とうとう、堪忍袋の緒が切れた。
賃上げ交渉の結果、「Ok」と言った社長に、別の機会で念押ししてまで給与増額の約束を交わしたにも関わらず、4月に振り込まれた給与は従前とほぼ変わらない額。4月分は3月の仕事も含まれているから、5月分の給料から新給与が反映されるのかと様子を見ていたが、5月分の給与もそのままだった。
「一体どうなってるんですか」。
ボクは社長に詰め寄ると、「あぁ、あれはやめた。今度な」とあっけらかんと言ってのけた。
「2度も話しをして認めてくれたじゃないですか」と反論すると、「嫌なら辞めてもいいんだよ」と、他のスタッフに聞こえるよう、わざと大きな声で言った。
これまで十数年、一度も給料をあげてくれと言わず、頑張って売り上げを上げた今季、これがチャンスだと思って臨んだ交渉の結果は、こうして無残にも反故となった。
あまりにもひどい。
仮に、賃上げをやめるにしても、ボクに言われる前に、事前に言うべきだろう。もし、ボクが何も言ってこなければ、それでやり過ごしていたはずだ。
弁護士に会いに。
ボクは池袋へとやってきた。仕事を半休して。
ただ、弁護士も悪い人ではなかったが冷たかった。要するに、あまりお金にならない案件だと思ったのだろう。
「だって口約束でしょ?」。
弁護士が言うことは全くその通りで、ぐうの音も出ない。
給与の問題はもうどうでもよく、社長に一泡吹かせる意味でも、交渉に同席してほしいとボクは頼んだ。
弁護士は気乗りしない口ぶりだったが、最後には了承した。
雨模様の日だった。
弁護士事務所を出て、池袋の街を歩いた。
酒でも飲んで帰るか。
池袋東口に出て、店を探した。立ち飲み「小島」に行こうかと歩いた。
「小島」の様子を眺めるために、わざと前を通り過ぎた。もう少し行ってみるかと思って、通りの突き当りまで行ってみた。ただ、なんとなく。
すると、通りの目の前に酒屋が見えた。
まさか。
しかし、そのまさかだった。
立呑みという文字が見える。角打ちじゃないか。まだ見ぬ立ち飲みが池袋にあったのか。
小売店舗と立ち飲みはセパレートになっていた。立ち飲みと書かれた扉を開けると、なかなかに広いスペースが広がった。
お店を切り盛りするのが、ご年配のお父さん。レジには、おでん器が鎮座している。素晴らしい。
ウキウキしてくる展開だが、今日のボクはちょっとブルー。
アサヒスーパードライの瓶ビールをオーダー。これが、きっかり400円。え?この値段、「たきおか」よりも安い。まずは、度肝を抜かれた。
すると、一人の主婦が店に入ってきた。買い物帰りなのだろうか。片手には、買い物袋をさげている。その主婦らしき人は、スーパードライの小瓶を注文し、一人でおいしそうに喉を潤している。
なんか、大阪みたいだな。
メニューを見ると、これまたびっくり。ほとんどが100円なのだ。しかも、メニューが豊富。いや、気取ったメニューはないが、それでもう十分。ボクは「冷や奴」をお願いした。もちろん、100円。
まだ、500円しか使ってない。マジか。
さっきまでスーパードライを飲んでいた主婦はもういなくなっていた。これから、晩御飯の準備をするのだろう。それが健全かどうかは、さておき、主婦の貴重な楽しみの時間だったと考えれば、それはそれでよかったのだと思う。
ビールを飲み干し、次の飲み物をどうするか、あれこれ考えた。日本酒にするか、ハイボールにするか、はたまたバイスサワーにするか。それにしても、飲み物が豊富だ。ボクは、お酒の「久保田」を頼み、「ちくわきゅうり」を肴にした。これで、かっきり1,000円。
もう、何も思い残すことはない。
豊島区役所が移転し、この界隈の人の流れが変わった。「ささや」もその時代の流れに逆らえなかったのでだろう。
こんなにグレートな店なのに、閉店してしまった。池袋の角打ちの灯火が、一つ消えてしまった。
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