今日は、小学校で「味噌作り講習会」をしました。
子ども達と地域の人たちが、集まってお味噌をつくります。
前々日から、大豆を水につけておき、昨日は大豆を炊きます。湯でこぼしながら、2時間。だそうですが、うちでは圧力鍋で、20分。それでも、お味噌7㌔分を炊くので、3回に分けて炊くので一時間くらいはかかってしまいました。
今回は講習なので、70人分一人100グラムづつ作れるように、セットします。
大豆の煮水を切ってさまして。
フリーザーパックに、大豆を50g、ナイロン袋に米麹を25g。
煮水は種水として使うので、ペットボトルに入れて、持って行きます。
ここまでを、昨日こつこつと準備。
今日は、袋の上から指で大豆をつぶしていきます。それから、種水大さじ1と、塩中さじ1、米麹を混ぜて、よく混ぜます。
容器をお酒を含ませてキッチンペーパーで拭いて、消毒。
混ぜたお味噌をハンバーグを作るように、空気を抜きながら丸めます。それから、おもむるに、容器に叩きつけます。100gなので、1回で終わってしまいますが、7㌔作るときは、ばんばん叩きつけます。
空気の隙間から、カビが生えるので、空気をなるべく入れないためにたたきつけるようです。
後は上をならしてラップでピッタリふたをして、容器のふたを閉めます。
ラップではなく、酒かすや、だし昆布をのせると、カビも生えにくく、味がしみこんで、昆布も食べられておいしいと、お味噌やさんに聞いたことがあります。
後は風通しの良い冷暗所において、夏休みに1回、黒い汁が上がって来たら天地返しといって、底から混ぜてひっくり返します。9月になったら食べられます。
いつもは小学生とその親が多いのですが、今回は、年配の方がたくさんと、小学生でした。味噌を自分の家で作りたいと、熱心に質問される年配の男性、故郷の田舎ではみんなが作っててもらえたんだけど、今はもう帰れないので、自分で作ろうと思ったと言っておられました。
子ども達は興味津々でしたが、今回は大人の方が熱心。
後は、豚汁と、お味噌汁と、焼きりんごを作ってみんなで頂きました。
豚汁には、私が作った3年目のお味噌を使いました。おおむね好評。
お味噌は、寝かしておけばおくほど、塩が舌に刺さなくなって、マイルドになります。3年目になると、きゅうりにそのままつけても、もろみ漬けのようでおいしく食べられます。
いつもながら「時間はたっぷりありますので、いらいらしても子どもさんに作業をさせてあげて、見守ってあげてください。」と声かけします。
お料理得意の女性も、腕の見せ所というところを、抑えて、子ども達を見守って下さって、後で「こんなに小さな子どもが、できるなんて思わなかったわ。」なんていってくれます。
「私も、自分の子ども達にさせてあげればよかったわ。」なんて
子ども達は、思ったよりも力を持っています。お料理は男子が、特に張り切ってやります。あんまり上手のするので、「やったことあるの?」と聞くと、「家では包丁を持ったらあかん。っていわれてるねん。」という子が圧倒的に多いです。
女子も男子も、「いつもやっている。」なんて子どもにお目にかかったことはありません。
お皿洗いも喜んでします。子どもはお料理をしたがっている。なんていったら、親はびっくりするのでしょうか?
インフルエンザが、我が家にもとうとうやってきました。下の息子A型でした。
お医者さんに行くと、「インフルエンザはリレンザを投薬したら、15歳以下は必ず誰かついていることが法律で決められました。それから、熱が下がってから、48時間は学校へ行かさないように、これも決まっています。伝染するからね。」世の中、どんどん変っています。仕事を始めて休みました。
うずらに鶏インフルエンザが発生したそうです。今回のは、毒性は強くないようで、ほっとしましたが、抗生物質の使い過ぎは、耐性菌を生み出すと、もう20年も前からいわれていましたが、ちっとも減らしている様子はありません。鶏は狭いゲージに何羽も詰め込んで育てると、絶対に病気が発生する。発生した時には感染するのが当たり前、何羽も一斉に死ぬから、抗生物質を餌に混ぜて食べさせている。当然耐性菌は生まれます。
「もう自然は変ってしまっているから、自然の力を活性化するものを入れないといけないんや。」長野の鶏農家を尋ねたときに、農家の人が言われた言葉が忘れられません。
その村はBM活性水を足して農業をされているそうです。
牛糞と、沢の水をろ過してつくったもので、ミネラル成分で、菌を殺すのではなく、納豆菌など、良性の菌を活性化して、悪い菌を活性化しないようにするそうです。
そうやって、その村は畑の作物を無農薬で、BM水で育て、鶏や牛をその作物で育て、その糞をまた作物に返すという循環農法で成功していました。一般的に鶏小屋は、匂うということでしたが、そこの鶏小屋は近寄っても全く匂いません。また、牛小屋の土は真っ黒でふくふくとした土でした。
薬を飲んだり、遊んだり、紛らわしたり、健康で働くために私達はいろんなことをするけれど、もうそうしないと生きていけないということ自体病んでいるのかもしれない。
強くなってしまった耐性菌を前に、抗生物質無しで戦うには、人の体はあまりにも脆弱になってしまった。
武器無しで、生き残れる気がしていない地球上の、大多数の国と同じに。
花粉が昨夜からひどいです。
お風呂に入って、布団の周囲を堅く絞ったタオルで拭いて、もう一度髪や枕を拭いてから寝ます。
これだけでもずいぶん違いますが、花粉0%にはできません。朝起きるとやっぱり、鼻水…いやだなぁ。
朝から洗濯して、部屋干し。窓ももちろん閉めっぱなし
運動場へ出たら、鼻水
この季節はつらいなぁ。子ども達は関係なく元気。今日は若い人たちが実習に来て、子ども達もうれしそう。
サッカーをしてもらったり、ドッジボールに入ったり。
こうやっていろいろな世代の人たちに関ってもらうのは良いことだと思います。
子どもと鬼ごっこをしていて、びっくりしたのですが、鬼がかわりません。いつも同じ子が鬼。じゃんけんの時だけ動いて、後は足の遅い子がずっと鬼。力の強い子は、タッチされるとルールを変えます。「今、バリア。」とか、「ここにいる時は、セーフにしよう。」
はじめは、一部の子どものことだけかと思ったのですが、ドッジボールをしても、強い子は当てられても、外にでません。当てられても当てられても、「今のなし」とか言ってでません。
この学校だけの特徴なのか。ちょっとわかりませんが、力の序列が、そのまま、鬼をする回数、ドッジで残る回数と一致します。
私が小さな時は、中学生から、2才児おしめをつけたままの子どもまで、一緒に鬼ごっこした。同じ子がずっと鬼になってもゲームがつまらないので、ハンディをつけたり、年長の子どもと組んだりして遊ぶことが当たり前だった。中学生は大人に見えた。お人形をくれたり、勉強の合間に出てきて絵本を読んだりして、ああいう大人になるんだって、モデルのお兄さん、お姉さんがいました。
お姉さん達も、もう近所の子ども達を見るのは、自分達の責任という感じで、見ていました。誰かが遅れると、助ける。すねたりしないように、さりげなく輪の中に入れる。遊びを楽しむためにいろんな工夫が、子ども達の中から生まれたり、子どもから子どもへと伝えられていました。
また、粗相をすると、年長者が「ちゃんと見てなさい」と、近所の大人に怒られるのが当たり前でした。
どんぐりの背比べが、一番競争が激しいと聞いたことがあります。
同じ年の子ども達が、一同に集められる厳しさがこんなところに出ているのかもしれません。同じ子ばかりが鬼で、いやになってじっとしていると「早く捕まえにこいよ!」と怒られます。力関係があるので、鬼になる子は、断れません。苦しくても、走って追いかけます。ようやく捕まえた途端、「今のは、バリア」とか言われてまた、鬼。鬼はもうずいぶん前から、笑っていませんが、逃げる子達はうれしそうに笑っています。
一緒に入って「ルールを変えるんだったら、つまらないから、鬼ごっこはやらないよ。」とか、「同じ人が鬼ばっかりでつまんない」とか、言いながら、鬼ごっこ本来の楽しさを味わってもらうしかありません。
このことは、文科省の人たちとか、教育委員会の人たちは知らないんじゃないかと思います。
集団でうまく遊べないということは、友達関係、共同作業、共同研究、共同の仕事、共同の勉強、家族集団全てアウトということじゃないのかな?大変な世界がやってくる…いやもう片鱗はあるかも。
それを食い止めるためには、一生懸命遊ぶことが、大切だと思うのだけれど…
レッスンはS先生に「今日は、何を修正しながら吹く?」といきなりな質問。
「音程です。」ドキドキしながら答える私。
「音程で大切なのは、迷わないこと。」
「もうそれだけだよ。」
「後は姿勢。片足で演奏できるようにしておくといいよ。足を後ろに上げる。それから、筋肉トレーニングをして。毎日いつでもどんな時も姿勢のことを考えるんだよ。」
姿勢悪いんです。言ってられないな。がんばろう。
今日は、ドルチェ楽器で、楽譜のバーゲンセール。3冊買えば20%引きにつられて、ゴーベールの第3ソナタと、ソナタ、フルートクラブ発行のミュージックアルバムを買ってしまいました。楽譜選ぶのに時間がかかって、気づくと2時前。お腹がすいたので、一人で入れる店を探しに、第3ビルへ、地下にクラッシック音楽喫茶エスパニョーラと書いた看板を見つけて、思わず中へ
プロシュートと、フロマージュ、ルッコラのパニーニ、レギュラーコーヒーとセットで780円。トマトと、揚げたジャガイモもついていました。
2時を過ぎると、狭い店内に人が増えて、残念なことに音楽が聴こえなくなってしまいました。
でも、落ち着いた雰囲気。一人で入るには良い感じ。コンサートチラシが貼ってあって、いかにもという感じでした。
帰りは、御殿山まで、帰ったところで電車がストップ。牧野~樟葉間で人身事故。ビッグイシューを隅から隅まで丸ごと読んでしまいました。疲れた~なのに、牧野の駅近くの布地屋さんでバーゲン。最上級の生地が半額。すごい大好きな感じ。確かに安い安いけど高い。迷う私に、「スーツにしたら、10万はくだらないですよ。」という店員さん。そんなことはないかな?でも、買ってしまいました。
なおかつ、ピアニストのSさんにも、色違いを勧め、明日残った同柄異色の最後の一枚、買いに行くことになってしまいました。
夜は、赤ちゃんを預かりました。9ヶ月の男の子。保育所が終わった7時からお母さんが帰ってくるまで。
連れて帰ったら、息子の顔を見るなり、二声ほど泣いて、息子は「オレショックや、嫌われた。」
でも、眠かったらしい、抱っこしているとすぐ寝てしまった。
「眠かったから泣いただけだよ。」
40分ほどで、お母さんが引き取りに来られました。あかちゃんって、本当癒されます。息子も、起さないように小さな声で話したりして。もうちょっと、預かっていたかったなぁ。また来てね。
亜麻色の髪の乙女の、亜麻色ってどんな色でしょうか?
亜麻というのは、植物のアマのことだそうです。茎はリンネルという繊維です。麻と間違えられることがありますが、それよりも柔らかく強い繊維だそうです。
亜麻色は辞書で調べると「黄色がかった茶色」とあります。リンネル繊維の色見本はhttp://www.colordic.org/colorsample/2187.html
肌色っぽくって、どうも、髪の毛の色のようには見えません。
花は青で、論外です。
それでは実は?
中学生の頃、油絵を描く大きなキャンバスを作るのにベニヤ板に、亜麻仁油と、ワニスを混ぜて塗ったのを思い出しました。亜麻仁油というのは、古くから家具に塗ったり、油彩の下に塗ったりしていたそうです。
この亜麻仁油は、亜麻の実をつぶして濾して取った油で、濃い茶色。そのままだと、こげ茶色、キャンパスに伸ばすと、黄色というより、緑がかっていて、薄茶緑。
西洋文化圏で近代、食用の亜麻仁油は薬として結構身近につかわれていたそうです。確か、赤毛のアンが、風邪を引いたときにスプーンでひとさじマリラ飲まされていたような気がします。ドビュッシーもしょっちゅう飲んでいたのかもしれません。
そう思うと、亜麻色はブロンドではなく、ブルネット茶色が近いのではないかと思います。
いろいろ思いをはせて、曲のイメージを膨らませるのも楽しいですね。私は、膨らませすぎて、亜麻仁油とワニスのものすごいが匂いが、演奏する時、思い浮かんできそうですが
庭の白薔薇の木。
なぜかうっすらとピンクの色の花が一輪…引っ越して15年、始めて。
水質、地質、気候変動?不思議です。キレイ
「亜麻色の髪の乙女」は、1909年ドビュッシーによって作曲されました。
ピアノ前奏曲集第一の中に入っています。
夏の明るい陽をあびて
ひばりとともに愛をうたう
桜桃の実のくちびるをした 美少女・・・
ルコンド・ド・リールの詩にイメージを得たそうです。
変ト長調で作曲されましたが、ドビュッシーの弟子のアンドレ・カプレにより、サックス、フルートなどの独奏楽器と、ピアノかハープに編曲されました。
ヴァイオリン版、ヤッシャ・ハイフェッツにより編曲されたものはト長調です。フルートもこちらで演奏されることがあります。変ト長調だと、低音のHがでないので、ト長調にしたのかと思いますが、やっぱり、変ト長調の方が曲の感じがでます。
ト長調だとなんだか、音が明瞭過ぎて、らしくない。そういうと、ルコンド・ド・リールの詩もなんだか明るすぎるような気がします。この変ト長調の調性の持つ、現実感の無さ、夢の中にいざなわれるような感覚が、この曲にはふさわしいんじゃないかと思います。
こういうことに、ドビュッシーは鈍感だったはずが無いですが、H管のないフルートでは一箇所だけ旋律を変えないと、演奏不可能なので、転調したくなる気持ちはわかります。
ぜひ両方で演奏してみて違いを味わってみてください。ドビュッシーの意図が少し見えるような気がします。
ゴーベールの「マドリガル」という曲を、演奏すると、ほころびかけた梅の季節のイメージがします。まだ冷たい空気と、曇り空、窓に露。春へのあこがれ。
ああ、待ち遠しい。暖かくなったり、寒くなったり、来週は雨が多いみたいです。雨が長いと、子ども達は狭い部屋に閉じ込められてかわいそうです。
子ども達を見ていると、季節を全身で感じているなぁと思います。カピカピのひざっ小僧をだして、鼻水をたらしながら、寒くても外で走り回っています。走り回るのに疲れたら、地面に大の字になってひっくり返って。「先生、寝ても良い?」
「寒くない?」
「ぜーんぜん。暑い。」
「ちょっとでも寒くなったら、上着を着るんだよ。」
私達はちょっと心配で声をかけてしまいますが、そういう子は風邪もひきません。暑い寒いの感性が生き生きとしていて、私達よりずっと敏感です。
音楽も感性。季節の感覚を研ぎ澄まして抱きしめたい。
かわいいブログももっていらっしゃいます。どうぞ、そちらの方もお尋ねください。HPから入れます。
今日は、息子の先生によびだされて、学校へ、行ってきました。
学校は京都の伏見区にあるので、宇治川の隣を通り、観月橋のすぐそばをとおっていきます。これは、三栖閘門(みすこうもん)宇治川と濠川(ごうかわ・ほりかわともいう)の間にあって、水面の高さの違う二つの川の水位を二つの門でせき止め、三十石舟や十石舟を通していたそうです。今は航行の目的では使われていないですが観光船がでているそうです。調べてみると、今の橋は昭和4年に改修されたものだそうです。建築費は30万1,241円 、今のお金で1億7000万円位だそうです。
京都高瀬川から宇治川伏見の宿を通って、我が枚方の宿を通り、守口宿、大阪天満の八軒屋まで舟が行きかっていたそうです。
悩める息子は17歳。子育てはなかなか一筋縄ではいきません。電車を愛し、昆虫に熱中していた息子も、高校生。熱中するものを見つけられなくて、ふらふらしているように見えます。さあ、何を見つけたいのやら?
今日は、梅田でピアノ伴奏合わせ&レッスンでした。写真は何年も放置してある廃ビル。ガラスも一枚も無く、不気味です。明るく近代的なばかりが都市ではありません。前を通るたびになんだか気になります。推理小説や、冒険物を読んでばかりいた少女時代の血がうずきます。
3月20日(土)ドルチェアーティストサロン ドルチェ楽器のアカデミーの発表会コンサートです。私は15時20分頃にゴーベールの「ソナチネ」を吹きます。
ピアニストはNさん。
エコールノルマルで勉強され、フランス音楽コンクール優秀賞他にも多数国際コンクールでの受賞経験があります。
ゴーベールのソナチネのようなフランスの近代曲を演奏するには、これ以上は無いと言うピアニストです。
細かいニュアンスまで、難なく合わせて下さって、S先生も大絶賛。
そう褒められると、本当かな?という気になってくるから始末が悪いです。褒められたいのに褒められると居心地が悪い。よほど、地べたのじめじめしたところが私は好きなようです。
それにしても、このアンサンブルずっと続けていたい。音楽って、二人で一つのものを作り上げる幸福。一秒の何分の一かのゆらぎの感覚が合う瞬間の一体感。これが醍醐味の一つだと思います。他には何もいらないって気分になります。
これが合うピアニストは滅多にいません。このNさんは出合って3年目ですが、リビエの「ソナチネ」グロブレーズの「ロマンスとスケルツォ」、どの曲の時にもばっちり。気持ちよかったです。今回もどんな演奏をされるか楽しみにしていました。
今日は合わせた感じでは、涼やかな一楽章、抑えた表現でというシューマンへのオマージュの二楽章。を繊細な感覚でグロブレーズや、リビエのときとは音量だけでなく、音色まで変えてきて、さすがという他ありません。素晴らしい
2回目の合わせが楽しみです。私もがんばらなくっちゃ。
雨が降ってきました。花粉症一休み。よかった。まだ、そんなにきつくは無いけれど、私はスギ、ヒノキの他、カモガヤ、ブタクサなどなど、1年中で何も無いのは、7月と1月だけというほどひどいアレルギーです。
とはいっても、量の問題か、スギ、ヒノキが飛ぶ今頃から、6月終わりまでが、やっぱり一番つらいです。
食事療法、レモンを飲んだり、クロレラを飲んだり、ヨモギやびわのお風呂。いろいろ試してみましたが、完治はしません。数年前のひどい時は2ヶ月、のどや肺が炎症を起して、咳、鼻水、微熱が続きました。これがヒノキ。本当に困ります。
風邪ならば、3日も休めば何とかなりますが、2ヶ月続くと生活も、仕事もしないといけません。本当に困りました。
フルートは、鼻水が出て、本人は苦しいけれど、案外演奏は大丈夫です。
フルートを吹くときには、腹式呼吸です。鎖骨に繋がっている筋肉を上げて、横隔膜を上げておいて、肺に呼吸を一気に入れると、後は吐くのみ。この息をゆっくりと吐くというのが、喘息や、アレルギー症状の緩和に役立つような気がします。
息を吸うと、全身に酸素がいきわたると考える人が多いですが、吐いて使う時に、血管に蓄えた酸素を使うので、せっせとすった酸素を血液にのなかに供給しなくてはならなくなって、酸素が体にいきわたるのです。
逆に短いフレーズで息継ぎをどんどん繰り返すと、ますます、息が足りなくなってくる気がしてくるのは、酸素が足りないのではなく、過酸素状態で、もう酸素はいりませんと、血管が拒否してしまうせいです。このとき貧血で倒れたり、目の前に星が飛んだりします。
解決策として、病院では、ビニール袋を口に当ててその中の空気を、吐いたり吸ったりすると、過酸素状態が緩和されて、症状が治ります。
フルートの腹式呼吸がわかりにくい人には、ストローの先を指で平らにつぶして、そこを軽く持ったまま、もう片方の端をくわえて、長く息を吐きますがこれは喘息の治療にもきっと良いと思います。
花粉症で、鼻水が出たり、咳が出ると、体が堅くなってただでさえ、炎症で気道が狭くなっている上に、筋肉や、毛細血管でまで縮んでしまいます。ゆっくり息を吐くと、体が緩んで、血液に酸素が回って、その悪循環を少しでも緩めることができます。
フルートを吹いて、健康に暮らしましょう。