玉葱おじさんは玉葱が大好き。箱いっぱいに詰め込まれた玉葱が1つ60円で売られていたら、おじさんは箱の前に立って思い切り玉葱の匂いを吸い込む。あれもいいこれもいい、みんないい、いいに決まっている。だって、私は玉葱が大好きなんだから。だから、おじさんは1つの玉葱を結局は選ぶことなんてできずに終わるのだ。買い物をする人がわずか10秒ほどの短い時間で1つの玉葱を選ぶ様子を見て、玉葱おじさんは顔を歪める。少し羨ましげにも見える。
今夜はカレーだという噂を聞けば、玉葱おじさんはどこの家庭にでも押し掛けていく。鍋の中に加わる玉葱の様子を、玉葱が炒められる時間を、変わっていく色合いを、共有したい。そんなささやかな願いが、玉葱おじさんを突き動かしているのかもしれない。いきなり玄関のベルが鳴って、驚くお母さん。玉葱おじさんは、ほとんどの人にとって、見ず知らずの存在だ。門前払いされることにも慣れていた。玉葱の匂いを追いかけて幾度もの突撃を繰り返す間に、他人の警戒をほぐす笑顔も少しは身につけていた。肉じゃがの噂を聞くと早速、玉葱おじさんは走り出した。
「玉葱が私を呼んでいるぞ」
他人の家にいきなり押し掛ける玉葱おじさん。どうぞ、どうぞ、と愛想のよいおばさまは、そんなおじさんを快く迎え入れてくれた。
「今日は玉葱は入ってないんですのよ」
玉葱おじさんでも、こんなうっかりミスをすることがある。確かに玉葱が炒められる気配を感じたのだが。笑って頭をかく玉葱おじさん。もう、この家に用はなくなった。野菜の主役は人参だと言うことだ。では、では、と靴を履き始める玉葱おじさん。
「人参もいいね!」
そう言いながら頭の中はもう次の玉葱のことに切り替えられている。