長い旅路の果てに僕は盤上から消えた。千駄ヶ谷の魔神の駒台の上には、豊かな個性が揃っていた。中盤で激しい戦いが起こり、流れはもはや止まらない。至るところで歩がぶつかっている。次の接触でまた誰かが宙に舞い、こちら側の世界に移ってくるだろう。「大きな奴がやってくる」そんな噂が聞こえるが、ここから中央を俯瞰で見ることはできない。私は険しい旅路の果てに盤上から消えた。
そして、今は千駄ヶ谷の魔神の駒台の上にいます。今までいたところから比べると随分と狭く感じられるこの場所が賑わっていることが、現在の戦況を物語っていることは言うまでもないでしょう。それにしても狭い。いつまで持ちこたえることができるでしょうか。定員オーバーに達することはもはや時間の問題と思えます。(もしもそれまでこの戦いが終わらなければ)またどこかで駒が接触する音が聞こえます。「さあ、向こうに寄って」「スペースを空けて」魔神の指に導かれて、私たちは次の備えを急ぎます。俺は長い旅路の果てに盤上から消された。
今はこんな狭いところに押しやられた。この辺りでは既に多くの不満がくすぶっているようだ。だが、それもすぐに消えるだろう。120手オーバーはない。俺の読みでは、もうすぐどちらかが詰み形を築くだろう。
「おい次の奴がくるぞ」
「もっと寄って」
「もっと詰めて
「これ以上は無理だ」
「何するんだ? 落ちちゃうじゃないか!」
「もっとまとまって。上手くまとまって」
「そうだ。使われやすいように」
「小駒は小駒で順に並ぼう」
僕は銀と交わってここまでやってきた。千駄ヶ谷の魔神の戦果はこの狭い駒台の上にあふれている。先ほど見た様子では、既に寄り筋は近づいている。ため込まれた戦力は、その時一気に爆発するだろう。「おーい。もっと寄って」「ギリギリまで詰めて」「またやってくるぞ」私は馬に食べられてここまでたどり着くことになりました。
千駄ヶ谷の魔神の力は恐ろしく、この小さな空間が今の充実ぶりを物語っているのです。けれども、もうスペースは多く残っていません。
「強すぎるよ
「あふれるほどに強い」
「本当に?」
「疑う余地なし」
「欲張りじゃないの?」
「寄せを知らないんじゃない?」
「そんなことはない」
「もうすぐわかるよ」
「どうして私たちにわかるの?」
この状態が続けば、いったいどうなってしまうのでしょう。私たちには他にスペースはないのです。私たちが体を持たない言葉なら、あるいはグラスの中の氷なら、時の力に任せて溶けていくこともできる。けれども、私たちは皆それぞれの利き腕を持った駒。指先の力を借りずにどこかへ向かうことはできないのです。インプットに費やした時を、外へ向いて放出する手番はそこに迫っています。
「なんで捨てられちゃったんだろう」
「なんでこんな窮屈なんだ」
「捨てられたんじゃない。さばけたんだ」
「あの頃はうんと広かったな」
「これでよかったんだよ」
「みんな運命なんだから」
「ずっと残るよりはいいんだから」
「捨てられたのは、ちゃんと生きたってことだよ」
「いいように言うね」
「また捨てられるの」
俺は時を稼ぐためにここにきた。ふりだしの頃に比べて価値観は様変わりした。見回すまでもなくここは既に飽和している。戦いの質が、俺の予想を超えたからだ。臨時列車はこないのか。時間がない。白紙の上に線は引き尽くされた。カウントダウンの声が、盤上に響いている。もうすぐ、また俺の出番がくる。俺たちは皆これから向きを変えるのだ。
「何が残ると言うの?」
「何も残らない」
「残ってたら駄目なんだよ」
「だけど残っていてほしい」
「だから君は重いんだよ」
「次の奴がくるの?」
「もうこないの?」
「金ちゃんはいいな。最後まで残れる」
「それだけのことだよ」
「今日は違うかもよ」
僕は一手と引き替えにここにきた。時は金なり。最後に笑うのはどっちだろう。千駄ヶ谷の魔神か、それとも……。50秒を超えて、一秒一秒、時が細かく刻まれていく。再び、僕はここを離れるだろうか。僕たちの最後にたどり着く場所はいつも決まっている。それは同じようで同じではない未来だ。最後の一秒が読まれる。その刹那、魔神の指が僕の隣の駒にかかった。
「残せるのは思い出だけだよ」
「銀ちゃん。上手いこと言うね」
「何も上手くない」
「ああ。高い音!」
「なんて高い!」
「王手がかかってるぞ!」
「ああ。誰か入ってきた!」
「立会人だぞ!」
「違うぞ!」
「後がない! 連続王手だ!」
「違う! 観戦記者の人だ!」
「さあ、行くぞ!」
「僕も行くぞ!」