これまで行ったことのなかった旗の台だったが、不思議な事に仕事で訪れる機会ができた。
叔母のお見舞いをしがてら、原稿の依頼をするためにS柳氏の家を訪問する。
「飲みに行こう」と誘うS柳氏の後をボクはついていくと、駅前の古い店の前に立ち、「ここ、最高においしいんだ」と紹介してくれた。
店の名は「鳥樹」。
看板には「若鳥焼」と書かれている。
「でもね、いつも混んでるんだよ」とS柳氏。
店の扉を開けて、様子を見ると、なるほどこの日も満員御礼。
「仕方ないね。もうひとつの店に行こう」。
どうやら、「鳥樹」にはもうひとつ店舗があるらしい。
そのもうひとつの店「東口店」は本店と打って変わって、空いていた。
我々は2階の座敷に上げてもらい、ビールにありつくことになった。
「ここはね、本店の大将の子どもがやってるんだよ」。
「親父より、味が落ちるんだよね」
S柳氏は言う。
そう言われると、俄然本店に行けなかった後悔が募る。客の入りが少ないのは、その味の違いなのか。
「ここに来たら食べなきゃいけないのは『ももタタキ』だよ」
そう言ってS柳氏はその「ももたたき」(780円)と「生ビール(大)」(610円)を2つずつオーダーした。
「ももタタキ」ってなんだ。
はじめボクは鶏ももの刺身を想像していたのだが、その想像は約10分後に脆くも崩れ去る。
銀のプレートに乗せられて届いたのは皮つきのもも肉が焼かれたものだった。
しかも、そのボリュームといったら。もも肉の串焼きが軽く5本はあろうかという量が皿に盛られている。
早速、かぶりつくと、皮はパリパリで、身がじゅわっと。身は微妙にレアなのか。
「これ、うまいっすね」。
ボクは興奮気味にS柳氏に感想を言った。
すると、S柳氏は「そうでしょう」と相好を崩した。
「ここでは1羽まるごと解体するからね。そんな店ってなかなかないでしょ」。
アッと言う間に、「ももタタキ」を平らげてしまったのだが、ボクが茫然とした顔でもしていたのか。
S柳氏は、「もうひとつ頼むか」と言って、勝手に頼んでしまった。
他にも「ささみおろし」や「はさみ焼き」といった魅力的なメニューが並んでおり、それらも頼んでみたいと思ったのだが、仕方ない。
今夜はとことん、「ももタタキ」を堪能してやる。
2皿目の「ももタタキ」。
ひとつめは一心不乱に食べて気が付かなかったが、このうまさの秘密はタレにあるのではないだろうか。
微妙に緑色の濃厚なタレは、もしかするとオリーブオイル。
このオリーブオイルをベースに独特のタレが展開されている。
うまい。
焼き鳥なのだが、ジャンルは焼き鳥ではない。
メニューには串焼きもあるが、ここは串焼きなぞ頼んではいけない。そんな雰囲気がプンプンと漂う。
「ももタタキ」を知ってしまったら、多分そんじょそこらの焼き鳥は食べられなくなる。
「ももタタキ」は、本当においしかった。
名店誉れ高い理由はここにある。