まどろみの中で手にした大切な着想を、忘れない内に書いておく。適当な紙もなく、私は大いなる焦りの内にペンを取って夜の路上に殴り書きした。「都会って怖いね」通行人がつぶやいて通り過ぎる。目が覚めるとなぜかメモは消えていた。強い風が吹いていたので、きっとそいつが犯人だ。#twnovel
近所を越えて少しは知らない町までと舞い上がったところで電線に引っかかってしまう。調子が悪い。浮遊高度を下げて近場を彷徨っていたが、早くも疲れてきた。屋根にしがみついて休んでいると、なんだか落ちかかっているみたいで格好悪い。ちょうどその時車が前を通りかかった。どうぞ気がつきませんように……。こう見えて僕は全然平気なんだから。どこまでも飛べるというのに、ある建物に上った時に感じる恐怖は何だろう。浮遊が備わっているのに、どこかで思い出す落ちるという感覚は何だろうか。息を吸い込んでから、急上昇する。屋上まで飛んで、洗い物を運ぶのを手伝った。「まだまだあるの?」
「あと少し」姉が答える。
消えたと思った奴が戻ってきた。新聞を抱え、釣りだけくれと言う。
「今は開かないんです」前の人のがちゃんと終わるまでは。
前の男が戻ってパンをもう1つ足そうとして、結局やめると言う。
ボタンを押すと、お金ももらっていないのに、箱が開いてしまう。どうしてだ? 開かないと言いながら開いてしまって動揺を隠せない。あっ。ボタンを、間違えたのだな。ブランクがあったから。馬鹿だな、僕って。合計金額を示す数字は、まだ画面上に残っている。(箱を閉めた瞬間それは消えるに決まっている)急いで、手の甲に4桁の数字を書きとめた。
「大馬鹿だなあ」
ゾーンマネージャーの声が聞こえる。なに? 僕が馬鹿だって? どうして。システムが悪いのだろうが!
「やり直し?」
もう一度最初からやり直すしかないとおばちゃんは言った。
袋の中に突き刺さった焦がしパンを抜き取って、スキャンする。
「最強の馬鹿だな」
なんだと! パンを持つ手が、震える。
画面の揺れが収まると質問を投げかけてくる。
「インストールしますか?」
答えは、優しく、誰にも合うように、十分な広さで用意されいる。
今すぐインストールする
後でインストールする
郵便で資料を送ってもらう
何はさておきインストールする
食後にインストールする
友達がしたらインストールする
直ちに警察に通報する
今はやめておく
人を傷つけてでもインストールする
親や先生に相談してからインストールするかどうかを決める
最初に戻ってもう一度考え直す
すべて取り消す
カーテンの開いたところ、窓の向こうに人影が見えた。ヘルメットを被っている。電気の工事か何かをしているのだろう。それでも偶然に中の様子まで見てしまったかもしれない。自分の行動を振り返ってみて、やましいところが何もなかったかと考える。近い過去にそれはなかったと思い安心する。遠い過去となると少し不安になる。何もないということがあるのだろうか。それは時間との戦いだった。男は何を知り、何を知らないというのか。男がもしもヘルメットでカムフラージュして、ずっと中の様子を観察していたとしたら、事態はもっと悪くなる。もはや男を生かしておくわけにはいかない。パチパチと庭で木を切るような音がする。
不審者の音がしたが、節電のため明かりを無闇につけることは許されなかった。履物を履こうとして足を伸ばしたが、失敗して冷たい床に触れてしまう。それよりもっと冷たいのは魚の鱗だった。それは冷たいだけでなく、気持ち悪くさえあったのですぐに足を引っ込めた。その後も誰かがやって来て飲み物をくれと言ったが、暗くてよくわからないので帰って行った。いぼいぼが足裏に当たる、それは健康サンダルに違いない。少しサイズは大きいけれど、履物としての落ち着きが備わっているのは何よりも心強い。コーヒーを飲むために、一瞬だけ明かりをつけるという誘惑。それは物語の第一章を開いてしまうことにならないだろうか。そのくだりを再現したらよかったことも悪かったことも、蘇ってしまうかもしれず、昔の猫が通りかかったら愛情さえ注いでしまいそうだ。庭に出るため暗がりの中を僕は進んだ。進むとすぐに何かにぶつかった。生き物の気配がする。
お父さん?
ぶつかってもそれは何も言わない。向こうも必死で前に進もうとしている。カチカチと音がする。機械仕掛けで動いているのかもしれない。
いつの間にかカウンターの中に3人もの男が入っていて、ボールペンを貸してくれと言う。
僕は胸にあったボールペンを差し出す。男はそれをつかんで、手を放さない。
放さないのは僕だった。放せば危険なのだ。差し出す前は気づかなかったが、放す前に気がついた。
2人は互いにボールペンを所有したまま、他の2人もかたまったまま動かない。インストールはまだ実行されていない。
カーテンの向こうに雪のようなものが舞っているように見えた。近づいてくるとそれは母と姉だった。カーテンを開けて、戸を開けた。いつの間に洗い終えたのだろうか。化粧をして、すっかり余所行きに着飾っている。母の向こうには、職人によって形を整えられた木が、涼しげに立っていた。
「出かけるの?」
帰るのは夜になると姉は言った。
入れ違いに僕はいなくなっていると思った。せっかく家に僕がいるというのに、2人はわざわざ出かけていくと言う。もうしばらく帰ってくるのはよそう。こちらが見送る側につくと思わなかった。思っていることを、僕は少しも口に出さなかった。
「鍵はどうればいい?」
「開けておきなさい!」
姉は堂々と言い放った。
2人が行った後の庭に、もう猫はいない。カーテンを引くとケラケラと笑った。
「あと少し」姉が答える。
消えたと思った奴が戻ってきた。新聞を抱え、釣りだけくれと言う。
「今は開かないんです」前の人のがちゃんと終わるまでは。
前の男が戻ってパンをもう1つ足そうとして、結局やめると言う。
ボタンを押すと、お金ももらっていないのに、箱が開いてしまう。どうしてだ? 開かないと言いながら開いてしまって動揺を隠せない。あっ。ボタンを、間違えたのだな。ブランクがあったから。馬鹿だな、僕って。合計金額を示す数字は、まだ画面上に残っている。(箱を閉めた瞬間それは消えるに決まっている)急いで、手の甲に4桁の数字を書きとめた。
「大馬鹿だなあ」
ゾーンマネージャーの声が聞こえる。なに? 僕が馬鹿だって? どうして。システムが悪いのだろうが!
「やり直し?」
もう一度最初からやり直すしかないとおばちゃんは言った。
袋の中に突き刺さった焦がしパンを抜き取って、スキャンする。
「最強の馬鹿だな」
なんだと! パンを持つ手が、震える。
画面の揺れが収まると質問を投げかけてくる。
「インストールしますか?」
答えは、優しく、誰にも合うように、十分な広さで用意されいる。
今すぐインストールする
後でインストールする
郵便で資料を送ってもらう
何はさておきインストールする
食後にインストールする
友達がしたらインストールする
直ちに警察に通報する
今はやめておく
人を傷つけてでもインストールする
親や先生に相談してからインストールするかどうかを決める
最初に戻ってもう一度考え直す
すべて取り消す
カーテンの開いたところ、窓の向こうに人影が見えた。ヘルメットを被っている。電気の工事か何かをしているのだろう。それでも偶然に中の様子まで見てしまったかもしれない。自分の行動を振り返ってみて、やましいところが何もなかったかと考える。近い過去にそれはなかったと思い安心する。遠い過去となると少し不安になる。何もないということがあるのだろうか。それは時間との戦いだった。男は何を知り、何を知らないというのか。男がもしもヘルメットでカムフラージュして、ずっと中の様子を観察していたとしたら、事態はもっと悪くなる。もはや男を生かしておくわけにはいかない。パチパチと庭で木を切るような音がする。
不審者の音がしたが、節電のため明かりを無闇につけることは許されなかった。履物を履こうとして足を伸ばしたが、失敗して冷たい床に触れてしまう。それよりもっと冷たいのは魚の鱗だった。それは冷たいだけでなく、気持ち悪くさえあったのですぐに足を引っ込めた。その後も誰かがやって来て飲み物をくれと言ったが、暗くてよくわからないので帰って行った。いぼいぼが足裏に当たる、それは健康サンダルに違いない。少しサイズは大きいけれど、履物としての落ち着きが備わっているのは何よりも心強い。コーヒーを飲むために、一瞬だけ明かりをつけるという誘惑。それは物語の第一章を開いてしまうことにならないだろうか。そのくだりを再現したらよかったことも悪かったことも、蘇ってしまうかもしれず、昔の猫が通りかかったら愛情さえ注いでしまいそうだ。庭に出るため暗がりの中を僕は進んだ。進むとすぐに何かにぶつかった。生き物の気配がする。
お父さん?
ぶつかってもそれは何も言わない。向こうも必死で前に進もうとしている。カチカチと音がする。機械仕掛けで動いているのかもしれない。
いつの間にかカウンターの中に3人もの男が入っていて、ボールペンを貸してくれと言う。
僕は胸にあったボールペンを差し出す。男はそれをつかんで、手を放さない。
放さないのは僕だった。放せば危険なのだ。差し出す前は気づかなかったが、放す前に気がついた。
2人は互いにボールペンを所有したまま、他の2人もかたまったまま動かない。インストールはまだ実行されていない。
カーテンの向こうに雪のようなものが舞っているように見えた。近づいてくるとそれは母と姉だった。カーテンを開けて、戸を開けた。いつの間に洗い終えたのだろうか。化粧をして、すっかり余所行きに着飾っている。母の向こうには、職人によって形を整えられた木が、涼しげに立っていた。
「出かけるの?」
帰るのは夜になると姉は言った。
入れ違いに僕はいなくなっていると思った。せっかく家に僕がいるというのに、2人はわざわざ出かけていくと言う。もうしばらく帰ってくるのはよそう。こちらが見送る側につくと思わなかった。思っていることを、僕は少しも口に出さなかった。
「鍵はどうればいい?」
「開けておきなさい!」
姉は堂々と言い放った。
2人が行った後の庭に、もう猫はいない。カーテンを引くとケラケラと笑った。