音楽の喜び フルートとともに

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カルドーソ震災で焼失した楽譜

2022-11-19 09:12:00 | ルネッサンス
先週お約束していた母と叔父さんをおばあちゃんのお墓に連れて行く話し。
実行しました。

朝から母から電話で「忍ヶ丘に11時違うの?」
「いつ連絡したの?」
「忍ヶ丘じゃなくて、河内磐船駅。」
「あんた忍ヶ丘って言ってた。」
「言ってたのはお母さん。河内磐船駅のほうが近いから、訂正して。」
ブツッって切れた…。

あちゃー。

まあ、無事に会えました。

お墓参りをして、
「千光寺に行きたい。日本最古のキリシタンのお墓が見つかった所や。」
これが、なかなか。
ぐるぐる周辺を廻って、道で地元の人の話を聞いたり…。

結局、千光寺はもう無く、跡地は私有地で入れなくなっていました。
遺構は移転されて跡地公園になっていました。



柱の跡や、城主の田原城主一族の墓の跡が展示してありました。

1581年(天正9年)田原レイマン(礼幡)城主のキリシタンの墓碑は

四條畷駅近くの歴史民俗資料館に展示してあり、叔父さんはそちらの方はもう見たそうです。

田原レイマンはルイス フロイスに洗礼を受けてキリシタンになったそうです。

ルイス フロイスはポルトガルからやってきた宣教師です。
ポルトガルの作曲家はあまり有名ではありませんが、この頃、カルドーソ、ローボ、ポルトガル国王ジョアン四世が曲を残しています。

マニュエル カルドーソ(1566-1650年)ポルトアレグレ近郊フロンテイラ生まれ、没不明。

エヴォラ大聖堂
1230-1340年に建てられた世界遺産エヴォラ大聖堂
の声楽伝道所で音楽を学びます。

1588年カルメル会修道院に入会。
1620年代ヴィラ ヴィソーサ大公家
に努めます。
そこでボルトガル国王ジョアン四世


と交友関係に入ります。
カルメル女子修道会の常勤作曲家兼オルガニストとして生涯の大半を過ごします。
カルドーソはパレストリーナのポリフォニー様式を模範にして、当時流行っていたバロックの音楽語法を全く無視していました。

精巧なポリフォニーの作品以外は1755年のリスボン大地震で

震災後、廃墟と化したリスボン市街と、郊外のテントで暮らす市民たち。中央には略奪者に対する見せしめとして立てられた絞首台が見える

大震災のため崩壊した建物

リスボン広場に集まる人々
大震災後のリスボン
焼失したと言われています。

3曲残ったミサ曲のうちの1つです。




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2 コメント

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Unknown (みゆきん)
2022-11-18 21:34:48
綺麗で上品なお母様ですね
目指せ、上品で気品あるお婆ちゃん
頑張ります^^;
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Unknown (m-fluteangel16)
2022-11-19 22:29:36
みゆさん、ありがとうございます。
母子の間にはいろいろありますが😅💦
いいところだけ目指して下さいませ🙏
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