音楽の喜び フルートとともに

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ウィリアム・テル

2014-07-31 22:42:31 | 名曲

台湾に行っていた夫が帰ってきました。とりあえず、ほっとしました。

お土産はペンギン。
1932年日本人によって建てられ。その後放置されていたものを修復して昨年1月に再オープンした林百貨店で買ってきたそうです。
日本人が建てた建物で、台湾で売られるフレンチカントリー、メイド イン インドネシア。



ロッシーニ作曲の「ウィリアム・テル」は、ハプスブルグ家に支配されたスイスの話です。
横暴なハプスブルグの行政管の支配に苦しむ民衆が、革命を起こし、行政管を倒します。

その間、敵同士のハプスブルグの王女とスイスの民である長老の息子の恋愛があったり、行政管の帽子に挨拶しないものを逮捕させたり、ウィリアム・テルの息子の頭にりんごを乗せてそれを射させるというエピソードがあったりして、聴衆を惹きつけます。

ロッシーニの父は、イタリアにナポレオンが侵攻してきた時に喜んだことで、後にハプスブルグオーストリアが政権に復帰した時に投獄されました。後に解放されて家族のもとに帰りました。

ウィリアム・テルには、ロッシーニの父への尊敬と愛、理不尽な支配者への怒りが込められています。

ロッシーニは、38歳で歌劇「ウィリアム・テル」を書いた後、オペラを書くのはやめてしまい、後は年金で暮らしました。

7月革命で、政権が変わった時も、しっかり交渉して年金を新政府から受け取っています。

76歳で亡くなるまで、悠々自適で美食を好み、好きなことをして過ごしました。


母の手術

2014-07-30 22:05:01 | Weblog

今年のカサブランカの花季が終わりました。


鉢を変えなかったせいで少し小ぶりですが、全部咲きました。

今年も咲いてくれて本当にありがとうm(__)m

今日は母の心臓の手術3回目。
ステント、4箇所目です。手術が決まってから二泊三日で東京に演奏会に出て、帰って、一晩休んだだけで・・・。

カテーテルを腕から入れて、前回、内出血して「お琴が弾けなかった。帰った翌日おケイコなのに。」とこぼすと、看護師をしている妹が「鼠径部から入れてもらったら?」
「今から変えられるかな?」と母がいうと「先生に相談してみたら?」ということで、先生に相談。

おなじみの主治医のN先生は「今度は、ゆっくりと気をつけていれますが、変えるのも可能です。」
私は気になっていたことを聴きました。
「どちらが出血しやすいとかありますか?」前回、腕の血管を傷つけて内出血したからです。

「どちらが、出血しやすいということはありませんが、万が一出血した場合の止血は、鼠径部より、腕の方が簡単です。腕は細いですが、鼠径部は腿のほうから、お尻の方まで行く場合もありますから。」
それを聞いた私は、前回の手首から二の腕、脇の下まで紫色になった内出血を思い出して、「もう、腕がいいよ。」と言ってしまいました。
母と妹も、依存なし。ということで、また腕から入れることになりました。

今回は1時間半で出てきました。前回は3時間かかったのですが。
理由は、難しいところは次回に伸ばしたことと、入れたのが一箇所だったのからです。

今日のところは、心配した内出血はないですが、「心臓の近くから肩の方までが痛い。」というので、先生に言うと、心臓の周りにペタペタ、パットを貼って、線を挟んで心電図を部屋に帰ってから撮ってくれました。

一応、異常は無しということで、お昼を食べるのを見届けて、妹と帰ってきました。
明日は退院してきます。
次の日はもうお稽古にでるそうですが・・・。元気でなにより。


J,S先生のマスタークラス

2014-07-29 21:52:17 | レクチャー、マスタークラス

夏の食卓。
お茄子、きゅうりの浅漬け、アボカド、子どもピーマンの炒めたもの。
しめじとキャベツと豚肉の炒めもの。
メインディッシュは、鶏胸肉を叩いてフォークで刺して、塩と水と砂糖を吸わせておいて、焼いたもの。胸肉のパサパサ感が減ります。ためしてガッテンでやってました。
トマトとバジルを刻んでオリーブオイルであえたソースをかけて頂きます。
簡単で美味しいです。夏になると火を使う時間がうんと減ります。

今日は、S先生のマスタークラスを受講しました。
早めに行って練習させてもらっていると、先生が入ってこられたので、「すみません、早すぎましたか?」と聞くと「いえいえ、どうぞ、やってください。」
と、荷物をおいて出て行かれました。

しばらくしたと思ったら、トントンとドアを叩く音がしたので「どうぞ」と言うとS先生。
「もう、はじめましょうか。」と言ってくださいました。まだ予約時間まで20分もあるのに。

初めに「ロングトーンを吹いてみて」と言われたので、吹いてみました。
「ビブラートの練習はどうしていますか?」
ビブラートには、いろいろ考え方があって、全くかけない、全部掛ける、部分的にかける、それから、心でかける。などなど。議論が分かれるところです。

「僕は、かけたほうがいいと思うし、意識的にかけられるようになった方がいいと思います。」

ソノリテのロングトーンの練習で、一音に4回ビブラートをかけ、次の音に移動し、その音にもかける。

それから、メトロノーム60、1拍に2回、3回、4回とビブラートを増やしながら練習します。
具体的な練習法はとてもわかりやすいです。
「3回がやりにくかったら、うめだ、うめだと思っいながらカウントしてもいいね。4回はおおさか、おおさか。」

思わず吹き出してしまいました。

次に、低音のタンギングがやりにくいと聴いてみると、

マウスピースのホールの4分の3くらい塞いで吹いてみることを提案されました。
塞ぐと音程が低くなりがちですが、それをチューナーをみながら、低くならないように吹きます。

そばで聴くと、少しシャゴシャゴした音に聞こえますが、芯のある音がします。
それに、吹きやすい。

「「何言ってるんだよう。」ってうちの生徒さんで、小さな男の子がお母さんに注意されると口をとんがらがらせて言うんですが、その口、その口、それでやればいいんだよ。と言うといい音がでるんですよ。」

おもしろい。

最後にタファネルのミニョンのグランドファンタジーを吹きました。
その口で、チューナーを置いて。

低音はよほど気をつけないと低くなってしまいます。

課題ができました。でも、解決法がわかっているので、希望があります。




母の買い物

2014-07-28 22:22:16 | Weblog



母がまた30日31日に心臓にステントを入れることになり、入院・・・だというのに、二泊三日で東京へ。
宗家の何十周年の記念行事でホテルでパーティーもある、N先生について行かないといけない。なんといっても理事になったから。
そのおかげで、靴がいる、ジャケットがいる、着物がいると、何度も駆り出されてショッピング。
これが、半端では無い。何軒も回って手ぶらで変えることも珍しくない。
母は父より若いといっても73歳。
もういい加減で手を打ってと思いますが、妥協は一切ありません。

「しょーもないの買ったら、もったいない。」
と言って、資金が豊富にある訳もなく、いかに安く、いいものを買うか?

父が運転出来てた頃は、いかなくて良かったのだけれど、最近は買い物は私担当。

6月頃から、あーでもない。こーでもない。と付き合っていたら、母に似合うもの、好きな色を見つけるのが早くなり。
ざっと見れば、その店にあるかどうか?がわかるようになり。

次に、好みのものがある店が母よりわかるようになりました。
百貨店なら、こことここ。大型スーパーの専門店ならこことここ。なんてね。

しかし、わかっていても、初めからそこへ行くようなヘマはしません。
なんといっても母の納得が大事。

お話しにならないところはササッと却下を出し、似合わないと私はわかっているけれど、母が着てみたいものを「どうぞどうぞ。」と存分に着てもらい。
似合うけれど高くて手が出にくい店を見て、「これは高すぎて無理だ。」と納得してもらい。

疲れてきたところに、「あそこに行こう。」と本命を登場させます。
すると、やっぱり。ここがいい。

これと思うものがありますが、店員さんに今回の目的「フォーマルまではいかないけれど、ちょっとしたパーティーにも使えるジャケットで、今母が着ている服に合うもの。」を伝えます。
すると、店員さんが私がこれと思っていたものを、出してきます。ほらね、これを私が出したのではだめなんです。
「いいけどな、どうかな?」という母に、

「着てみたら。」と勧めます。
「よく似合っておられます。」と店員さん。
「うん、これはいいね。」とやっと母の言葉。

ここで、ようやく私のトドメの一言「さっきの店の半分の値段で、さっきのよりずっと質がいいよ。」いや、これは本当。

ということで、最短でリーズナブルで最高のものを母は納得して買うことができたのでした。

次は、もっと早い時間で選んでもらうことができるでしょう。たぶん。

本番のパーティーを終えて帰宅した母は「先生に、『あんた、いいもの着てるな。』」とほめられたらしい。
「先生の着ているのの、多分半分位の値段やねんけどな。」

そうでしょうとも。とほくそ笑む私。
こんなところで、力を感じている私って?!







慈悲の心

2014-07-25 22:44:22 | 哲学

うちで採れたミニトマトといちご一個。いちごはまだまだですが、トマトは今年やっとまともに収穫出来そうです。


ダライ・ラマが。チベットを追われて55年。
非暴力、平和への祈りは、今も続いています。

「世界の大宗教がいずれも「苦しみには、長所がある。」と解いている」

「苦しみを受け入れるのはつらいですが、そのことによって、人はより謙虚に、より大きな精神的進歩を遂げることができます。また、他人の苦しみに共感できるようになり、慈悲の心を持つことも、たやすくなるのです。」

「自分の考えに固執し、一人幸せになろうとするなら、苛立ちや不安、心配の種が増えて、不幸になっていく」

「人間に選ばれて生まれたなら、己の苦しみだけでなく、ほかの生きものの困難も取り除いてあげる道義的責任がある」

「他人を助けようという心を抱けば、自ずと望みが叶えられていく」

「心の安らぎが、外的な条件、つまり富や地位、権力によって得られるものではない。」

「心のあり方が健康を左右するという事実」

遠い世界の戦争や子どもたちの犠牲が、平和な日本の自分の中の利己心から生まれたと思うのは考えすぎでしょうか?




創る喜び

2014-07-24 21:09:14 | 哲学

最近の日差しのせいでサンルームの中が地獄の暑さ。多分、40度以上・・・なので、窓を開けていると、入ってきました。

アゲハ蝶。

出口を求めて、天井のすりガラスに寄ってしまい出られません。
仕方ないので、脚立を立ててそっとカーテンで包んで外に離しました。


笛を吹き出すと近所迷惑なので日中はずっと窓は閉めたままなのですが、音の出せない早朝はさすがに開けています。
今日は、手作りディ。クリスマスコンサートに使う絵本の絵の製作をGさんにお願い。
12頭のくまの家族のクリスマスの一日。文章と、シーン割り、キャラクター表をGさんに渡したら、「うーん。私ってどんな偉い人やねんなぁ。急にはできんわ。」ということで、しばらく考えてくれることに。

その間に、Mさんと私は割烹着の製作の相談です。
手持ちの布を出してみたら、カントリードールを作っていた頃の名残の布が大量に出てきました。
気に入って買った布ですが、忙しくてドールを作らなくなって忘れていました。
でも、好きな布ばかり。
人形用なのでメーターが少ない。「はごうか?どうしようか?」と考えていたら、大きな布が出てきました。
手作り素材で有名なH社が廃業された時に、布を大量に手放され、その時に安い値段で手に入れたものでした。

「これなら、継がなくても行けるよ。」
ヨッシャー!っていうことで、製作。布と一緒にコーヒーや紅茶で染めたレースのテープも出てきました。カントリーっぽくするために、わざわざ家で染めたんですよ。
誰かにもらったんで、大量にあったので使いきれていません。

「これを、ポケットにつけてくれない?」
「上からミシン叩くだけだったらいいよ。」

「首周りにもつけてくれない?」
「ポケットは、こっちの布を切って使ったらどうかな?」

「布が無駄になるよ。」
「使わないよりいいんだもん。」
といことで、こんなことになりました。

かわいいでしょ。
友達と作りながら、おしゃべりして、おしゃべりしては作り。
あーでもない、こーでもないとみんなと考える時間も好き。
こんなふうに作るといいものができるに決まっています。

そして、やめなけいで続ければ、もっともっとイイモノができてきます。

創造は人類の最高の遊びです。





夏祭り

2014-07-23 21:20:43 | 音楽

7月19日は小学校の夏祭りでした。例年通り、お手伝いに出ました。
音頭取りさんのご接待です。
江州音頭は、仏教の教えを歌にして布教したのが、始まり、江戸時代の末期に祭文。歌念仏、念仏踊りを融合したものが滋賀県の近江市近辺で踊られていたそうです。
明治初期、近江商人が兼業していた音頭取りさんが、京街道。東海道、伊賀街道を商売しながら、江州音頭を大阪にも広げ、後には河内音頭成立にも、大きな影響を及ぼしたとされています。

私ももともとこの土地のものではないので、びっくりしたのですが、盆踊りは江州音頭一曲を三味線や、太鼓と一緒に肉声で切れ目なく歌われます。
最近は花火を間で15分ほど上げるために休憩がありますが、その後また江州音頭。
今年も、音頭取りさん、お囃子と6人ほどで来られました。女性もいます。

「あ~よいやさあ~のせの~どっこいさあ~のせい」
日本には4拍子の踊りしか無いですが、最近は8ビートで裏拍が入る縦ノリの踊りも、若い人たちによって踊られています。最近といっても私が初めてその踊りを見たのは20年以上前ですが。昔ながらの盆踊りを踊っている人たちもいて、そちらは今も変化ありません。

変化しながらも、200年近くを生活に根ざして残ってきた音楽の強い力を感じます。

休憩の花火。ヒュルヒュル

ドン。あら、ちょっと遅れました。

お茶を運びながら撮りました。
音頭取りさんを招く方のメンバーも変わりません。
何日も走り回ってやぐらを立てたり、ビールの手配をしている人や、花火の準備、自治会の方たちによる洋食焼きや、カレー、PTAによる当てものやヨーヨー釣り。
子どもたちも大勢着て楽しんでいました。
お祭りは人々を繋ぐ。それが、お祭りや文化の力。
夏祭りは始まったばかりです。


来たれ愛しのマンドリンサマーコンサート

2014-07-22 23:00:19 | コンサート

このバラは、3年間花が咲きませんでした。が、ようやく、咲きました。5月ではなくて、何故か7月ですが。


21日はアンサンブル フィオーレ ディ オオサカ主催の「来たれ愛しのマンドリンサマーコンサート」に行ってきました。

今年はチルコロ マンドリニスティコ フローラ 仙台のマンドリン合奏団を招いての演奏会でした。

「来たれ愛しのマンドリン」モーツアルトが作曲したマンドリン伴奏によるリートの名前です。
それを菅原明朗先生がマンドリンオーケストラのために編曲されたものを、今回は冒頭のプログラムで演奏されました。
第一ステージは、フィオーレの演奏で、ほかには
アングロの「ディベルティメント」、ケテルビーの「水青きハワイの海にて。」多様なプログラムを、端正に演奏されていて。飽きさせない演奏でした。

第二ステージは、チルコロで高橋五郎さんの指揮によるものでした。
佐藤博幸「バッカス祭」
アレグレッティの「前奏曲イ短調」
シルベストリの「夏の庭」
ラッタの英雄葬送曲

音楽性の違う二つの団体の共演はとてもおもしろかった。
第3ステージは合同で、
フェラリスの「ウクライナの思い出」民族音楽の特徴が出ていて面白い曲でした。
ドボルザークのスラブ舞曲第6番
C.P.Oラプソディー サンバや、ラテンを取り入れて作曲された曲で、擦弦や、楽器を叩いたりの変化の多い曲で楽しめました。

アンコールはモンティのチャルダッシュとナポリの民謡を集めた曲で親しみやすく観客も一体となり暖かい空気に包まれました。






愛は学ぶことができる。

2014-07-18 22:21:03 | 哲学

実家のアリッサム。この色が好きです。
明日は、地域の盆踊りのお手伝いに行く日ですが、午後から雨とか、だいじょうぶかな?
昨年は、全部用意したあとで、豪雨のため中止。16時5分でした。
音頭取りさんは着てるし、盆踊りの浴衣に着替えた盆踊り会のみなさんもいるし、子ども会や自治会の模擬店の準備終わってるし、諦めないでやってきた子どもたちを雷から守るために、校舎の廊下は満員。食べ物は半額で売り切り、あてものや、ヨーヨーも余り大変でした。といって順延になればなったで、そう簡単に人の手配ができないばあいもあるし。

順延になっても、中止になっても大変。お天気がうらめしい。

今、私たちにはかなりいろんな選択肢があります。
選択肢が無いと考えることは自由ですが、現実には即していない。

googleの検索画面を開けると、ネルソン・マンデラのイラスト矢印をクリックすると言葉が出てきました。GoogleはGoogleのできることをしているのでしょう。

「生まれた時から、肌の色や育ち、宗教で他人を憎む人などいないもし人が憎しみを学べるのなら、愛を教えることもできる。

愛は、憎しみに比べてより自然に人の心にとどく。人生で大切なのは、ただ生きたということではない。

自分の人生を通じて、他の人々の人生をいかに変えることができたか、それが重要なのだ。

教育とは、世界を変えるために用いることができる、最も強力な武器である。

自由であることは、単に己の鎖を脱ぎ捨てるだけではなく、他人の自由を尊重し、より向上させるような生き方をすることである。

生きるうえで最も偉大な栄光とは、決して転ばないことにあるのではない。 転ぶたびに起き上がり続けることにある。」

暴力的な力を使う欲望や、絶対的な善を押し付けたくなったり、復讐心に囚われたりする愚かさに、巻き込まれる先は、勝っても、負けても、別の地獄のへの道しるべ。

力は支えるものがいなければ立つことはできない。
沈黙していれば加担することは無いと考えている人が多いですが、それは間違いです。
沈黙は賛成に一票で、沈黙の責任を取る時は必ずやってきます。
自分の持っている選択肢について、よく考えて、自分の存在は何を支えているのか?


花咲く頃を夢見て

2014-07-17 23:13:29 | 音楽

カサブランカがようやく咲きました。

と、ここまで書いたらパソコンが落ちました。今朝やっと復旧。

昨日は、Iさんと新大阪のココプラザでクリスマスと新年に行うデュオの練習。
選曲がまだ完全に終わっていません。
お互いの家が遠いことと、初めて組むのでどれぐらいの練習で済むのかお互いに探りながらの打合せです。

絵本もするので、そちらも完成していかなくてはいけません。
昨日一輪だったカサブランカ。
今朝は、こんなに咲いていました。花咲く日を夢見て、私も静かに着実に進めたいと思います。