでしょう」
「クリスマスになってからでは間に合わないのに」
「どうして間に合わないの?」
「君は人の話をろくに聞いていないんだね」
「話にもよるけれど、そういう時もあるかもね」
「あわててかけても手遅れなのさ」
「また来年のクリスマスがあるじゃない」
「一線を越えた後ではもうかけられないというのに……」
「季節はずれに雪が降ってもいいんじゃない?」
「その時にだけ意味があるものがあるんだよ」
「例えばどんな風に?」
「君の例え話にはうんざりだよ」
「例えるのはあなたの方よ」
「ああ、早くクリスマスソングをかけなければ」
「クリスマスが終わるまでにね」
12月の果てにたどり着こうと人々は煌びやかな光に満ちた12月の中を急ぎ足で通り過ぎる。たどり着こうと歩き始めたはずなのに、人々は眩しすぎる12月の光を目の前にするとふと足を止めてしまう。12月の心の中にたどり着くことに抗おうとするもう1つの勢力が存在するかのように足を止めて、自分たちの手元にも12月の光の粒を持ち帰ろうと、12月の街中を探し回るのだ。木々を集め、素材を集め、クリスマスツリー学校を卒業したまちびとに、ウィットやユーモアに富んだ12月のクリスマスツリーを装飾するためのアドバイスを求め、数多い12月の作業の中の1つとして12月の身を捧げ、12月の骨を折るだろう。
「何を吊るすかというのは、これといった決まりはありません」
まちびとは12月の人々にそう言って優しく12月のアドバイスを送る。
12月のトランプ、12月のサイコロ、12月の消しゴム、12月の傘、12月のチョコレート……
「私が学んだことは、決まりごとに縛られていては何も吊るせないということでした」
12月のサインペン、12月のクマさん、12月のカルタ、12月の鉛筆、12月のロケット、12月の願い事……
早くお正月がきますように!
12月のケーキ、12月のパスタ、12月のチーズ、12月のピッツァ、12月のスープ、12月のシチュー、12月のポトフ、12月のサラダ、12月のソテー、12月の和気藹々が通り過ぎた後の12月の皿を洗うために、まちびとは12月のパーティーの奥で12月のお湯を溜め込むだろう。12月のトナカイのいびきのように12月の洗浄機は長々とお湯を溜め込んで、それは12月いっぱいになるまで決して開けてはならないのだったけれど、12月の逸る気持ちを抑え切れないまちびとは、ついつい開けてしまうのだろう。からからと乾いた声で12月の鬼が笑う声が、12月のBGMに混じって聞こえる。
12月の従業員の好みで、ころころと曲がまた変わってしまうのだろう。
「ロックは嫌いなんだよ」
そして、ラモーンズからカーペンターズへ。
「不完全な12月の中で完全なクリスマスを求めてしまった」
12月のパーティーを終えた人々が固まって何もないところに12月の行列を作った。12月の枠の中から零れ落ちまいとして、12月の人々はわけもなく着飾られた12月の背中にくっついた。少しでも12月の間を詰めることで、12月の冷気をのけ者にして、見知らぬ12月の布に身を寄せるとその意味も目的も考えずに12月の列を作った。12月の背中に答は書いていなくても、自分の後に続く12月の連なりの中に信頼できるものがあると思うのだろう。何もないところに列ができるなどと考えるよりも、何かがあるから列ができると考える方が、遥かに自然に前向きな12月に思えるのだろう。12月の列の先に何があるのかわからなくても、背負っているのは12月のすべてだった。
「不完全だから愛されるのかもしれないよ」
「どこに続いているのですか?」
「楽しい場所に」
「楽しいな」
「楽しいな」
「今が1番、楽しいな」
クリスマスツリーに吊るされるはずだった12月の犬を抱きながら、まちびとはめきめきと12月の骨が治る音を聞いた。12月の犬はあたたかく、12月の人々はみんな期待に満ちていて、まちびとは優しい12月が少しでも長く続くことを望みながら、12月の列につながっていた。いつまでもなくならない12月の列の中で、永遠にたどり着かなければいいと夢見ながら。
「紅鮭かな」
「イクラかな」
「梅干かな」
「楽しいな」
「楽しいな」
「今が1番、楽しいな」
まちびとはうっとりとした12月の期待の中に包まれて、軽やかなめまいを覚えた。
「ウォッカの中にミルクが入っている時はどうなんだ」
「その子は月を見ていたんだ」
「どんな顔で見ていたの?」
「僕とは違う目をしていたよ」
「例えばどんな目だったの?」
「例えば、僕が子供の頃に星を見ていたような目だ」
「それであなたはどうしたの?」
「一緒に月を見たんだ」
「どんな顔で見ていたの?」
「今と同じような顔さ」
「冴えない感じね」
「大人の顔はいつも同じさ」
「それが残念なのね」
「星は星、月は月としてしか見えなくなってしまったんだ」
「昔はどうだったの?」
「その子は、ずっと遠くを見るような目で……」
「あなたも本当はそうだったのね」
「ほんの少しの時間で変わってしまったんだ」
「長い年月とも言えるんじゃない?」
「変わったのは僕の方さ」
「変わらなければ誰も生きていけないでしょ」
「その子は、何度も月を見ていたんだよ」
「それがあなたの望みではなかったの?」
「わからない」
「わからない?」
「目の前のものしか見ていなかったのかもしれない」
「それで一緒に月を見たのね」
「とても静かな夜だった」
「人も車もどこかに行ってしまったみたいね」
「クリスマスソングでもかけようか?」
「もう明けたみたいよ」
「そうか、それは残念だ」
「少しゆっくりしすぎたみたいね」
「まあ慌てすぎるよりはいいさ」
「聴きたければかけてもいいのよ」
「やめておくよ」
「別にいいのに……」
「今年も、クリスマスにはならなかったか」
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