決勝戦はたっちゃんとの対局になった。大優勢を築いてからのたっちゃんの指し回しの緩さときたら目を覆うばかりだ。彼女ができてから棋風が変わりすぎじゃないか。あんなに尖っていたのがうそみたい。まあそれでたっちゃんが幸せならば別にいいんだけどさ。厚みは崩壊、攻撃は空回り、あれよあれよという間におかしくなって、大駒4枚は僕のものになっていた。控えめに言って必勝形。だけど、よすぎると逆にどうしていいかわからない。決め手がみえないとだんだんと焦ってくる。(本当に必勝?)遡って形勢判断、自分の棋力に疑いの目が向かい始めるともう相当に危うい。
たっちゃんは盤上に無造作にボールペンを置いた。盤の周辺が急にざわついたような気がした。ボールペンが盤上に新たな角度を生んで錯覚を生み出しやすくなっていた。筋違いにいたはずの角が今は55の位置にまで戻っていた。棋譜を手元に引き寄せて何度も確認する。そこに未来の解答はない。
記録係に新しいお茶を注文する。鞄から丼を取り出した。僕は開き直って鮭茶漬けを作った。盤の前で食べる茶漬けはまた格別だな。
(これがひねり出した一手!)
悠然と構える棋士を前にして、普通ならどうなるか。こいつにはかなわないな……。きっとそうなる。
たっちゃんのあきらめを待ちながら、僕はサラサラと流し込んだ。