犯人像を追って私たちは犯人の部屋まで入り込むことに成功した。
そこは一見してどこにでもあるような普通の部屋だった。だが、よくよく観察する内に様々な疑問が浮かび上がってくる。
水玉模様の青いカーテンが引かれていた。犯人はこれで世界を丸ごと包み込もうとしたのだろうか。
テーブルの上に無造作に置かれた国語辞典を手に取ってみた。犯人はこれでどんな単語を引いたというのだろうか。耳を当ててみたところで国語辞典は何も答えない。
床に置かれた無数のハンガーが犯人の日常を物語っている。同じ服ばかり着ているのでは飽きてしまう。
飽きっぽい性格はぽつんと残されたリモコンからも容易に想像することができる。ドラマ、ニュース、スポーツ中継、バラエティー、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメ、ドラマ、ライブ、ドラマ、ショップチャンネル。犯人はそうして次々とチャンネルを変えていった。
(何でもよかった)
そこに現れる映像ならば何でもお構いなし。そのような手の動きがまだリモコンの上に刻まれている。
不機嫌に俯いたままの電気スタンドの向こう。タコ足配線だ。駄目だとわかっていてもやってしまう。犯人の意志の弱さがこんなところからも顔を出す。
散らばったマンガの先にプレイステーション。その奥には昨日遊んだようにオセロゲームがそのままの形で保存されている。犯人はどこで白から黒へひっくり返ってしまったのだろう。部屋の四隅はその答えを何も持たない。
爪切りの横に小さな鼻毛切り鋏が寄り添うように並んでいる。
(私たちはいつも一緒)
犯人はこれで鼻毛の手入れをしていたというのだろうか。まるで私たちが日常的にそうするように。
瞬間、私は距離感を失って犯人の部屋の中でバランスを失い転倒してしまう。
一足ごとに几帳面に束ねられた靴下が部屋のあちらこちらに散乱している。それと同じほどの数のノートがやはり部屋中に放り出されており、枕元にはそれとは別に膨大な数のノートが積み上げられている。
私はその中にある一冊をふらふらと手に取った。ページを開いた時、私は自分の軽率な行動を深く後悔することになる。
「なんて素敵な詩だ!」
それは神さまへ向けたラブレターか。内容について一切触れることはできない。しかし、そこにあるのは読むほどに深く引き込まれてしまうような悪魔的な魅力だ。
ここにきて犯人像が根底から覆されてしまう。作品と作者の間にある溝に入り込んでまるで身動きができない。そこから抜け出すまで半日を待たねばならなかった。
まるで脈絡もなく収まっているように見える本のタイトルの中には海外のファンタジー小説も含まれている。
冷蔵庫は昨日見た幽霊のように白い。
重々しい形状の電子レンジ。犯人はこれでいったい何をチンしていたのだろう。
その時、私は急な寒気に襲われて部屋から飛び出した。
犯人は元少年でごく普通の人間の父と母の間にできた模様だ。
残された部屋が犯人のすべてを実に雄弁に語っている。
だが、そのほとんどは空耳にすぎない。
私は部屋を出て数歩歩く内に変わりつつある自分に気がついた。
少なくとも、今の私は何を信じてよいかわからない。