音楽の喜び フルートとともに

フルート教室  久米素子 松井山手駅 牧野駅 090-9702-8163 motokofl@ezweb.ne.jp

旧友来る

2016-01-29 23:23:14 | 日記

今日は、午前中レッスンして、夕方実家でレッスン。
7時前に父と食事。食後練習している間。
8時半頃、長男が食事をして出勤。
9時半過ぎに夫が来て、、10分ほどして、受験中の姪が帰宅、5分後に母が帰宅。
二度目の夕食。
父はもう一度夫と飲み直し、母までビール。私は運転するので飲めません。

飲めなくてもしゃべるので、いいのですが、結局つきあって帰宅は11時すぎ。遅くなりました。

昼間少しあいた時間で、ピアノのSさんが来てくれました。
身体の調子が悪くて、昨年5月頃に手術をして、治ったのですが、無理もできず、他にも仕事があって、なかなか一緒に演奏できなくなっていました。
ゆっくり話すのは久しぶり。
ドーナッツを買ってきてくれて、お茶をしながら、おしゃべりしました。

お互い介護の必要な家族を持つ身なので、ずっと話したかった。
少しSさんのお義母さんの方が、進行しているようなので、父がこんなふうな経過をたどるのかもしれないと思えることもいいのです。準備ができるから。

行政や、サービスなど具体的なこともきけます。
ケアマネージャーさんからも聞いていますが、実際に利用者の立場からの情報はありがたいです。
それ以上に、親が衰えていく心の準備ができるのがありがたいです。

音楽もやりたいけど、Sさんの時間が足りない。
まあ、ひとつは一緒にできるように算段できました。
うまく実現できるように考えなくちゃ。







台南美食くらぶ

2016-01-28 22:39:20 | 紀行

台湾二日目は、台南市にいました。
夫の仕事先の忘年会に参加するのが、目的でした。
取引先のOさんが高雄空港まで車で迎えに来てくれて、そのままホテルに連れて行ってもらい、次の日も、朝から迎えに来てくれました。

出かける前に、ホテルタイワンディアの朝食バイキング。
洋風、和風、中華こんなに種類の多いバイキングは初めて見ました。
もちろん全部食べるのは到底無理!
ヨーグルトに入れるトッピングはヨーグルトは食べないのですが可愛いので、それだけとってきました。カラフルなボールはお米を乾燥させたもの、ドライフルーツのマンゴー他一杯。ナッツもたくさん、甘いのから、塩味、辛味のもの。

汁物は、チキンベースの薄味のスープに、入れるものを選んだら葉物二種を目の前でさっと湯がいてくれます。辛味の油味噌や、肉味噌などなどの中から選んで自分で入れます。
台湾名物クワパオも自分で入れます。これは豚の角煮。

サラダもお野菜の種類がたくさんあって、名前もわからないものも多いです。
サボテンの葉みたいなのがあって「これなんやろう?」「サボテンやなぁ。」
と、言いながら食べたら酸味があっておいしい。
帰って調べたら「グラパリーフ」という、メキシコ原産の食べられる多肉植物だそうです。



お昼はOさんの案内で、絶対日本人は行かないだろう台湾鍋の名店に連れて行ってもらいました。
行列が出来ていて、40分待ち。
周りには工場ばかりで、セブンイレブンが隣にあるだけで、ほかに店は見えなかいようなところ。
Oさん電話をして、待っている間に近所の取引先の工場の倉庫の社長を呼んでくれました。
S社長は、5分でやってきてくれて、新しい工場の中を案内してくれました。前は小さな町工場の社長でしたが、昨年工場を新設したそうです。
大きな工場の隣には、同じ規模の工場が3つほど建てられる空き地を購入ずみだそうです。
なんだか勢いがあります。

で、お昼ご飯。
客席で、オープン調理は台湾の標準スタイルのようです。


お鍋の具は、冷蔵庫を自分で開けて持ってきます。後で食器を見て計算してくれるそうです。

継ぎ足しのお出しの鍋に具材を突っ込んで、牛肉はざるに入れて、しゃぶしゃぶっとしたら、直ぐにとって食べます。
しゃぶしゃぶするのは男性の役目らしく、Oさんと夫がせっせと働いてくれました。
たまに私がやっていると、お店の人が覗いて「早く取って」「これくらいでOK」と言われて出したらお肉が桃色でした。
抵抗があったけれど、食べたら柔らかくて確かにこの方がおいしかった。



つけダレは二種類。
おネギ入りの方はにんにくにポン酢、唐辛子。私は辛いのが苦手なので食べられませんでしたが、夫は美味しいと言っていました。
もう一種は、生姜の千切りと、大豆のお味噌みたいなの、この店の自家製だそうです。
これは、おいしかった!
買って帰りたかったけれど、自家製だからだめ。
Oさんに何でできているのか聞いても、豆腐が入ってるくらいしかわかりませんでした。


団子の中味はミンチ肉とキャベツ。

いっぱいなので相席。お鍋の共有はさすがにないです。
初めはおじいさんが麺定食みたいなのを食べていて、途中で私たちに「早くあげて!」と声がでてしまいました。
お肉の煮具合には、台湾の人には日本基準は堪り兼ねる所があったようです。

おじいさんの次は、8歳ぐらいの男の子とお父さん。
白ご飯に肉味噌をかけてひたすらかき込んでいます。
「あれ、おいしいんだよ。」と夫がこっそり言ってきました。
「なんか、前に缶詰もらったことあるやつ?」
「そうそう。」
ギトギトしてて引いてしまったのですが、ここでみたらおいしそう。

こんなディープなところには、もう二度と来ないだろうと思っていたら、まだまだ、すごい夜が待っていたのでした。


製作コルクボードの準備

2016-01-27 22:25:42 | 手作り

今日は3月の子育てサロンで作るコルクボードの写真立て作りです。

Gさんに毛糸で編んだ花の試作品を作ってもらうことを頼んでありましたが、今日は試作品どころか、4色の毛糸で100個位は編んで来てくれました。
とっても助かりました・・・でも、自分で編みたかったな。とわがまま言ってしまいました。

今日はGさんと、Mさん。Mさんは小3のRくん連れ。
インフルエンザで学級閉鎖。
「家で退屈しているから連れて行ってもいい?」
もちろん!
100均一に4人で買い出しに。車ででかけました。

ダイソーで作ってくれた花の色に大体合う毛糸、レーステープを買い足し、セリアでレースペーパーを買おうと思ったら、いろいろありますが、大きさが合いません。
大きなビニールレースを買って来て、カットして使うことにしました。
午前はここまで。

お弁当を買って、うちで食べ、作業開始!
Rくんはうちの楽器で遊んでましたが、退屈しだして、作業をお手伝い。

クリップにボンドで画鋲をくっつけてくれました。
ついでに、全部の指にはさんだら、「痛い痛い!早くとっておかあさん!」と大騒ぎ。

でも、「外しちゃったの?写真撮ろうと思ったのに!」と残念がると、痛いのにもう一回つけてポーズしてくれました。


それも、パーとか、ウィッシュとか・・・最後は「痛い!早く取って。」と叫んでいましたが。

その間にしゃべりながら私たちは、布テープを貼ったり、レースの方は、下地に色を塗ったほうが映えるので、トールペイントの絵の具で色を塗ったり、ステインを塗って、乾かしてテープを貼りました。

これが、今日の作業の分。全部は揃わなかったので注文してあります。
一週間位に入るので、また作業します。



まだ完全にはくっつけていないけれど、これが、試作品1号。

卒会のお祝いにもなるので、心を込めてつくらなくっちゃ。
続きはまた今度!


帰宅

2016-01-27 00:14:08 | 紀行

今朝台北から、帰りもエバ航空、もちろんエコノミー・・・狭かった。

12時半発、この飛行機。
この色は、皮膜ガラスのせい。

お天気快晴です。遠くに中華航空がみえます。

ただいまです!

迎えてくれたのは、この曇り空。
この海の上の橋は本当にすごいです。
美しく機能的。


スマホで、ブログをアップロードするのは簡単なのですが、文章を書くのが大変。
デジタル人間であることを、思い知らされます。
音声入力は、入力間違いの他に、文章を頭の中だけで組み立てたり、前後を考えてどの順番に話すと、いうことが難しいです。

ワープロで書いて、間違ったら順番を替えたり組み直したりに慣れすぎているから・・・。
ワープロ頼りも、大概にしなくっちゃ。
便利になり過ぎて、馬鹿になるぅっ!

帰宅しました。ワープロでも大した文章はかけませんでした。
今日は、ここまでまたあした。ごめんなさいm(_ _)m



台北2日目

2016-01-25 23:28:16 | 紀行

お仕事が、終わったので、台北に移動して故宮博物院に行きました。

BC4000年前の新石器時代の土器、漢字のルーツという商時代の鼎の土臭さに感心したかと思ったら、康熙帝の琺瑯のコレクションの華やかさにびっくり!
乾隆帝の瑪瑙細工や、景徳鎮の磁気にうっとり。
打って変わった宗のシンプルモダンな陶器に室町のわびさびのルーツをみたり。まだ、頭の中は整理されてません!

とりあえず、スイーツ!
士林夜市
タピオカ、杏仁豆腐、サツマイモを甘い生姜入りのスープをかけて食べる温かいスイーツ!おいしかった!

タピオカ、

いきなり台南市

2016-01-22 21:27:06 | 紀行

朝早く、車で出て

エバー航空に乗って、やってきました。
台湾 高雄空港

夫の仕事先の夫婦同伴忘年会に参加するためです。お迎えのOさんが、カルフールに連れて行ってくれた後、
ホテルにチェックイン。旧暦2月9日の新年のお飾りはもうバッチリ。
予約してくれていた夕食はなぜか日本料理上原

お刺身が分厚く立っていました。
海産物は、安くて美味しいそうです。
初日から身にあまる贅沢で、お腹ぱんぱん。明日はどうなることやら?

1787年アイネクライネナハトムジーク

2016-01-21 21:26:15 | 名曲

アイネクライネナハトムジークGdur K525 は、1787年8月10日モーツアルトにより作曲されました。
小夜曲という意味で、モーツアルト自身がノートにつけていた名前だそうです。
アレグロ、メヌエットとトリオ、ロマンス、メヌエットとトリオ、およびフィナーレから成ると、自分で記録していますが、1827年初版の頃から4楽章しかなく、初めから完全版ではありませんでした。

誰に頼まれたのか?なぜ作曲されたのかはわかりません。

1787年という年はモーツアルトにとってどんな年だったのか?
1月には妻のコンスタンツェとプラハに旅行し、交響曲プラハをここで初演、フィガロを指揮し、K509 6つのドイツ舞曲を作曲しています。
興行師ボンディーニから、歌劇ドン・ジョバンニの作曲依頼を受けて、プラハを離れ、ウィーンに帰りました。
プラハではフィガロが流行っていて上機嫌で友達に手紙を書送ったりしていますが、ウィーンではそれほどでもなく、作曲に適切な対価を払わないと怒りの手紙をかいたりしています。
3月にはウィーンでピアノ曲、歌曲をかいています。
4月には病床の父に「神様が私に、死が真の幸福の鍵だと知る機会を幸いにも恵んで下さったことに感謝しています。 私はまだこんなに若いのですが、もしかしたら明日はもうこの世にいないのではないかと、考えずに床につくことは一度もありません。」と不吉な手紙を書いています。

この頃、ベートーベンが訪ねてきたそうです。

K515弦楽五重奏曲第二番を作曲。これは、楽譜を予約販売しようとしたところ、全く売れず、販売の2年で出版する期日をどんどん伸ばして、14年後にこの曲をだしたそうです。

5月は弦楽曲を二曲、歌曲を少し。
28日父が死にます。死にも立ち会わず、埋葬にも立ち会わなかった。
父の死の知らせを姉が送ってくれなかったと姉に書いています。

6月2日には「僕もいくらか選択できるように、前もって目録を見たいものです。 しかしディッポルトさんが言うようにお父さんの遺言があるのなら、僕はこの先の処置ができるように、その配分を知る必要があります。 いや、その正確な写しがあればと思うだけです。」と姉に送っています。

14日 K522 冗談の音楽を書いています。これは当時の規範を破った音楽の作り方をしています。
7月にはカノンを一曲。
8月にアイネクライネナハトムジークを作曲。
9月に父の遺品の競売をして、1000フローリン得ました。
10月歌劇「ドンジョバンニ」を作曲。初演。
11月にはプラハに行きます。ここでは成功しているのにウィーンに戻ります。
ウィーンではドンジョバンニは成功せず、お金は入ってこない。
12月は宮廷音楽師になりますが、安月給、アリアを書いて、27日女の子が誕生します。

プラハに二回も行き、フィガロとドンジョバンニを初演し、音楽的な黄金期。
父を亡くしたショックで、書いた混乱した音楽の冗談を、立て直し、ショックを立て直したかのような定型的な音楽がアイネクライネナハトムジークではないか?ということも思われます。
少し丹精に過ぎる気もします。
立ち直ろうと一生懸命していたのかもしれないです。

ドンジョバンニではもう少しこなれて、感情を形にしてぶつけたような・・・。
さて、多くの資料は残されていませんが、どう感じるかは音楽を聞いた人の自由です。


牧野にも雪

2016-01-20 20:49:12 | 日記

朝8時頃の牧野の自宅の庭です。

雪です。
ゴミを捨てに出たら、近所の年配のご婦人に出会ったので、「ようやく寒くなりましたね。」と言うと、「節分が近くなってきたからね。」
へー。そういうことも言うのかな?と思うと
「このあたりでは節分が近づくと雪が降るというんですよ。」と教えてくれました。
引越して20年、全く知らなかった!
2月3日 節分は立春。立春までに雪が降らないと、冬じゃなくなっちゃうから?とか。
いずれにせよ、ちゃんと冬が来てめでたい気がします。
寒がりの私は、暖かい冬はたいへんありがたいのですが。

ゴミを捨てて朝ドラを見ていたら、
なんでだす?なんでだす?と朝ドラのあさちゃんの口癖。

3才頃の子どもは、いろんなことを聞いてきます。
その以前も子どもはいろんな質問を持っていますが、言葉になりません。
子どもは大体知りたがりです。

ところが、成長するに従って、質問は減り、思春期は疑問を経て、ついに大人。
質問を無くなってしまって完成です。
大人は、なんでも知っているから。

なぜ、知ろうとしないのか?
わかっている?本当?
自分のわかっていることに疑問はないのかな?

つい先日のことです。
梅田に出かけようと思ったら、Pitapaが見当たらない。
困った。あれが無いと電車に乗れません。
バッグを真っ先に見て、無いとわかったから、ニ階の前来た上着のポケット、前に持っていたしまったカバンの中、セカンドバッグ。
無い。やっぱりカバンかな?いやいやあれはさっき見てないとわかっている。

しまった覚えはないけれど机の引き出し、キーケース玄関の下駄箱。
落としたかも。

そして、ついに時間になり、pitapa無しで行くことに。あーあ。

駅まで行く途中、カバンの携帯にイヤホンを挿して耳につけようと、携帯を出したら、携帯の下のそのまた奥から出てきましたpitapa。

見つかって一安心。
しかし、そこで終わってはいけません。
そのポケットは見たはず、どうして見つけられなかったのか?

カバンには底板がついていますが、底板に行き着くまでの布がそこに向かって絞られて丸いシルエットになっています。カードや携帯が縦に入っている限りそのカーブの下に入り込むことはありません。ですが、何かの弾みで横に倒れたカードはそのカーブの下に入り込んで、上から一見しただけでは、見えなくなってしまうのです。

1年前の冬を越したカバン。よくわかっているつもりでしたが、カードが見えなくなって、そのことに初めて気づきました。

つまり、知ったつもりになって、わかったと思っていたことが、失敗だったのです。

自分が知らないことをわかっているのはまだ大丈夫。
わかっていると思っていることが、一番危ない。
そんなことを思った一件でした。

倉敷で買った猫も雪。


I先生のマスタークラス

2016-01-19 21:02:10 | レクチャー、マスタークラス

17日、日曜日はI先生のマスタークラスでした。
枚方で特急に乗り換えようとしたら、トーマス号でした。
外側はすっかりトーマスですが、中のトーマス感はこのシートぐらいです。

トーマスクイズになっていますが、全部わかります。息子たちにたくさん絵本を読んだりテレビを見たり、かつてお世話になりました。


子ども騙しと馬鹿にしないでください。こんなことで、元気が出るし、ワクワクするんです。

ワクワクする時って、脳が活発に動いているんですって。
しかめっ面して仕事に取り組むより、笑ったほうが能力が出るらしいですよ。
かけっこだって、笑って走ったら数秒早くなるそうです。
笑い顔を作るだけでも能力が上がるんだから、心からワクワクしていれば、もっと能力が上がります。

まぁ、能力が上がらなくったって、辛い顔で時を過ごすより、笑って生きてたほうがずっといいなって思います。

I先生のレッスンは、マンツーマンで、私が吹くと、「ちょっと待って、そこはこんなふうに。」と先生が吹かれます。

私が、聞いたと思ったように吹くと、「えーっと、こんなふう。」とまた吹かれて、
私がまた吹くと「こんなふうになってるから、こんなふうに。」と、何度も吹けるようになるまで、次にはいけません。

言葉で、音を説明することはあまりされませんので、文章にするのは難しいです。

音程、ビブラート、指使い、タンギング、スラー、スタカート。
スラーとはどんな音になるのか?タンギングはどんな音なのか?
ここのタンギングはどういうタンギングが適切なのか?
言葉ではなく、音にして聞かせる。その方法は徹底しています。

初めての時は緊張もあって、違いがわかりませんでしたが、集中して聞いていると、だんだん違いがわかってきました。

音の幅の正確さ。タンギングの強さ、弱さなど使い分け。ビブラートのかけ方。
レガートのなめらかさ。

先生のもっておられる型の質の高さがひしひしと感じられるレッスンです。

かえ指の指使いも合理的で、適切です。
学んできたことはすべての曲を演奏する時に適応できるように、演奏してみます。

言われたところを全て気をつけて演奏できたので、もういいだろう、と思って持っていくと、次はもう一歩深めた奏法を教えてくださいます。

新しいページが開いたような気がして...おかげで、おもしろくてワクワクがとまりません。

実践的で、わかりやすい。・・・ただし書けません。
マンツーマンなら吹いてお伝えすることはできるのですが!


虹の契約

2016-01-18 22:19:44 | 日記

昨日は冷たい雨。寒く、重い雲が垂れこめた一日でしたが、4時前に家を出ると雲間から突然明るい陽が差し、虹。

うっすらと半円につながった虹の外側にうっすらともう一本。
二重の虹。写ってるの見えるかな?
久しぶりに見ました。二重の虹はもっと久しぶりかな。


10分ほど車で走って、降りて、マンションの上階の友達の家に着いた時には、雲が失くなってすっかり晴れ、虹ももう跡形もなくなっていました。

聖書の世界で、虹はノアの方舟に乗ったい生き物を滅ぼした神が、「二度と滅ぼすことなどない。」という契約の印として虹をかけたと言われています。

小学生の頃、子ども向けの雑誌で、地球を何度も滅ぼせる原子力爆弾の話を読んだとき、その異常さに頭がぐるぐるして、誰かが間違ってスイッチを押してしまうかもと考えて、怖くて眠れなくなってしまいました。

それから、騙されたと思って、両親に怒りをぶつけました。
「なんで?こんな危ないものをほっとくの?なんで!」・・・子どもだから親に守られるのを当たり前だと信じていたんですね。
親なのに子どもを危ない目に合わせるなんてとんでもない。なんで、大人なのに子どもをちゃんとと守ってくれないの!って。

でも、両親が笑って平気でいたから、その根源的な恐怖をどこかに押さえ込んで、なかったようにして生きるのが当たり前で、常識なんだと思うことにした。

親が間違えるはずがない。子どもにとって悪いことをほっておくはずがない。

脳天気でした。

それから数十年。前よりひどくなりつつあるように見えるこの世界。
でも、これって、怖いことだと思うんだけど、怖い実感がもうわかない。
もともと脳天気。

あーあ。
神様が契約を破る前に、地球が破壊されないことを祈りましょう。