眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

追放者たち

2012-10-30 00:08:59 | クロワッサンの手帳
「どうしてスイッチを切ったの?」
「そろそろ切るべきだと思った」
「切ったら駄目になってしまうじゃない」
「いつまでも入れておいたらいけないと思ったから」
「いつまでも温かいままにしておけたのに。いつまでも、いつまでも切らなければ……」
 スプーンでご飯をすくってみるとそれは既に硬くなっていて、食べ難いコーンのお化けのようだった。僕はスプーンを奏でながら世界を旅して回った。

失敗したね。
取り返しのつかないことをしたね。
僕はクロワッサン。
コーヒーについてやってきた。

 帰れと言われたので帰ることにした。早速歩き始めると、「夜中に帰るな」と怒られたので帰らないことにした。落ち着いていると、何をしているさっさと帰れというので驚いて、早速帰ろうとしたら、「夜中に帰るな」と怒られて逆戻りした。やはり帰るに帰れないと落ち着いていると、とっとと帰れというので今度こそ本当に帰ろうとしていると、誰かが肩に掛かった鞄を引っ張って邪魔をした。
「帰れというから帰るんじゃないか! 理不尽じゃないか!」
「落ち着けよ。どこに行っても同じだぞ。同じ繰り返しだぞ」
 引き止められたので、少し落ち着くことにした。
「帰れ! おまえは友達じゃない。ここは学校じゃない」
 落ち着いているとやっぱり怒られた。

そうとも。
ここは銀行じゃない。
ここは公園じゃない。
ここは北極じゃない。
僕はクロワッサン。

「今度ドリアを食べるんだってな!」
 見知らぬ村人が僕の肩を叩いた。僕の奏でるスプーンの音が美しくて目に留まったのだ。

賛成。
大賛成。
きみの好物はドリア。
クロワッサンは蚊帳の外。

 ごめんなさい。ごめんなさい。僕は謝りながら地面を跳ねている。この野郎、この野郎。それでも父は許さずに、僕をドリブルし続ける。ごめんなさい。ごめんなさい。悪いのは、きっと僕。この野郎、この野郎。僕が跳ねる音が激しくて、父に僕の声は届かないのだった。徐々に僕の体は変形していき、声を失う頃には弾むこともできなくなっていた。
「出て行け!」と言うので出て行った。裸足のまま飛び出して、隣の町の山に登って、木から雲へと登った。馬鹿野郎。馬鹿野郎。まだドリブルが続いている気がする。
 追いかけてきたのは母だった。手に、僕の靴を持っている。

僕の名前はクロワッサン。
きみの演奏に耳を傾ける。
最小の友達。
破壊寸前の柔な理解者。

「今度ドリアを食べるんだってな!」
 道行く旅人が僕の肩を叩いた。僕の奏でるスプーンの輝きに魅入られて触れずにいられなかったのだ。

期待は決して裏切るな。
きみは期待のスプーン星。
ここにいるのは見物者。
本品は食べ物ではありません。

「お客様! ここは食事をする場所です!」
 なんと、わかり切ったことを言う男だ。僕は予期せぬ登場人物の出現にわが耳を疑わなければならなかった。
「演奏はやめていただけますか! ここは食事をする場所です!」
 なんと、皆が聴き入っていたのではなかったか。何度も何度も、わが耳を疑わなければならなかった。それでも、村長の言うことを聞かないわけにはいかないではないか。他ならぬ村長の言うことなのだ。今すぐスプーンを置いて演奏をやめるのだ。突然話しかけられて驚かなければならなかったのは、いかなる村人でもなく自分自身だったのだ。僕は今すぐここを出て行かなければならない。ドリアはどうなる? 僕はドリアを食べるとみんなが言っていたはずだけど。村長がチキンの陰に隠れて、まだ見張っている。失われつつあるドリアの温もり……。

うろたえたきみは、悪いことをしていたの。
今ならきみはここにいていい。
僕はクロワッサン。
食べてしまってもいいよ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出航の準備

2012-08-30 01:56:49 | クロワッサンの手帳
僕はクロワッサン。
限りない別行動を強いられた。
世界の隅っこに陣を取り、
一人の男を見つめてさよなら待ち。

 隣の席からおいしそうな匂いが零れてきて、僕はそちらの方を見たくて仕方がないのだけれど、物欲しそうな目を向けているようで、その仕草を気づかれてしまうことが怖いような、本当は他人の目などは問題ではなくて、そうして他人をどこかで羨むように見ている自分の仕草がどしても心にひっかかるからという理由で僕は決して、顔を向こうには向けないと決意したのだ。向こうから見えれば、まるで何事もないかのようにただ正面を向いて事に当たる男の姿が見える、またはこちらがそのように装ったという効果によって、向こうの人にとっては当然のように関心を注ぐ対象でもないのだ。そうとも僕は空気人間じゃあないか。

何だっていうんだ?
この人は自分の中に捕らわれているから、
僕を捕らえることはない人なんだ。
空気に馴染んだ差し入れ、
僕はクロワッサン。

 テーブルの下に何かを落として拾おうとする時に、僕の視線は引き付けられ。どのように構えても、人間は動くものを目で追わないことはできないというわけで。ずっと二人組みの女だと思っていた、その一人はぼんやりの捉えた視界の中でも小さく見えて、一旦テーブルを離れてまたすぐに伝票を取りに戻ってきて、そして女は先にレジの前で待っていて後から少年が駆けて行った。女二人はいつの間にか少年と母に入れ替わっていた。少年は硝子よりも柔軟で音符のように空を跳ねて、夜でも太陽と遊んでいる。

ずっと遊んでいればいいよ。
僕は遊びを見届け続ける、
唯一無二のクロワッサン。
どうか僕を知らないでくれ。

「地道にお弁当を作っているようだな」
 壁の上から覗き込みながら偵察者は言った。
「見逃してやるか……」
 作っているのはお弁当ではなかったけれど、僕は急いで弁当箱を手にとって、表面に多少の水滴がついていたけど構わずその中にご飯を詰めた。おかずなんて何もなくても、箱と飯さえあれば、お弁当と呼ぶことができるのだ。持ち運ぶあてのない弁当を作っている内に、もしかすると自分はこれから遠足に行くのかもしれないという疑念が白い米粒の先から湧き上がってきた。

遠足にはおやつが必要。
きみを壁からすくってあげる、
僕という名の船に隠れて、
出航の準備はいかが。

 禁じられた上映会の中には、僕に似た大きさの人たちが幾つも集まっている。その顔に疲れの色をつけていない人は一人もいない。疲れ、悲しみ、疑念の色……。子供ばかりではない。大人たち、テレビで見たことのある芸能人の姿もあった。僕は、帰りのバスの時刻を気にしていた。明日は学校のある日だった。
「ここは戻らない人たちが来ているのよ」
 母の小さな声が、僕を裏切り始めている。僕だって戻れないかもしれないのだ。何かの痕跡を残したくて、僕は自分宛にメールを打っておくことにした。伊藤さん(有名な芸能人)の名も入れておくことにしよう。誰かが僕を探し始める時の、小さな手がかりになることを願って。

何かに希望を託したように、
そして男は指を置きます。
男の周りを小さな点が舞っています、
それはかなしみの偵察生物。
こっちへ、こっちへ、
僕はクロワッサン。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お日様は太陽

2012-08-14 03:11:28 | クロワッサンの手帳
僕はクロワッサン。
コーヒーに間違えてくっついてきた。
その内きっと食べられる。まだ食べられない。
どうかな。
今のところ僕はクロワッサン。
男は僕に気がついているのか。
どうかな。

「昨日は山に登りました」
 と言ったけれどあまり興味はないみたい。先週は興味があったけれど、もうなくなってしまったのかもしれない。人の興味は移ろいやすいものだから、それも仕方ない。構わず続ける。
「登る途中で土砂降りになりました。でもちょうどよかった。頂上では風が涼しいくらいで。晴天よりはまだずっとよかったです」

僕なら晴れの方がいいけどな。
この人ちょっとおかしいんだ。だから人も話を聞いていないし。

 太陽を見に連れて行ってくれるということになって、歩いていくといつの間にか室内に入っていて、どんどん歩いていってとうとう暖簾を潜った。つるつると食べているうどんの上に、これは月じゃないか。月でも本当はないけれど、強いて言うならば月じゃないか。でも、本当は太陽なんてそんなに見たかったわけではないし、お腹が膨れる方がよかったかもしれないと思いながらも、少し不機嫌な振りをして、僕は小さな太陽に箸で穴を開ける。
「太陽が溶け出しました」
「きみは自然破壊者です」
「騙されたんだから、僕は被害者でしょう」
「私がしたのは、連れてくるまで。後のことは知らないよ」
 彼は言い逃ればかりするのだ。

お互いに無責任な人たちだな。
この人は昨日のことばかり見ているから、僕のことに気づかないんだ。
でもきっと僕は食べられるかも。
どうかな。

 車が戻ってきた。
「お父さんかな?」
 家から二軒離れた場所に陣取って様子を窺った。母はいつものように無用心で戸締りをしていない。家を透かし見ていると父は入ってこないようだ。誰も入ってこない。車が止まったようだったけれど、そういうことはよくある。足音を聞き分けることができても、車の音なんてみんなそう違わないのだ。ドンッ。車のドアが開く音がした。
「お父さんかな?」
 
 ガレージに近づいたついでにハンバーグとチャーハンを作っておいた。仕事をしたつもりだったけれど、本当は失敗をしたのかもしれない。作ってどうするの? すぐに食べに来なかったら、どうすればいい。一度作ってしまったらもう元には戻せないのだから、時間ばかりがすぎていって、熱も風味も下がっていくばかりなのだから。玄関にまで、匂いが広がっていたらどうしようか。僕はお腹が空いていて、本当はどちらかをもう食べてしまいたかった。僕が食べた方と反対側をお客さんが選んだら何の問題もないとして、僕はチャーハンを食べようかと思ったけれど、本当は僕はハンバーグが食べたいのだった。だけれど、僕が食べたいとしてそれならばお客さんだってハンバーグを食べたいだろうし、けれどもそれは絶対というわけでもないし、もしも失敗するとしてどうせなら本当に好きな方を食べて失敗した方がいいと思えるけれど、本当にいいのは失敗しない方だと思うし、失敗しないためにはどちらも食べないことが正しい判断である。といったところで、正しいことと欲望とを簡単に付き合わせることなんてできないのではないか。そうしてあれこれ、葛藤することは、何もしてないことと同じ外観をしていて。チャーハンもハンバーグもずっとそのままで。
「お父さんかな?」
 帰ってきたのは姉だった。たくさん買い物袋を抱えているけれど、僕へのプレゼントはないみたい。
「押入れの中のチョコレート食べていいよ」

男はキーボードに指を走らせて、誤字脱字の山を生産している。
どうして僕にそんなことがわかるだろう。
僕はクロワッサン。
男の日記を覗き見ている。
誰が僕を責められる?
その内、僕は食べられる。

 飲み干したと思っていたウーロン茶がテーブルの上に三センチばかり残っていた。眠る前、ほんの一瞬だったけれど、まだあるように思った。でも、自分を信じることをすぐにやめて、闇の作り出した答えの方を呑み込んでしまった。僕は正しかった。そして、誤った。今、朝の光がグラスの中を明らかにしてみせた。

男の指がだんだんとゆっくりになってゆく。
どうやらエネルギーが切れたみたい。
同時に僕の存在を気に留めたみたい。
ついにキーボードを離れて、指は僕の方に歩いてきた。
間もなく、僕は食べられちゃった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

犬とパナソニック

2012-08-03 01:24:14 | クロワッサンの手帳
僕は見たところクロワッサン。
コーヒーにくっついてやってきた。
見た感じ脇役で。
最後には、食べられてしまう。
どうかな。

 ずっと一本道なので迷う必要もなくあるくことができる。迷うことがないおかげで、立ち止まるのは信号待ちの時だけだった。
道はずっと真っ直ぐ伸びていたけれど、途中で上り坂が続くことがあった。後になって気づいたことだけれど、それは少しの苦しみを含んだ楽しみでもあった。その坂を上りきった後は、延々と平坦な道が続き、迷うことがないせいで、立ち止まることができるのは信号待ちの時だけだった。ずっと真っ直ぐ歩いていると、それは後になって気づいたことだけれど、太陽がずっと隣に寄り添って歩いているのだった。横顔の片側が、おかしいくらいにかゆくなってきたのだ。

この男、随分と鈍い男だな。
だから、僕のことも見過ごしてしまうだろう。
どうかな。
後になって、それに気づくのかも。

「おいで!」
 飼い主の声にも従わず、犬は清く正しくお座りをしている。その視線の先にいるパナソニックのおばちゃんは、少し困ったような少しうれしさを含んだような顔をしながら、店の奥に引っ込んだ。犬は、ついていくことはできなかったけれど、その瞳だけはおばちゃんと一緒に歩いていったように見えた
「おいで!」
 飼い主は、少しロープを引くけれど、犬は抵抗をやめようとしはない。
 ロープは3メートルもあった。

それだけあったら余裕だね。
半径3メートルの自由を描くこと。
僕を縛るものは何もないけれど。
僕はクロワッサン。
何かを待っているような存在。
例えば捨てられることを。
そうだろ。

「おいで!」
 飼い主は、語気を強めて呼びかけるけれど、その声の中にはクリームパンのように割合甘さが含まれているのだ。犬は、もっと甘い目をしながら、飼い主とはまるで逆の方向を向いているのだった。それはもう引っ込んでしまったパナソニックのおばちゃんの方だった。いったい彼女と犬との間に、何があるのだろうか。呼ばれても、引かれても、決して動こうとはしない。ぐいぐいと飼い主は手元に手繰り寄せようと、ロープを引く。
 そのロープは3メートルもあった。

それだけあったら楽勝だね。
半径3メートルの自由を描くこと。
ささやかな自由を持ったアーティスト。
僕はクロワッサン。
それに比べて少しの尖がりを持っている。
あなたのお口に合うように。
どうかな。

 読点とゴミとをよく間違える。ゴミだと思って払いのけようとすると、何をするんだ、それはせっかく置いてあるのだから、余計なことをしないでくれといって責められる。そう思って見過ごした時には、どうして拾ってくれないのだ、気がついたのなら拾ってくれてもいいのに、気づいていながら見逃した振りをするなんてひどいじゃないかといって責められるのだ。正しく判別できないから、行動はいつも裏目裏目に出てしまう。優しさって何でしょう? 親切を働くことはとても難しく感じられる、今日、僕はとても真っ直ぐな道を歩いた。

この人きっとおかしいんだな。
物事の判別がつかないのだ。
僕のことを消しゴムと思っている。
お願い僕を手に取らないで。

 ロープは3メートルもあった。
「おいで!」
 そう言ってロープを引こうとするけれど、犬の心は飼い主よりも今はパナソニックのおばちゃんの中にあるのだ。店の奥から何かいいものでも出てくるのだろうか。かつてそういう経験があったのか、あるいはすべて日常的なサイクルの中に組み込まれていて、「おいで」という呼びかけも、清く正しいお座りも、パナソニックのおばちゃんが一旦姿を消してみせるのも、予定調和の一つにすぎないのかもしれない。そして、その中に含まれない僕は物語を見届けることはできないのだ。

男の指がキーボードの上で失速してゆく。
30センチ離れた僕を見つけたかな。
ほら、僕はここだよ。
どうかな。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする