住民説明会1回、住民の意向調査もしないままに都市計画決定=東京都

2011-07-22 12:23:25 | 3・4・35号線、3.4.10号線
東京都は、東村山市内の都市計画道路3・4・35号線について
9月8日 東京都都市計画審議会で都市計画決定を行うつもりであることを明らかにしました。

日本共産党東村山市議団は、
7月15日 北多摩一区都政相談室長の尾崎あや子さんの労で
東京都の担当所管(街路課長)と面会
住民の意見を十分に聞いて計画を考えてほしい
との要望を伝え、

また、立退きを迫られる住民の方もご一緒し、
「一方的で納得がいかない」
「埼玉から片側2車線で来て、1車線で受けるのなら新たに道路作る必要はない」
など 気持ちを伝え 説明会を地元でもう一度開いてほしいとの要望を伝えましたが、
東京都は「電話をかけてきてください」というばかり

住民の声には一切耳を傾けなかったそうです。

地元住民も含め10人が参加しました。
残念ながら私は日程の都合がつかず参加できませんでした。

今後 3・4・35号線問題は

8月8日の 東村山市都市計画審議会で、
東村山市としての意見をまとめ 東京都に報告します。

東村山市は、6月議会での私の質問
「住民一人ひとりの声を聞いて態度を決めるべき」ということに
返答をしませんでしたから
今後も 意見に住民の声を反映させるつもりはないようです。

しかし、ことは住民の財産権を奪うことであり、生活破壊にもつながりかねない問題であるということは不動産業関係者なら誰でもわかることだそうです。

つまり、もう先の説明会後、土地取引は不利になっていると見たほうがいいのではないでしょうか?
なぜか? 東京都が計画を撤回しない限り
道路が作られる予定地を自宅を建設することを目的に購入する人はいないからです。

もちろん 土地ころがしで設けようという人ならわかりませんが!?

都市計画決定がされればそれに一層拍車が掛かり、もう土地の売買は出来なくなります。
その結果、土地家屋をどうしても手放さなければならなくなった人は
安く買い叩かれるか 若しくは買い手がつかなくて経済的破綻を引き起こすこともありうると不動産業の専門家が話しておられました。

東京都に買い上げてもらって新しい家に住めるからいい

とお考えの向きもあるとすれば 大きな間違いです。
新しい家は 現存の土地家屋の買い上げ価格の範囲内でしか建てることが出来ません。
現存の土地家屋と全く同じ物を建築するには 今よりも地価の低いところに移転する意外にありません。

ある60代の女性の方が苦しんでいらっしゃいます。
「私に 今後お金を貸してくれる銀行はないと思います。この家がとられたらどうしたらいいでしょうか」と・・・

こうした不安を あの説明会以来抱えて地元の方々は暮らしています。
まさに これが 住民の暮らしの安全を守るべき自治体のすることかと改めて思います。

3.4.35号線問題を考える有志の皆さんが
懇談会を計画しています。
住民自身の大きな運動で 安心して住み続けられるまちになればいいと思います。

住民の暮らしを壊す計画は
住民の意向に沿って撤回すべきではないでしょうか?

久しぶりに妹たちと奄美に帰ってきました=亡くなった妹も含め6人兄弟が集まりました

2011-07-22 00:16:07 | 故郷 奄美大島
7月の14日~17日まで 帰省しました。

昨年 妹の帰省に合わせて奄美を訪れた我が娘が
お母さんたち おばあちゃんの家 掃除をしに帰ってあげたらいいのに
と言ったのがきっかけでした。

浜畑(はまばた と読みます)家の恒例の 年一回の旅行を
奄美にすることに決め
すでに 実家にいる弟、早くに亡くなった妹も含め姉妹6人が集合しました。

14日は 旧名瀬市に母も一緒に泊る予定で
夕陽の美しい 浜に 妹と3人で写真撮影に
母や 妹の亭主や 別の妹は宿に引き上げ

でも 美しい夕陽を満喫しました。






落日の様子です。
最後の輝きは 一瞬です。
見逃さないよう 細心の注意が必要です。

奄美の誇りある風景の一つです。

青い海青い空

2011-07-16 22:05:02 | 故郷 奄美大島

大島海峡の出口です。
出口と言うのは 鹿児島からの船が徳之島に向かって行く方向だからです。

台風が近づいています。
海の波の波動が大きくなっていました。

でも いつもに増した 青い海面でした。

直接 見せてあげたいです。

写真の貼り付けに失敗しましたので
今日 7月19日貼り付けました。

ヤコウガイ食べました。

2011-07-16 21:47:05 | 故郷 奄美大島
奄美に帰っています。
イーモバイルが圏外でブログの更新ができず、せっかく撮った写真はアップすることができませんでした。
今日は私のふるさと瀬戸内町の海辺の宿に泊まっています。
今夜は
母や東京から行った妹や、その夫と美味しい食事をしました。
写真は,夜光貝のお刺身です。
こりこりした食感で,美味しいのです。
大きな貝殻でした。

奄美の美しくしい景色は,帰京してから!

世帯主が変わったから国保の口座振替申請しなおせ!?絶対しません

2011-07-13 12:53:55 | 東村山市の政治、議会
いま最高に怒っています。
いや 怒っています。

昨日 国保の納税通知が来ていました。
国保税は、議員になって以来、つい納税忘れが起こるのを機に口座振替を16年間続けてきました。

ところが、今回、納付書と共に 口座振替依頼書(私がお願いする)が同封されていました。
不思議に思って役所に問い合わせたところ
世帯主が変わったので再度口座振替依頼をやり直しなさい
(もちろんそういったわけではありませんが、私にはそう聞こえた)
というのです。

去年度までは何の問題もなかったのに
突然、勝手に住民票を調べて、世帯主が夫になっていたからと
勝手に変更し
納付書を夫の名前で送ってきて
挙句は 口座振替を申請し直せというのです。

譲りたくないけど 100歩譲ります。
法律がそうなっているというのなら

でも、国保税の基礎となる所得申告は私個人の所得で行っています。
それは 所管は100も承知です。
所得申告によって課税するのですから、

そして、これまで 私は 自身の給与所得から
税金を納めてきました。
夫に頼って申告をし、夫のお金で税金を支払ってきたわけではありません。
それが申告書によって確認できるのだから
世帯主が変わっても
福田かづこの従来の口座から引き落としさせて下さい と連絡文書を入れたほうがずっとたやすく納税の利便が図られ、市も税金の滞納を減らせるではありませんか?

このように 主張した私に 担当者は 世帯主に課税されるので 世帯主から口座振替要望を出せというのみ
私は、二度と口座振替の要求には応えないことにしました。

国民健康保険特別会計の予算決算では
いつも 「口座振替を推進し、滞納を減らす」と所管は答弁しているのに
わざわざ 担当所管が 口座振替を廃止させる方法をとってどうするのでしょうか。

私の口座振替を廃止する手続きをとって、再度口座振替を申請させることのどこに、
納税市民の利便性を向上させる効果があるというのでしょうか?
全く理解できません。

そもそも世帯主が社会保険なのに
働いている妻が 社会保険の対象になれなくて国保に加入せざるを得ないとき
その契約者が 夫である必要がどこにあるか全く分からない。

法律は女性差別を助長してるとしか私には思えません。
怒りが収まりません。

夫と相談して 世帯分離を図ろうかと今思案中です。
なにしろ 自宅は夫と私の共有名義ですから

そういえば 固定資産税の納付書は
福だかづこ他1名となっていた気がしますが

全く納得がいきません。

7/19日 被災地救援ボランティア報告会を開きます

2011-07-12 22:30:31 | 災害について
この間 救援ボランティアの報告をしました。

皆さんの支援で成し遂げた仕事です。

募金の使い方、現地の状態など
直接報告をしたいと思い
報告集会を計画しました。

どなたでも参加可能です。
ぜひ参加して下さい。

日時は

7月19日 火曜日 午後7時30分より

場所は
 市民センターです。

現地のマスコミが編集したDVDの上映も計画しています。
また、河北新報社の写真集も当日お分けします。

現地の被災状況と
ガレキが撤去され 更地になりつつある町の
人々が住んでいない町の
悲惨さを知っていただき
国民の力で 被災地を支援するための一助にしたいです。

ぜひぜひ 参加して下さい。

3・4・35号線は住民の声を聞いてと東京都に要望に行きましょう

2011-07-12 21:39:54 | 3・4・35号線、3.4.10号線
3.4.35号線

突然降ってわいた道路計画

東村山市も 都も 
住民の
「なぜ道路計画」
「なぜ立ち退かなければならないの」
「なぜ反対しているのに作るの」
の声に 一切答えることなく

ご理解をいただきたい と繰り返す。

7月に 東村山市の都市計画審議会が
3・4・35号線の 住民説明会があったことの報告を受け
質疑や 意見を交わした。

住民の声を紹介したのは
日本共産党の保延務議員ともう一人

8月に開かれる東村山市都市計画審議会で
東京都へ 東村山市の意見を送付する。

その結果が 東京都の都市計画審議会に報告され、
東京都都市計画審議会で 都市計画決定がされる

そうした流れが浮上しました。

東村山市は あの説明会で 参加した住民の発言者の声は
納得いかない と言うものであったにも拘らず
東村山市都市計画審議会で
3.4.35号線の建設に 賛成を取り付け 都にゴーサインを出すつもりです。
とんでもありません。

東村山市の態度は 当事者である地権者の声と同時に
その道路の開設によって影響を被る住民の声を背景にすべきです。
日本共産党の私福田かづこは
先の6月議会における一般質問でそのことを強く主張しました。

住民の、とりわけ立ち退きを迫られる地権者の声を全く無視して
東村山市都市計画審議会のメンバーは 賛成票を投じていいのでしょうか?

住民主権への認識が問われます。

地域住民の皆さんの 何かしたい
私たちの声を届けたいの要望に応え

7月15日 都への要望を行うことにしました。
地権者の皆さん ぜひさんかしてください。

7月15日 午前9時 久米川駅北口集合・出発です。
会場は 都議会日本共産党控室です。
飛び入りでの参加もOKです。

住民に納得のいく説明と
住民の声を聞いて決めてもらいたい
ということを お願いしましょう。

津波の威力と復興ということ=ゼネコンが手ぐすね引く?

2011-07-12 21:26:40 | 災害について
女川病院から町と海岸を見渡しました。
下の写真は、高台にある女川病院駐車場のフェンスです。

奥の茶色のフェンスがもともとあった物。津波で壊され、手前の白いガードレールを後で設置しています。

下の写真は、津波によって横倒しになったビル。緑色の部分が屋上です。
もともと建っていた場所からも流されていました。
 

下のビルも横倒になったビルです。




こうしたビルが次々に破壊され、瓦礫が片付けられて更地の状態になっていきます。
その中を大きなトラックが瓦礫をつんで走り回っていました。

高台から見渡す限り何も無くなっていく大地、
更地になっていくであろう女川の町や石巻の町を見ていたら
宮城県知事が打ち出した「漁業特区」がゼネコンの希望にそったものであるということ痛感(?)しました。

新たに物を壊す必要もなく、札束で頬を叩いて土地を買い漁れば
ビルの建築から始めることが出来る。
大手の企業が 漁業と水産加工業に触手を伸ばすチャンスを狙いやすい状況を地震と津波が作りだしたのだと言うことが実感として分かりました。

宮城県の漁業協同組合や水産加工会社を営んでおられた関係者が、地元の経済が破壊されると反対をしています。
国は地元の意向に沿って、復旧復興を行うべく、取り組むべきです。

前にも報告したと思いますが、
ガレキが片付けられつつあるとはいえ
結局、被災者の多くは家を失ったまま、地元の企業も自社の営業を再開できないままです。
この中から、自らの自宅と企業を再建するのには
私たちに計り知れないエネルギーが必要です。

そのエネルギーを掻き立てるのは
私たち名もない国民のボランティアではありません。
失った財産、自宅、事業、仕事を再建するための政治的な保障、政治の後押しによる再建のための財政支援の制度をいち早く作ることです。
それ無くして 復旧も復興も、住民自らが立ち上がるのは厳しいと
被災地の現場に立ってみて痛感しました。

国会が 国民の命と財産を守ると言う役割をしっかり果たしてもらいたいです。

ふっこうは何から?改題=復旧、復興は被災者の希望を入れてこそ 

2011-07-09 23:40:51 | 災害について
10日 読み返してビックリ
寝ぼけ眼で書いたので、最後のほうはつじつま合わず
書き足しました。ごめんなさい!!


上の写真は、何だと思いますか?
実は女川の駅のホームなんです。
あの震災、津波でホームの屋根も線路も、電車も流され、
ホームの名残は、台の上に残された黄色い点字ブロックです。

初め、「あれは駅なんだよ」と言われた時は、土手の向こうに駅があると思ったのです。でも土手そのものが駅のホームの名残だとは思わなかったのです。

下の写真は、女川町役場です。結構な高台にあります。
でも、三階まで津南で破壊され、町役場は使い物になっていません。


下の写真は 町役場に到達したボートです。


また、障害学習センターも最上階まで津波の痕跡が残っています。
外側は何の問題もなかったように見えます、が、窓は割れ、その一つには車が刺さっていました。




女川町の高台、町役場のあるところよりも更に高い所にある町立病院の一階も波にやられた跡が残っていました。
その病院から見下ろす町は 一面ガレキ、解体の済んでいない建物の中には、2階建てや4階建てのビルそのものがひっくり返っている姿も見えました。

被災地のひどさは聞きしに勝るものがありました。
復興に、市民の町民の意見を活かし
被災者の生業を復活させるための、
人々のくらしの拠点を再建するための取り組みが何よりも急がなければ、
被災地の人々にただ頑張れといっても立ち上がることはできないと強く思いました。

国会で 管首相にいつやめるのかと聞いている暇があるなら
被災地に出かけて行って、
被災者と相談し、復旧、復興の具体的な方法を探って来い
避難所に泊まり込んで、被災者の苦労を体験してみなさいと言いたい。

石巻市の市役所は駅前の大型店撤退跡ビル=まるでデパート見たい

2011-07-07 22:01:57 | まちづくり
石巻市役所 の看板のかかったビルを見て、誰かが
「アッ 市役所」と声を出しました。
私は、
「エエ~ 違うよ出張所じゃない」と言いました。

でも違っていたんです。

石巻駅を再開発をして キーテナントを入れました。

その後、イオンが2店舗出店し、この駅前の商店街にあったデパートが撤退。
しかし、駅前商店街が寂れることを危惧した石巻市は、このデパートのビルを買い取り自らが、古い庁舎から引っ越し。

駅前再開発の失敗を絵にかいたようなエピソードです。

駅前再開発は全国で同じような結果をもたらしています。

『我が東村山市は、マンションで売ったので、そんな心配はない?』
飛んでもありません。

テナント部分は油断ができません。

石巻市役所は、どこをどう見てもデパートです。市長の良識がね~

しかし、震災復興には 住民の立場で頑張ってもらいたいと思いますが・・・