フルートアンサンブルエスカル合宿の後、かねてからお誘いのあった笹山さんの別宅に大阪エスカル組4人で訪問させて頂きました。


ベーム式以前のフルートもあります。

アウロスのトラヴェルソまで

4人とも夢中になって吹いてしまいました。


蓄音機で



私はルイロットをお借りして、みんなとグリーグの「春によす」四重奏。

チェコ語ではアントニーン レイハ。

1803年ベートーヴェン

フランクを育てます。

は没後、評価が高まり、世界各国で教材内容としてつかわれました。
ゴールウェイ、ランジュバン、ホスクルドソン、ブリアコフ、フルート界のドリームチームカルテットです。
リビングに足を踏み入れた途端、目に入ったのはこれ!

「わぁっ!これは?!」
と叫びました。
「榎田先生のコレクションです。」
「フルート博物館ですか?」
「いや、整理されるまでの保管かも…。」
「吹いてもいいですか?」
「どうぞ。」
「わあーい!」ということで

ベーム式以前のフルートもあります。

アウロスのトラヴェルソまで

4人とも夢中になって吹いてしまいました。

象牙の頭部管もありました。


「こんなにフルートに食いついた人は初めてですよ。」と笹山さん。
散々吹かせてもらった後、
散々吹かせてもらった後、
所蔵のレコード

蓄音機で

真空管

…ベネット、ランパルを聞かせてもらいました。

…ベネット、ランパルを聞かせてもらいました。
ポツポツいいますが、まろやかな音です。
最後に笹山さんの楽器、ルイ ロット2本。ボンヴィル。
ヘインズのピッコロ2本。
1本はCシャープ管。


私はルイロットをお借りして、みんなとグリーグの「春によす」四重奏。
ライヒャの「シンフォニコ」のメヌエットをフルート四重奏を5人で初見で吹きました。
ロットが素晴らしかったです。
素晴らしい隠れ家!
「いいなぁ!ロットも別荘も!」と言うと「買ったら、この向かいの家は1200万。ちょっと下は土地だけだけど300万円出でてましたよ。」と笹山さん。
…安い…けど私には高い😅💦
梅田で今川さんと夕食食べて帰りました。
アントン ライヒャ(1770-1836年)
ボヘミア王国プラハ生まれ、フランス王国 パリ没

チェコ語ではアントニーン レイハ。
ライヒャはドイツ語読み
後半生フランス語ではアントワーヌ レイシャ。
10歳で孤児になり、ドイツでチェロ奏者をしていた叔父に引き取られます。
15歳でケルンのマクシミリアン選帝侯の宮廷楽団のフルート奏者としてボンに移ります。
この時同じ年齢のベートーヴェンがヴィオラ奏者としていました。
叔父が指揮するケルン歌劇場管弦楽団にも加わります。

1803年ベートーヴェン
1789年ベートーヴェンとボン大学に入学しますが、フランス革命軍によりボンが占拠され、宮廷楽団は解散。
ハンブルグに移り、作曲とピアノ教師になります。
1801年ウィーンに移り、ベートーヴェンに再会。
ハイドン、グルック、モーツァルトに影響を受けます。
1808年38歳でパリに移ります。
1817年パリ音楽院の作曲鹿の教授になります。
リスト、グノー、ベルリオーズ

フランクを育てます。
1829年フランスに帰化
24曲の木管五重奏曲、フルートのための二重奏22曲、オペラ、カンタータ、7曲の交響曲、オペラ、管弦楽曲を作曲しています。
理論家としては現代に通じる書法を作っています。
「高等作曲教程」

は没後、評価が高まり、世界各国で教材内容としてつかわれました。
4本のフルートのためのシンフォニコは、12番、19番、27番を残しています。
12番D durの第二楽章メヌエット
ゴールウェイ、ランジュバン、ホスクルドソン、ブリアコフ、フルート界のドリームチームカルテットです。