階段の途中でリリーと会って、彼女が7チーム出場すると言うので僕は出場を断念することにした。「最近多いの?」そうでもないよといった適当な会話を交わして、もうコートには行かずにそのまま引き下がることにしたのだ。
死神を待たせていた。
行くところがある。それはコンビニエンスストアだ。
駄菓子を選び選び入れるが、籠の隙間から零れそうだった。迷うのは500円のせいでもあったが、それがいつもなら楽しくさせることもあるのに今日に限ってそういう感情は起こらなかった。裸のモナカ地に入ったチョコ。それはあまり衛生的ではなかったが、気にしすぎても仕方がなかった。レジの女が駄菓子をスキャンしながらも同時に適当な世間話を始めた。台風が同時にやってきて、1つが1つを食ってしまったなんておかしな天気が続くものね。黙って冗談を聞いていた。みんな夜勤の人がコント大会に行ってしまって人手が足りないのよ。あまり売れなければいいけれど。あまりの熱心さに打たれて、声を出して笑ってみた。一瞬だけなら、陽気になることだってできる。
479円。ぴったり出した。
トレイの中に女が銭を広げると1円足りない。どうにかひねり出そうとその場で跳ねた。
「あるぞ!」
よく見るとやはりあるのだ。9円ちょうどあるのだ。
女はレジ袋を使わず、他人の買い物籠の中に僕の買ったものを入れていく。疲れているのだ。男の籠の中から(中には似たような菓子も交じっていた)正確に自分の菓子を抜き取った。覚えているのだ。菓子の記憶には自信があった。
最後に写真を撮ってからあの世に行くのだ。親しい家族にはもう伝えてあった。身辺の整理をして、チェックリストを1つずつ確認しては潰していった。計画を決めてからの行動は、以前よりも冷静になった気がする。まだ生きている内に、親戚の皆が到着した。どうして、こんな忙しい時に限ってやってくるのだ。長椅子が用意され、軽い挨拶を交わしながら皆が続々と席に着いた。
「今日は何か用意がありますか?」
「こちらは蛇女の舞がありますが」
と叔父さんが答えた。そうですかこちらはこちらで穏やかな催しを用意しているので、後は流れに従って……、と幹事は語尾を濁しながら立ち去った。席に着いたみんなは頭に正装の鉢巻を締めていたが、僕のは幽霊のする奴だった。今のところ、見えているにしてもいないにしても誰も突っ込む者はいなかった。遠くで父が物凄い顔でこちらを睨んでいる。
(ふざけやがって!)
(違う! これで合っているんだ!)
僕は僕なりの考えを持ってやっているのに、父はそこのところをまるで理解できない。理解しようとしないからだ。
遅れてやってきたじいさんは既に泥酔で、刀を振り回しては瓶ビールを切り倒して回った。ちょうどいい機会だ。僕は瓶ビールを装っておじいさんに近づいた。どうせいつかは知れること。遅かれ早かれ僕がいなくなったということを、みんなは知って口々に感想を述べて、それからまた何事もなかったように暮らすのだ。僕は自ら首を差し出した。
「危ない!」
おじいさんは刀を上段に構えたまま、装った僕を蹴り上げた。酔ってはいても、物を見分ける力がまだ残っていたのだ。長く生きていれば、そういうこともある。おじいさんは皆に取り押さえられて、刀も奪われてしまった。
「そこに座って蛇女の舞でも見ていなさい!」
おじいさんは座っていることもできず、すぐに座布団の上に倒れた。それからずっと長椅子の脚を掴み、何があっても離さなかった。
集合写真の隅に僕は陣取った。写真さえ撮れば十分だ。危うく写真も残さずに、斬られてしまうところだった。
「またね」
そう言って親戚の人々を見送った。それが大きなうそだと自分だけがわかっている。優越感に浸りながら、いつまでも手を振っていた。
駄菓子と手のついていない弁当が残っていた。
「もう死ぬんだと思うと欲しくないな」
心で言ったはずが酔いのせいで声になっていた。
「食べればいいじゃない!」
女は言った。
このどうしようもなく無意味な感覚が、わからないかな……。
「歌えばいいじゃない!」
歌うなんて何を馬鹿な。歌うのも食べるのも、あらゆる気力がないのだから。
その感覚をただわかってほしくて、女を説得したかった。
(わからないかな……。)
星座が夜の中で崩れ始めていた。
「あー、なんだこれ!」
どこにどう触れても駄目だったし、スイッチを入れ直してみても駄目だった。
「色々試してみないと駄目だぞ」
兄が言った。流れの中で戻ってくることもあるんだからな。
何もできないんだって。もう全部試したんだって。
ついに画面の中には他人のゲームが現れて、敵機が攻撃を仕掛けてきた。どうにか左右に振ってかわすがミサイルのボタンがわからず、やられてしまう。すぐに復活して3秒の間は不死身だった。
「攻撃はどうするんだ?」
僕も攻撃したい。兄は溶け出したチョコレートを口につけている。左右に振りながら攻撃のボタンを探す。探すことに気を取られている間にまた、やられてしまう。すぐに復活する。
「どこにあるんだ?」
凌ぐだけでは勝ち目がない。逃げるしかないので逃げ方だけは徐々に、上手くなった。少しずつ生きている時間が長くは、なってゆく。それでもボタンは見つからない。左右に振ってかわし続けていると徐々に敵の攻撃は激しさを増していった。横殴りの雨だ。逃げても逃げてもきりがない。また、やられてしまう。その度に復活する。
「輪廻だ! 輪廻だ!」
1つだけ片付けられない長椅子の傍で、僕は叫んでいた。
死神を待たせていた。
行くところがある。それはコンビニエンスストアだ。
駄菓子を選び選び入れるが、籠の隙間から零れそうだった。迷うのは500円のせいでもあったが、それがいつもなら楽しくさせることもあるのに今日に限ってそういう感情は起こらなかった。裸のモナカ地に入ったチョコ。それはあまり衛生的ではなかったが、気にしすぎても仕方がなかった。レジの女が駄菓子をスキャンしながらも同時に適当な世間話を始めた。台風が同時にやってきて、1つが1つを食ってしまったなんておかしな天気が続くものね。黙って冗談を聞いていた。みんな夜勤の人がコント大会に行ってしまって人手が足りないのよ。あまり売れなければいいけれど。あまりの熱心さに打たれて、声を出して笑ってみた。一瞬だけなら、陽気になることだってできる。
479円。ぴったり出した。
トレイの中に女が銭を広げると1円足りない。どうにかひねり出そうとその場で跳ねた。
「あるぞ!」
よく見るとやはりあるのだ。9円ちょうどあるのだ。
女はレジ袋を使わず、他人の買い物籠の中に僕の買ったものを入れていく。疲れているのだ。男の籠の中から(中には似たような菓子も交じっていた)正確に自分の菓子を抜き取った。覚えているのだ。菓子の記憶には自信があった。
最後に写真を撮ってからあの世に行くのだ。親しい家族にはもう伝えてあった。身辺の整理をして、チェックリストを1つずつ確認しては潰していった。計画を決めてからの行動は、以前よりも冷静になった気がする。まだ生きている内に、親戚の皆が到着した。どうして、こんな忙しい時に限ってやってくるのだ。長椅子が用意され、軽い挨拶を交わしながら皆が続々と席に着いた。
「今日は何か用意がありますか?」
「こちらは蛇女の舞がありますが」
と叔父さんが答えた。そうですかこちらはこちらで穏やかな催しを用意しているので、後は流れに従って……、と幹事は語尾を濁しながら立ち去った。席に着いたみんなは頭に正装の鉢巻を締めていたが、僕のは幽霊のする奴だった。今のところ、見えているにしてもいないにしても誰も突っ込む者はいなかった。遠くで父が物凄い顔でこちらを睨んでいる。
(ふざけやがって!)
(違う! これで合っているんだ!)
僕は僕なりの考えを持ってやっているのに、父はそこのところをまるで理解できない。理解しようとしないからだ。
遅れてやってきたじいさんは既に泥酔で、刀を振り回しては瓶ビールを切り倒して回った。ちょうどいい機会だ。僕は瓶ビールを装っておじいさんに近づいた。どうせいつかは知れること。遅かれ早かれ僕がいなくなったということを、みんなは知って口々に感想を述べて、それからまた何事もなかったように暮らすのだ。僕は自ら首を差し出した。
「危ない!」
おじいさんは刀を上段に構えたまま、装った僕を蹴り上げた。酔ってはいても、物を見分ける力がまだ残っていたのだ。長く生きていれば、そういうこともある。おじいさんは皆に取り押さえられて、刀も奪われてしまった。
「そこに座って蛇女の舞でも見ていなさい!」
おじいさんは座っていることもできず、すぐに座布団の上に倒れた。それからずっと長椅子の脚を掴み、何があっても離さなかった。
集合写真の隅に僕は陣取った。写真さえ撮れば十分だ。危うく写真も残さずに、斬られてしまうところだった。
「またね」
そう言って親戚の人々を見送った。それが大きなうそだと自分だけがわかっている。優越感に浸りながら、いつまでも手を振っていた。
駄菓子と手のついていない弁当が残っていた。
「もう死ぬんだと思うと欲しくないな」
心で言ったはずが酔いのせいで声になっていた。
「食べればいいじゃない!」
女は言った。
このどうしようもなく無意味な感覚が、わからないかな……。
「歌えばいいじゃない!」
歌うなんて何を馬鹿な。歌うのも食べるのも、あらゆる気力がないのだから。
その感覚をただわかってほしくて、女を説得したかった。
(わからないかな……。)
星座が夜の中で崩れ始めていた。
「あー、なんだこれ!」
どこにどう触れても駄目だったし、スイッチを入れ直してみても駄目だった。
「色々試してみないと駄目だぞ」
兄が言った。流れの中で戻ってくることもあるんだからな。
何もできないんだって。もう全部試したんだって。
ついに画面の中には他人のゲームが現れて、敵機が攻撃を仕掛けてきた。どうにか左右に振ってかわすがミサイルのボタンがわからず、やられてしまう。すぐに復活して3秒の間は不死身だった。
「攻撃はどうするんだ?」
僕も攻撃したい。兄は溶け出したチョコレートを口につけている。左右に振りながら攻撃のボタンを探す。探すことに気を取られている間にまた、やられてしまう。すぐに復活する。
「どこにあるんだ?」
凌ぐだけでは勝ち目がない。逃げるしかないので逃げ方だけは徐々に、上手くなった。少しずつ生きている時間が長くは、なってゆく。それでもボタンは見つからない。左右に振ってかわし続けていると徐々に敵の攻撃は激しさを増していった。横殴りの雨だ。逃げても逃げてもきりがない。また、やられてしまう。その度に復活する。
「輪廻だ! 輪廻だ!」
1つだけ片付けられない長椅子の傍で、僕は叫んでいた。