一瞬の出来事にわたしは呆気にとられていたが、売人の姿が見えなくなって我にかえった。
これは困ったな。
男から渡された紙袋を持って町をふらふらする訳にはいかないし、とりあえず宿に戻るとするか。
帰りの道中では少し慎重になった。男との受け渡しの瞬間を見ていた奴が、ポリスに通報していたとしたら。或いは泳がせ捜査だったら。わたしは後ろを振り返り、誰もいないことを確認しながら宿に入った。
部屋にマークはいなかった。
薄暗い部屋で、まずは袋の中を覗いてみる。もわっとした独特の香りが立ち昇ってきた。袋の中には確かに茎がついたままの乾燥した葉っぱがわんさと入っていた。
わたしはポケットから煙草を取り出し、紙巻きの中身を丁寧に捨て、その中に乾燥した葉っぱを手で擦って入れた。果たして本当に効くのだろうか。
どうにも半信半疑だった。
巻き紙に火をつけて、まずは胸いっぱいに吸ってみた。そして矢継ぎ早に再度大きく吸ってみる。何にも変化は起きなかった。ラオのルアンパバンで吸ったストロングな葉っぱはたったひと吸いでガツンときたが、この得体の知れないモノはうんともすんとも刺激はなかった。もしやいっぱい喰わされたか。 結局、最後まで吸ってはみたものの何の変化も起きない。悪い出来のものを摑まされたか、そもそもはモノがガンジャではなかったか。ともあれ、奴に担がれたのは明白だった。
端から金を払うつもりはなかったが、これではっきりした。明日、インド門にも行く必要はない。
気を取り直して外出した。近所のフルーツジュース屋で、マンゴーを絞ってもらうことにした。生ジュースは一杯6ルピーと貼りだされており、値段交渉する必要はなかった。ボンベイは都会なのだ。
そのマンゴージュースを飲みながら売人のことを考えてみた。自分に品物だけを渡して、彼に何のメリットがあるのかと。ガンジャに効き目がないと知られたら、後払いなどしない。バックれられるリスクは高い。それならば彼の目的は他にあるのか。一つ浮かんだのは、この情報を彼がポリスに売ることか。ただ、それならば現行犯にはならないし、彼自身のリスクも低くはない。目的がよく分からない分だけ不安になるが、要は明日、自分があの場所にいかなければいいだけの話しだった。もうこんなことは忘れてしまおう。
その日の夜、マークと落ち合い、我々は映画館に入った。チケット売り場では列になって買う人はなく、横から次々に人が現れ、チケット購入は難儀した。周囲から出てくる手を払いのけながら、チケットを買った時はもう疲れきってしまった。映画館は超満員。本編上映前の予告はなく、いきなり映画が始まると観客は総立ちになった。我々もそれにつられて立ち上がりスタンディングオベーションをした。しかし、始まった映画はボリウッドのインドムービーではなく、旧いジャッキー・チェンの映画だった。
ガンジャを葉っぱって言うけど、実は葉っぱには成分は殆ど入ってないんだよね。でも、当時の俺も葉っぱだと思ってたから、日本人で騙されるのは少なくなかっただろうねえ。
しかし、インドでジャッキー・チェン見るとか、中々おもろいセレクトしてるねえ、師よ。
いや、葉っぱの形状からすると偽物でもなかったかと思う。ただ効き目がないことは知っていたんじゃないかなぁ。
ジャッキー・チェンはマークのセレクトだよ。自分ならインドでジャッキーは観ないよ。
結局、インドでインドムービーは観なかったなぁ。
偽物といえばハシシも偽物掴まされてるやつ多かったなあ。加工品は含有量分かんないもんなあ。
インドのムービー、今はユーチューブとかで観れるのあるよね。当時俺がインドの劇場で観た「ラジャヒンドゥスタニ」フルバージョンでアップされてて驚いたよ。
今も持ってるテープのサントラと同じ曲もフルでアップされてて、聞いたらメッチャ懐かしかったよ。
ボブネッシュんとこ行った時も映画は行ってなかったんだなあ。今のインドの映画館、箱も入ってる人達もどんな風に変わってるのかな。興味あるよ。
そうか、YouTubeという手があったか。
「ラジャヒンドゥスタニ」観てみようかな。
ただ、あのインドの雰囲気の中で観るのがいいんだよね。
ただ、これからもインドに行くチャンスはあるだろうから、その時チャレンジしてみようかな。