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雨が降っていた。
S和医大を出て、ひんやり冷たい風に吹かれながら、駅へ向かった。踏切が警報音を鳴らして、歩行者を遮断すると、なんだか駅に入るのが億劫になって、ボクは踏切の前にたたずんだ。
今夜は大井町ではなく、旗の台で飲むか。旗の台はターミナル駅で、東急の大井町線と池上線が乗り入れる。東口はかなり散策したが、南口はまだほとんど歩いたことがなかった。この機会に行ってみようか。
南口は東口に比べると店は少なかった。その僅かに並ぶ店に、一際存在感を際だたせていたのが、「鳥半」だった。東口が鳥ならば、南口も鳥、かつて行った商店街にも「やきとり倶楽部」という店があったし、旗の台はまさに鳥の町だった。
「鳥半」は佇まいからして、年季が入っていた。相当古そうな雰囲気である。その引き戸を開けて入ると、あぁやっぱり。昔ながらのカウンター。店内は暗く、足下はほとんど見えない。カウンターの向こう側は、ご夫婦だろうか。お歳を召したお父さんとお母さんがいらっしゃった。
元気なお母さんに促され、ボクは入口近くの椅子に腰掛けた。ぼんやりとしていて分からないが、かなりのお客がいるのである。椅子に座った瞬間に、鼻孔を突き抜けたのが、あのおばあちゃんチの匂い。古い衣類の辛気くさい香りとでも言おうか。
さて、何を飲もうかとメニューを見て、軽いショック。ホッピーも酎ハイもなかった。焼き鳥には、この飲み物がベストマッチなのに。そこで次の飲み物を探すが、しっくりくるものがない。熟考した中で、最終的に選んだのが、日本酒の一番安価なもの。(銘柄失念)ボクにとっては痛恨のチョイスだ。というのも、日本酒と焼き鳥は永遠のミスマッチと、ボクは勝手に呼んでいるほど、ボクはやってはいけないことだと思っている。
だが、ここはもう仕方ない。
まずは、「煮込み」から。さらさら系のさっぱり風は、もちろん鶏もつの煮込み。鶏出汁が煮込みに馴染み、これが本当にうまい。
この隙に、焼き物を焼いてもらうのだが、「ねぎま」に、「レバー」、そして「つくね」を各一本ずつ。「つくね」は、いわゆるボールと呼ばれる球体である。
さすが炭火。やや燻したスモークのような香りが食欲をそそる。さすが旗の台。鳥のレベルが高い。予想外にうまかったので、調子にのってどんどん頼んでしまった。「胸肉」はタレが絶妙だった。トロリ系ではなく、さっぱり系。大きい肉も炭火の遠赤だからこそ、火が通る。
これぞ、ベテランの味。年の功が紡ぐ絶妙の火加減。
焼き鳥の身は、はっきり言って小さい。けれど、白い大皿に置かれたそれは、まるでアートのよう。
お父さんとお母さん、いつまでもお元気に、この味を守ってほしいと思う。
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