M子さんからLINEが来た。
「昼飲みしましょう」。
M子さんは元同僚で、T根の奥さんである。退職してから、一度も会ってなかったのだが、どんな風の吹きまわし。さては何かあったな。
T根、M子さんとの待ち合わせは赤羽駅北口10時半。行き先は久しぶりの「まるます家」である。
11時だったら、「まるます家」も一回転して、ちょっと並べば入れるんじゃないかとたかをくくっていたが、予想に反して長蛇の列。
うわぁ。コロナ去って、お客さん戻ってきたか。
この3年間、「まるます家」にとっては受難の期間だったに違いない。赤羽では緊急事態宣言中、政府の要請に反して、営業していた店も少なくなかった。だが、「まるます家」は全てのコンプライアンスに則っていた。営業時間、ついたて、体温測定、消毒などなど。さすが赤羽はもちろん、東京を代表する酒場である。
お店の前に並ぶ人はざっと30人前後、入店するまで何時間待つことやら。そこでM子さんは、「2軒目に行こうと計画していたお店に先に行こうよ」と提案した。ところが、その店に行くと、まだ開店前で12時から営業を始めるとのこと。さぁいよいよ打つ手がなくなった。
困ったなと3人で呆然としながら、「まるます家」の方角を見ると、長蛇の列が数人程度に解消されていた。
「え?」
我々は目を疑った。
その時、T根がこう言った。
「開店時間、11時に変わったんじゃなかったっけ」。
あ、コロナ禍以降、開店時間を変えたままだったか。我々はすぐに走り出して、その最後尾に並んだ。カウンター、3人連番は難しいだろう。でも、とりあえず並んでみると、なんと驚くことに、テーブル席にありつくことができた。ほとんど並んでないにも関わらず。しかも、自分らの2,3人後にカウンターも満席になり、その後店の外にまた列が出来始めていた。
ともあれ、我々はラッキーだった。
「ジャン酎」と「モヒート」をオーダーし、乾杯した。久しぶりのハイリキモヒートはうまかった。
まだ脳が疲れてない時の背徳の午前中酒。
T根と2人で来ていたら、「たぬき豆腐」と「メンチ」を頼んでいたと思うが、この日はファーストオーダーに「げそ天」と「ポテトフライ」をチョイスした。
M子さんが自分に言いたかった愚痴は予想通り、会社のことだった。とある女性と若い男子がこの4月から取締役になったらしい。彼女はそれが気に食わないのだろう。自分に意見を求めてきた。女性が取締役になったのは予想通り。ただ、入社5年目の若い男子の出世は想定外だった。
M子さんには、感じたことをそのまま伝えた。
M子さんは、「そうでしょう?」と大きな声をだしたが、T根はもうあからさまに気色ばむことはなかった。
昔、T根よりも後輩が取締役になった時、彼は荒れた。そんな彼を見たもんだから、T根よりも社歴が格段に短く、10歳以上も歳下の子が取締役になったのを見て、またもや荒れるかと思ったら、意外にも静かだった。もう諦めの境地に入っているのかもしれない。
正直なところ、自分は彼らの立場をきいて、少し愉快だった。自分はそういうのが嫌で辞めたのだから。もう、そんなことで悩まなくていい。今はもう、自分はそんな場所にいるのたが、彼らはまだそこに留まっている。もっともT根はまだ46歳。M子さんに至ってはまだ42歳だから。自分と同列に考えてはいけない。ただ、彼らの方が社歴は長かったが、当時の自分と比べると所得は低かった。結局、彼らは会社のトップとなぁなぁだったのだ。懐柔されていたといってもいい。
セカンドオーダーで頼んでいた「メンチ」がようやく来た。サルサソースでいただく、巨大なメンチをいただかなければ「まるます家」にきた甲斐がない。それは間違いなく旨かった。
あっという間に時間は過ぎ、2時間が経った。そろそろ退店しなければならない。だが、M子さんの愚痴は止まるところをしらない。その舌鋒は次の店でも続く。
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